2017年7月6日更新

松田優作、昭和伝説の大俳優の生涯を紹介!

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松田優作
©Paramount Pictures

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松田優作の生い立ちとプロフィール

松田優作は1949年9月21日生まれで、山口県下関市出身です。既婚だった日本人の父と韓国人の母の不倫の結果生まれ、異父兄と異母兄弟がいるという複雑な家族関係の中で育ちました。 母の希望で下関の高校を中退し、一時アメリカに留学しますが、ほどなく現地の高校も中退して帰国します。東京都豊島区の兄夫婦のアパートに住みながら、私立豊南高等学校夜間部を経て、1970年に関東学院大学文学部に入学しました。 1972年、文学座付属演技研究所の十二期生となったことで大学を中退し、いよいよ役者の道を歩み始めます。

松田優作の妻、二人の息子とも俳優!

二番目の妻が松田美由紀

松田優作は、文学座に入所する前、短い期間所属していた劇団「新演劇人クラブ・マールイ」で知り合った女優(現在は作家)の松田美智子と最初の結婚をします。二人は女児を授かるも、優作と熊谷美由紀のW不倫をきっかけに、1981年に離婚しました。 『探偵物語』での共演がきっかけで知り合い、ともに既婚だった優作と美由紀はW不倫の関係に陥ります。かなりの修羅場を経て両方とも離婚にこぎつけ、1983年に正式に再婚しました。二人は二男一女をもうけています。

長男は俳優の松田龍平

長男が、1999年に大島渚監督の映画『御法度』で新人賞を総なめし、鮮烈な俳優デビューを果たした松田龍平です。父を亡くしたときにはまだ6歳でした。デビュー以後、着実に演技派俳優としてキャリアを重ねています。 2013年の出演作『舟を編む』も非常に高い評価を受けました。2009年に結婚したモデルの太田莉菜との間に一女をもうけています。

次男は俳優の松田翔太

龍平の二歳下の次男が松田翔太です。2007年には『LIAR GAME』で連続ドラマ初主演、2008年には大河ドラマ『篤姫』における将軍徳川家茂役が話題になりました。 好感度の高さからCM、ドラマや映画に引っ張りだこのイケメン俳優です。

『太陽にほえろ!』のジーパン役で一躍人気俳優に!

下積み時代に知り合った村野武範の紹介で、ついに手にした配役が、連続ドラマ『太陽にほえろ!』の刑事役でした。 1972年に日本テレビ系列で放送が始まった『太陽にほえろ!』は、一世を風靡する人気を博し、1986年まで継続することになる刑事ドラマの傑作です。石原裕次郎扮する藤堂俊介をボスとする七曲署捜査第一係刑事たちの活躍を描くドラマの、第二シーズンともいえる53話から、ジーパンこと柴田純役で登場しました。 最後の出演となった111話での壮絶な殉職シーンは、今も語り草になるほどに伝説と化しています。このジーパン役で、松田優作の知名度は一気にアップし、名実ともに人気俳優となりました。

一連の角川映画で実力派俳優へと脱皮

『人間の証明』

森村誠一のベストセラー小説を原作に1977年に映画化された『人間の証明』は、当時の角川映画を代表する作品の一つです。華やかな成功を手にした女性ファッションデザイナーの悲しい過去とそれに関係した殺人事件を描きます。 ヒロインには岡田茉利子が扮し、松田優作は主要キャストの一人である棟居刑事を演じ、強烈な印象を残しました。ジョー山中の主題歌もあわせ、映画は大ヒットを記録しています。

『蘇える金狼』

昼間は真面目なサラリーマン、ところが夜になると鍛え上げた肉体で巨大権力に挑む一人の男の孤独な戦いを描いた大藪春彦のハードボイルド小説が原作です。松田優作は孤高の主人公・朝倉哲也を、異様なほどの迫力で演じ切りました。 ヒロインを演じた風吹ジュンとの大胆な官能シーンも話題になり、大ヒットしました。

『野獣死すべし』

『蘇える金狼』に続き、同じく大藪晴彦の同名小説を原作に、同じスタッフで製作したのが、何度も映画化されている『野獣死すべし』です。カメラマンの伊達邦彦が、ベトナム戦争取材から帰国後、狂気の犯罪に手を染めていく姿を描きます。 カリスマ性を感じさせた松田優作のすさまじい狂気ぶりは、また新たな境地を切り開いたと高く評価されました。鹿賀丈史、小林麻美らが共演しています。

代表作の一つになったテレビドラマ『探偵物語』

1979年9月から1980年4月まで日本テレビ系列で放送された連続ドラマ『探偵物語』は、毎回高視聴率を記録したばかりか、俳優・松田優作の代表作の一つにも数えられています。 私立探偵の工藤俊作が、様々な事件を解決していく姿をコミカルに描きます。自称「ユーモアと自由を愛する男」である俊作の、饒舌で飄々とした探偵像は、今までなかったばかりか、これまでの松田優作のハードなイメージをも一変させました。

同名映画は全く別の作品

松田優作と薬師丸ひろ子が主演した、1983年の映画『探偵物語』は、松田が探偵役であるということだけで、テレビドラマとは完全に別の作品です。 こちらは赤川次郎の小説を原作にしており、裕福な女子大生とボディガードをすることになった探偵のロマンスが物語の柱になっています。

森田芳光作品でまた新たな一面をみせる

映画監督である森田芳光との出会いは、松田優作にとって一つの大きな転機となりました。 二人は、一緒に二作目の企画するにあたり、なかなかアイデアがまとまらず、かなりもめたエピソードは有名です。

『家族ゲーム』

本間洋平の同名小説を原作とし、何度も映像化されている『家族ゲーム』。中でも森田芳光がメガフォンをとり、松田優作が主演した映画版は傑作として高く評価されています。1983年のキネマ旬報ベストテンでは、見事第一位に輝いています。 高校受験のため雇われた一人の家庭教師と家族の面々が巻き起こす騒動を描いたコメディで、松田優作は、一風変わった家庭教師の吉本勝を独特の個性で演じました。伊丹十三や由紀さおりらが共演しています。

『それから』

夏目漱石の古典を、森田芳光監督が見事に映像化に成功した本作も、様々な賞を受賞しました。仕事もせず、本家のお金で気ままな生活を送っていた長井代助が、友人の妻・三千代と恋に落ちる姿を描きます。 主人公を松田優作が演じ、三千代を藤谷美和子が演じました。これまでの作品とは全く異なる格調高い文芸作品においても、松田は達者な役者ぶりを存分に発揮しています。

『ブラック・レイン』でハリウッド進出するも遺作映画に

1989年、巨匠リドリー・スコット監督、マイケル・ダグラス主演のアメリカ映画『ブラック・レイン』に出演し、見事ハリウッドデビューを果たしますが、残念ながら遺作映画となってしまいました。 ニューヨークで発生した殺人事件の犯人を大阪に護送中、思わず逃してしまうことから起こる格闘劇を描きます。松田優作は、犯人の佐藤を演じ、豪華キャストにあっても決してひけをとらない強烈な印象を残しました。日本側からは他に、大阪府警の刑事役で高倉健が出演しています。

松田優作の死因は?

『ブラック・レイン』の撮影中、ガンを患っていることが判明しましたが、治療を拒み、内密のまま撮影を続行したと言われています。 その後入院しましたが治療の甲斐なく、1989年11月6日東京都武蔵野市にある病院で膀胱ガンの腰部転移の結果、40歳で他界しました。 あまりに早すぎる名優の死に、その存在は今も伝説と化してします。