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『時計じかけのオレンジ』のトラウマ級の魅力とは?ラストまで徹底解説【ネタバレ】

2017年7月6日更新

1972年に日本公開されたスタンリー・キューブリック監督の名作『時計じかけのオレンジ』。衝撃的な暴力描写で知られる本作の魅力を徹底解説します!

『時計じかけのオレンジ』トラウマ級の衝撃ラストが待ち受けるスタンリー・キューブリック監督作

『時計じかけのオレンジ』 (A CLOCKWORK ORANGE)は、1972年公開のアメリカ映画。1962年に発表されたイギリスの作家アンソニー・バージェスの同名小説をスタンリー・キューブリック監督が映画化した作品です。公開当時から過激な暴力描写が賛否両論を呼び起こしました。

映画『時計じかけのオレンジ』あらすじ【ネタバレ注意】

『時計じかけのオレンジ』

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舞台は近未来のロンドン。15歳の不良少年アレックスは、仲間とともにドラッグに溺れホームレスをリンチするなど、衝動的な暴力行為に明け暮れていました。

ある日敵対するグループの少年たちを襲撃した帰り、警察に追われたアレックスたちは、作家夫婦の家に押し入ります。「雨に唄えば」を口ずさみながら、まったく悪びれる様子もなく暴れまわり、夫の目の前で妻を輪姦するアレックスたち。

彼らの暴力は次第にエスカレートし、ある日金持ちの老女の家に強盗に入ることに。アレックスは騒いだ老女を撲殺しますが、警察が駆けつけ、仲間に裏切られた彼一人が逮捕されます。

『時計じかけのオレンジ』

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数年後、獄中のアレックスは刑期の短縮と引き替えに、ルドヴィコ療法という新しい治療法の実験台となることに。ルドヴィコ療法とは、クリップで瞼を見開いた状態で目薬を点しながら、一瞬の瞬きも許さない状態でひたすら残虐な映像を見せ続けるという方法の人格改造実験です。映像のBGMは、彼のお気に入りだったベートーヴェンの第九番でした。

この実験によりアレックスは、性行為や暴力に対し嫌悪感を覚えて怯えるようになり、また第九番を聴いただけで吐き気を催し気絶するようになります。

実験は成功し、殴られても殴り返せない別人のように大人しい人格となって釈放されるアレックス。しかし囚人を悔い改めさせるのが仕事の教誨師は実験に疑問を抱きます。「彼は自分で暴力をやめる決意をしたわけではないのに、これで改心したといえるのだろうか」

『時計じかけのオレンジ』

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出所したアレックスですが、娑婆には居場所がありません。両親からは家を追い出され、かつて暴行したホームレスに遭遇し復讐とばかりに追い回されます。助けを求めた警官は、アレックスを裏切った昔の仲間たち。ひどくいたぶられ、雨の降るなかボロボロのアレックスが助けを求めた家は、偶然にもかつて襲撃した作家夫婦の家でした。

助けを求める若者がアレックスだと気づかない作家は、彼を招き入れ風呂に入れます。妻はかつて輪姦されたのが原因で自殺し、作家は怪我の後遺症で車椅子になっていました。

ニュースでルドヴィコ療法について知っていた作家は、それに反対しており、目の前の若者に優しく接していましたが、風呂場から「雨に唄えば」を口ずさむ声が聞こえ、それがアレックスであることに気づきます。アレックスを監禁し大音量で第九番を聴かせる作家。悶え苦しみ死にもの狂いで逃げ出そうとしたアレックスは、窓から飛び降り気を失います。

『時計じかけのオレンジ』

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病院で目を覚ましたアレックスは元の人格に戻っていました。ルドヴィコ療法の問題点が発覚し失脚を恐れた内務大臣は、アレックスに元の人格に戻ったように振る舞うよう頼みます。アレックスは大音量の第九番を聴き、邪悪な笑みを浮かべたのでした。

『時計じかけのオレンジ』出演のキャラクター/キャスト

アレックス/マルコム・マクダウェル

『時計じかけのオレンジ』

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1943年イギリス生まれ。映画デビュー作はリンゼイ・アンダーソン監督の『if もしも‥‥』(1968)。その演技を見たキューブリック監督が彼を気に入りアレックス役に抜擢したそうです。

本作でのイメージが強すぎて暴力的な役のオファーばかり来るなど、苦労した経験もあるというマルコム。しかし最終的には、本作に出演できたことを感謝していると後に述べています。

作家/パトリック・マギー

1924年北アイルランド生まれ。同じくスタンリー・キューブリック監督『バリーリンドン』(1975)では、主人公とコンビを組む賭博師を演じました。ピーター・ブルック監督の『マルキ・ド・サドの演出のもとにシャラントン精神病院患者たちによって演じられたジャン=ポール・マラーの迫害と暗殺』(1967)やルチオ・フルチ監督の『ルチオ・フルチの恐怖!黒猫』(1980)などのカルト作品への出演で知られています。1982年8月に亡くなりました。

