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今年の秋こそ観たい!映画『秋刀魚の味』を徹底解説【小津安二郎最後の一本】

2018年10月12日更新

日本映画不朽の名匠、小津安二郎。しかしその名を知っていても、実際には映画をご覧になっていない方も多いのではないでしょうか?今回は彼の遺作『秋刀魚の味』(1962年)を通じて、小津映画の魅力をご紹介いたしましょう。

タランティーノ映画が小津化してる?意外な発言の意味とは

小津安二郎の映画と言えば、古き良き日本を格調高く描き、名だたる映画監督や評論家が絶賛している、芸術性の高い古典的名作であると広く知られています。一方、その印象が強すぎて、なかなか近寄りがたく感じている方も多いのではないでしょうか? ところで、クエンティン・タランティーノ監督作品『キル・ビル Vol.1』(2003年)に参加し、のちに『ヘイトフル・エイト』(2016年)の美術監督を務めた種田陽平はこう語っています。 「アクション派のクエンティンが突然、小津安二郎になってしまったような感じです」と。 タランティーノといえば、深作欣二監督作品の大ファンと公言している人物。その彼が、深作監督と真逆の映画を撮る、小津安二郎の様になってきたという、種田陽平の発言の真意は何なのでしょうか? この発言の意味を知ると、改めて小津映画の魅力が明らかになってくるのです。さあ、あなたも彼の映画に触れてみませんか?

小津安二郎の遺作『秋刀魚の味』が、生まれた背景

小津安二郎
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戦前のサイレント時代から映画を手がけ、トーキー作品への移行を経験した小津安二郎。モノクロで撮り続けた作品も『彼岸花』(1958年)よりカラー化。 小津調と言われる独特の画面構成や編集リズムに新たに色彩の魅力が加わり、当時彼は映画監督として円熟の域に達していました。

前作『小早川家の秋』(1961年)を撮り終え、『秋刀魚の味』準備中の1962年2月。小津は、実母を亡くす不幸に見舞われます。生涯独身であり、長らく母と二人暮らしであった彼には大きな衝撃だったのでしょう。 この出来事は『秋刀魚の味』に色濃く反映されているのです。

『秋刀魚の味』の各シーンを解説しながら、ストーリー紹介

これより映画の内容と、各シーンについて触れていきます。

映画は職場に務めている平山周平(笠智衆)の姿から始まります。そこに友人の河合(中村伸郎)が訪ね、周平の長女・路子(岩下志麻)の縁談話を持ち出しますが、周平は気乗りしない様子。2人は連れ立って小料理屋「若松」に向かいます。 この小料理屋「若松」は同じ小津の映画『彼岸花』、『秋日和』(1960年)に女将(高橋とよ)共々登場しているお馴染みの舞台であり、本作でもこの後たびたび登場します。 「若松」で2人は堀江(北龍二)と合流、3人は同じ中学の同窓生でした。酒を酌み交わす彼らの話題は、堀江の年若い妻との再婚を冷やかす事と、間もなく行われる同窓会についてでした。 周平が帰宅すると、平山家の面々が紹介されます。周平の自宅は昔ながらの日本家屋。ここで長女・路子と次男・和夫(三上真一郎)の3人で暮らし、長男・幸一(佐田啓二)は秋子(岡田茉莉子)と結婚して独立、団地で別に所帯を持っている事が語られます。

カラフルでモダンな映画、『秋刀魚の味』

小津安二郎の映画と言えば、ローポジションのカメラで日本家屋を幾何学的に、時にシンメトリーを意識した構図で切り取り、登場人物をカメラに向かって語らせるカットを繰り返す、いわゆる小津調といわれるリズムで日本の伝統的な家庭を描いたもの、と認識されています。モノクロ画面で描かれた名作『東京物語』(1953年)はその代表的存在でしょう。 しかし『秋刀魚の味』は、冒頭の川崎の工場地帯と周平の勤める会社内、長男夫婦の団地の室内など、モダンな風景の中において小津調の世界を表現しているのです。またタイトルロール(小津と親交のあった日本画家、橋本明治の装画)はカラフルでテンポ良く描かれ、実に色彩にあふれた映画となっています。 この冒頭のシーンは上に紹介した動画で確認できます。モノクロで描かれた小津映画とは異なる、この映画の魅力の一端にぜひ触れてみて下さい。

