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Netflix映画『風の向こうへ』はオーソン・ウェルズ監督幻の遺作!そのあらすじ・キャストは?

2018年9月20日更新

史上最高の映画と評されることの多い『市民ケーン』の監督、オーソン・ウェルズ。そんな彼の幻の遺作『風の向こうへ』が、2018年のヴェネツィア国際映画祭で初めて陽の目を見ました。Netflixで配信されることが決定した「幻の映画」に迫ります!

失われていたオーソン・ウェルズの映画『風の向こうへ』がNetflixで復活!

第75回ヴェネツィア国際映画祭で初めて公開された映画『風の向こうへ』。監督したのは、『第三の男』などに出演し、『市民ケーン』や『黒い罠』といった映画を監督したオーソン・ウェルズ。 本作は、オーソン・ウェルズの事実上の遺作でしたが、編集を完遂させる資金が調達できず、とうとう完成を果たせませんでした。 ところが2017年3月、本作の全世界配給権をNetflixが獲得したという突然の発表が。ヴェネツィア国際映画祭で披露された後には、Netflixで全世界へ配信されることになっています。 今回は、そんな映画『風の向こうへ』が製作を開始し、公開されるまでの道のりとそのあらすじ、出演者について、たっぷりご紹介します。

不運にして最高の映画監督、オーソン・ウェルズとは?

オーソン・ウェルズ
©Universal Pictures

俳優としても活動した映画監督オーソン・ウェルズは、1915年にウィスコンシン州ケノーシャに生まれました。 早くから演劇への卓越した才能をあらわし始め、22歳にしてミュージカルの初演出を行います。そして満を持して1941年の映画監督デビュー作『市民ケーン』を発表するも、当時実在した大物新聞メディアの圧力を受け、アカデミー賞は脚本賞のみの受賞という不運に見舞われることとなります。 その完全主義者ぶりから常に製作資金に困窮。生活のためにB級映画への出演を続けなければなりませんでした。晩年は映画も満足に撮れず、不遇のうちに亡くなっています。 しかし、今日では『市民ケーン』は過去と現在を交互に描く構成や長回しの多用、パンフォーカスやローアングル、クローズアップといった撮影技術の効果的な使用など、現代の映画作りの基礎を築いた「史上最高の映画」として再評価されており、ウェルズもまた名監督と称えられています。 俳優としては1949年にキャロル・リードが監督したスリラー『第三の男』での演技などが有名です。

『風の向こうへ』のあらすじ

かつてはハリウッドで巨匠と言われるも、今ではヨーロッパで活躍の場を求めていた監督ジェイク・ハンナフォードは、「風の向こう側」という新作映画の企画を立ち上げます。 これは、彼が変わりゆくハリウッドの製作体制の中で再起を賭けた企画でした。様々なしがらみやトラブルを超え、はたして彼は映画を完成させ、見事カムバックを成し遂げられるのでしょうか?

『風の向こうへ』キャスト

ジェイク・ハンナフォード/ジョン・ヒューストン

ジョン・ヒューストン
© American International Pictures

かつてハリウッドで巨匠と言われるも、徐々に変わりゆくハリウッドの製作体質に適応できず、ヨーロッパに移った監督のジェイク・ハンナフォード。彼はハリウッドでの再起をかけ、ある一本の企画を立ち上げます。 ハンナフォードを演じるジョン・ヒューストンは、脚本家を得て1941年の『マルタの鷹』で監督デビュー。以後監督と俳優業をまたにかけて活躍した人物です。 監督としての代表作としては他に、『黄金』、『アフリカの女王』、『荒馬と女』などが挙げられる他、俳優としては『チャイナタウン』での悪役・ノア・クロスの怪演ぶりで知られています。 同じように監督・俳優を兼業していたオーソン・ウェルズと親交がありましたが、ウェルズが亡くなった2年後の1987年8月28日、に後を追うように亡くなっています。

ブルックス/ピーター・ボグダノヴィッチ

ピーター・ボグダノヴィッチ
©︎ Photofest

1939年に生まれたニューヨーク州キングストンに生まれたピーター・ボグダノヴィッチは、俳優としてキャリアをスタートさせましたが、監督として『ラスト・ショー』や『ペーパー・ムーン』、『ニッケルオデオン』などを発表。以来、精力的に活動し続けています。 そんなボグダノヴィッチも本作に俳優として出演しています。オーソン・ウェルズとは長らく友人関係にあり、彼の死後も本作の完成に尽力することとなります。 なお、『ペーパー・ムーン』というタイトルを考案したのはボグダノヴィッチ自身ですが、その際にウェルズから「良いタイトルだから必ずヒットする」と絶賛されたというエピソードが残っています。

