2020年7月10日更新

映画『パプリカ』解説!「あいつ」の正体は○○だった?原作との違いは?【ネタバレあり】

映画『パプリカ』解説!「あいつ」の正体は○○だった?原作との違いは?【ネタバレあり】 サムネイル

今敏の傑作アニメ映画『パプリカ』。夢と現実が何度も入れ替わる展開は見応え抜群ですが、一度見ただけでは分からない謎が沢山隠されています。結局千葉はどうして巨大化したのか?粉川の言う「あいつ」とは?原作との違いは?すべて徹底解説!

目次

アニメ映画『パプリカ』に隠された謎を徹底解説!気になるポイントを網羅【ネタバレ注意】

映画『パプリカ』は、2006年11月に公開されました。映画『千年女優』(2002年)やテレビアニメシリーズ『妄想代理人』(2004年)でも有名な今敏(こんさとし)が、生前最後に監督を手掛けた作品です。 夢と現実が入り乱れる本作は見応え抜群な一方、ストーリーや描写には難解な部分も多いです。今回は多くの人が抱く疑問点を徹底的に解説し、映画『パプリカ』の魅力を存分に伝えてきます! ※あらすじや考察は、映画や原作の重要なネタバレを含みますのでご注意ください!

アニメ映画『パプリカ』を生み出した今敏

今敏
©︎Photofest/zetaimage

本作の監督である今敏(こんさとし)は1963年10月12日生まれ、北海道出身のアニメ映画監督です。 大学在学中に『虜 -とりこ-』で『週刊ヤングマガジン』(講談社)の第10回ちばてつや賞(ヤング部門)優秀新人賞を受賞し、漫画家としてキャリアをスタートさせました。映画監督としてアニメーションの道に進む前に、漫画家としてキャリアをスタートさせていたのですね。 そんな今敏は『パプリカ』以外にも数々の名作を生み出しています。監督として生み出した映画『千年女優』(2002年)やテレビアニメシリーズ『妄想代理人』(2004年)などは、国際的にも高く評価されています。

2020年は、今敏没後10年

今敏は日本を代表するアニメ監督として今後の活躍が期待されていましたが、残念ながら膵臓癌により、2010年8月、46歳という若さでこの世を去ってしまいました。本記事で紹介する映画『パプリカ』(2006年)は、彼が監督として最後に手掛けた長編映画アニメです。

今敏の名作映画は『パプリカ』以外にも沢山!

本記事では映画『パプリカ』の考察を紹介していきますが、彼が監督として生み出した傑作は他にも多く存在します。他にも今敏の作品を見たい!と思った人は、是非こちらの記事もチェックしてみてください!

アニメ映画『パプリカ』あらすじ【ネタバレ注意】

本作は他人と夢を共有できる「DCミニ」というテクノロジーをめぐって、夢と現実が入り乱れるSFサイコスリラーです。

他者の夢に侵入できるテクノロジー、「DCミニ」が盗まれた

パプリカ 千葉
©︎Sony Pictures/Photofest/zetaimage

他者と夢を共有できる装置「DCミニ」は、巨漢の天才 時田浩作(ときた こうさく)によって開発された最先端テクノロジーです。時田と同僚の千葉敦子(ちばあつこ)は夢探偵「パプリカ」を名乗り、DCミニを利用して“秘密裏に”サイコセラピー治療にあたっていました。 しかしその強力なテクノロジーであるDCミニが、研究所から盗まれてしまいます。セキュリティが脆弱だったDCミニは悪用され、多くの人々が精神に支障をきたすようになってしまいました。

DCミニを盗んだのは、時田の助手?

