2017年7月6日更新

【小野寺系】ポン・ジュノ新作『オクジャ/okja』が告げた映画の未来

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肉

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『オクジャ/okja』公開には重要な意味があった?

世界有数の映画監督ポン・ジュノが、Netflixと手を組み完成させた新作『オクジャ/okja』は、彼の代表作ともいえる傑作だった。 製作を担ったNetflixの強気な姿勢によって、カンヌや韓国国内で大きな騒動を巻き起こしたことでも知られる本作。ネット配信企業によるオリジナル映画の登場によって、これからの映画業界がどうなっていくのかを考えていきたい。

映画監督ポン・ジュノの才能

ポン・ジュノは、『殺人の追憶』(2003)、『グエムル-漢江の怪物-』(2006)、『母なる証明』(2003)などなど、発表する長編作品のほとんどが「超」の付く傑作という、本物の実力派監督である。 彼のすごいところは、一つの作品の中に娯楽表現とアーティスティックな表現を同時に存在させ、そのどちらもが、きわめて水準が高いという点だ。その特長から、スティーヴン・スピルバーグ監督や黒澤明監督など、世界的な名匠に例えられることも多い。

監督の持ち味が発揮された『オクジャ/okja』

遺伝子操作で作られた、未来の食肉用家畜として育てられたスーパー・ピッグ「オクジャ」。そんなオクジャと心を通わせる少女ミジャの冒険が描かれた『オクジャ/okja』が、ポン・ジュノの新作だ。超巨大なカバのような姿のオクジャは、リアルなCGによって、躍動感にあふれ感情豊かに表現されている。 『となりのトトロ』を思わせる、自然の中でのミジャとオクジャとのふれあいや、オクジャを助けるためにミジャが体当たりしたガラスが時間を経て割れるシーン、トラックの車高の制限を利用したアクションなど、ポン・ジュノ作品ならではの考え抜かれた工夫が凝らされている。娯楽として楽しめると同時に、視覚的な美しさをも獲得しながら。

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俳優の魅力を引き出す個性的なキャラクター

また、登場する全てのキャラクターが、いちいち面白いというのも、ジュノ作品の特長だ。 とくに本作では、少女ながら豪快な胆力を持つミジャを演じるアン・ソヒョン、ティルダ・スウィントンやジェイク・ギレンホールらが強烈な怪演を見せる。劇中でミジャとオクジャの仲を引き裂く悪役であっても、ある種の愛着を感じてしまうのだ。

食肉産業の闇を明らかにする社会的テーマ

本作では、少女と友情を深めるオクジャが虐待される、目を覆いたくなるような凄惨なシーンがある。だがこれは、食肉として育てられる家畜に対して人間が行っている行為そのものでもある。 我々の食卓に肉が並ぶとき、必ず犠牲になる生命があり、生殖と屠殺を行う巨大システムの存在がある。それがいかに残酷な光景であっても、肉を食べる人間は少なくともそこに思いを馳せる必要があるだろう。 本作はそれを考えさせる社会派映画としての側面もあるのだ。

Netflixは映画業界の運命を左右する映像配信サービスとなるのか

注目すべきは、この素晴らしい作品が、映像配信サービスの会社であるNetflix(ネットフリックス)と、ブラッド・ピットの製作会社プランBが共同で制作した「ネット配信映画」だということである。Netflixは配信事業以外にも、独自のコンテンツ制作事業を拡大しており、映画産業の新勢力として注目されている。 この新しい試みは、近い将来、映画産業を大きく変えてしまうことになるかもしれない。ネット環境さえあれば、家にいながらにして配信される世界中の映画やドラマ作品が気軽に楽しめるのである。しかも、外国作品が日本で公開されるまで、長い間待たされるということもない。 かつてレンタルビデオの出現が映画館の経営に打撃を与えたように、制作会社、配給会社、映画館などの間で成立していた旧来からのビジネスは、さらに圧迫され縮小していくことも考えられる。

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カンヌでの騒動と映画業界の危機意識

この問題が大きく表面化したのは、2017年のカンヌ国際映画祭においてだった。そのコンペティション(コンテスト)部門には、『オクジャ/okja』などのNetflix作品も選ばれていたのだが、出品するにあたっては「フランス国内の劇場で公開するように」という映画祭側からの要求を、Netflixは断っていたのである。 この展開にフランス国内の映画業界団体から反発があり、翌年からは劇場で公開されない作品はコンペティション部門から除外されることが正式に決まった。 さらに韓国では、本作が劇場で公開される際に、Netflixがネットでの配信日と同日での上映を条件としたために、話題作にもかかわらず、シネコンなど大手の映画館は上映を見送るという異例の事態となった。Netflixが強気な態度に出る背景には、ネットでの配信だけでもビジネスとして成立するという計算があってのことだろう。

映画の未来はどうなるのか

この出来事は、「映画とは何か?」という根源的な問いをも呼び起こした。 これまで家で映画DVDやTVでの放映を楽しむ行為は、あくまで映画館での鑑賞体験に劣る二次的なものだと思われてきた。 だが、映像配信サービスの出現によって映画館で上映されないものが登場し、さらに『オクジャ/okja』のような傑作が配信されることによって、映画の特殊性はかなり深刻なところまで脅かされたといえるだろう。 ただ、これには映画業界自体が拍車をかけた部分もある。製作の容易さとコストダウンから、アナログフィルムでの製作、上映形態から多くの企業が撤退したことで、映画館が特殊であるという砦が破られる展開が早まったのである。

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映画にとって最も大事なことは何か

しかし最も大事なのは、提供する側ではなく、観客の求めるものがどこにあるかということだろう。 それは作品自体の面白さであるはずだ。 それを作り出す者の中には、アナログフィルムと劇場での上映にこだわるクリストファー・ノ−ラン監督もいるし、逆にポン・ジュノのようにテクノロジーそれ自体には頓着しない監督もいる。 様々な哲学を持つ彼らが、自分が作りたいものを自由に作ることのできる製作環境を整え、『オクジャ/okja』のような素晴らしい作品を、それぞれの業界がどれだけ増やしていけるかが、今後の映画の未来を主導していくことになるはずである。

執筆者:小野寺系

小野寺系

映画評論家。多角的な視点から映画作品の本質を読み取り、解りやすく伝えることを目指して、WEB、雑誌などで批評、評論を執筆中。