音楽が救う夢と人生。感動の映画、『オーケストラクラス』レビュー
実在の音楽教育プロジェクトから生まれた感動作
フランスで約2000人以上が体験し、音楽を効果的に教育現場に取り入れたプログラムとして現在も多くの支持を得ている「デモス」。そこから発想を広げ映画作品として完成したのが映画『オーケストラクラス』。第74回ベネチア国際映画祭では特別招待作品に選出されたことで話題を集め、日本でも2018年8月18日より公開を開始しています。 そこで今回は、本作の概要や完成に至るまでの裏側、作品の基となった実在の音楽教育プロジェクト「デモス」についてご紹介していきます。
傷付いたバイオリニストが子どもたちに与える音楽の光
映画の舞台はフランスのパリ19区の小学校。多種多様な移民の子供たちが集うこの学校では、音楽選択クラスの生徒にフィルハーモニー・ド・パリが運営する音楽教育プログラムを実施中。そして今年の指導者に選ばれたのは、プロの演奏家としての夢に破れ挫折を味わい、心に傷を負った中年バイオリニストのダウドでした。 緊張を胸に教室に足を踏み入れたダウドでしたが、生徒たちは一向に楽器に興味を示さず好き勝手に騒ぐばかり。そんな絶望的状況に早くも気力を失くしていたところ、アフリカ系の少年アーノルドが新たにクラスに加入。 まだ未熟ながらも大きな可能性を秘めたアーノルドの音楽的才能に気づいたダウドは、次第に最終目標である年度末のコンサートへの志を高めていき、子どもたちも徐々に演奏技術に磨きをかけていくものの、クラスは本番直前に予想外のハプニングに見舞われてしまい……。 傷付いたバイオリニストと子どもたちの交流と、音楽を通してそれぞれが成長していく姿を描いたヒューマンドラマ作品です。
アルジェリア出身の新鋭監督ラシド・ハミ
本作でメガホンを取ったのは、アルジェリア出身の映画監督ラシド・ハミ。1985年にアルジェリアのアルジェで生まれ、映画監督のアブデラティフ・ケシシュのもとに師事し、役者としてのキャリアを10代の頃にスタート。主な出演作として『身を交わして』や『キングス&クイーン』などがあり、その後2005年に短編映画で監督デビューを果たしました。 さらにその後2008年にルイ・ガレルなどを起用した映画『Choisir d'aimer』で初めての長編作品の監督を務めました。本作は長編2作目にあたり、ギィ・ローランと共同で脚本も担当しています。
コメディアンとして活躍する̚カド・メラッド
突如子どもたちにバイオリン指導をすることになった、真面目で少々気難しい性格の主人公ダウドを演じたのは、フランスで人気コメディアンとしても活躍している̚カド・メラッド。1964年にアルジェリアにて誕生し、役者としてのキャリアを積みながらコメディアンとしても人気を博してきました。 本作では普段のコメディアンとしての顔からは一転、不器用で少しぶっきらぼうな主人公ダウド役を熱演しており、その演技のふり幅の広さに驚かされます。また過去の出演作には映画『コーラス』や『幸せはシャンソニア劇場から』、『プチ・二コラ』などがあり、今後の活躍を期待されている俳優のひとりです。
フィルハーモニー・ド・パリが運営するプロジェクト「デモス」
本作の着想の基であり舞台となっているのが、フランスで実施されている音楽教育プロジェクト「デモス」。これは子どもたちに無料で楽器を贈呈し、プロの演奏家を指導者とすることで、音楽を誰でも分け隔てなく学ぶことを可能にしたものです。 多くの移民が暮らすフランスのパリでこのプログラムの導入は、経済的格差が教育格差に直結してしまうという、現代の社会問題への真摯で画期的な対策として大きな話題となりました。 本作の脚本家のひとりであるギィ・ローランが、デモスを通じてクラシック音楽に出会った貧困地区の少年のルポタージュに感銘を受け、その映画化の話をラシド・ハミ監督に持ち掛けたことをきっかけに映画「オーケストラクラス」は誕生しました。
音楽は教育現場でどう作用するか
音楽が教育現場に参入したとき、どんな化学反応が起こるのか。映画『オーケストラクラス』は、それを証明する作品ともいえるでしょう。 語学などの基本的な教養知識のみならず、音楽をはじめとする美術や演劇、映画などのさまざまな分野の芸術を教育プログラムの一環として取り入れることで、生徒間の心的変化はもちろんのこと、教員側にも新たな感情が生まれ、あらゆる成長をもたらします。 作中では、演奏家として挫折を味わい志半ばのままバイオリン指導を引き受けたダウドが、子どもたちが少しずつ音楽と溶け合っていく姿を目にすることで、人生への迷いや不安が解かれていく様子が描かれています。 また本作のように家の貧富の差に関係なく皆が平等に楽器に触れ、プロによる指導のもと音楽体験を味わうということは、芸術的才能の開花の助長や人間性の豊かさの拡張に匹敵するものであり、このようなプログラムを実施する国や地域が広がることで、国際的な教育の向上を臨むことができるのではないかと筆者は考えます。
キャスト全員がゼロからのスタート
本作では楽器に触れたこともない子どもたちがフィルハーモニー・ド・パリの舞台に立つまでの特訓と成長の日々が描かれていますが、演技に臨場感を出したいという監督の強いこだわりもあり、なんと実際にキャストの子どもたちは全員バイオリン未経験者。たった4ヶ月という短期間で演奏家としての技術を身につけるためにひたすら猛練習を重ねたとのこと。 ゆえにキャストと楽器の距離感がごく自然なものとなり、本作の大きなテーマのひとつとも言える「音楽との初めての出会い」を見事に表現することができたのです。
音楽を通して紡がれる絆を描いた感動作
挫折したバイオリニストと、さまざまな家庭環境や事情を背景に育った子どもたちが、音楽を通して交流を深め、ひとつの目標に向かってともに歩んでいく姿を描いた感動作『オーケストラクラス』。実在の教育プロジェクトから着想を得たということもあり、作中に登場する演奏シーンや練習シーンからは独特の臨場感が醸し出されています。 日本では2018年8月18日より公開がスタートし、徐々に地域を広げながら全国で公開を展開していく予定です。ぜひこの機会に、素晴らしい音楽風景を体験してみてはいかがでしょうか。