DCミニを盗んだのは誰なのか?DCミニはどこに持ち出されたのか?千葉と時田は、同僚の小山内(おさない)と共に犯人探しを始めました。 犯人探しの中で容疑者として浮上したのが、時田の助手である氷室(ひむろ)。そこで千葉、時田、小山内の3人は、DCミニを取り返すために氷室の自宅に向かいます。

真犯人は、意外なあの人だった

千葉、時田、小山内の3人は、容疑者と思しき氷室の自宅に到着しましたが……。物語は急展開を見せます。

3人が氷室宅に到着すると、そこは既にもぬけの殻でした。 そこで千葉は氷室の居場所を突き止めるため、彼が好きだったという遊園地を訪ることに。千葉は園のただならぬ雰囲気を感じながら、奥へ奥へと歩を進めていきました。 すると突然、DCミニの副作用により異形と化した氷室が空から落ちてきました。大怪我を負った氷室は、そのまま昏睡状態に陥ってしまいます。 それを見た時田は開発者としての責任を感じ、昏睡状態の氷室から真相を聞くため彼の夢の中へ入っていきました。しかし逆に、時田はその悪夢に閉じ込められてしまうのです。 閉じ込められた時田を助けるため、千葉は「パプリカ」として氷室の夢に入り込むことを決意。そしてその夢の中で、真犯人が研究所理事長の乾(いぬい)と小山内であることを突き止めました。

現実に入り込んでくる夢の虚像たち、ラストは衝撃の展開に!

ストーリーは終盤に差し掛かり、衝撃のラストを迎えます。

パプリカ
©Sony Pictures/Photofest/zetaimage

DCミニによって人々に共有された夢は、もはや1人が見る夢ではなくなりました。この夢にはDCミニによって繋げられた、あらゆる人々の夢が混在するようになります。 そしてこの夢は、小山内の死をきっかけにして、次第に現実世界にも侵入。夢と現実のバランスが崩れ、乾は夢を吸収しながら黒く巨大化していきました。 巨大化した乾を見たパプリカは、現実の人格である千葉と一体化し、幼児の姿となりました。そして千葉は、現実世界にある夢の要素を口から全て吸い込んで成長していきます。 千葉によって乾は力を奪われ、現実に入り込んでいた夢は全て消え去っていくのでした。

【考察①】千葉はなぜ巨大化したのか?読み解く鍵は「二重構造」と「バランス」?

ここまで基本的なあらすじを紹介してきました。しかし映画『パプリカ』のストーリーはとっても難解。中でも大きな疑問の1つが「なぜ千葉は巨大化したのか?」。この難題に関する考察を紹介します。 まずは大前提として『パプリカ』を理解するのに役立つ「二重構造」について解説していきます。

『パプリカ』に登場する二重構造

本作には多くの「対立した二重構造」が見られます。「しかめっ面で強面の乾理事」と「温和でにこやかな島所長」。「巨漢で天才、純真な時田」と「美形で才を憎む、不純な小山内」などなど……。劇中では、様々な二重構造が乱立しているのです。 しかしやはり、物語の中核を担う二重構造が、夢と現実。そして「二重構造のバランスが崩れてしまうこと」が映画『パプリカ』の主題であり、物語を紐解く鍵となります。

バランスを取り戻したのは、パプリカと千葉

夢の世界で活躍する「パプリカ」は、活発で無邪気な赤髪の女の子。一方現実世界を生きる「千葉」は冷静沈着な黒髪の女性。「千葉」と「パプリカ」は同一人物でありながら、相反する性格を持っています。 この2人の性格は「静と動」のように正反対。しかし「自由を求めるパプリカ」と「規律を重んじる千葉」の描写に表れているように、2人の性格は“釣り合い”が取れてもいます。だからこそ2人は一体化することで短所も長所も補い合い、バランスの取れた千葉として幼体化しました。