老いの哀れを見せる、東野英治郎と杉村春子の父娘

周平たちの同窓会が開かれ、そこにはかつての恩師、佐久間(東野英治郎)の姿もありました。「ヒョータン」のあだ名で呼ばれ、厳しさから嫌われてもいた恩師は、今はかつての教え子に卑屈なほど気をつかう人物になっていたのです。 すっかり酔った佐久間を、タクシーで自宅まで送り届けた周平と河合ですが、佐久間の自宅は「燕来軒」という場末の中華そば屋。ここを初老の娘(杉村春子)と2人切り盛りして、生計を立てていたのです。 後日「若松」で顔を合わせた周平と河合と堀江は、同窓会の面々で金を集め、記念品代わりの名目で佐久間に届ける事を決め、周平はその渡し役となりました。

実はサンマの出てこない映画、『秋刀魚の秋』

有名な話ですがこの映画にサンマは出てきません。この同窓会のシーンで佐久間が美味そうに食べる鱧(ハモ)、これが唯一登場する魚料理です。 「若松」他で酒を酌み交わすシーンが多数ある本作ですが、登場人物が実際に食するシーンは僅か、ローアングルで撮られた画面では皿や椀に何が盛られているのかを見る事が出来ません。

それがかえって見る者の想像力をかき立て、見事な料理が並ぶ光景を想像させる、グルメ番組とは逆の発想で描かれた美食映画となっているのです。と同時に、劇中で実際に映される料理、それを食するシーンは特別な意味を持って訴えかけてくるのです。鱧を食べる佐久間の姿はその際たるものでしょう。 老いて残された者を寂しくも美しく描いてきた小津安二郎が、『秋刀魚の味』では東野英治郎と杉村春子演じる佐久間父娘の姿を通し、老いの醜い一面を残酷に突き付けます。そして、それを目撃することで、周平は長女・路子の縁談を意識し始める事になります。 娘を嫁に出す話を何度も映画にしている小津安二郎ですが、そのテーマを飾る事なく現実的な形で観客に示したものが本作と言えるでしょう。 一方で、ここの「若松」のシーンで、その場にいない堀江を死んだ事にした冗談で女将をからかう周平と河合。気の合った者の会話で見せる喜劇がたびたび挿入される事で、『秋刀魚の味』は決して深刻な雰囲気の映画にはなっていないのです。

バーのマダム、岸田今日子との出会い

「燕来軒」に佐久間を訪ねて金を渡した周平ですが、そこで偶然、彼の海軍軍人時代の部下、坂本(加東大介)と再会します。坂本に誘われ、近くのバーを訪れた周平は、そこのマダム(岸田今日子)に若き日の無き妻の面影を見るのでした。 場面は代わり、周平の自宅に金を借りにくる幸一。妻の秋子に頭が上がらないものの、同僚の三浦(吉田輝雄)が勧めるゴルフクラブを、何とか手に入れようとする姿がコミカルに描かれます。 幸一の住いに金を届けに来た路子は、そこでゴルフクラブを持参した三浦と出会い、連れ立って帰る事になります。共に知らぬ仲ではなく、互いを好ましく思っている様子が見てとれます。

一方、職場の周平を先日の謝礼に佐久間が訪れます。 河合と共に「若松」に場を移した周平は、佐久間から娘を嫁にやらなかった事への後悔を聞かされ、いよいよ路子の縁談について動き出すのでした。

