『シャドウワーク』吉野竜平監督が選ぶ“生涯ベスト映画3選―『君は永遠にそいつらより若い』の原点になった韓国映画とは?
映画『シャドウワーク』作品概要
日常的に暴力を振るう夫から逃げてきた紀子(吉岡里帆)。しかし、やがて居場所を突き止められ、再び行き場を失ってしまいます。絶望の淵にいた彼女に救いの手を差し伸べたのは、入院先の看護師・路子(美保純)でした。 路子に連れられてたどり着いたのは、三浦海岸の外れにひっそりと建つ施設。そこは、配偶者や親から暴力を受けた女性たちを匿うシェルターでした。彼女たちはその場所を〈おうち〉と呼び、食事や掃除など、暮らしのすべてを「持ち回り」で支え合いながら生活しています。 少しずつ穏やかな日々を取り戻していく紀子。しかし、暮らしを重ねるうちに、〈おうち〉に対して小さな違和感を抱き始めます。そしてついに、そこで密かに続けられてきた組織犯罪の構造を知ってしまい——。 その一方で、とある事件を追う刑事・薫(奈緒)もまた、〈おうち〉の存在へと近づきつつありました。
吉野竜平監督プロフィール
1982年生まれ、神奈川県出身の映画監督・脚本家。法政大学在学中にニューシネマワークショップで映画制作を始め、卒業後は日本映画学校(現・日本映画大学)で撮影照明技術を学ぶ。 長編監督作『あかぼし』(2013年)をはじめ、『スプリング、ハズ、カム』(2017年)、『ミゾロギミツキを探して』(2019年)、『君は永遠にそいつらより若い』(2021年)、『ファンファーレ』(2023年)などを手掛けてきた。2026年公開の『シャドウワーク』では、佐野広実の同名小説を原作に監督・脚本を担当。吉岡里帆と奈緒をW主演に迎え、暴力を受けた女性たちの選択と連帯を描いている。
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吉野竜平監督が選ぶ生涯ベスト映画3選
Q. 監督に生涯ベスト映画を3本選出いただきました。ご紹介をお願いします。
生涯ベスト映画①『エイリアン』(1979)

吉野 1本目は、リドリー・スコット監督の『エイリアン』です。子どもの頃から、生涯で一番繰り返し観ている映画だと思います。 リドリー・スコットの好きなものがすべて詰め込まれているような作品なんですけど、それでいてすごく開かれている。美術も音も、役者さんの芝居も、エンタメでありながらどこか異質なんですよね。 演技は少しドキュメンタリーっぽいし、美術も「もう二度とこんなものは作れないんじゃないか」と思うくらい圧倒的で。特にH・R・ギーガーによるエイリアンのデザインをはじめ、あの美術や造形がすごく好きです。 物語としては、宇宙貨物船で働く人たちの話でもあるんですよね。「SFの世界に労働者の日常があったら、きっとこういう感じなんだろうな」というリアリティがあって、そこに突然エイリアンが一匹やってきて、人を殺していく。そのドキュメンタリーのような感触もすごく好きです。