巨大化した「千葉」と、しぼんでいった「乾」

バランスを得た千葉は、若く生命力に溢れ、“小さく”姿を変えました。一方で乾は歳をとり障害を抱え、自意識が大きいため“巨大化”しています。この2人もまた正反対の姿を持ったキャラクターとして描かれています。 そして物語終盤、「小さな千葉」は「巨大な乾」と対峙し、彼を吸い込んでいきました。乾の巨大さに比べてアンバランスなほどに小さかった千葉は、乾を吸い込むことで大きさを取り戻していきました。 巨大化していく千葉と、その力を奪われ小さくしぼんでいく乾。まるでお互いバランスを取り合うかのように、姿を変えていったのです。

今敏は自身のホームページKON'S TONEにて、『パプリカ』のテーマが「バランス感」にあると繰り返し述べています。 千葉とパプリカのバランスの取れた成長が、物語ラストにおいて「夢」と「現実」とのバランス感をもたらしたのかもしれません。

【考察②】パレードは一体何?鍵となるのは平沢進の音楽!

今敏は平沢進の熱狂的なファンであり、「平沢の音楽が創作活動のインスピレーションである」と公言している程です。2人は『パプリカ』以前も複数回タッグを組んでおり、その様はさながら「宮崎駿×久石譲」そして「新海誠×RADWIMPS」のような名コンビです。 ここでは平沢が手掛けた音楽が『パプリカ』に、中でも悪夢のパレードシーンに与えた影響を解説してきます!

「パレード」シーンに影響を与えた音楽家、平沢進って一体誰?

平沢進は1954年4月1日生まれ、東京出身の音楽家です。1973年に「P-MODEL」前身となるロックバンドを結成し、本格的に音楽活動を開始して以降、約50年間にわたってキャリアを走り続けています。 強いメッセージ性を独特のセンスが光る平沢の音楽は、中毒性抜群。 本作『パプリカ』も、平沢の音楽に強い影響を受けています。特に映画冒頭から繰り返される「パレード」のシーン、このビジュアル作りに一役買ったのが平沢だったとか!

「科学と神話」の同居が、平沢進の世界観

今敏は自身のホームページKON'S TONEで、平沢の音楽について次のように述べます。 「平沢さんの歌詞によく現れてくるのは“神話と科学”というモチーフです。テクノロジー全盛の近現代において、非科学的であると断罪される神話とテクノロジーが平然と同居しながら、両者がバランスしている。」

ここで『パプリカ』のパレードシーンを振り返ってみましょう。目を凝らしてみてみると、あの不気味なパレードに登場するのはただの有象無象ではありません。 鳥居や地蔵といった宗教的モノが乱立したかと思えば、消費文化の中で“まだ使えるのに”捨てられたであろう冷蔵庫や自動車も登場する……。まるで「科学」により過剰生産/消費されたモノや、抑圧された宗教などの「神話」が、自分の存在を主張しているようです。 また今敏は自身のホームページで、パレードについてこうも述べています。「捨てられたものたちが騒々しいパレードを構成していく……」。 この不気味なパレードは、「科学」やその発展により“抑圧され”、“捨てられた”モノたちの悲痛な叫び声なのかもしれません。

【考察③】粉川とトラウマ。「あいつ」って誰?フロイト、ユングから読み解く!

パプリカ 粉川
©Sony Pictures/Photofest/zetaimage

悪夢にうなされ、パプリカにサイコセラピーを受けている粉川刑事。彼の夢には「あいつ」と称される、顔の見えない男が出現します。 「あいつ」の正体とは?そしてあの悪夢は何を表しているのか?その疑問を解消するため、今敏が影響を受けたフロイトとユングに関して解説していきます。

フロイト「意識は氷山の一角」

フロイトは人の心を「意識できる部分」と「意識できない部分」に分けて考えました。意識できる部分はごくわずかで、無意識にこそ人の本質が宿ると考えたのです。 さらにフロイトは、「無意識の領域」には思い出したくない感情やコンプレックスが押し込まれていると考えました。意識している領域は心の中で「氷山の一角」に過ぎず、その下には「個人的な過去」から構成された無意識が隠れているということになります。 映画『パプリカ』の公式ブログによると、無意識の領域に入り込む様は「穴を下る」という行動で象徴されているそう。パプリカが氷室のクローゼットにある穴から“ハシゴをつたって下る”シーン、そして粉川が殺人犯を追いながら「あいつ」に気づき、その後突然“足場が消えて落下する”シーン……。この全てが、意識から無意識への転換を暗示しています。