「軍艦マーチ」と、看板が描いた名シーン

このバーで「軍艦マーチ」が流れる中、笠智衆と岸田今日子と加東大介の3人が敬礼しあう姿は『秋刀魚の味』を代表する名シーンとなっています。ユーモアを漂わせながら、登場人物の過去を想像させる名シーンとして。 小津安二郎は他の劇中の重要な出来事同様、戦争の悲劇を直接見せも語りもしません。ただ残された者の姿を通して、戦争がもたらした結果を描くのです。 映画監督の吉田喜重は、小津映画に軍服を着た者が一切登場しない事を指摘しています。それは小津の美意識の表れでもあるのでしょう。 このバーのある路地には色とりどりの看板が並び、実にカラフルな風景を描いています。他にも同窓会の会場の窓の外の巨大な提灯、「燕来軒」の看板などが実に目を引く形で登場します。

古風なものばかりを描くと思われがちな小津安二郎ですが、初期の作品にはハリウッド映画への強い憧れがありました。 サイレント映画『朗かに歩め』(1930年)ではポスターや記事の切り抜き、グラビアを多数貼った部屋が登場し、アメリカ映画の美術に対する意識が感じられます。映画のカラー化と共にそういったシーンの再構築を試みたのかもしれません。

路子は何を選び、何を求め家を出たのか

周平は路子に嫁入りを勧めるが、家の事を考えるとまだ行けないと言い張る路子。どうやら路子は、幸一の同僚、三浦に気があるらしいと気付いた周平は、幸一に三浦の意向を確認するよう頼みます。 幸一がトンカツ屋で三浦に尋ねてみたところ、三浦も路子の事を好ましく思っていたが、幸一と路子本人からまだ嫁に行かないと言われて諦め、別の女性と婚約してしまったと明かされます。 幸一は周平宅を訪れ、周平と共に路子にこの事実を伝えます。「後で後悔したくなかっただけなの、聞いてもらって良かったわ」と気丈に答え、見合い話を受ける事を告げた路子。しかし路子が自室で泣いていると聞いた周平は、声をかけに向かうのでした。

NG80回以上!こだわりの果てに生まれたシーン

画面の完璧さを求めセットの大道具、小道具の配置や色調にこだわった小津安二郎。それは演技にも求められ、俳優には指示した動作を正確かつ完璧に行い、セリフは小津が望んだ口調で厳密に語られる事が厳しく要求されたのです。 俳優が自由に演じる事を拒んだ小津安二郎。望んだ演技が生まれるまでは、何度もリハーサルが繰り返された事で有名です。 自室で周平に声をかけられた後、路子が独り、巻き尺を弄ぶ場面。このシーンではNGが何度も出され、演じた岩下志麻の話では80回までは数えたが、その先は判らなくなったとの事。そんな苦労の果てに実現した場面なのです。

劇的なものを省き、失われたもの見せて描いたものとは 【ネタバレ注意】

周平は路子の見合い話を進めるべく、河合の自宅を訪問します。ここで周平は、河合と先に訪問していた堀江にその話は無くなった、といってかつがれます。様々なドラマを踏まえても、映画は最後までユーモアを交えて描かれているのです。 そして、ついに路子の結婚の日を迎えます。この映画では見合いの場面も、路子の伴侶となる男の姿も、結婚式の場面も描かれません。花嫁姿で路子が父に感謝の言葉を述べようとしても、周平は「わかっている」と遮ってしまいます。代わりに誰もいなくなった平山家、そして路子がいなくなった部屋を静かに映し出すのです。 披露宴のあと、亡き妻に似たマダムのいるバーに立ち寄る周平。そこで鳴らされる「軍艦マーチ」と、居合わせた酔客の「帝国海軍は、負けました」と揶揄する言葉を聞かされます。 帰宅した周平を幸一夫婦と和夫が迎えます。その幸一夫婦も去り、和夫も先に寝てしまう中、ただ独り残された周平は寂しく「軍艦マーチ」を口ずさんでいるのでした。

