2020年10月9日更新

アニメ映画『パーフェクトブルー』を徹底考察!ルミの行方はどうなったの?

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今敏の初監督作『パーフェクトブルー』を解説!【3つの世界が交錯する】

『パプリカ』(2006年)や『千年女優』(2002年)、『東京ゴッドファーザーズ』(2003年)など珠玉の名作を残し46才の若さでこの世を去ったアニメーション作家、今敏(こん さとし)。 この記事では今敏の初監督作品にして、日本アニメ史に残るサイコスリラーの傑作『パーフェクトブルー』(1997年)について、現実と妄想の世界を紐解きながら解説・考察していきましょう。 また、本作を参考にしたといわれているあのハリウッド映画との共通点も紹介します。

観れば観るほど怖い映画、『パーフェクトブルー』のあらすじ

パーフェクトブルー
©︎Photofest/zetaimage

女優に転向するため、所属していたアイドルグループ「チャム」を辞めることを発表した霧越未麻(きりごえ みま)。 端役から女優としてのキャリアを積んでいくことになった彼女は、マネージャー・ルミの反対を押し切ってレイプシーンやヌードグラビアなどアイドル時代には考えられなかった仕事を引き受け、着実に売れつつありました。 しかし、同時に未麻の周囲では不穏な事件が立て続けに起こり始めます。 未麻になりすました何者かが書いているブログ、行方をくらませたルミ、行く先々に現れる謎のストーカー、カメラマンや脚本家の変死、アイドルだった頃の自分の幻覚……。精神的に追い詰められた未麻は徐々に現実と幻覚の区別がつかなくなっていきます。

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『パーフェクトブルー』で描かれる今敏作品のテーマ「現実と虚構」

入り混じる現実・劇中劇・夢

今敏の初監督作品である『パーフェクトブルー』の中核をなしているのは、「現実と虚構の交錯」というテーマ。ハードな仕事が続いて精神的に追い詰められた未麻は悪夢や幻覚をたびたび見るようになり、やがて現実と虚構を区別できなくなっていきます。 その後の作品においても、現実と妄想や夢の境界線がなくなっていく作品を多く残した今敏。初監督作である本作で、彼は自分のなかで最も重要な題材を扱ったのでしょう。

リアルの世界で精神を蝕まれていく未麻

アイドルを卒業した未麻にとって、現実は厳しいものでした。女優としての成功するために、彼女はこれまでは考えられなかった過激な仕事もこなすようになります。そのどれもが未麻自身が望んだものではなく、周囲に流されて受けたものでした。 彼女は「これは本当に自分がやりたかったことなのか?」と葛藤するように。そしてストーカーの存在や自分の脱退後に売れていくかつてのアイドル仲間などが、彼女を精神的に追い詰めていきます。

未麻が演じた劇中劇『ダブルバインド』の世界

未麻が新人女優として出演することになったドラマ『ダブルバインド』。サイコスリラーであるこのドラマで、未麻はレイプされたことをきっかけに別人のようになってしまう女性を演じました。この劇中劇自体が、本作の内容とぴったり重なっているのです。 ドラマのタイトルになっている「ダブルバインド(Double Bind)」とは、心理学の用語で「二重拘束」という意味。2つの矛盾した指示や命令をすることで相手を混乱させ、強いストレスを与えることを示します。 ダブルバインドが頻繁に発生する環境に身を置くと、統合失調症に似た症状を示すことがあるようです。考えがまとまりづらくなり、幻覚や幻聴が現れ、現実と妄想の区別がつかなくなることも。 本作では「アイドルとしての未麻(過去の自分)」と「女優としての未麻(現在の自分)」に対して求められることの違いが未麻にとってダブルバインドとなり、現実と妄想の境界が曖昧になっていったのではないでしょうか。 ちなみにこの劇中劇『ダブルバインド』は、のちにラジオドラマ化され、ドラマCDも発売されています。

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『パーフェクト・ブルー』以外でも?「現実と虚構」を描く今敏作品