ユングの「集合的無意識」

一方フロイトと子弟関係にあったユングは、彼の説に反論します。フロイトが「無意識は個人的記憶の集積に過ぎない」と考えたのに対し、ユングは「無意識は個人の記憶だけでできているわけではない」と考えたのです。 このユングの考え方こそ、「集合的無意識」と呼ばれるもの。人の無意識には、個人的な体験・感情を超え「古代から脈々と、人類が共通して抱いてきたイメージ」も含まれていると考えました。 例えば、太陽を神として崇める慣習。地理的・時間的に離れていても、多くの民族や人々が「太陽=神」という共通イメージを抱いていています。このような、個人を超えた人類の共通基盤が「集合的無意識」とされました。

『パプリカ』冒頭には、集合的無意識に影響を受けた描写が登場。サーカス隊が舞台に登場してくるシーンを、無数の観客が鑑賞しています。このシーンは「サーカスの舞台」というイメージを、集合的無意識として人類が目撃していることを暗示しているのでしょう。 ちなみにサーカスシーンの演出は、『パプリカ』の映画公式ブログによると『地球最大のショウ』(1952年)を参考にして作られたとか。様々なインスピレーションを受けて作られた冒頭のサーカスシーンは、観客を映画に引きこむ素晴らしい演出となっています。

粉川のトラウマの原因、「あいつ」とは?

それでは「粉川のトラウマ」の考察に戻りましょう。 悪夢に悩まされていた粉川は、パプリカからサイコセラピー治療を受けていました。悪夢に登場するのは決まって「担当する未解決殺人事件」や「かつて見た映画の一部シーン」そして「かつて撮影していた映画」。夢に見るほど映画が好きだったにもかかわらず、粉川は映画への愛を否定し、そしてなぜか、夢の中で17という数字を異様な程に毛嫌いする。 そんな彼は初め、悪夢の原因が「担当する未解決殺人事件」にあると考えていました。追いかけても追いかけても捕まらない犯人、これこそ諸悪の根源だと考えたのです。しかし殺人シーンをパプリカと分析していくうち、彼はそのシーンの異常さに気付きます。夢の殺人シーンでは「射殺された被害者と犯人の顔が、両者とも粉川だった」のです。 そして何度も夢分析を重ねていくうちに、粉川は悪夢の原因が「17才の頃、映画の道を諦めてしまったこと」にあると気づきました。「あいつ」と作っていた映画が未完成のまま、制作を投げ出してしまったこと。そして映画監督を目指していた「あいつ」が、夢半ばで早逝してしまったこと。粉川はこれらの経験を、強く後悔していたのでした。 映画を一緒に作っていた「あいつ」を相棒だと感じていた粉川は、彼に対して罪悪感を感じているからこそ、彼の存在を無意識下に抑圧していたのです。

「あいつ」の正体に気づいた粉川

「あいつ」の存在を思い出した粉川は、ポロリと一言こぼします。「俺はあいつの片割れだったのに」——。 しかしそう言った粉川は、直後ある違和感を持ちます。「あいつ」は実在したのか?自問自答していくうちに、粉川はある結論にたどり着きました——。「あいつはもう一人の……俺だった。」つまり「あいつ」は粉川自身であり、かつて映画監督を目指していた自分自身だったのです。 「映画を諦めた」辛い過去を忘れたかった粉川は、映画への愛を無意識の中に押し込んでいました。そして自分自身を押し“殺し”ていたために、それを無意識に殺人シーンと重ね合わせ、“自分を殺した犯人を、自分自身として”夢の舞台に登場させていたのです。「あいつ」の正体に気づいた粉川は、夢の中で殺人事件の犯人を追い詰めて射殺し、トラウマの克服に成功しました。

