2019年11月20日更新

『攻殻機動隊』の名言10選!思わず考えさせられる深いセリフを紹介

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『GHOST IN THE SHELL 攻殻機動隊2.0』

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「僕は耳と目を閉じ、口を噤んだ人間になろうと考えた」

この名言は、TVアニメ『攻殻機動隊 STAND ALONE COMPLEX(通称S.A.C)』の作中で繰り返し登場します。作中の時系列で最初に登場したのは「笑い男事件」です。 セラノゲノミクスの社長が誘拐された際、周囲の人間や監視カメラは、犯人の顔を視認できませんでした。原因は電脳ハッカーによって「笑い男マーク」が強制表示されたため。この事件を発端として、「笑い男マーク」が世間で流行し、模倣犯まで登場します。 「笑い男マーク」の英文を意訳すると「僕は耳と目を閉じ、口を噤んだ人間になろうと考えた」となります。このフレーズに影響を受けた草薙素子は「世の中に不満があるなら自分を変えろ。それが嫌なら、耳と目を閉じ、口を噤んで孤独に暮らせ」とテロリストに向かって言っていました。 この名言の元ネタはJ.D.サリンジャーの小説『ライ麦畑でつかまえて』。元ネタの登場人物も「攻殻機動隊」の人物も、上記のセリフを口にしながら、結局は“口を噤んで孤独に暮らす”ことに失敗している点が興味深いポイントです。

「理解なんてものは概ね願望に基づくものだ」

この名言は『イノセンス』で荒巻大輔課長が口にした言葉です。 ガイノイド暴走事件の担当になったバトーは、なぜ所轄が捜査しないのかと疑問を持ちます。バトーが所属する9課は首相直属。本来であれば暴走事件の担当ではないのです。 その疑問が拭えないまま、バトーが「なぜ9課が動くのかを除いて理解したつもりですが」と言うと、荒巻課長が「理解だと……?理解なんてものは概ね願望に基づくものだ」と返します。 椅子から動かない荒巻課長は、前作で素子が姿を消して以来、覇気を失っている様子です。なぜ素子が失踪したのか理解できない現状に対し、この虚しいセリフを日頃から自分自身に言い聞かせていたようにも見えます。 また、『イノセンス』の後半では、バトーが疑似現実に迷い込みます。この荒巻課長のセリフが、客観と主観の曖昧さをほのめかす伏線にもなっているでしょう。

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「だけど私は情報の並列化の果てに個を取り戻すためのひとつの可能性を見つけたわ。」

TVアニメ「S.A.C」の26話に登場する素子の名言です。 村井ワクチンの利権から起きた「笑い男」の事件から半年後。素子は本物の「笑い男」であるアオイ・タカシと、図書館で対面します。アオイは図書館司書の青年で、J.D.サリンジャーなどの言葉を引用しながら、事件の顛末や、今後の世界について話すのでした。 電脳化された人間が、個を失っていく現象「スタンド・アローン・コンプレックス」について、アオイは「絶望の始まりにしか感じられないんだけど、あなたはどう?」と素子に質問します。 素子は「だけど私は情報の並列化の果てに個を取り戻すためのひとつの可能性を見つけたわ。」と反論。アオイが「因みにその答えは?」と投げかけると、「好奇心よ、多分ね」と返しました。 情報化社会による没個性化の弊害は、現実でも示唆されていいます。「好奇心」によって閉塞感を打破する素子の姿勢は、現代人が未来を切り開くヒントになる得るかも知れません。

「我々の間には、チームプレーなどという都合のよい言い訳は存在せん。有るとすればスタンドプレーから生じる、チームワークだけだ」

攻殻機動隊03

TVアニメ「S.A.C」の5話に登場する荒巻課長の名言です。 「笑い男事件」を追う素子は、重要参考人のナナオを追跡していましたが、「ピースがはまってない感覚」を覚えていました。駐車場で自動車のドアから身を乗り出した素子は、車外の荒巻課長に向かって、ナナオではなく警視総監に近づきたいと要望します。 素子に対して荒巻課長は「うむ、よかろう。我々の間には、チームプレーなどという都合のよい言い訳は存在せん。有るとすればスタンドプレーから生じる、チームワークだけだ」と返答。 このセリフは、現場での個人の判断を尊重するものですから、ファンの間では「理想の上司の言葉」とも言われています。 また、個人と集団の関係がネットワークで接続されている、本作の世界観に関わる重要なポイントです。意味深な言葉であるためか、26話で荒巻課長を思い出したトグサが、全く同じセリフを口にしています。

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「死に何か期待してる? 少なくとも夜明けの船上でガキに撃たれてくたばりたくはなかったわけだ」

原作漫画『攻殻機動隊 THE GHOST IN THE SHELL』の10話に登場するセリフです。 船上の怪しげなグループを追っていた素子は、犯人の1人である青年を誤って射殺してしまいます。過失致死としてマスメディアに報道され、裁判にもかけられることになった素子。別の捜査でトグサを骨折させてしまった負い目もあり、素子は病院の一室で、いつになく落ち込んだ様子を見せます。 すると、病室にバトーが登場。笑顔でトグサをからかった後、背を向けたままの素子に向かって、バトーは言います。「死に何か期待してる? 少なくとも夜明けの船上でガキに撃たれてくたばりたくはなかったわけだ」と。 正当防衛で少年を撃った事実は、一見すると生に執着していなさそうな素子が、やはり生きたいと思っていたことを意味します。バトーの言葉は、からかい口調ながら命の重みを再確認するセリフだと言えるでしょう。また、「人形使い」との遭遇による、素子の心境変化も感じられるエピソードです。

