おしゃれで雑多な雰囲気が好き!アジア映画を見る
さざめく街がもたらす独特の陶酔感。魅惑のアジア映画の世界。
一見するとありふれた個々の日常生活を、さらに深く掘り下げることで、ユニークなストーリー展開を見せるアジア映画の数々。この記事では、香港、台北、上海が舞台の映画を取り上げ、それぞれの都市が放つ独自の風情や、そこに住む人々のファッション、その土地の歴史といった側面に着目しながら、アジア映画の魅力を追求します。
恋に賞味期限はある?『恋する惑星』
失恋中の「警官223号」
二つの恋物語をオムニバス形式で描写したウォン・カーウァイ監督の『恋する惑星』(1995年日本公開)。映画の前半は、金城武演じる警官223号が、女性麻薬密売人との邂逅を経て失恋から立ち直る様子を描きます。 1997年の主権移譲を控え、大きな社会変動の渦にいた90年代の香港。喧噪の街で彼が出会ったのは、昼夜問わずレインコートとサングラスを着用し、決して素顔を見せない、艶冶で危険な女性でした。 眠りに落ちた彼女のハイヒールを磨く警官223号のシーンは、それまでのスリリングで混沌とした世界観とは打って変わった静穏な優しさにあふれており、作品のアクセントになっています。
都会の雑踏で交錯し、疾走する物語
警官223号は香港島の蘭桂坊地区にある軽食店、ミッドナイトエクスプレスで、新入りの店員フェイ(フェイ・ウォン)とすれ違います。この瞬間、映画は次の恋物語へとバトンタッチ。 フェイは文字通り妖精のような魅力を持つ女性で、店を訪れた警官663号(トニー・レオン)に恋をします。彼らの恋愛模様は、ママス&パパスの「夢のカリフォルニア」、フェイ・ウォンの「夢中人」といった楽曲に乗せて進行します。 「夢中人」は、クランベリーズの「ドリームス」のカバー曲ですが、フェイ・ウォンの透明な歌声には圧倒的な爽快感があり、映画終盤にかけて視聴者の心を大いに高揚させます。
「パイナップル好き?」を4ヶ国語で!国際色豊かな香港の魅力
警官223号の恋の舞台は、香港の九龍エリアに実在の重慶マンションという建物で、その名称は本作品の原題『重慶森林』の由来となっています。低料金で宿泊施設を提供する重慶マンションでは、世界各国からの旅行者や移住者による多民族コミュニティが形成され、その様はまさに一つの「惑星」。 『恋する惑星』では広東語のみならず、北京語、日本語、南アジアの言葉や英語といった多種多様な言語が飛び交い、エキゾチックな雰囲気を演出していますが、これは海外資本や貿易産業が密集する都市として歴史のある香港ならではの独自色であり、香港映画の魅力ともなっています。
眠りに落ちて出会う恋『初恋』
夢遊病の女の子の恋
同じく90年代の香港を舞台とするエリック・コット監督の『初恋』(1998年公開)。監督が製作秘話を語るドキュメンタリー風映像で幕を開け、主に二つの恋物語から構成されるオムニバス形式の映画です。 眠っている間の行動を知るため、自分の身体にビデオカメラを括り付けた夢遊病の少女ウェイウェイ(リー・ウェイウェイ)。そこには彼女に付き添う見知らぬ青年ラム(金城武)の姿が映っていました。睡眠薬を飲み、眠り続けた反動で不眠になった彼女は、夢遊病のふりをして彼に会いに行きます。目を閉じたままこっそりはにかむ少女の姿が可愛いお話です。
映画の後半は、元婚約者の出現に慌てふためく既婚男性のコメディ
結婚費用を全て捻出してくれた婚約者カレン(カレン・モク)から逃げ出したという過去を持つ男、ヤッピン(エリック・コット)。別の女性と結婚生活を営んでいた彼は、突然訪ねてきた元婚約者の姿に震え上がります。きっと仕返しに来たに違いないーー。ヤッピンはそう思い込みますが、果たしてカレンの真意やいかに......?