【考察④】青色の「蝶」は何を暗示?今敏が隠した意図

本作『パプリカ』にはいくつかのイメージが繰り返し登場します。代表的なのが日本人形。この日本人形は顔が氷室に変わり、そして時に彼の言葉を代弁しています。この日本人形は氷室の夢の中で登場することから、「日本人形=夢の中の氷室」と考えて良いでしょう。 そして日本人形と同じく、よく登場するのが蝶のイメージ。しかしこの蝶は劇中何度も登場する一方、そのイメージを解釈するのは容易ではありません。 この蝶は何を暗示しているのか?どうして何度も登場するのか?じっくり解説していきます!

青色の蝶は、美しいが“危険な”モルフォ蝶

『パプリカ』に何度も出てくるこの蝶は、特徴的な青色から推測するに、モルフォ蝶だと考えられます。北アメリカ南部から南アメリカに生息するこの蝶は「森の宝石」と呼ばれ、その美しさで広く世界に知られています。 一方あまり知られていませんが、モルフォ蝶は毒蝶。“綺麗なバラにはトゲがある”ように、モルフォ蝶の体内にも毒が存在しています。 美しく危険なモルフォ蝶は、『パプリカ』で一体何を示しているのでしょうか?まずは本作での登場シーンを振り返っていきましょう!

モルフォ蝶の登場シーンは?

モルフォ蝶がはじめに登場するのは、「氷室の夢に出てくる遊園地」にパプリカが迷い込んでしまうシーン。ここでは1羽のモルフォ蝶が草木で覆われた遊園地へと飛んでいきますが、遊園地に着いた蝶はある特徴的な動きを見せます——。日本人形の頭にとまったり、人形の周りをクルクルと飛び回ったり……。まるで日本人形と戯れているかのように振舞うのです。 そして一番のポイントとなる登場シーンが、“パプリカの前で乾と小山内が正体を現す”シーン。ここでは悪人としての顔をあらわにした小山内の周りに、何匹もの蝶がヒラヒラと舞っています。

モルフォ蝶は、ある人物の象徴だった!

パプリカ 小山内 蝶
©︎Sony Pictures/Photofest/zetaimage

森の宝石と言われるほど美しく、そして同時に毒も持っている蝶……。『パプリカ』映画公式ブログによると、この蝶は「夢での小山内の姿」の象徴として描かれているそうです。 例えば映画前半の、「遊園地で蝶と日本人形が戯れていたシーン」を振り返ってみましょう。これは“小山内(=蝶)と氷室(=日本人形)が戯れている”ことを象徴したシーンです。 映画後半で判明する通り、小山内は氷室と肉体関係を結ぶことでDCミニを盗み出すことに成功しています。これは映画後半、小山内に拘束されたパプリカが彼に対し「アイドルだったんでしょ、氷室君の」「その身体でDCミニを取引したんでしょ」と言い放つシーンから推測できます。 しかしこのシーンを待つまでもなく、「小山内=モルフォ蝶」という暗示関係を知っておくと、実は映画前半の遊園地のシーンから「小山内と氷室の怪しい関係」がほのめかされていることに気付きますね! ちなみに『パプリカ』の公式ブログによると、夢の世界において「乾は植物、氷室は日本人形、時田は黄色いロボット、敦子はパプリカ」で象徴されているようです。植物たる乾と、モルフォ蝶たる小山内の蜜月関係も、ここから暗示されています。

小山内は「変態監禁王子様」で「コレクター」?