どこまでが夢の世界なのか……?【パプリカ】

パプリカ
©Sony Pictures/Photofest/zetaimage

『パーフェクトブルー』では、未麻がドラマの撮影をしていると思ったらハッと目を覚まし、それが夢だったかのように描かれるシーンが多く登場します。 観客はどこまでが現実でどこからが夢なのか、混乱してしまうでしょう。しかし未麻の現実を考えると、撮影現場のシーンがすべて夢とは考えにくいのです。 彼女はそこでの出来事を現実として受け入れることができず、「夢(悪夢)」として折り合いをつけているのかもしれません。 今は監督4作目にして遺作となった『パプリカ』でも、「夢と現実の交錯」を描いています。この作品でも、刑事・粉川が自分では受け止めきれない現実を無意識の中に押し込め、悪夢に悩まされていました。これは、未麻のドラマ撮影の夢に近いものがあるのではないでしょうか。

妄想の世界が現実になっていく……【妄想代理人】

『パーフェクトブルー』では、主人公の未麻をはじめ彼女のストーカーであるミーマニア、そしてルミが妄想と現実の区別がつかなくなっていきます。特に未麻は妄想の産物であるアイドル時代の自分の幻覚を見るようになり、その恐怖に支配されていきました。 今敏が監督したテレビアニメ『妄想代理人』(2004年)でも、主人公の妄想が具現化した「少年バット」が登場しています。「現実と妄想の交錯」は、『パプリカ』での「現実と夢の交錯」と同じく、今敏にとって重要なテーマだったのです。

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どっちが本当の自分?フィクションの世界【千年女優】

本作では未麻の現実と、彼女が出演するテレビドラマ、そして妄想の世界が交錯していきます。2002年の映画『千年女優』でも、引退した大女優が自身の半生を振り返るなかで現実と出演作の世界が混じり合ってストーリーが展開されました。 上述したとおり、「現実と虚構の交錯」というのは今のほぼ全ての作品に共通するテーマなのです。

【ネタバレ注意】未麻のマネージャー・ルミの正体とは

なぜ関係者を次々と殺していったのか?

パーフェクトブルー
©︎Photofest/zetaimage

女優に転身してから未麻に次々とふりかかる、ブログのなりすまし、ストーカー、カメラマンや脚本家の殺害という一連の事件。その犯人は誰なのでしょうか? レイプシーンの関係者が殺された事件の後、未麻のストーカー・内田守は未麻を襲撃し、彼女に「もうすぐお前もだ」と言います。 しかしその後、内田守も何者かによって殺されています。

未麻のマネージャー、ルミは元アイドルで、成功することのないままマネージャー業に転向した人物でした。彼女こそ、一連の事件の真犯人だったのです。 怪しかったストーカー内田守は、ミスリードのために登場したキャラクターでした。 昔売れないアイドルだったルミは、クライマックスでアイドル時代の未麻の衣装を着て登場。このシーンから、彼女が「人気アイドルとしての未麻」に自分を重ね合わせていたことがわかります。 ルミにとって、未麻が女優に転身し過激な仕事をこなしていくことは「アイドルとしての“自分”」を否定され、未麻と自分が別人であることを突きつけられることだったのではないでしょうか。 ルミはレイプシーンを書いたドラマの脚本家やヘアヌード写真を撮ったカメラマンなど、「アイドルとしての未麻(自分)」のイメージを壊した者たちが許せず、次々を殺人を犯していきました。 そしてついには完全に自分こそが未麻だと思い込み、本物の未麻を殺そうとしたのです。

ルミは解離性同一性障害?

1人の人間のなかに複数の人格を持つ精神疾患を「解離性同一性障害」といい、古くは「多重人格症」と呼ばれていました。劇中でルミの言動は、その症状を連想させるところがあります。 彼女は解離性同一性障害を患っていたのでしょうか?

