2018年4月16日更新

【ネタバレ】映画『ラブレス』に描かれる、人々の無関心とは【おそロシア】

©2017 NON-STOP PRODUCTIONS – WHY NOT PRODUCTIONS

カンヌ映画祭で審査員賞を獲得したロシアの映画『ラブレス』。描かれていたのは、他者に対する無関心がもたらす悲劇でした。今回はそんな『ラブレス』で描かれるロシアの姿とそこから見える人間の本質に迫ります。

カンヌ受賞作『ラブレス』が描く、ロシアの姿とは?

2017年の第70回カンヌ国際映画祭で上映された映画『ラブレス』。美しいモスクワの雪景色を背景に人間の真の姿を描いた本作は絶賛され、同映画祭で審査員賞を受賞しました。 監督は、数々の映画賞に輝く鬼才・アンドレイ・ズビャギンツェフ。その寒々とした映像で綴られるのは、ある日突然失踪してしまった息子を探す両親の姿。しかし、この映画で描かれているのは「家族の愛」などではなく、むしろ人々の他者に対する無関心なのです。 そんな人間の本質に鋭く迫った本作を徹底解説。監督が本作を通して描きたかったロシアの姿と人間の本質に迫ります。

映画『ラブレス』あらすじ

ラブレス
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2012年秋のモスクワ。一流企業に勤めるボリスと美容サロンのマネージャーをしているジェーニャは、12歳の息子・アリョーシャ(「アレクセイ」の愛称。字幕ではアレクセイと表記)と三人で暮らしていますが、お互いに愛人がおり、事実上の家庭内別居状態。しかも、ボリスの若い愛人・マーシャのお腹には、既に二人の間にできた子供がいるのです。 離婚協議を進めたい二人でしたが、ボリスの会社は経営者が厳格なクリスチャンであるため、社員の離婚は御法度。クビを恐れるボリスは、会社に離婚がバレないかと気が気でありませんでした。 そして何よりの問題は、アリョーシャをどちらが引き取るのかという問題。早くそれぞれの愛人との新生活に向かいたい二人はたびたび口論を起こし、互いに都合の良い言い訳を展開させてはアリョーシャを押し付け合ってばかり。そんな両親の罵り合いを部屋の影でひとり聞いていたアリョーシャは、声を押し殺して泣いています。 そしてある時。アリョーシャは突然、姿を消してしまったのでした。

監督はロシアの鬼才・アンドレイ・ズビャギンツェフ

本作を監督したのは、今、世界で最も賞賛されるロシアの監督の一人・アンドレイ・ズビャギンツェフです。 1964年、ソ連時代のシベリアの都市・ノヴォシビルスクで生まれたズビャギンツェフは、当初は俳優を目指し、地元の演劇学校を卒業。 その後モスクワへ上京し、ロシア演劇アカデミーで学びますが、貰える役は小規模な舞台や映画のエキストラといった小さなものばかり。のちにズビャギンツェフは、清掃員などをしながら食いつないでいたこの時期のことを「絶望よりももっとひどい、どう表現していいかわからない状態」と語っています。

しかし、職を転々とする中で映像制作を学び、ミケランジェロ・アントニオーニ監督の映画『情事』に衝撃を受けたズビャギンツェフは、映画監督を目指すことを決意します。 そして2003年、実に39歳にして『父、帰る』で映画監督デビュー。神秘的な自然の情景の中で謎めいた父と息子の通過儀礼を描いたこの処女作でいきなり第60回ヴェネツィア国際映画祭金獅子賞を受賞。

2007年には2作目となる『ヴェラの祈り』を発表。カンヌ国際映画祭で男優賞を受賞するなど、世界的な評価を得ました。 続く『エレナの惑い』では、初めて舞台がモスクワに。男性優位社会であるロシアにおける女性の立場を描き、第64回カンヌ国際映画祭ある視点部門で審査員特別賞を受賞しました。