日常が放つ退廃的な美しさ『花様年華』
繊細な心情描写を艶やかに装飾する1960年代の香港ファッション
2001年公開のウォン・カーウァイ監督の『花様年華』は、1962年の香港を舞台に、集合住宅の隣人同士であるチャウ(トニー・レオン)とチャン夫人(マギー・チャン)のプラトニックな婚外恋愛がテーマの作品です。 50年代以降、経済の発展と共に大きく成長した香港の織物製造業。60年代には、世界各国のメーカーが生地の買い付けに訪れるようになり、香港の人々の間で欧米のファッショントレンドの影響力が拡大しました。60年代の香港は、伝統的なチャイナドレスから洋服へと移行する、近代ファッションの転換期なのです。 『花様年華』では、女性陣がチャイナドレスを着て登場します。中でも、西洋風のパターンをあしらったチャイナドレスに、ハイヒール&コートといった出で立ちのチャン夫人は、1960年代ならではの華洋折衷、レトロモダンスタイルを披露しています。 香港らしい艶やかなセンスは、ファッションのみならず、インテリアにも散りばめられ、生活感と華やかさが同居する独特の調和を奏でています。ネオンで彩られた今日の香港とは一味違った煌びやかさを楽しめる作品です。
変遷する街に生きる人々『台北ストーリー』
まばゆいネオン、ひしめく車、疾走するバイクの群れ。そこに放り込まれたかのような、そこで育った若者たち。昆虫が触角を伸ばすようにしか大切な人と出会えない。でも街は美しい…。
— 映画『台北ストーリー』公式 (@TaipeiStory1985) May 17, 2017
イッセー尾形(俳優) pic.twitter.com/CM4bVuut2d
台湾ニューシネマの巨匠、エドワード・ヤン監督が1985年に発表した『台北ストーリー』。民主化へと歩を進める1980年代の台北を舞台に、キャリアウーマンと、伝統的な家業を継いだ男性の恋愛を、ヨーヨー・マの音楽に乗せて描いた作品です。台湾ニューシネマのもう一人の巨匠、ホウ・シャオシェンが主演を務めました。 日本劇場初公開は2017年。エドワード・ヤン監督の生誕70年と没後10年を迎え、4Kデジタル修復版を以て本邦初公開となりました。
1980年代の台北が経験した変化
作品へのコメント:“自分の住む国の街やマンションを、他の惑星のように撮り、急激な近代化に翻弄される恋人たちを描く。大凡アジア映画であればどの国でも作り得るフォームを使った、驚異的な映画強度と永遠の新鮮さ。「黄金期」だけが持つ、儚いまでの万能感と多幸感。”菊地成孔(音楽家/文筆家) pic.twitter.com/q5Lwu1OXWx
— 映画『台北ストーリー』公式 (@TaipeiStory1985) April 30, 2017
1960年代から着実な成長を遂げた台湾経済。高層ビルの建築が加速した70年代を経て、台北の街並みは80年代に大きな変貌を見せました。劇中では富士フィルムのネオンが登場しますが、日本や米国の海外資本の進出が活発化したのも、70年代から80年代にかけての出来事でした。 1949年に布告された戒厳令の影響下にありながら、自由経済と民主主義へ向かって動き出していた80年代の台湾。変わりゆく街に向き合い、自己のあり方を模索する人々の日常を描いた本作品に、日本の高度経済成長期を連想する視聴者も多いのではないでしょうか。
舞台は1920年代の上海租界『上海異人娼館 チャイナ・ドール』
フランスのポルノグラフィ文学、『O嬢の物語』の続編『ロワッシイへの帰還』を元に描かれた寺山修司監督の『上海異人娼館 チャイナ・ドール』(1981年公開)。舞台を1920年代の上海租界に移した本作品では、クラウス・キンスキー演じるステファン卿が、愛人「O」の自分への愛を試すために、彼女を娼館で働かせるというストーリが展開します。 倒錯的な艶事が昼夜繰り広げられる娼館で、されるがままの人形のようなO。隣家の青年の純朴な恋心に触れた彼女は、初めて動揺を見せ、物語はラストに向けて加速します。
東洋の魔都、上海
欧米諸国と日本が設けた自治的な外国人居住区である上海租界は、ヨーロッパ建築の領事館や銀行、百貨店が立ち並ぶ豪華な街並みを誇り、ダンスや映画、賭博や売春といった多様な娯楽が提供される東洋の一大繁華街でした。 何度もリメイクされた香港発のドラマ『上海灘』(1980)や、カズオ・イシグロの小説『わたしたちが孤児だったころ』など、様々な分野の作品で独特の魅力を放つ上海租界。『上海異人娼館 チャイナ・ドール』では、妖しくも絢爛たる上海租界に生きる人々として、国際的モデルの山口小夜子が同じ娼館で生活する娼婦を、ピーターが娼館のマダムを演じています。
躍動する街と人々が織り成す物語を観たあとは
日本から比較的短時間で行ける海外旅行先としても人気の香港や台北、上海。スクリーンに映し出される異国情緒あふれる街並みを眺め、広東語や北京語の響きに耳を傾けるうちに、思わずガイドブックや語学の教本に手を伸ばしていた......ということもあるかもしれません。旅や異国語への憧憬をそそるアジア映画、観てみませんか。