「私みたいに全身を義体化したサイボーグなら誰でも考えるわ。もしかしたら自分はとっくに死んじゃってて、今の自分は電脳と義体で構成された模擬人格なんじゃないかって。いえそもそも初めから『私』なんてものは存在しなかったんじゃないかって」

劇場版アニメ『GHOST IN THE SHELL / 攻殻機動隊』の素子のセリフです。 政府関係者も利用する義体メーカーのある女性型義体が、ひとりでに走り出す事件が発生。調べてみると、義体には生身の脳が入っていないにも関わらず、自我や意識を司るゴーストが宿っていたのでした。 考え込む素振りを見せていた素子は、エレベーターの中でバトーと2人きりになったときに「あの義体、私に似てなかった?」と切り出し、自我そのものを疑う言葉を口にします。 「私みたいに全身を義体化したサイボーグなら誰でも考えるわ。もしかしたら自分はとっくに死んじゃってて、今の自分は電脳と義体で構成された模擬人格なんじゃないかって。いえそもそも初めから『私』なんてものは存在しなかったんじゃないかって」と。 義体にゴーストが宿るとなると、自分自身の存在が疑わしくなるのは当然でしょう。生身の人間である視聴者も、自分のアイデンティティについて考えさせられる、哲学的なセリフです。

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「バトー、忘れないで。貴方がネットにアクセスするとき、私は必ず貴方の傍にいる」

映画『イノセンス』のラストシーンの素子のセリフです。 ガイノイド事件の全貌を解き明かし、プラント船に乗り込んだバトー。バトーを助けるためにネットの世界から素子が現れ、女性型アンドロイドであるガイノイドへ人格の一部をダウンロード。バトーと共闘してくれました。 3年ぶりに擬似的な再会を果たしたバトーが「今の自分を幸福だと感じるか?」と問いかけると、素子は「懐かしい価値観ね」と答えます。その後いくつか言葉を交わすと、素子は視線を外します。 「バトー、忘れないで。貴方がネットにアクセスするとき、私は必ず貴方の傍にいる」と告げて、素子は「行くわ」とネットの世界に去ってしまいます。無機質なプラント船には、停止したガイノイドだけが残されるのでした。 素子の変わらない想いと、変わってしまった関係性が感じられる言葉です。また視聴者にとっては、現実のネットも誰かの監視下にあるかも知れない、と再認識させられるフレーズでもあります。

「さて、どこへ行こうかしらね。ネットは広大だわ」

原作漫画『攻殻機動隊 THE GHOST IN THE SHELL』にも、劇場版アニメ『GHOST IN THE SHELL / 攻殻機動隊』にも登場するラストシーンのセリフです。 「人形使い」の電脳にダイブし、ネットと一体化した素子。目覚めた場所は、バトーのセーフハウスでした。素子の身体は、アニメ版では少女の義体、漫画版では男性の義体に変わっています。 バトーから状況説明を聞くと、おもむろに立ち上がって、再会の合言葉を決める素子。眼下の夜景を見下ろしながら、遠くを見るような表情をすると、「さて何処へ行こうかしらね。ネットは広大だわ」と呟き去っていくのでした。 漫画版のやり取りはコミカルになっていますが、ネットと融合した素子が、人間ではなくなっている点は共通です。 この素子が描かれた作品発表時の90年代は、ネットが世間に浸透しはじめる時期でした。良くも悪くも底知れないネット社会を意味する、ある種のスラングとしても有名になった言葉です。

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「根拠ですって?そう囁くのよ、私のゴーストが」

「そう囁くのよ、私のゴーストが」というフレーズは、「攻殻機動隊」シリーズのほぼ全てに登場する、素子の代表的なセリフです。 劇場版アニメでは、装甲車に乗り込んだトグサと素子が、「人形使い」について考察するシーンで登場しました。犯人が旧式のツールを使っていたことに、深い意味があると考える素子。 トグサが「考えすぎなんじゃない?今のところ何の根拠もないし」と言うと、素子は「根拠ですって? そう囁くのよ、私のゴーストが」と堂々と言い返します。この場面からも分かる通り、素子が根拠のない直感を語るときのセリフです。 人間の脳がハッキングされる「攻殻機動隊」の世界観では、明確な根拠を持って自分を信じ切ることができません。そんな疑心暗鬼の渦巻く世界で、素子は自分の魂を最後の判断基準としているのです。 何を信じるべきか分からなくなっているのは、視聴者のいる情報化社会も同様。現代人にとって素子は、論理と直感を使い分けられる、理想的な人物なのかも知れません。

「ゴーストのない人形は哀しいもんだぜ。特に、赤い血の流れてる奴はな」

劇場版アニメ『GHOST IN THE SHELL / 攻殻機動隊』のバトーのセリフです。 「人形使い」に操られた男を銃撃戦の末に素子が追い込み、掌底と回し蹴りで捕らえた瞬間、男が「逮捕しても無駄だ。何も吐かんぞ」と叫びます。 男に対して、バトーは「自分の名前も知らねえ野郎が、偉そうなこと抜かすな」と言い、素子は「母親の顔、生まれた町の風景、子供の頃の記憶……何か1つでも覚えているか?」と淡々と質問。 すると男は言葉を失います。何も記憶がなかったのです。バトーは素子にジャケットをかけながら、男を憐れむように「ゴーストのない人形は哀しいもんだぜ。特に、赤い血の流れてる奴はな」呟くのでした。 脳があるにも関わらず、ゴーストがを失ってしまった男へのセリフです。脳がないのにゴーストが宿った人形の逆を描いており、自我の曖昧さを際立たせるエピソードだと言えるでしょう。