【長谷川町蔵】アン・ハサウェイのリ・ブランド大作戦『シンクロナイズドモンスター』
ぶっ飛んだストーリー!
マンハッタン。ウェブライターとして働いていたグロリアは、ひょんなことから原稿がネット炎上してしまい会社からリストラされてしまう。ライターとしてのキャリアを断たれた彼女は、新しい職を探さず毎晩飲み歩くように。その結果、呆れた彼氏のティムからアパートを追い出されてしまう。 職業、彼氏、家のすべてを失ったグロリアが夜逃げ同然に向かった先は、子ども時代を暮らした田舎町だった。そこで彼女は偶然再会した幼馴染のオスカーの計らいで、彼が経営するバーで働くようになる。どうせやることもないしタダ酒が飲める。こうして彼女のダラけた新生活が始まった。 ある日、勤務明けのグロリアは誰もいない朝の公園でひとり暴れまくる。それは酔っ払いが行いがちなありふれた光景だった。しかし全く同じ頃、韓国のソウルでは天変地異が起こっていた。突如、街中に巨大怪獣が出現して街を破壊して回ったのだ。 そのニュースをテレビで観たグロリアはおかしなことに気づく。怪獣の動作の癖がグロリアのそれとそっくりだったのだ。次の朝、彼女は公園で様々なポーズを取ったあと、テレビを見て確信する。何故だか理由は分からないけど、グロリアと巨大怪獣の動きは完全にシンクロしていたのだ!
だが断じてB級バカ映画ではない。
スペイン出身の新鋭ナチョ・ビガロンドが監督と脚本を務めた『シンクロナイズドモンスター』は、今年公開される中でも最もぶっ飛んだストーリーの映画だ。 というのも、アメリカの田舎町に住む女子と、ソウルに出現した巨大怪獣の動きがなぜかシンクロしてしまうのだから。グロリアが手で風をあおぎ、足踏みをすると、ソウルではヘリコプターが墜落してビルが倒壊するのだ。 グロリアはアルコール依存症の設定なので、観客は考える。「これはすべて彼女の妄想なんじゃないだろうか。」 だがそんな大方の予想を裏切って、ソウルには怪獣に加えて巨大ロボットまでが登場。話はどんどん明後日の方向に進んでいく。明らかにおかしい。 でもそのおかしな世界の中で、すべてから逃げていた彼女は<敵>と立ち向かわざるをえなくなる。その敵とは、自らが抱える【弱さ】という名の怪獣だ。本作、一見B級バカ映画に見えて、とても文学的な作品なのだ。
プロデューサー兼主演女優アン・ハサウェイの目的とは
この映画をプロデュースして主演したのが、あのアン・ハサウェイと知って驚く人も多いだろう。アンといえばブレイク作『プリティ・プリンセス』(01年)で演じていたのは、ヨーロッパの小国の王女さま。 『プラダを着た悪魔』(06年)ではファッション誌編集者、『マイ・インターン』(15年)では女社長に扮するなど、華やかな女子を当たり役にしていた女優だ。なぜこんな負け犬女子を演じることを選んだのだろうか。 理由は、グロリアのリストラ理由と同じ<ネット炎上>である。『レ・ミゼラブル』(12年)でアカデミー助演女優賞を獲得した頃から、アンに対してネット上で「鼻につく」「わざとらしい」といった悪口が目立つようになった。 もちろんそれは品行方正で若くして成功した彼女へのやっかみにすぎないのだが、人生うまくいってない人間の方が多いわけで、みるみるうちに増殖。遂には一般メディアが取り上げるほど拡大していったのだ。 アンは傷つくと同時に「何とか対策を打たなければ」と思ったはず。そこで思い出したのが『レイチェルの結婚』(08年)における自分の演技だったはずだ。この映画で、彼女は薬物療養施設を出所してきたばかりの女子を熱演。しかも不思議と役にハマっていたことでアカデミー主演女優賞にノミネートされたからだ。 本当は得意な負け犬女子を演じることによって優等生のイメージを捨て去り、アン・ハサウェイという傷ついたブランドをリ・ブランドする。それこそが『シンクロナイズドモンスター』をプロデュースした彼女の目的なのだ。 その目的は成功していると思う。本作のアンは性根の腐ったダメ人間なのに、観客は彼女を愛せずにはいられないのだから。 そんなアンを、ティム役のダン・スティーヴンスやオスカー役のジェイソン・サダイキスが好サポート。特に、てっきりグロリアと結ばれるのではないかと観客に思わせておいて、予想外の暴走をする後者の巧みな演技には驚かされるはず。 その結果、公園で取っ組み合うグロリアとオスカーの姿は傍目から見たら、ただの酔っ払いの喧嘩である。だがそれは本人たちにとっては地球存亡を賭けた史上最大の決戦なのだ。
長谷川町蔵
文筆家。「映画秘宝」の連載を再構成した最新作「サ・ン・ト・ランド サウンドトラックで観る映画」が洋泉社から発売中。