「エイリアン」シリーズは基本的に全部観ていますが、やっぱり突出して繰り返し観ているのは、リドリー・スコットが監督した第1作です。 2作目以降は銃をバンバン撃つ展開も増えていきますが、1作目は火炎放射器くらいしかまともな武器がない。あれだけ強い敵を相手に、手作りの火炎放射器や電気で対抗するしかないんです。 その圧倒的に不利な状況というか、逃げ場のない“追い詰められ感”が、第1作は一番ゾクゾクする。そこも何度も観てしまう理由だと思います。
『エイリアン』作品概要
リドリー・スコット監督が1979年に発表した、SFホラーの金字塔。日本では同年7月21日に公開されました。宇宙貨物船ノストロモ号の乗組員たちが、立ち寄った惑星から未知の生命体を船内へ持ち込んだことをきっかけに、密室と化した宇宙船の中で次々と命を奪われていきます。 シガニー・ウィーバー演じる航海士リプリーは、本作を機にシリーズを象徴する存在となりました。エイリアンの造形を手がけたのは、スイス出身の芸術家H・R・ギーガー。独創的なクリーチャーデザインや美術も高く評価され、第52回アカデミー賞で視覚効果賞を受賞しています。
生涯ベスト映画②『子猫をお願い』(2001)
吉野 2本目は、チョン・ジェウン監督の『子猫をお願い』です。大学生くらいの頃に映画館で観ました。 高校を卒業したばかりの女の子たちが、それぞれ別々の道へ進んでいく中で、少しずつ友情の形が変わっていく物語です。お金がある人とない人、都市部へ出た人とそうでない人。進む道が分かれることで、今まで見えなかったさまざまな格差が浮かび上がってきて、関係が少しずつぎこちなくなっていくんです。 10代の女の子たちを描いた作品なのに、一切“エモく”描かないところがすごく印象的でした。恋愛要素も多少はあるんですけど、それが物語の中心にはならない。日本の作品だと、どうしても恋愛が成就することがひとつのゴールになりがちですが、この映画はそうではなくて、すごく冷徹な目線で女の子たちを見つめているんですよね。 途中にはかなり救いのない出来事も起こります。社会に対して無力な10代の女の子が、他者に対していったい何ができるのか。そういうことを真正面から描いている。 「こんなに飾らなくても、キラキラさせなくても、映画って作れるんだ」と思いました。 僕が以前撮った『君は永遠にそいつらより若い』も、ある意味では『子猫をお願い』で感じたことを日本でできないかと思って作った作品です。当時の僕が観ていたほかの映画とはあまりにも違っていて、その衝撃がいまだに強く残っています。
『子猫をお願い』作品概要
チョン・ジェウン監督の長編デビュー作となる、2001年公開の韓国映画。日本では2004年に劇場公開されました。ソウル近郊の都市・仁川で女子商業高校を卒業した5人の女性たちが、それぞれ異なる進路へ進むなかで、友情や距離感を少しずつ変化させていく青春群像劇です。 主演はペ・ドゥナ。イ・ヨウォン、オク・ジヨン、イ・ウンシル、イ・ウンジュらが共演しています。ペ・ドゥナは本作での演技が高く評価され、第38回百想芸術大賞で最優秀女優賞を受賞。女優として大きく飛躍するきっかけとなりました。2022年12月には、4Kリマスター版も日本で劇場公開されています。
生涯ベスト映画③『豚と軍艦』(1961)
3本目は今村昌平監督の『豚と軍艦』です。1960年代の白黒映画で、横須賀の米軍基地の近くに暮らす若いチンピラの男の子が主人公です。 彼はヤクザの親分から養豚で一儲けしようと持ちかけられて、米軍から出る残飯を豚に食べさせれば、丸々太って儲かるはずだと考える。でも、なかなか思うようにはいかなくて、どんどん悪い方向へ転がっていき、最後にはとんでもないことになってしまう。 僕は映画を観るとき、「この物語はどこで起きているのか」ということをすごく大事にしているんです。場所と作品がどう結びついているのか。今回の『シャドウワーク』も三浦や館山が舞台ですが、そこで起こる必然性は自分の中ですごく重要でした。

『豚と軍艦』は横須賀という、ある意味では米軍基地によって成り立ってきた街の物語です。僕自身、横須賀出身なんですが、やっぱりそういう空気はあるんですよね。大きな空母が一隻入ると街が潤う、みたいな。 僕が子どもの頃にはそこまで色濃くなかったですけど、1960年代はきっともっとすごかったんだろうなと思います。一方で、その少し前までは戦争をしていて、米軍によって家族を失った人たちもいる。米軍に支えられながら、その米軍との戦争の記憶も残っている。そんな矛盾を抱えながら、それでも人は生きている。 それは横須賀や沖縄のような、特定の場所だからこそ描ける物語だと思うんです。『豚と軍艦』は、その街でなければ成立しない必然性があって、だからこそキャラクターもストーリーも生きてくる。そこがすごく面白いと思いました。 それに、僕は今村昌平監督がすごく好きで。作品に出てくる人間たちのエネルギーにも惹かれます。特に吉村実子さんが演じるヒロインが、物語の中でどう変化していくのかがすごく印象的です。 ラストに、彼女が横須賀駅へ向かって一人で歩いていく場面があるんですけど、ただ一人の人間が歩いているだけなのに、その姿がすごく神聖なものに見える。本当にすごい映画だと思います。
『豚と軍艦』作品概要
今村昌平監督が1961年に発表した日活作品。モノクロ、上映時間108分。在日米軍基地の街・横須賀を舞台に、ヤクザに命じられて養豚ビジネスに手を出すチンピラの欣太(長門裕之)と、その恋人・春子(吉村実子)の姿を通して、戦後日本の混沌や社会の矛盾を寓意的に描き出します。 吉村実子は本作で映画デビュー。第12回ブルーリボン賞作品賞を受賞。今村監督が、人間の欲望や生命力をユーモアと毒を交えて描く“重喜劇”のスタイルを確立した一作としても知られています。
【自作への影響】“女性を描く映画”に惹かれる原点