ルーカス・レナード/デニス・ホッパー

デニス・ホッパー(Zeta)
©︎Photo By John Barrett/PHOTOlink.net/Newscom/Zeta Image

『イージー・ライダー』の監督・主演で知られるデニス・ホッパーも、本作のキャストに名を連ねています。 1936年にカンザス州ドッジシティに生まれた彼は、『ジャイアンツ』や『理由なき反抗』でジェームズ・ディーンと共演。しかし、ハリウッドとは相容れずにニューヨークに活動の拠点を移し、『イージー・ライダー』を生み出しました。 その後は『地獄の黙示録』などに出演していますが、麻薬中毒に苦しみ、低迷。しかし、1986年に『ブルーベルベット』で悪役を演じ、復活。以降、2010年に亡くなるまで、『トゥルーロマンス』や『スピード』、『ウォーターワールド』といった映画で怪演を見せてきました。 『イージー・ライダー』の成功を受け他ホッパーは1971年、監督2本目となる『ラストムービー』を撮りますが、失敗に終わりました。その際同じように監督として不遇だったオーソン・ウェルズと相通じるものがあり、本作への出演が実現したとみられています。

ノンクレジットのカメオ出演者も豪華!

ナタリー・ウッド

この『風の向こうへ』には、実は他にも豪華な顔ぶれが出演しています。 一部を挙げると、当時まだ10代でのちに『あの頃ペニー・レインで』を監督するキャメロン・クロウやフランスの映画運動・ヌーヴェルヴァーグの第一人者であった映画監督のクロード・シャブロル、さらには『ウエスト・サイド物語』のヒロインで知られるナタリー・ウッドといった伝説級の面々もノンクレジットで出演しています。

苦節40年!波乱に満ちた制作プロジェクトとは?

映画『風の向こうへ』はフランスとイランの合作映画として企画され、1970年の夏、主演が決まらないまま、映画内映画の場面の撮影が開始されました。 その後も撮影と編集が続けられましたが、1972年頃に経済的なトラブルにより、一時頓挫。ウェルズは本作の資金を得るために他のプロジェクトを立ち上げるなど、自転車操業的な状況が続きました。 その後はパリでいくつかの場面が撮られ、1974年にジョン・ヒューストンがようやく主演のハンナフォード役として起用されます。しかし同年、プロデューサーの一人がプロジェクトから離脱。資金難に陥り、ウェルズはボグダノヴィッチをはじめとする友人たちから多額の借金をすることになります。 1976年、ようやく全ての撮影が終了。しかし、その後も度重なる資金難やトラブルなどに見舞われ、ついに編集が終わらないまま、1985年、ウェルズは他界。以後も長らく封印状態が続いていたのでした。

原案はオーソン・ウェルズとアーネスト・ヘミングウェイの会話がベース

アーネスト・ヘミングウェイ
©︎YOUSEF KARSH/KRT/Newscom/Zeta Image

『風の向こうへ』は、ウェルズが友人であった作家のアーネスト・ヘミングウェイと1937年にドキュメンタリー作品を作った際、何気なく交わした会話がベースになっているといわれています。 思うように映画が撮れない監督が再起をかけるというストーリーは、同じように映画が撮れなかったウェルズ自身を彷彿とさせますが、彼自身は本作に自分が投影されていることを否定していたとか。

未完のウェルズ遺作の完成に向け、そうそうたるメンバーが集結

未完に終わった『風の向こうへ』は、2011年頃から完成に向け水面下で動いていました。 プロジェクトを進めるにあたって、同作に出演したピーター・ボグダノヴィッチ監督や、撮影当時ラインプロデューサーを務めていたフランク・マーシャル(『インディ・ジョーンズ』シリーズなどで有名)、そしてウェルズの娘のベアトリス・ウェルズといったメンバーが再び集まりました。

遺されたフィルム及び指示書を活かし、ポストプロダクション作業に入る

オーソン・ウェルズが生前に編集し終えていた本作用のフィルムは、45分だったといわれています。 そのほか18時間分の撮影済みフィルムや彼が遺した指示書を元に、ピーター・ボグダノヴィッチやフランク・マーシャルらがポストプロダクション作業を監修しました。

ついに完成した『風の向こうへ』!

こうして撮影終了から実に42年が経った2018年、ついに『風の向こうへ』は完成したのです。 ヴェネツィア映画祭で上映された本作は、高い注目を集めたのは、冒頭でお伝えした通り。そんな本作は、2018年11月2日にNetflixから全世界限定配信されます!