さて、小山内は夢でパプリカを拘束し、展翅台(てんしだい:昆虫標本を作る際、昆虫を固定させておく台のこと)に押し付けます。この展翅台には多くの穴が開いており、“小山内がパプリカ以外にも、多くの人間を監禁してきた”ことが暗示されます。 これに対してパプリカは「変態監禁王子様!」と言って小山内を詰りますが、このシーンの小山内は恐怖そのもの。壁一面に蝶の標本が飾ってあるのも不気味です。

実は今敏、小山内の「おさない」という読み仮名を、そのまま「幼い」に読み替えてイメージしていたそうです。『パプリカ』の映画公式ブログによると、そんな幼さは「他人の自由を奪って監禁したい、という欲望がそのまま垂れ流しになっていて、そのくせ権力には弱い」部分に現れているとか。 その監禁欲がパプリカを前に発露してしまったわけですが、このシーンは『コレクター』(1965年)からインスピレーションを受けたものでしょう。この映画は、“蝶の収集が生きがいの男性が、ある魅力的な女性を執拗に監視してしまう……”というストーリーですが、今敏のホームページKON'S TONEによると、何と今敏はこの作品を複数鑑賞していたとか。 “幼い”小山内が、モルフォ蝶のように美しく夢を舞い、そして監禁欲を充足させる。美しさや仄暗い危険な香りを持つモルフォ蝶は、小山内の象徴としてぴったりですね。

【考察⑤】『パプリカ』が描く現代への警鐘。インターネットと夢の相似性とは?

『パプリカ』が公開された、2006年。この年はTwitterがサービスを開始した年であり、またiPhone初代機が発売を目前に控えた年でもありました——。日本社会全体に「インターネット」という概念が浸透しつつある時代だったのです。 もちろん今監督はこの時代背景を踏まえ、『パプリカ』に、ネットやパソコンの描写を多数挿入しています。千葉が患者の夢を覗くとき、そして患者の悪夢を治療する時、パソコンやインターネットを使用しています。 そして特に印象的なのが、粉川がパソコンを開くシーン。粉川はパソコンを開くと同時にいつの間にか眠りに落ち、夢の世界へと入り込んでいます。つまりここで今敏は、「無意識の世界である夢」と「インターネットの世界」とを、パラレルなものとして描いています。 それでは、今自身はこのようなネット時代をどう思っていたのでしょうか?

今敏が語った、ネットの怖さと恩恵

今敏はNEO Magazineのインタービューで、ネットについてこう述べています。「ネット上では普段とは大きく異なる別人格になっている人々がどこの国でも多くなっている」。今敏の言う通り、今では多くの人々がネット上で複数人格を持つようになりました。 もちろん夢や無意識が想像力の宝庫であるように、インターネットも無限の可能性を秘めています。現にインターネットが世界にもたらした恩恵は計り知れません。 しかしSNSが普及したネット上の世界では、誹謗中傷やいじめといった深刻な問題が発生してもいます。そして、匿名という隠れ蓑(みの)で膨張した誹謗中傷はいつしかネット上から現実世界へと飛び火し、現実世界の人間の命を奪うことさえ可能になりました。

パプリカの悪夢は、決して絵空事じゃない

『パプリカ』終盤、自意識によって肥大化した乾は現実世界を脅かします。 このシーンを2020年代に当てはめてみると、ネット上の仮想人格が現実世界をのっとり、現実世界を脅かしている場面にも見えてきます。 「ネットと現実の境界が、そしてそのバランスが狂い始めている」。これは今敏からネットを扱う現代人へ向けられた警鐘かもしれません。

『パプリカ』のトリビア紹介!何度鑑賞しても面白い!

公開から10年以上が経過した『パプリカ』。既に鑑賞したという人も多いはず。そんな方でも『パプリカ』をさらに楽しめる、厳選したトリビアをいくつか紹介していきます!

原作者の筒井康隆と監督の今敏が登場……?