作家の妻/エイドリアン・コリ

1930年アイルランド生まれ。美しい少女たちの初恋を描いたジャン・ルノアール監督の『河』(1951)やオットー・プレミンジャー監督のサスペンス映画『バニー・レークは行方不明』(1965)などの出演作があります。その他にも多くのテレビドラマシリーズへの出演で活躍しましたが、2016年3月に亡くなりました。

アレックスの父/フィリップ・ストーン

1924年イギリス生まれ。元々は舞台俳優でしたががキューブリックに見いだされ、彼の作品に多く出演しています。『バリーリンドン』(1975)の執事役、『シャイニング』(1980)での妻子を惨殺した前管理人役など。2003年6月に亡くなりました。

『時計じかけのオレンジ』監督スタンリー・キューブリック

『時計じかけのオレンジ』

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1928年ニューヨーク州出身。写真雑誌のカメラマンとしてキャリアをスタートさせた後、映画監督に。『博士の異常な愛情 または私は如何にして心配するのを止めて水爆を愛するようになったか』(1963)、『2001年宇宙の旅』(1968)、『時計じかけのオレンジ』(1972)のSF三部作で成功を納めたことから、世界的な映像作家となりました。

独特のカメラワークとセンスが特徴的な完璧主義者として知られ、1999年3月に70歳で死去した後も、映画史に残る鬼才として評価されています。

キューブリックが描く、暴力に持ちた近未来

『時計じかけのオレンジ』

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鬼才キューブリックが、人間の暴力性と、人体実験の恐ろしさを描いた本作。人格を改造されて「時計じかけ」のようになってしまったアレックスを描くことで、真の贖罪とは何かを問いかけます。

残酷なストーリーながら、選曲やカメラワークに独特のセンスが光り、観客を独特の世界観に引きずり込む名作ですね。

原作のみの幻のエンディングとは…

『時計じかけのオレンジ』

映画では、第九を聴いたアレックスが不気味な笑みを浮かべ、もとの凶暴な人格に戻ったことが暗示されエンディングを迎えました。しかし実は原作にはこの続きとされる最終章が存在するようです。

再び暴れまわるアレックス。しかし仲間が結婚し子供が生まれたことから、自分も所帯を持って落ち着きたいと考え、自主的に暴力を「卒業」するのです。そして、今までの自分の暴力行為は誰もが若い頃に通る道であること、自分の子供も同じようなことをするだろう、という彼の独白でエンディングを迎えます。

このシーンの有無で、ストーリーの印象はだいぶ変わりますね。

『時計じかけのオレンジ』のCiatrユーザーの感想・評価を紹介!【ネタバレ注意】

現代社会の縮図が詰め込まれている

o325 観るまでの決心に長い時間かかった映画のひとつ、ようやく鑑賞。そもそもキューブリック作品自体初でした。『オレンジ』は『人間』って意味なんですね。知らなかったです。

暴力にレイプ、欲望の限りを尽くす若者に対して、大人もまた暴力による制裁を、そして政府もまた本当の意味での自由を奪い去る。40年以上前に原作が発刊されたはずですが現代社会の縮図がこの映画には詰め込まれていますね。 更生したアレックスを襲うかつて彼に暴力を振るわれた者たち、まさに「目には目を」です。 更に人間性は結局変わることがないと示す正義の皮を被ったかつての仲間、ラストの姿に納得。 ...削除された章を知らない方はウィキペディアにあるので是非読んでみて欲しいです。まさにだと思いました。

選曲はどれもとても印象的ですね~『雨に唄えば』好きなのにもう昔のようには観れないし聴けないでしょうね...吐くまではしませんがルドヴィコ療法味わった気分だ...

完璧で奇妙な世界観

watadon_46 1972年 スタンリー・キューブリック

近未来的社会に振り回される狂気的な主人公の話。 暴力、エロ、インテリア、そのすべてに芸術性が盛り込まれており、ただの暴力でさえも美しく見えた。 終始クラシック音楽で飾られており、奇妙な世界観を完璧に創り出していた素晴らしい作品。

人間らしさってなんだろう?

HMworldtraveller 好きか嫌いかで言ったら間違いなく嫌いだ。犯罪を快楽やゲームのように行う狂った青年。まるでスタイリッシュなことのように描かれるレイプシーン。これでもかと繰り出される暴力には嫌悪感を覚える。悪人を善人に矯正する治療法も異様だし、あれ自体も本人の更生のためというより政府による低予算での社会鎮圧プログラムで言わば政府のため。何をとっても不快な内容と描写で満載なのに、なぜか切ないような物哀しさを感じてしまった。矯正されたアレックスは犯罪行為はしなくなったが心を入れ替えたわけではなく、『パブロフの犬』的な条件反射で行為に及ばないだけ。自分の意思で善悪を判断しない人間はもはや人間ではないのではないだろうか。犯罪や悪事を撲滅するためとはいえ、別の意味で非人間的な人間を作り出している。こんなやり方でしか犯罪は抑えられないんだろうかとか、人間らしさって何なんだろうとか、そんな自問自答が頭の中をグルグル駆け巡った。何度も観たい映画ではないけど観てよかったし、こうやって自分なりに考えを巡らせる人間が少なからずいるという時点で、表現者として素晴らしいのだと思う。