そして2014年には、『裁かれるは善人のみ』を発表します。厳しくも壮大な大自然の中の小さな町を舞台に、権力を振りかざす行政とそれに抗いながらも悲劇に巻き込まれてゆく人々の姿を鋭く描写した本作は、カンヌ国際映画祭の脚本賞やゴールデングローブ賞の外国語映画賞などを受賞。さらにはオスカーにもノミネートされるなど、絶大な評価を得ました。 それから三年ぶりに発表された本作も、第70回カンヌ国際映画祭審査員賞を受賞し、二度目のオスカーノミネートを果たすなど揺るぎない評価を得続け、今や常に新作が期待される監督となっています。

『ラブレス』から見えてくる「無関心」の数々【以下、ネタバレ注意】

学校帰りに長いビニールのリボンを道で拾うアリョーシャは、しばらくいじった後にリボンを放り投げます。木の枝に引っ掛かり、風に揺れ続けるリボン。それを見つめるアリョーシャ。 映画『ラブレス』はこんな場面から始まります。一見すると意味のない日常風景のようですが、ラストで重要な意味を持つのです。 さて、本作はアリョーシャがいなくなり、両親が捜索を始めるという物語ですが、それは表面だけの話。この映画をよく見ると、様々な種類の「無関心」が垣間見られます。そしてそこから、この映画で描かれる人間の真の姿が見えてくるのです。

警察の無関心

ラブレス
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息子であるアリョーシャが行方不明になり、警察が家にやって来ます。女性警官がアリョーシャの部屋の現場写真を撮っていますが、片手で適当にシャッターを切るばかり。明らかにやる気がありません。 彼らから相談を受けた警官は、反抗期だから10日もすれば帰ってくるに決まっている、我々は強盗や殺人事件の捜査で忙しいと取り合いません。それが警察のとる態度か、とジェーニャが詰め寄れば、今度はアリョーシャをバカ息子呼ばわり。そんなに探したいなら市民ボランティアにでも頼めばいい、と言って帰ってしまいます。 ロシアの警察に届けられる行方不明者の届け出は、年間20万件にもなると言われています。しかし、ロシアにはそれを捜査する専門の機関がありませんし、ロシアの警察は慢性的な人手不足にあるとされているため、ほとんどの場合行方不明者の捜査に警察が動くことはありません。 ロシアの警察の市民への暴力や収賄などは少なくないとされており、2009年の警察官による違法行為は年間10万件にも登ったと言われています。同じ2009年には、とある警官が警察内部の劣悪な環境と無実の人を逮捕することを強要されたことを打ち明ける内部告発動画をネット上に発表しましたが、逆にその警官自身が横領の疑いで告訴されるという出来事がありました。 ズビャギンツェフは、そんなロシアの警察の腐敗した実態をこの映画の中で盛り込み、世界に向けて告発しているのです。

家族の無関心

ラブレス (プレス)
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夫婦は捜索救助を行う市民ボランティア団体・ヴェラに協力を依頼。彼らは懸命に捜索をしますが、一向にアリョーシャは見つかりません。 捜索の一環として夫妻はヴェラのメンバーを連れ、郊外にあるジェーニャの母の家に向かいます。しかし、そこにもアリョーシャの姿はなく、出てきた母はアリョーシャを孕んだジェーニャをあばずれと罵り、こうなったのもボリスと別れて中絶しなかったからだ、自業自得だ、と言い放ちます。 帰りの車中でジェーニャは、自分がボリスと結婚したかったのは愛していたからではなく、母から逃げるためだった、アリョーシャを中絶すべきだったと後悔の念を口にします。 家族というものの絆や愛を謳った映画は数多くありますが、本作に出てくる人々は誰しもが家族に対して無関心であり、ただひたすらに利己的です。

社会への無関心

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本作では、カーステレオやテレビといったメディアがたびたび登場します。そこから流れるのは、様々な社会情勢や報道の数々です。 ボリスが職場に移動する際にカーステレオから流れるのは、終末説についてのラジオ番組です。物語の舞台となったのは2012年。マヤ文明で予言された「2012年人類滅亡説」のことを覚えている方は多いのではないでしょうか。映画の中で登場人物たちは、この人類滅亡説をたびたび話題にします。 しかし、テレビで流れる話題がクリミア侵攻のこととなるとどうでしょう。途端に登場人物はスマホに目を向け始めたり、部屋を出て行くのです。自分に無関係なこととなると、多くの人々が犠牲になろうとまるで意に介さない人たち。ここにも、「無関心」があります。

