Ⓒ 2018「焼肉ドラゴン」製作委員会

映画『焼肉ドラゴン』監督・鄭義信の演出を監督補の立場から考察する【インタビュー】

2018年6月29日更新

2018年6月22日に公開された映画『焼肉ドラゴン』の監督・鄭義信(チョン・ウィシン)は、原作となる戯曲も手掛け、劇作家や演出家として知られていますが、実は本作が初めての監督作となります。そんな鄭義信の演出を監督補を務めた吉見拓真が語ります。

監督補・吉見拓真が語る、鄭義信の映画演出とは?

鄭義信
©︎ciatr

映画『焼肉ドラゴン』の監督・鄭義信。数多くの戯曲や脚本、舞台演出を手掛けてきたベテランの彼ですが、実は映画監督を務めるのは今回が初でした。 還暦にして監督デビューを果たした彼を支えたのは、松竹撮影所で長年制作部を務めてきた、監督補の吉見拓真という人物。そこで今回は、そんな本作を影で支えた吉見拓真に、鄭義信の演出がどのようなものだったのかをインタビュー。 そこから見えてきたのは、鄭監督独自の演出表現への思いでした。

「監督補」という立場

映画 カチンコ フリー画像

そもそも、「監督補」とはどのような立場なのでしょうか?その説明をする前に、まず紹介したいのが、「助監督」と「制作部」です。

「助監督」

映画を制作する時、出演者や監督だけではなく、撮影や照明、録音や美術といった数多くのスタッフが必要になってくるのは想像に難くありません。そんな中でも監督の周辺で活動するのが「助監督」です。 助監督は、簡単にいうと映画演出にまつわる様々な業務を行う部署で、カチンコを打ったり、スケジュールを組んだり、エキストラに指示を出したりといった仕事をこなします。助監督にはチーフ、セカンド、サードといった序列があり、それぞれが異なる業務を行うのです。

「制作部」

一方、撮影現場での車止めやロケ地の交渉、食事や車の手配など、映画制作に関わるあらゆる雑務をこなすのが、「制作部」です。 画面に映る部分の業務を行うことが多い助監督に対し、制作部は大抵「画面の外」で動くと言われています。また、助監督が監督の直属の部下であるのに対し、予算に関わる業務を行う制作部はプロデューサーの部下であると言えます。

では「監督補」とは?

そして「監督補」というのは、文字通り監督の補佐です。大規模な現場で監督に代わって演出をしたり、別班撮影(同時進行で行われる同じ映画の別の撮影)での監督を務めたりするのが監督補の仕事とされています。 しかし、それとは別に現場経験の浅い監督に現場を回すためのアドバイスを与えるために配属された人のことを「監督補」と呼ぶ場合もあります。今回の『焼肉ドラゴン』における吉見拓真は、まさにそういったケースなのです。 監督補になるのは、助監督や制作部を長年務めた人や既に監督として活躍している人までケースバイケースですが、数多くの現場を乗り越えてきた人物にしか勤まらないのは、言うまでもありません。 今回監督補を務めた吉見拓真は『下妻物語』や『嫌われ松子の一生』、『十三人の刺客』といった日本映画に加え、ホン・サンス監督の『TOKYO!』やアレハンドロ・ゴンサレス・イニャリトゥ監督の『バベル』といった海外の監督の現場にも携わってきた、まさにベテランです。

監督補が見た「鄭義信」

現場での鄭義信は?

焼肉ドラゴン
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そんな吉見拓真に、鄭義信の撮影現場を語ってもらいました。初めて現場に入った時の様子は、どうだったのでしょうか? 「食い入るように撮影モニターを見つめながら、泣いたり笑ったりしていましたね。撮影中、監督の声が入ってしまうため他のスタッフから注意されてしまうくらい。 また、龍吉役・キム・サンホさんの長回しのシーンだったり、長女・静花役の真木よう子さんと母親との会話シーン、ラストシーンではモニターを見つめながらボロボロ泣いてました。僕自身が知っている映画監督の中では、そういう方に会ったことありませんね(笑)」

焼肉ドラゴン
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長年様々な監督を見てきた吉見でも見たことがないというあたり、鄭監督は少し特別な人なのかも知れません。 また、「笑い」を大切にするのも、鄭監督の特徴だったそう。 「撮影中は自分の明確なビジョンを持っていて、その動きを役者さんに指示して、その中で常に“笑い”も求めている方でした。よく撮影中“笑いがないと生きていけへんのや”ということをしょっちゅうおっしゃっていました。その言葉を聞いて、『焼肉ドラゴン』という物語の根幹にあるものを理解出来た気がします」