パプリカ扮する千葉は治療の際、radioclub.jpをURLとするサイト上で粉川と密会します。 このradioclubに登場するバーテンダーの2人、映画を鑑賞した人ならピンとくるはず。実はあのバーテン2人の声優が、他でもない筒井と今敏だったのです。今敏のお茶目な一面が窺えますね!

あえて“名の知れた”声優をチョイス

他作品『東京ゴッドファーザーズ』で今敏は、あえて声優として名の知れていない人を起用したそうです。というのも『東京ゴッドファーザーズ』は社会に埋もれた「ホームレス」を主人公としているため、名のある声優は作品のコンセプトにそぐわないのです。 しかし『パプリカ』は映画全体が賑やかで、時に不気味なほどに華やか。そうした華やかなイメージに説得感を与えるため、声を聞いただけでピンとくる声優をあえて起用したとか。 確かに時田の声を聞くと、どことなく「ガンダム」のアムロを思い出すかも……。

制作にはどれくらい時間がかかったの?

今敏のホームページには「予算は約3億円。期間は企画から完成まで約2年半です。脚本などのプリプロダクションが半年、絵コンテから実際の作画や撮影、音響作業、完成までが約2年です」との記述が。 今のブログは、2004年の11月から『パプリカ』公開までの2006年の11月、2年間も更新が途切れています。ここからも制作にかけられた、途方もない労力が伝わってきます……。 世界から大絶賛を受けた『パプリカ』。細部まで隅々と味わって鑑賞したいですね!

小説と映画の違いは?原作を読むともっと楽しめる!【原作・映画ネタバレ注意】

映画『パプリカ』は筒井康隆の原作小説『パプリカ』をアニメ映画化したものです。しかし本作は、原作を細かく踏襲している訳ではありません。 ただ、原作を読破した状態で映画『パプリカ』に立ち戻ると、また新たな発見があることも確かです。ここでは映画を理解する上で重要となる点、またトリビアとして楽しめる原作『パプリカ』の設定を、いくつか紹介します! まずは原作『パプリカ』の基本情報をおさらいしましょう!

「映像化不可能」と言われた原作

本作品の原作である小説『パプリカ』(1993年)は、小説『時をかける少女』(1967年)の著者としても有名な筒井康隆によるSF小説です。この小説は現実世界と夢/無意識の世界が複雑に絡み合っており、「映像化不可能」とも言われていました。 しかしながら今敏は、奇抜で色彩溢れるグラフィックにより映画化することに成功しました。複雑なイメージが絡み合いながら展開する本作は、今敏の最高傑作とも言われています。

原作の小山内は超のつく美男子?氷室や乾との関係は?

映画では乾の腹心として描かれる小山内。肉体関係を持つことで氷室を懐柔し、DCミニを盗み出すことに成功しました。 そんな小山内は、映画自体でも暗示されているように、実は原作において乾とも肉体関係を持っていました。彼らは強烈な師弟関係で結ばれ、互いに愛し合っていたようです。 また映画では直接述べられていませんが、原作で小山内は、“彫刻レベルの”美男。その美しさは、敵対する千葉も認めるほどでした。 そして実は映画において、そんな小山内の「美男っぷり」を感じさせるシーンが。何と「パプリカが時田を助けに行くシーン」で、“彫刻風の”小山内が一瞬登場しています!気になった人は映画本編を見直してみると良いかもしれません。

実は千葉も天才だった?ノーベル賞受賞級の科学者、時田と千葉

映画『パプリカ』では、時田の天才さばかりがクローズアップされています。 一方でパプリカこと千葉自身も、原作において実は天才科学者です。原作終盤には時田と千葉が「ノーベル生理学医学賞」を受賞するなど、2人は揃って有能な科学者として描かれていたのです。

あの“華やかすぎて怖い”パレードのシーン、原作には登場しない?

