2017年7月6日更新

アウシュビッツの罪と嘘。戦争責任はヒトラーだけのものか?許される時は来るのか?

1958年の西ドイツでは復興が進み、恐ろしい戦争が行われたことを忘れつつありました。しかし、そこには自国の人間が犯した罪を真正面から見つめる若き検事ヨハンがいました。彼は圧力を受けながらも周囲の協力を得て、ナチス親衛隊員が犯した罪、アウシュビッツで行われたことを明らかにしていきます。

戦後70年、再び罪に向かい合う時

2015年は戦後70年ということで、日本でも安倍首相の談話が話題になりました。戦争経験者も高齢者となり、戦争を実体験として知らない年代が多くなってきています。

そして、ドイツが引き起こした第二次世界大戦が終息して今年で70年ということで『顔のないヒトラーたち』が公開されます。

時は1958年、終戦から10年以上が経過し、復興しつつある西ドイツでは戦争を忘れかけていました。そんな時ナチスの親衛隊だった男が規則に反し、教師をしていることが判明します。

若き新米検事のヨハン(アレクサンダー・フェーリング)は上司からの反対も聞かず、ジャーナリストやユダヤ人の協力を得て調査を進めていきます。やがて、アウシュビッツ収容所から逃げ延びた人々の証言をもとに、ナチスの犯した罪を明らかにしていきます。

この映画は、1963年に行われた裁判「アウシュビッツ裁判」が行われるまでの実話を元に作られています。アウシュビッツ裁判とはホロコーストに関わった人間をドイツ人自身が裁いたものです。

主演は『ゲーテの恋 君に捧ぐ”若きウェルテルの悩み”』のアレクサンダー・フェーリング、共演は『ハンナ・アーレント』のフリーデリーケ・ベヒトです。

アウシュビッツを知らない若者たち

『顔のないヒトラーたち』の中で主人公となるのは、戦後10年以上が過ぎて新しい時代に生きる新米検事のヨハンです。復興しようとしている国の若者の中にはアウシュビッツのことを知らない人もいるということを目の当たりにします。そんな時に元ナチスの親衛隊が教師をしていることを知ります。

アウシュビッツ強制収容所、そこでは何が起きていたのかをヨハンは知ることになります。そして父親世代の人間から非難され、時には圧力をかけられます。ヨハンは自国の罪を見つめ、それを明らかにすることが自分の使命であると考え、膨大な資料に圧倒されながら調査を進めていくのでした。

アウシュビッツ親衛隊員とは?

アウシュビッツ強制収容所は第二次世界大戦の際、ドイツが国家をあげて推進した人種差別の末、多くの人々が入れられ大量虐殺が行われた場所です。

ヒトラーを護衛するという目的で作られた親衛隊は様々な役割を与えられました。その中の1つとして、ユダヤ人を捕らえ強制収容所に送り、更にはユダヤ人を含む反体制分子を虐殺しました。ニュンベルク裁判では親衛隊という組織は犯罪組織であるという認定を受けました。

『顔のないヒトラーたち』はその親衛隊の罪が暴かれていきます。その数はなんと8,000人という膨大な人数でした。

今でもドイツでは殺人罪について時効がないため、2015年7月には93歳の元親衛隊員が殺人幇助の罪に問われ禁固刑の判決が出ています。

ドイツの歴史認識を変えたアウシュビッツ裁判

1950年代後半からドイツは新しい時代を進もうとしていました。若き検事が、ジャーナリストが持ち帰った資料から殺人記録を見つけ、そこから膨大な資料と闘いながらの調査が始まりました。容疑者を捕らえ、アウシュビッツ強制収容所から生き延びた人々の証言をとって、裁判が始まろうとしていました。

しかし、なんと半数以上のドイツ国民はこの裁判に反対をしていました。異常な状況下の中での罪は問えないという声や、そういった恐ろしい出来事を思い出したくないという人々が大勢いたのです。また容疑者たちも自らの罪を認めようとせず、罪から逃れようとしていました。しかも退廷する時にはナチス式の敬礼さえしました。

多くの顔のないヒトラーたちに終身刑、懲役が言い渡されました。勇気ある検事、証言者たち、裁判官によって、匿名の大量殺人の実行犯に初めて名前と顔がつき、過去の検証が始まったのです。その後もドイツでは責任を追及しようという声と、もう終わらせたいという声が長い間対立していました。しかしその結果、時効はなくなりました。

ドイツの歴史認識と日本の歴史認識

ドイツではこの映画でも描かれているようにアウシュビッツに関わった人々、ナチス親衛隊員などを自国で裁いています。しかも、アウシュビッツ強制収容所は世界遺産となって残っているので、否が応でも過去の過ちから目をそらすことはできません。そして、戦争犯罪に対する時効もないので関わった人々がこれからも裁かれることがあるかもしれません。

顔のないヒトラーたちを、顔のある正しいドイツ人が裁いているという構図です。顔のないヒトラーたちを裁きながら、戦争の無限責任を負っていくという選択を、ドイツ国民はしました。

では日本ではどうでしょうか。日本の場合には戦犯処罰や追及は行われていません。東京裁判において、戦犯たちは無罪を主張し、その多くは「自分個人は戦争に反対であった」という趣旨の発言をしました。

日本には、戦争の主体がいませんでした。ドイツにおけるヒトラーやナチスにあたる、戦争責任を明確に引き受ける存在がいませんでした。

責任の所在を明確にしたドイツと曖昧にした日本。どちらか正しい選択をしたのかはわかりません。ただ、戦争が残したものを風化させずに後世に残していくことが大事というのは、確かなことなのではないでしょうか。