未麻になりすました何者かが更新していたブログ「未麻の部屋」の管理人は、ルミだと思われます。彼女は未麻がアイドルとして活動していたときから未麻になりすまし、サイトを更新しつづけていたのでしょう。 しかし彼女は、本当に解離性同一性障害を患っているのでしょうか。一般的に解離性同一性障害は、強いストレスにさらされたとき自分とは違う人格にそれを肩代わりしてもらうかたちで発症します。 ルミが過去に強いストレスを受けていたのかは、映画では描写されていないためわかりません。 一方で、解離性同一性障害の別人格が「実在する他人」であるケースは極めて少ないようです。ルミは「自分はアイドルの未麻である」という妄想と、そうではない現実の区別がつかなくなっていただけで、正確には解離性同一性障害とは言えないかもしれません。

【ネタバレ注意】『パーフェクトブルー』ラストシーンの意味

『パーフェクトブルー』
© Photofest/zetaimage

錯乱したルミから逃れ一命を取り留めた未麻。その数年後ルミがいる精神病院を訪れた未麻が、去り際に呟いた「私は本物だよ」という一言でこの映画は幕を閉じます。 ミスリードだらけの映画だっただけに最後のセリフも信用しきれず、まだ何か裏があるのではと邪推してしまいそうですが、ラストシーンに関しては監督が制作記「パーフェクトブルー戦記」で言及していました。 「パーフェクトブルー戦記 その16」によれば、未麻がルミを助けて2人とも生き残るラストは本来シナリオには無かったシーンで、報われる話にしたいという監督の意向で追加されたとのこと。であれば、「私は本物だよ」のセリフは、前向きな意味で捉えるのが妥当ではないでしょうか。

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『PERFECT BLUE』タイトルの意味とは……?

『パーフェクトブルー』は、竹内義和の小説『パーフェクト・ブルー 完全変態』を原作としています。しかしその内容は映画化の際に大幅に変更されました。 今敏自身は本作のタイトルについて、フランスでのインタビューで「原作のタイトルをそのままつけた」と語っています。「内容とそぐわないため、製作時にタイトルを変更する話もあったが、意味ありげでミステリアスなムードが気に入っている」とも述べました。 英語では、ポルノ映画のことを「Blue Film」と呼ぶこともあり、青には「わいせつな」「きわどい」「下品な」という意味も。原作者の竹内は、副題である「完全変態」を直訳で英語にしたのではないでしょうか。

『パーフェクトブルー』はあのサイコスリラー映画に影響を与えた?

『ブラック・スワン』
© Fox Searchlight Pictures

優れた映画監督は国内外問わずファンを持つものですが、今敏もまた海外で評価されているアニメ作家の1人。『ブラック・スワン』(2010年)の監督ダーレン・アロノフスキーも、今敏の熱烈な支持者です。 自身の作品『レクイエム・フォー・ドリーム』(2000年)の劇中で、本作の憔悴した未麻が湯船の中でうずくまるシーンをほとんどそのまま再現しています。彼は、このシーンを再現するために『パーフェクトブルー』実写化の権利を買ったのだとか。 また『ブラック・スワン』も、バレリーナが精神を病んで現実と妄想の区別がつかなくなるなど、本作と共通点の多い映画だと言えるでしょう。

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『パーフェクトブルー』に散りばめられた音楽家・平沢進ネタ

日本のテクノミュージックの旗手である平沢進は『パプリカ』や『千年女優』、『妄想代理人』など今監督の作品の多くに楽曲を提供しています。 プライベートでも今敏は平沢進の音楽の熱心なファンだったようで、今監督の告別式では出棺の際に『千年女優』の主題歌「ロタティオン」が流されたのは有名なエピソード。 『パーフェクトブルー』の段階では平沢進は楽曲を提供していませんが、当時から今監督は彼の音楽に惚れこんでいたらしく、劇中で映りこむ印刷物などに平沢進の楽曲名が登場します。 わかりやすいのは「チャム」が載ったヒットチャートの書かれた雑誌が映し出されるカットです。ほかにも平沢進ネタが転がっているので、鑑賞しながら探してみてはどうでしょうか。

『パーフェクトブルー』は制作記とあわせて2度楽しめる!

監督の制作ノートや絵コンテ集などを眺めながら、その監督の作品を再び鑑賞する方は少なくないでしょう。今監督は『パーフェクトブルー』が企画として持ち込まれてから完成するまでの過程を詳細に記録したブログを公開しています。 「KON's TONE」と題されたブログの中の「パーフェクトブルー戦記」なる記事は、24回+番外編に渡って本作が完成するまでの正しく戦争のような日々が綴られていて、読み応え抜群。 すでに映画を見た方も、ぜひ1度制作記と一緒に『パーフェクトブルー』を再見してみてはいかがでしょうか。