パプリカ パレード 蛙
©Sony Pictures/Photofest/zetaimage

映画本編で一番印象に残るシーンを挙げるとするならば、やはりあのパレードのシーンを思い浮かべる人も多いはず。しかし驚くことに、原作にはパレードのシーンがありません。 というのも原作には映画に比べ多くのキャラクターが登場し、彼らの夢が複雑に絡み合いながらストーリーが展開していきます。しかし時間の制約上、映画でこれらの夢を全て描ききることはできません。 そこで今敏は複雑に絡み合う夢のシーンをあえて原作からカットし、「映画全編の柱」となるような悪夢のイメージを作り上げたそうです。この柱がかの有名な「パレード」のシーンとなりました。

映画『パプリカ』登場人物&声優解説

ここで『パプリカ』のメインキャストを振り返ってみましょう!

千葉敦子、パプリカ/cv. 林原めぐみ

千葉は優秀なサイコセラピスト。夢に入り込むときは別人格「パプリカ」に変身します。 現実人格の千葉は冷静沈着な女性であり「黒髪」で描写されます。それに対して夢人格のパプリカは、明るく無邪気な性格をしており「赤髪」で描かれます。 千葉/パプリカの声優は30年以上のキャリアを誇る林原めぐみが担当。林原は「新世紀エヴァンゲリオン」シリーズの綾波レイ役や、「ポケットモンスター」シリーズのロケット団ムサシ役、さらには『名探偵コナン』の灰原哀役としても知られています。

時田浩作/cv. 古谷徹

時田はDCミニを開発した、巨漢の天才研究員。天才的科学者である一方、自由気ままで子どものような性格であり、劇中では「子どものまま大きくなった天才」と称されています。 時田の声優は、古谷徹が担当しました。古谷は『巨人の星』の星飛雄馬(ほしひゅうま)役や『機動戦士ガンダム』のアムロ・レイ役でも知られています。古谷自身は『パプリカ』を思い出深い作品と語っています。

乾精次郎/cv. 江守徹

乾は研究所の理事。下半身付随であり、車椅子を利用しています。DCミニの技術には一目を置いている一方危険視もしており、DCミニの開発中止を検討中。 乾の声優を担当したのは、文学座代表を務める江守徹。江守は声優としてだけでなく、テレビドラマや舞台俳優としても広く活躍しています。また今敏が監督したアニメ映画『東京ゴッドファーザーズ』では、ギンちゃん役としても声優をつとめました。

小山内守雄/cv. 山寺宏一

小山内は千葉や時田の同僚。千葉には好意を抱いていますが、時田のずさんさには憤りを感じており、DCミニの開発中止に賛成しています。 小山内の声優を担当したのは、変幻自在の声を持つ山寺宏一。『東京ゴッドファーザーズ』のタクシー運転手役や、『千年女優』鍵の君役でも声優をつとめるなど、今敏作品の出演経験も豊富です。 パプリカ役の声優を担当した林原とは他作品でも多く共演しています。『パプリカ』公開から10年以上経った2020年には「龍馬のくつ」で再共演を果たしました。

粉川利美/cv. 大塚明夫

大塚明夫

粉川は悪夢に悩まされている刑事。大学時代からの知り合いである島にすすめられ、「パプリカ」による悪夢の治療を受けています。 粉川の声優を担当したのが、独特の低音ボイスで知られる大塚明夫。『攻殻機動隊』のバトー役や、ニコラス・ケイジの吹き替え担当としても知られています。また大塚は、今敏監督作品の『東京ゴッドファーザーズ』で医者役の声優を担当するなど、今敏作品に複数登場する声優です。

夢/無意識と現実の「バランス」を描き出した、傑作映画『パプリカ』。

本記事では映画『パプリカ』のあらすじやトリビア紹介し、作品に散りばめられた疑問点や謎を考察してきました! 夢と現実のバランスが崩れた世界を鮮明に描き出すことで、バランスの重要さを説いた『パプリカ』。名実ともに今敏の代表作であり、今後も傑作映画として語り継がれることでしょう!