秋を描かずに、人生の晩秋を描いた映画『秋刀魚の味』

『秋刀魚の味』にはサンマが出て来ないと紹介しましたが、この映画は明確に秋を示すもの、紅葉した木々や秋の食材はもちろん、季節を示すセリフも登場しないのです。路子の結婚の日になって、初めて秋を示すものとして、子供達が歌う童謡「紅葉」が聞こえてくるだけなのです。 しかし、画面に散りばめられた鮮やかな赤の色彩、そして全編に漂う侘しさは秋を感じさせます。そして笠智衆の演じた周平の姿……無き妻や戦争体験への想いを秘めて生きてきた男が、恩師の老いた姿を見せつけられ、娘との別れを決断しその日を迎える……。 これは、人生の晩秋を迎えた男の姿を描いた映画なのです。

まとめ……映画『秋刀魚の味』は、円熟の域に達した巨匠の作品である

劇的な出来事は一切描かれず、画面に映らないものを通して人生の哀愁を描く……それをカラフルな色彩で、ユーモアを交え、軽妙に描いた映画『秋刀魚の味』。泣ける、感動する描写をことさらに強調する映画とは真逆のスタイルで描かれた作品であるとお判り頂けましたか。 娘の嫁入りが大きな題材となった本作ですが、娘・路子の年齢は24歳。初めてこの映画を観た時は、正直「古い価値観の映画」だと思いました。しかし、晩婚・未婚化が進み、高齢世帯・独居高齢者が増えた今、改めて『秋刀魚の味』を鑑賞すると、人生についての価値観を改めて鋭く問われた様に思うのは私だけでしょうか。 本作の撮影直前に実母を亡くした小津安二郎。残された者の寂しさが『秋刀魚の味』に反映されています。しかし、小津が自身の病に気付いたのは本作完成の翌年、次回作準備中だった1963年。同年12月に、彼は60歳で惜しまれつつこの世を去る事となります。 よって、『秋刀魚の味』には監督としての衰えも、死を前にした気負いもありません。今まで小津が繰り返し描いたテーマを、熟練の技で余裕を持って描いた映画なのです。この後、日本の映画界は斜陽化が始まり、厳しい時代を迎えますが、その直前の早すぎる死は、彼にとって不幸だったのでしょうか、それとも幸いだったのでしょうか。

登場人物の会話シーンへのこだわりが、タランティーノを小津化させた?

クエンティン・タランティーノ
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さて、冒頭で名をあげたクエンティン・タランティーノ。彼も映画で登場人物を会話させる事、ジョークを交えて本筋に関係ない事まで語らせる事を好みます。『秋刀魚の味』で度々登場し、時にユーモラスに描かれた会話シーンに通じるものがありませんか?

さて、冒頭で名をあげたクエンティン・タランティーノ。彼も映画で登場人物を会話させる事、ジョークを交えて本筋に関係ない事まで語らせる事を好みます。『秋刀魚の味』で度々登場し、時にユーモラスに描かれた会話シーンに通じるものがありませんか? 彼の映画はローポジションで撮影されることはあまりありませんし、短いカット割りの小津映画とは逆に、長回しのショットを好んで使用し、会話を見せるのが彼のスタイルです。しかし、会話の舞台となるセットの配置、人物の動きへの飽くなきこだわりが、『ヘイトフル・エイト』で仕事を共にした美術監督・種田陽平の「小津化」発言を産んだのでしょう。 両者の決定的な違いは、会話場面の後に何を映すかにあります。タランティーノは会話の後に劇的な「動」、すなわち激しい暴力を描き、死を経た別れを見せた後に、残された者を描きます。 一方の小津は、その会話の後に起きた劇的な「動」、すなわち結婚や葬式といったセレモニーを一切画面に登場させず、その結果として残された者を静かに描くのです。 会話シーンに対するこだわりが、全く異なる映画を撮る両者を、時代や国を越えて結びつける。小津映画の中で息づくものは、決して古いものでも芸術性のみで語られるものでもないのです。 アクションや暴力描写の無い、「侘び寂び」の境地に達したタランティーノ映画が誕生すれば、それは意外にも小津映画に近い作品なのかもしれない……と思うと興味深くはないでしょうか。