【単独】『リズと青い鳥』山田尚子監督が尊重した少女たちの想い【インタビュー】
京都アニメーション 最新作『リズと青い鳥』
『響け!ユーフォニアム 北宇治高校吹奏楽部、波乱の第二楽章』を原作とし、映画化された本作『リズと青い鳥』。二人の少女の日常の一瞬を捉えた刹那の瞬間が1つの童話を通して、静かに、しかし力強く丁寧に描かれています。 本作を監督したのは、第40回日本アカデミー賞優秀アニメーション作品、第26回日本映画批評家大賞アニメーション部門作品賞を受賞し、話題となった映画『聲の形』も監督した山田尚子。 ストーリーがダイナミックに動いた映画『聲の形』と比べると、普遍的な日常を切り取ったような作品とも言える本作をどのように捉えたのか、更に監督自身の今までのキャリアを振り返って感じること・これからの道について伺いました。
山田尚子監督作品に欠かせない、脚本・吉田玲子との仕事とは
本作の脚本を手がけたのは、アニメ・実写問わず数々のヒット作を担当して来た吉田玲子。山田監督の作品には必ずと言っていい程、参加している彼女は今回『リズと青い鳥』でも脚本を担当しました。 何度も一緒に働いていた彼女と今回働いてみて、普段との違いなどはあったのでしょうか? 山田尚子「以前が別にごちゃごちゃしていたというわけではありませんが、今回はかなりスムーズに進んだ印象でした。吉田玲子さんが描く“少女の物語”に興味があって観てみたかったんです。どういう切り口で書いてくださるのか気になっていました。そこで彼女に「この『リズと青い鳥』をやってみたいです」と伝えたところ、すぐに「良いですね、匂いを感じます」とふたつ返事でお引き受けいただいて。なので、不安とかはなくて、「やってみたいね」という感覚がすぐ共有できました。」
アニメシリーズにおける、みぞれと希美は彼女の目にどう映ったのか
本作はTVアニメシリーズ『響け!ユーフォニアム』の新作でもあり、シリーズ原作からの独立した映画化でもあります。 本作を手がけるに当たって原作からのこのシリーズを、更にそこでの彼女達を山田監督はどう捉えていたのでしょう?
山田尚子「まず、ああいった切り口で人を描くという事に驚きましたね。置いてかれた事に関する執着や、置いて行った側が自覚的だったのか無自覚だったのかとか……ああいったものって綺麗なものを見せて行くこの世の中でとても新鮮で面白かったです。 みぞれと希美に関しては面白く、興味深いと感じていました。原作ではじめて二人のお話にふれたときから、まだまだ彼女達のストーリーが見てみたいと思ったキャラクターでしたね。」
物語の主軸となる童話「リズと青い鳥」劇中で深く描写を描いた意図とは?
本作は、タイトルともなっている「リズと青い鳥」という一つの童話にみぞれが出会い、それを読み進めていく事でストーリーが展開されていきます。現実の世界と童話の世界観が行き来し、対比されていくのが印象的。山田監督は、何故この童話の世界観を細部まで、深く描こうと思ったのでしょう? 山田尚子「本作のプロットを読んだときに、童話の描写が凄く素敵に描かれていて、凄く綺麗な世界観が見えたので、「これは深く描かない手はない……!」と思いました。また、その絵本からみぞれと希美の関係性をなぞらえていくという構図を、とても魅力的に感じたんです。みぞれが絵本を読み解いていくと同時に、彼女達の関係性が自然と描けましたね。それは恐らく、彼女達だけを描いていては描ききれないものが、この世界観を深堀することで可能になったのだと思っています」
何故、山田尚子監督は“脚のショット”にこだわるのか
山田尚子監督作品のファンであれば、彼女が“脚”を特別多く映す人物である事はお気づきいただけるかもしれません。それは本作に限らず『けいおん!』や映画『聲の形』でもそうでしたが、エモーショナルなシーンでこそキャラクターの脚を映すのは一体何故なのでしょう? 山田尚子「恐らく、それにはきっと沢山の理由があるんです。そのうちの一つとして、言葉として外に出しているものと実際に思っている事は違うのではないか、違う事の方が多いのではないか、という考えがありまして。そういう時って、口元の表情とかではなく他の部位に“本音”が出ているのではないかなって思うんです。」
「あと、そういったキャラクターが感情を高ぶらせている時の表情って、「その子はそれを皆に観てほしくないかもしれない」と思ったり。なんとなく、今一生懸命の子が泣いている、又は怒っている時にそれをわざわざ皆様に見せびらかしても……その感情や表情は“彼女の秘密”なんだと感じるのです。 他にも、情報が多くなりすぎるとか、色々な理由や意図はあって、それらが積み重なってそういうカメラワークになっているのかもしれません。」
生っぽいキャラクターの描き方、そこに垣間見える彼らの尊厳を保つ姿勢
