2018年5月31日更新

『スイス・アーミー・マン』死体が教えてくれる、“生きる”ということ【結末ネタバレ回避レビュー】

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スイス・アーミー・マン
©BLACKBIRD FILMS

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2017年9月22日に公開された『スイス・アーミー・マン』

あなたは、死体が怖いですか?私は怖いです。厳密に言うと、お化けの方が怖いです。 それはさておき、もう一つ質問をさせてください。よくある、「無人島に一つだけ持って行くなら、何が良い?」という質問。あなたは何を持って行きますか?私は脱出するためのボートを持って行きます、すみません。 しかし、本日ご紹介する映画『スイス・アーミー・マン』の主人公なら、こう答えるでしょう、「死体!」と。

主人公の絶望の淵に現れたのは、レスキュー隊ではなく万能水死体

スイス・アーミー・マン
©BLACKBIRD FILMS

今作は『ルビー・スパークス』や『オクジャ』に出演している事で知られ、ナヨナヨな男の子を演じる事に定評があるポール・ダノが主演。 冒頭で彼が演じるハンクは、無人島に漂流してしまい絶望のあまり首をつろうとします。しかし、そんな時浜辺に男が打ち上げられます。仲間が!と、急いで近づきますが彼は死んでいました。そう、彼こそダニエル・ラドクリフ扮する今作のキーマン、死体くんです。

今作を観る前にチェックしておきたい、水死体事情

今作はファンタジー的な要素が強い映画であり、「死体にあんな事こんな事ができるの!?」と思わず笑ってしまうでしょう。しかし、勿論誇張はされてあれど案外事実に基づいた描写が多いため、水死体の死後現象を知っておくとより理解が深まります。 例えば、ダニエル・ラドクリフ君演じる死体くんは最初、壮絶なオナラをしてハンクをビビらせます。実は、水死体は死後体内に腐敗ガスが溜まっていて、それが所謂オナラとして体外に排出される事があるのです。 さらに、肺に溜まっていた空気が口から出て、声を出しているような現象も。その際に大量に飲み込んでいた水を吐き出す事もあります。

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無人島を脱出!奇妙で楽しいサバイバルアドベンチャーが始まる

さて、ハンクはその死体が壮絶なオナラをしているのを見てピンとくるわけです。死体にまたがり、まるでボートのように見立てて無人島を脱出する事に成功します。彼は自分の命を救ってくれた死体に感謝し、置いて行く事ができずに背負って森の中を彷徨います。途中に人が置いて行ったゴミの数々が落ちているのですが、食料らしい食料は見つからない(チーズのお菓子くらい)。 洞窟を発見して休むハンクは途方に暮れ、疲れ果て、死体相手に話しかけます。せめて話し相手くらい欲しい、そう愚痴ると「オーケー、バディ」と突然死体が口を開いたのです!この死体、話すぞ!とパニックになるハンクでしたが、何よりも仲間が出来たという喜びの方が強い。それに自分の命を救った死体です、今更恐怖心など持ち合わせていません。 この死体、メニーは口から水を出したり、口に詰めた物を勢いよく発射する事が出来たり、まるで「スイス・アーミー・ナイフ」のごとく万能な死体なのです。そう、今作のタイトル『スイス・アーミー・マン』とは、そこから由来があり、万能男(死体)であるマニーのことを意味しています。

ダニエル・ラドクリフくん、水死体になっても“魔法”を使う

さて、今作の死体くんことメニーを演じたのは多くの人にとってハリー・ポッターとしてのイメージを持たれているダニエル・ラドクリフ。『スイス・アーミー・マン』を紹介する際にも、「ハリポタ」を引き合いに出されている事が多い印象が見受けられますね。 彼はハリー・ポッターを“卒業”した後、例えば、友達の距離感から恋人になろうと奮闘する男の子(『もしも君に恋したら』)や、黒い服の女を追いかける弁護士(『ウーマンインブラック亡霊の館』)、角を生やしたり(『ホーンズ 容疑者と告白の角』)色々な役柄に挑戦しています。 そして遂に死体になったわけですが、その常識を覆すような多機能性はもはや我々にとっては“魔法”のように信じ難いものです。更にその“魔法”を彩るのは、MV畑出身の新人監督ダニエル・シャイナートの独特な映像。森の中でハンクが恐るべきDIY能力を駆使してパーティをするシーン等は、同じくMV監督から映画監督となったミシェル・ゴンドリーが見せるような、現実と空想の世界の区別がつかない不思議な映像です。

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オナラを始めとする下ネタを、どこまで盛大にあなたは笑えますか?

今作の見所は何といっても、映画に度々出てくる、男2人がしょうもない下ネタで盛り上がるシークエンスです。オナラネタや、勃起、自慰ネタ……「素敵な女の子に話しかけられないよう〜」なんて、もじもじするメニーに対し、ハンクが「俺が女の子役やるから練習しろよ!」と男同士の友情を発揮させるシーンは、なんだか痛快です。 しかし、今挙げた事は世間的には「気持ち悪い」と思われてしまいがちな事。それを、どれだけ笑えるかという点に、今作のメッセージ性が込められているのです。

死体のメニーが教えてくれた、“生きる”ということ

この物語は、主人公のハンクが世間や文明から切り離された場所、無人島にいる所から始まります。そこで出会った新たな親友、死体のメニーは死んでいるにも関わらず、女の子をどうにか物にしたいと考えたり、新しい感覚をどんどん発見していく等、人間のハンクよりも生命力に溢れているのです。そして彼の行動の多くは、不条理にくだらなくて、我々の笑いを誘う。 ハンクもまた、それをもう「気持ち悪い」と思わなくなっていって、むしろ笑ってしまいます。「あれ、僕はなんで一体オナラがキモいと思っていたんだっけ?」少しばかり世間や文明と逸脱した価値観や想像力を持っていても、僕らめっちゃ楽しいじゃん今!と、いう風に。そんな彼らの姿は、泥だらけの癖に非常にキラキラとして見えるのです。 彼らが無事、映画の終盤で街に戻ってくる事ができるのですが、そこで再び突きつけられる文明社会。ハンクは死体を後生大事に抱える、“おかしな人”として怪しまれてしまいます。そこで彼はメニーを抱えて逃げます。 そんなハンクに対してメニーは「そこ(文明社会)の中にいても、もう君は大丈夫だ」と言わんばかりに、ラストシーンで思い切った行動に出るのでした。誰もが予想だにしなかったラスト10分の衝撃、いや笑撃こそ、この映画の中で最も心動く瞬間であり、死体のメニーが我々に“生きる”という事は何か、ちょっぴり教えてくれた気がするんです。 なんだか最近、日々が息苦しいなと感じたのであれば是非ご鑑賞してみてくださいね。