2017年7月6日更新

津川雅彦、長いキャリアを持つ名優の歩みや信条を探る

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今なお現役で活躍する、日本を代表する俳優の一人として誰もが認める津川雅彦。子役からスタートした長いキャリアから、家族やプライベートの顔に至るまで、その実像に迫ります。

津川雅彦プロフィール

津川雅彦は1940年1月2日生まれ、京都市中京区出身です。京都の洛星中学校卒業後、同志社高校と早稲田大学高等学院と転校を繰り返し、最終的には明治大学付属中野高等学校と文化学院を卒業しました。

幼少期の芸名は澤村マサヒコで、その後は1954年まで本名の加藤雅彦を名乗っていました。現在の芸名の命名者は石原慎太郎です。石原のベストセラー小説『太陽の季節』の登場人物である「津川竜哉」に由来しています。

2016年現在76歳にして、いまだ現役で活躍する日本最高齢の俳優の一人だと言えるでしょう。

芸能一家に生まれ、映画『狂った果実』にて本格デビュー

華麗なる芸能一家

祖父は「日本映画の父」とも称される映画監督の牧野省三、父は歌舞伎から映画俳優に転じた澤村國太郎、母は映画女優のマキノ智子、そして実兄は2011年に他界した俳優の長門裕之という華麗なる芸能一家に生まれました。

津川は兄の長門と共に、幼い頃から祖父の映画などに子役として出演していました。

映画『狂った果実』で鮮烈な本格デビュー

1956年、津川雅彦16歳のとき、日活映画『狂った果実』で本格的な映画デビューを果たします。当時一世を風靡した「太陽族」の若者たちを描いた石原慎太郎の同名小説が原作で、主演は本作が同様に主演映画デビューとなった石原裕次郎です。津川は、裕次郎演じる滝島夏久の弟・春次を演じました。

映画は大ヒットし、まだ高校生だった津川雅彦は一躍人気若手俳優になりました。

卒婚!?妻は女優・朝丘雪路

1973年、宝塚歌劇団出身の女優・朝丘雪路と結婚しました。朝丘雪路は、著名な日本画家・伊藤深水の娘であり、プレイボーイとお嬢様の結婚は、当時大変な話題になりました。一人娘の真由子をもうけ、オシドリ夫婦として知られていましたが、決して穏やかな関係ではなかったようです。

津川の女性問題、俳優業以外のビジネスによる借金、さらに現在、朝丘雪路が老人性うつ病を患っているらしいことなど、もはや二人は実質的には別居した卒婚状態にあると言われています。

数々のドラマ・映画に出演し地位を確立

『ひとひらの雪』など渡辺淳一作品

数多くの出演作の中、忘れてはならないのが、渡辺淳一原作の一連の映画化作品です。1985年の『化身』と『ひとひらの雪』、1986年の『別れぬ理由』、2007年の『愛の流刑地』など、複数の作品において、それぞれ色香匂う、官能的な中年男性を演じています。

『マルサの女』など伊丹作品の常連

1987年の『マルサの女』に始まり、翌年の『マルサの女2』、1990年の『あげまん』、1992年の『ミンボーの女』、1993年の『大病人』など、ほとんどの伊丹十三監督作品において、なくてはならない存在です。コミカルさとシリアスさの両方をたたえた独特の存在感は、津川雅彦の十八番のひとつです。

『黒革の手帖』など話題のドラマにも

テレビドラマでも、たくさんの作品に出演をしてきました。中には大変な視聴率を記録した話題作も多く、例えば2004年、米倉涼子主演の連続ドラマ『黒革の手帖』における総会屋の長谷川庄司役は、津川雅彦の真骨頂でした。

ちなみに、2010年、同じく米倉涼子主演の人気ドラマ『ナサケの女 〜国税局査察官〜』では、津川の絶妙なナレーションが話題になりました。

悪役から主人公まで演じた『必殺』シリーズ

初期の出演作品において、重要な位置を占めているのが、一世を風靡した人気の『必殺』シリーズです。事務所移籍などから不遇の時期に出演した1972年の『必殺仕掛人』を皮切りに、数年にわたって、複数の回にゲスト出演しました。キャリアと実績のある二枚目俳優らしからぬ、堂々した悪役ぶりが大変な話題を呼びました。

シリーズ第24作目にあたる1985年の『必殺橋掛人』では、ついに主人公の柳次を演じました。

徳川将軍役を演じることが多い津川雅彦

『独眼竜正宗』

時代劇への出演も多い津川雅彦ですが、特筆すべきは徳川将軍役を何度も演じていることです。綱吉、慶喜の他、とりわけ徳川家康はなんと5度に渡って演じています。

最初に家康を演じたのは1987年のNHK大河ドラマ『独眼竜政宗』です。勝新太郎扮する豊臣秀吉とともに、主人公を演じた若き渡辺謙を支える二大柱として、圧倒的な存在感をみせつけました。

『葵 徳川三代』

2000年のNHK大河ドラマ『葵 徳川三代』においては、大河ドラマ史上最高齢で堂々と主人公の徳川家康を演じました。第二代将軍秀忠は西田敏行、第三代家光は尾上辰之助が演じ、毎回高視聴率を記録しました。

『戦国自衛隊 関ケ原の戦い』

最近では、2006年に日本テレビ系列で放送されたスペシャルドラマ『戦国自衛隊・関ヶ原の戦い』においても、家康を演じています。本作では、兄の長門裕之、長門の妻である義姉の南田洋子とも共演。とくにその後療養のため芸能界を引退した南田洋子にとって、最後のドラマ出演となりました。

津川雅彦長女誘拐事件

結婚の翌年、長女の真由子が誕生して5カ月後の8月15日のことでした。自宅で眠っていた真由子が何者かに誘拐されるという衝撃の事件が起こります。身代金の要求があり、大変なニュースになりましたが、41時間後に犯人は逮捕され、彼女は無事、犯人の自宅で保護されました。

真由子は、現在、映画・ドラマなどで女優として活動しています。

保守的な政治主張を持つ

政治的には、保守的な立場の俳優として知られています。「みんなで靖国神社に参拝する国民の会」といった保守系団体の発起人も務めたりしている他、北朝鮮による日本人拉致被害者を救うためのキャンペーンにも進んで協力しています。

関西の人気討論テレビ番組『そこまで言って委員会NP』のレギュラーパネリストなど、豊富な知識を備え、番組の中でも堂々と左派系の論客と議論しています。

津川雅彦は映画監督・芸能プロモーター・評論家としても活躍

自身の芸能事務所グランパパプロダクションの代表取締役も務め、俳優活動の他、様々な仕事に関わっています。映画監督としては、2006年に『寝ずの番』を初監督し、これまで『次郎長三国志』(2008年)、『旭山動物園物語 ペンギンが空をとぶ』(2009年)とマキノ雅彦名義で3作品を発表しています。

芸能に繋がるプロモーターとしては、自身が建設に尽力し名誉城主にも就任した群馬県高山村の「大理石村ロックハート城」、原宿の「アイドルワンダーランド」や「自由が丘チルドレンミュージアム」などにも積極的に携わっています。

評論分野では、上記の保守論客として知られている他、多摩大学経営情報学部や、東京フィルムセンター映画・俳優専門学校で、演劇論の講師あるいは名誉学校長などを務めました。

日本最高齢俳優の一人としてはもちろん、まだまだ様々な分野での活躍が期待されます。