Q. 今回選ばれた生涯ベスト映画3本が、監督ご自身の作品に影響を与えたことはありますか? 吉野監督 『エイリアン』と『子猫をお願い』は、どちらも女性を中心に描いた映画です。『エイリアン』でいえば、シガニー・ウィーバー演じるリプリーが、宇宙でたった一人エイリアンと戦っていく。自分が女性を描いた映画に惹かれる原点は、多分そこにあるんだろうなと思います。女性が一人で過酷な状況に立ち向かっていくというところに、昔から惹かれていたのかもしれません。

『子猫をお願い』には、同じ学校に通っていた女の子たちが、夜更かししながらわちゃわちゃしているような場面があって。そういう空気感は、『シャドウワーク』の中でも、例えば〈おうち〉と呼ばれるシェルターで女性たちが一緒に過ごし、ワイワイしている場面にどこか活きているのかなと思いますね。
【映画の原体験】テレビの洋画劇場が入り口だった

Q. 映画の原体験についてお聞かせください。 吉野監督 子どもの頃に何を観ていたかというと、幼稚園や小学生の頃は『ゴジラ』とかですね。 僕が子どもの頃は、まだ夜9時くらいになるとテレビで映画を放送していて、木曜から日曜あたりは洋画を観る機会が結構あったんです。『バック・トゥ・ザ・フューチャー』や『スター・ウォーズ』、『E.T.』みたいな、いわゆるスピルバーグやルーカスの王道作品を観ていたので、映画の入り口としてはすごく普通だったと思います。 あとは、父親や母親が『男はつらいよ』を好きだったので、家で一緒に観ることもありましたね。
【映画にのめり込んだ瞬間】『七人の侍』で受けた衝撃

Q. 映画にグッとのめり込んだきっかけがあればお聞かせください。 吉野 映画はもともと、マニア的に好きだったというより、ひとつのエンタメとして子どもの頃から自然に楽しんでいたという感じでした。 ただ、中学生くらいの頃に、何かのきっかけで黒澤明監督の『七人の侍』を観たんです。「こんなに面白いものがあるんだ」と、本当に衝撃を受けました。それが、映画にグッとのめり込んでいった大きなきっかけだったと思います。
【映画監督を志したきっかけ】“こういう集団行動なら楽しめる”
Q. 映画監督を志したきっかけをお聞かせください。 吉野監督 映画監督になろうと思った、すごくドラマチックな出来事があったわけでは全然なくて。大学では映画とはまったく違う勉強をしていたんですが、とにかく時間があったんです。ゼミも週に一度くらいで、サークルにも入っていなかったので、本当に時間を持て余していました。 そんな中で、映画の作り方を教えてくれるニューシネマワークショップという場所を知って。「映画は好きだし、時間もあるから行ってみようかな」くらいの気持ちで参加したんです。 そこで自主制作のような形で映画を作っていくうちに、自分はもともと集団行動があまり得意ではなかったんですけど、「こういう集団行動だったら楽しめるな」と思えた。それが、映画づくりを続けていくきっかけになったんだと思います。
【鑑賞視点の変化】映画を“構造”で見るように
Q. 映画監督になってから、映画を観る視点に変化はありましたか? 吉野監督 やっぱり、どうしても作り手の目線で観るようにはなりましたね。 映画を観ながら、「次のカットは寄りかな、引きかな」と考えたり、時間を気にしたり。家で観ているときは、別につまらないわけじゃないんですけど、再生画面の下に出る進行バーを見てしまうこともあって。 「ここまででキャラクター紹介をどれくらいやっているな」とか、「ここで一度大きな出来事が起きたら、ちょうど中盤くらいだな」とか。そうやって、少し嫌な言い方をすると、かなり客観的に構造を見るようになった気がします。
【映画の鑑賞ペース】年間200本、週10本観ることも
Q. 映画を観る頻度と、作品を選ぶ基準についてお聞かせください。 吉野監督 鑑賞頻度にはばらつきがありますけど、観るときは週に10本くらい観ることもあります。劇場と配信を合わせると、トータルでは年間200本くらいだと思いますね。 作品を選ぶときは、なるべくYouTubeなどで予告編をチェックしています。あとは、知り合いのスタッフや役者さんから「あれ面白かったですよ、観ました?」と勧められて、「そんなに面白いんだ」と思って観に行くことも多いですね。
【注目する映画作家】国内外で新作を楽しみにする監督たち