上の答えからも伺えるように、山田監督は物語に登場するキャラクターを“実在する人物”として捉え、彼ら・彼女らの感情を何よりも大事にしているのです。そのせいか、監督の手がける作品に登場するキャラクターはどれもリアルで、『リズと青い鳥』のみぞれと希美にも、生っぽさを感じます。 山田尚子「今回は、“何でもなさ”を大事にしたいと思っていました。なので、見せられるために作られた動きではなく、彼女たちの思考において生まれた言動を、何でもなく自然に描くという事を大切にしているんです。 今作でも特に、そこの世界で生活している彼女達を“撮らせてもらっている”という感覚がありまして。「好きにしておいてね、勝手に撮るから」という気持ちでおりました。」
キャラクターたちの魅力を何よりもちゃんと撮りたいのです。動かしたいと思わず、動いているものを撮りたい。彼女達を自分が動かしたいように動かすのではなく、彼女達の感情から出る動きを撮りたい気持ちの方が強いです。」 みぞれと希美のやり取りの描き方にも、それは影響していました。 山田尚子「言わなくても分かっているでしょ、という事が実はごっそりわからなかった事であった。あんなに会話が成り立っていたのに、まさかみぞれと希美の気持ちがこんなにも違っていたなんてと、驚いてしまうんです。しかし、これって普段から全然起こりうる事ですよね。
「自分だけに話してくれていることじゃなかったんだ」という発見などは、毎日学校生活で起きるものです。大人になると、もう感覚がボケてしまって気にならなくなるんですけど、彼女たちの年頃は毎回それが気になってしまっていたはず」
『リズと青い鳥』を観た人は、何を想うのだろうか
ここまでキャラクターや世界観に強い思い入れを抱いている監督が、本作を初めて鑑賞した時どのような気持ちになったのでしょう。 山田尚子「初号試写の時、初めてヒトの作品として観れた気がします。それまでは毎日夢中になって作っていたので、自分の手を初めて離れたその試写会で、初めて客観的に観れました。とても、あの少女たちの感情の機微に感動しました(笑) 最後の最後まで会話が噛み合っているようで、噛み合っていない。そこをずっと積み上げてきたのですが、観客がそれを理解してくれるのか少し不安はありました。積み上げ切ったという感覚はあるのですが、今度は観ている人がそれをどんな風に感じるのだろうというのが想像できないので、気になるところです」
山田尚子監督作を一貫して支える“音”本作にも大きなこだわりが!
生なキャラクターの描き方もそうですが、“音”というのもまた、山田監督が手がけて来た作品の物語を支える大きな存在として登場しているように感じます。『けいおん!』ではバンドの演奏、『たまこまーけっと』及び『たまこラブストーリー』ではレコード、映画『聲の形』では声という音……『リズと青い鳥』では、どのような音が奏でられるのでしょう?
山田尚子「今回、みぞれと希美が生活している部分のパートの効果音に凄くこだわっていました。彼女たちが演奏する楽曲が素晴らしいのは勿論の事なんですけど、それ以外に彼女達を包んでいるものも大事にしていて。例えばそれは、彼女達が歩いて行くテンポとその足音であったりします。 それに加えて、彼女達を受け入れる容器となっている「学校」というものが、みぞれと希美の会話などを楽しそうに見ているような感覚の音の付け方をしました。彼女達に対して、周りが凄く反応しているような音付けと言いますか、うるさすぎない程度にサラウンドで囲いこむような音にしたのです。なので、ぜひ良い音の環境で今作を観ていただいて、その点にも注目していただきたいです!」
今まで手がけたアニメ作品を振り返って
今まで数多くの作品を京都アニメーションに入社されてから手がけて来た山田監督。本作まで手がけてきたものを振り返ってみて、どのような道を歩んで来たのでしょう? 山田尚子「作品を作るたびに、全てゼロに戻るんですよ。毎回その作品に正面から向き合う感じなので、毎度新鮮ですね。なので、以前手がけた作品とかを久しぶりに観ると凄く新鮮に観れて、「こういう事してたんだ」っていう驚きや発見が毎回ありますね。どれも別物ですし、その時考えている思いも全部違うのでそれが毎回リセットされている事も新鮮です。
怖いもの知らずで、凄く恥ずかしい事をしていたんじゃないかなと思って、自分の戒めのために、たまに過去作をパトロールするんですよ(笑)『けいおん!』も見返しましたが、凄く楽しそうに作っているなと感じましたね(笑)ただ凄く彼女達に真剣に向き合っているし、はじめたての当時の若さに任せてやっているわけではなかったんだな、と安心しました。」
山田監督「今後も積極的にアニメ映画に挑戦したい」
アニメシリーズの監督から、アニメ映画監督へと進出した監督。彼女にとって、テレビアニメと映画を作る上での違いは何なのか。今後の展望も含めて伺いました。 「単純に時間が区切られているシリーズと、一本丸々と観てもらえる映画とは時間の感覚が違いますね。あと、起承転結が描かれる点です。シリーズはシリーズで積み上げて行く楽しさ、毎度進化する楽しさがありますが、映画は一本の中で「この作品とは」というものが、きちんと描き切る事ができます。 それを皆さんに観きっていただく快感は、他のものに代え難いものがありますね。映画をつくるというのも、やはりまだまだ興味深く、楽しいです。 今後も映画に関してはお話があれば是非と思っております。」 『リズと青い鳥』は4月21日(土)より全国上映中です。