その一方で、自分に対しては関心が強い

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他人に対しては無関心な人々ですが、その一方で自分に対してはひたすらに関心を向けています。 レストランでは、若い独身女性のグループがスマホで集合写真を撮っています。「インスタ映え」による自己承認欲求は、世界中どこでも一緒のようです。 ジェーニャはサロンでブラジリアンワックスを施してもらいますが、これは年上の愛人のためです。しかし、突き詰めていけば「愛する人に気に入られたい」という欲求をエゴイズムと見ることもできるかもしれません。 このように、他者への無関心とともに、人々のエゴイズムも描かれているのも特徴です。

捜索活動は思わぬ展開に......

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とはいえ、この映画に出てくる捜索救助ボランティア団体・ヴェラの人々は、アリョーシャへの純粋な慈愛の心から、自ら率先して捜索活動をします。観客は、ヴェラとともにアリョーシャを探し続ける両親の姿を見て、彼らにも思いやりの心があることを期待するでしょう。 しかし、捜索活動は思わぬ展開を迎えます。アリョーシャとよく似た子供の死体が見つかったのです。すぐさまその亡骸を確認しに向かうボリスとジェーニャ。二人は、亡骸を見て泣き崩れますが、口を揃えていいます。「あの子じゃない」と。

無関心の先にあるものとは【ネタバレ注意】

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死体が見つかってから数年が経ち、ボリスとジェーニャはそれぞれの愛人とともに生活を始めています。ボリスが愛人との間に設けた子どもはすっかり歩けるようになっていますが、ボリスはそれを邪気に扱います。 一方、ジェーニャは裕福な年上の愛人と暮らしています。ベッドから起き上がった彼女は、バルコニーにあるランニングマシンで淡々と運動をし始めます。彼女の目は心なしか、あまり楽しげには見えません。 そしてラスト、この映画のカメラが映し出すものは何か。それは、冒頭でアリョーシャが投げたビニールのリボンです。アリョーシャがいなくなって年月が経った今でも、リボンは風に揺られ続けているのです。 とはいえ、今となってはもう、誰もこのリボンのことなど気にかけていません。そう、それはまるで、誰からも忘れ去られたアリョーシャのように。

『ラブレス』はロシアだけの話なのか?

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本作で描かれている情景を見ていくと、「ロシア」という国を意識させられる場面が多くあります。 ボリスが食事を摂る社食では、わざわざ「ボルシチをどうぞ」という台詞が聞こえてきますし、劇中のニュースで報じられる世界情勢は全てロシア視点のものです(特にウクライナ侵攻のニュースは完全にロシア目線)。 極め付けは終盤。ジェーニャがランニングマシンを使う時、まるで「私はロシア人の代表です」と言わんばかりに胸に「Russia」と大きく書かれたトレーニングウェアを着ているのです。 では、この映画はロシアだけの物語なのでしょうか。そうではないのです。ズビャギンツェフ監督はあくまで政治的なメッセージではなく普遍的なメッセージに興味があり、他者への思いやりを失いつつある現代人への警告がしたかったと語っています。 紛争や飢餓、貧困などで世界中の多くの人々が亡くなっているのに、テレビでは不毛なスキャンダルばかりが延々と報じられています。その一方で自分のことで精一杯になり、身近な家族への思いやりや関心すら失っている人々もいます。そしてその影響なのか、時折惨たらしい事件も報じられています。 この映画は、我々日本人にとっても、無関係な物語ではないのかもしれません。

作品情報

『ラブレス』 4月7日(土)、新宿バルト9、ヒューマントラストシネマ有楽町、YEBISU GARDEN CINEMA ほか全国公開 配給:クロックワークス、アルバトロス・フィルム、STAR CHANNEL MOVIES ©2017 NON-STOP PRODUCTIONS – WHY NOT PRODUCTIONS