Q. 注目している映画監督をお聞かせください。 吉野監督 海外の監督だと、クリストファー・ノーラン、ドゥニ・ヴィルヌーヴ、デヴィッド・フィンチャーですね。 日本の監督では、橋口亮輔監督や西川美和監督。このあたりの監督は、新作が出たら「観たい」と思って、わりとすぐ劇場へ足を運ぶことが多いです。
【惹かれる映画の共通点】“間口の広さ”に作家性をひと振り

Q. 惹かれる映画に通底する傾向や特徴をお聞かせください。 吉野監督 やっぱり、丁寧に作られている作品を観たいという気持ちはありますね。 橋口監督や西川監督もそうですけど、すごく多作というよりは、何年かに1本、しっかり時間をかけて、強いこだわりを持って作品を作っている印象があって。そういう作品には自然と惹かれます。 ノーランもそうですが、エンタメとして間口が広い一方で、そこに作家性が少し効いている作品が好きなんだと思います。作家性が前に出すぎるというより、「どうぞ楽しんでください」という開かれた作りの中に、一振り、二振りくらい作家の個性が入っている。そういう作品を見ると、「面白そうだな」と思って劇場に足を運びますね。
【最近印象に残った1本】『ナースコール』で感じた、所作のリアリティ

Q. 最近鑑賞して印象に残っている1本をお聞かせください。 吉野監督 少し前になってしまうんですけど、『ナースコール』という映画がすごく良かったですね。 ひとりの看護師さんの遅番の1日を描いた作品で、病院に来て仕事をして、帰りのバスに乗るところまでが、すごく淡々と描かれているんです。 主人公の女性は、注射を打ったり、いろいろな器具を扱ったりしながら仕事をしていくんですけど、そのすべての動きが身体に染み付いているように見えるんですよね。 器具を動かしながらセリフを言ったり、注射をしながら会話をしたり。仕事の動作と芝居が完全にひとつになっていて、もちろん俳優さんが演じているんですけど、まるでずっと看護師として働いてきた人のように見える。 「これをどうやって身体に染み込ませたんだろう」と思うくらい、所作のひとつひとつが自然で。そこがすごく印象に残りました。
【監督として幸せな瞬間】“骨格標本”に体温と匂いが宿るとき

Q. 映画監督として一番幸せを感じる瞬間についてお聞かせください。 吉野監督 段階ごとにありますね。 脚本を書いていてノってきたとき。キャラクターが「ちゃんと動いているな」と感じられたり、その人物の動きや疾走感みたいなものが自然と浮かんできて、スッと書けたときはすごく嬉しいです。 撮影に入ると、今度は役者さんが実際に生身の身体を使って演じてくれる。その瞬間に、「本当にこういう人がいる」としか思えなくなることがあるんです。 さらに編集やポスプロの段階では、音楽が乗ったり、整音によって緊張感やドラマチックさが生まれたりして、物語に波ができていく。 最初は、脚本という“骨格標本”だけだったものに、撮影を通してキャストやスタッフが少しずつ肉付けしていって、最後には立体感のある人物が立ち上がってくるんです。 最終的に試写でスクリーンを観たときに、「ちゃんと体温や匂いのあるキャラクターになっているな」と思えると、「ああ、よかったな」と感じますね。

Q. 『シャドウワーク』でも、そういった瞬間はありましたか? 吉野監督 ありましたね。〈おうち〉のシーンでも、奈緒さん演じる薫のシーンでも、画面に映っているのはその瞬間だけなんだけど、なんとなくその前後の時間まで匂ってくるような感覚があって。 〈おうち〉の人たちも、「普段からこういう暮らしをしているんだろうな」とか、「この場面の少し前には、こんなことがあったんじゃないか」と感じられる。 僕の理想としては、登場人物たちにはずっと長い時間の流れがあって、カメラはその一部だけを切り取っている、という感覚なんです。「いくつかの瞬間をつないだら、偶然ひとつの物語になった」くらいが理想で。 『シャドウワーク』も、シーンとシーンの間にある時間までなんとなく感じられるような空気感にはなっているんじゃないかなと思います。
▼取材・文:増田慎吾