「演劇」と「映画」

焼肉ドラゴン
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初めての映画監督というポジションについた鄭義信。戸惑いはなかったのでしょうか? 「撮影が始まったころはよく監督は、“分からへん分からへん!”と焦ってました(笑)」 案の定、映画と演劇は違うのか、撮影開始時は戸惑いがあったようです。では、そんな鄭監督がとった、演劇的な方法とは? 「本作の撮影は演劇の延長上にある、セットでの撮影が中心でした。ただ舞台演出の経験はあっても、映画の監督は初めての経験だったと思いますので、役者さんの芝居をバラバラに撮影する組み立てるスタイルより、芝居を追いかけるスタイルでの“順撮り”をしたことが、演劇の演出的なアプローチにより近く、監督自身にとっても結果良かったと思います」

焼肉ドラゴン
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実際、本編を見たらわかりますが、本作は多くの場面が室内で展開されます。その様子は、確かに舞台を見ているかのよう。 また、多くの映画はスケジュールに沿ってバラバラに撮影されることが多いですが、演劇のようにシナリオの順番で撮影をすることで、出演者の芝居への理解が深まったことでしょう。

和気あいあいとした出演者たちとの関係

焼肉ドラゴン
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現場でのキャストの様子はどうだったのでしょう? 「日本と韓国の俳優さんとスタッフの垣根がない現場で、全員の結束力、チーム感が強かったと思います。三姉妹もみんな仲が良くて、真木よう子さんと井上真央さんはそれぞれ演技に対するストイックさを持っていて素晴らしかったです」 和気あいあいとした現場が目に浮かびます。そんなキャスト陣の中でも、吉見が特に絶賛するのは、三女・美花を演じた、桜庭ななみ。

焼肉ドラゴン(プレス)
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「桜庭ななみさんは、多分演じたことのない役柄で、あんな喧嘩シーンを演じることは初めてだったと思いますが、撮影していく中で俳優として一番変わった気がします。ラストシーンは全員本当に素晴らしい演技をしていますが、特に桜庭さんの表情に注目してほしいです。そんな成長を含めいい芝居を引き出す全体の環境は、鄭義信さんのキャラクターがあってこそ作られたと思います」

「在日韓国人」はあくまでも「題材」でしかない

さて、本作で重要なのが、「在日韓国人」という題材です。これについて何か話し合うことはあったのか、と思いきや、それに対しては、 「監督自身が在日韓国人の方なので、何か社会的な憤りなど持っているはずだと思いますが、撮影中はそういったテーマについて監督と一切話すことはなかったです」 と意外な回答が。 「撮影前に、やっぱりこういったテーマを描くことについて俳優さんやスタッフへの共通認識として“在日”についての知識があったほうがいいんじゃないかと思って、自分なりにいろいろ調べて2枚くらいの原稿にまとめたんです。 でもやっぱりその原稿自体の出来に自信がなくて、一度監督に見てもらったんですが、ただ一言『まあええんちゃう?』と言われて拍子抜けしました(笑)」

焼肉ドラゴン
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意外すぎる回答に思わずびっくりですが、では、監督は何を表現したかったのでしょうか? 「監督は物語を描く上で、社会正義を盾にそういった問題を糾弾する姿勢ではなくて、あくまで“個人”を見つめる姿勢が根底にはあって、だから“笑いがないと生きていけへん”という発言に繋がるんだと思います」 つまり、「在日韓国人」というのは、あくまでも表面的なモチーフに過ぎず、本来描きたいものはその先にある、ということなんですね。

重いようで重くない?映画『焼肉ドラゴン』の魅力

焼肉ドラゴン
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在日韓国人という社会的な題材から、本作を重い映画だと思われる方も多いかもしれません。しかし、鄭監督が目指したのは、人種や国を超えた、普遍的な家族の物語だったのではないでしょうか? 実際、本作は切ない展開や怒りといった要素もありますが、全編を通して見られるのは、庶民的な笑いに他なりません。そんな笑いと涙に溢れた『焼肉ドラゴン』を、皆さんもぜひ劇場で体験してみてください。