なぜ今、70mmなのか?『2001年宇宙の旅』の時空を超えた魅力
販売開始10分で前売り券が完売!『2001年宇宙の旅』70mm版の魅力とは?
東京・京橋にある国立映画アーカイブ。ここで2018年10月6日に始まったのが、ユネスコ「世界視聴覚遺産の日」記念特別イベント「製作50周年記念『2001年宇宙の旅』70mm版特別上映」です。 スタンリー・キューブリック監督が執念で完成させた本作は、1968年に公開されるやいなや、まさに「視覚芸術」と言える映像美と観念的で物語性を排した内容から多くの人々に衝撃を与え、様々なSF映画に影響を与えてきました。 そして、それから50年後の2018年。自らが『2001年宇宙の旅』のファンであり、『インターステラー』や『ダンケルク』で知られるクリストファー・ノーラン監督が中心となって70mm版が復元され、カンヌ国際映画祭で初公開されたのです。 そんな映画史に残る『2001年宇宙の旅』が日本でも度々上映されてきたのは言うまでもありませんが、今回の70mmフィルム版の上映では前売り券が販売開始わずか10分で完売するほどの話題を呼びました。 一体、『2001年宇宙の旅』の70mmフィルム版の魅力とは何なのか?今回の上映に携わった国立映画アーカイブの研究員・冨田美香さんに聞いてみました。
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そもそも「70mm」ってなに?
前述したように、今回の上映はこの国立映画アーカイブでしか上映されません。一体なぜなのでしょうか? すると「単純に、70mm映画を上映できる劇場がうちだけなので……」と冨田さん。そう、2018年の日本で70mmフィルムをかけられるのは、この国立映画アーカイブしかないのです! 「本当はうちだけではなく、他でもできるのならその方がいいと思うのですが、日本で70mmフィルムの映画を上映できる劇場はうちだけになってしまいました。なので、今回の『2001年宇宙の旅』70mm版の上映を日本で開催したいと思い、権利者であるワーナーさんに相談して、今回の上映が実現したんです」 そもそも、70mmフィルムとほかの映画はどう違うのでしょうか? 「一般的なフィルム映画のほとんどは35mmフィルムを使って撮影・上映されます。これはそのままの意味で、フィルムの横幅が35mmのもののことです。70mmフィルムはその2倍の横幅があります。つまり、70mmフィルムは、35mmフィルムの2倍強の面積で画像を記録できるのです。 ごく単純にいうと、35mmフィルムに比べてそれだけ高精細な画が再現できるというわけです」
画面いっぱいの没入感が最大の魅力!
「そしてもう一つの特徴としては、今はもうありませんが、1000人以上を収容できる大きな劇場のスクリーンで上映されること。そこまで大きなスクリーンを使っても、35mm映画より美しい、目の前いっぱいに広がる映像を楽しめるのです。 さらに音に関しても、70mm映画は6チャンネルのステレオ音響(複数のスピーカーを使った音響)を実現できたので、音の立体感も凄いんです」 高精細な映像、巨大なスクリーン、そして立体的な音響。これだけの強みが、70mm映画にはあるんですね。
IMAXとの違いは?
ところで巨大な画面というと、最近ではIMAXというものもよく耳にしますが、70mm映画との違いはなんでしょうか? 「違います。日本のIMAXはもうデジタル上映だけですから。本来のIMAX70mmは70mmフィルムを横(水平方向)に走らせて撮影・上映するのです。 一般の70mmフィルムが横巾70mm×縦5パーフォレーションに対し、IMAX70mmは横巾15パーフォレーション×縦70mmなので、70mmよりもさらに高画質な画面になります」 しかし、『2001年宇宙の旅』制作当時はIMAXは普及していなかったため、70mmフィルムが最も画質が良い規格だとされていました。 今回の修復の監修にあたったクリストファー・ノーラン監督は『インターステラー』や『ダンケルク』といった映画をIMAX70mmで撮影していますが、今回の修復にあたっては、70mmでの再現にこだわっています。
キューブリックが70mmにこだわったワケ
スタンリー・キューブリック監督は生涯に13本の長編映画を制作しましたが、そのほとんどは35mmフィルムで撮影されました。しかし、唯一『2001年宇宙の旅』だけは70mmにこだわって制作されたのです。美しい映像を実現させるためとはいえ、そこまで70mmにこだわったのは、一体なぜなのでしょうか? 「『シネラマ』というものが当時はあって、これは縦が10m以上、横が30mほどで146度に湾曲した巨大なスクリーンに映し出す方式です。没入感が凄く、1960年代に人気を博したこの方式は、主に世界の観光地をめぐるような映画で採用されました。 当時多かった『B級映画的』『見世物的』なSF映画ではなく、リアルで正統派なSF映画を目指していたキューブリックは、より没入感の強いシネラマでの上映形態に興味を抱きました。 本来のシネラマは、同時に撮影された35mmフィルムを3本、スクリーン上で横に3枚並んで1枚のワイドな画になるように同時に映写するという方法でしたが、コストパフォーマンスの悪さなどから、1960年代半ば以降は70mmフィルム一本で撮影・上映するようになっていました。 キューブリックは70mmでのシネラマ映画として『2001年宇宙の旅』を制作することにしたのです」
3パターンあった『2001年宇宙の旅』
当時『2001年宇宙の旅』は、以下の3つのパターンで見ることができたと言います。 1. 湾曲スクリーンのシネラマ劇場での上映 2. 70mm映画の上映館 3. 画面の比率を変えた35mm版による普通の映画館での上映 もちろん、今回上映されるのは、2つ目のものです。 同じ70mmフィルムによる上映でも、スクリーンが湾曲しているかフラットかという違いで、視覚的効果も変わるため、異なる映画体験と見ることもできます。
今回上映される「アンレストア」バージョンの意味とは?
前述したように、クリストファー・ノーラン監督が中心となって修復された今回のバージョン。一体今までの「2001年~」となにが違うのでしょうか? 「今回のバージョンをノーランとワーナー・ブラザースは『アンレストア(あえて訳すなら『復元していない』)』バージョンと呼んでいますが、これは1968年の初公開当時のオリジナルの映像と音の復元を追求したものなんです。オリジナルと同じようにカメラネガから作成した素材をもとに、一切デジタル技術を介さずに当時の映像を再現したのです」 多くの「デジタルリマスター版」や昨今のデジタル映画では、コンピュータで「カラコレ」という作業を行なって色補正を行いますが、今回は? 「『2001年宇宙の旅』は、特殊効果も含めて全ての工程をフィルムでの作業で行なっていました。ノーランらは制作当時のタイミングデータ(ポジプリントを作成するための色合いや補正の方法を記録したもの)をもとに、デジタルを使わず、当時と同じ方法で忠実な色の再現を行いました。 そしてその工程においては、ネガフィルムにある傷なども修正せず、オリジナルを尊重したのです。 また、音についても当時の音響編集技術の工程を尊重し、ほとんど手を加えていないので、ノイズなどもそのままになっています」
名前に込められたノーランのアナログ主義
となると、それは「レストア(復元されたもの)」なのでは? 「近年復元された映画のほとんどは、『デジタルリストア版』や『デジタルリマスター版』とうたっていますが、これらは全て映像をデジタル化し、傷を消したり修正したものです。 オリジナルの姿を復元する、という本来の復元を今回追求したノーラン達は、(これはデジタル技術を一切使っていないという意味で)、あえて『アンレストア』バージョンとうたっているのです」 二重否定のようなややこしい名前ですが、つまり今回上映されるのは、修復のプロセスさえも当時の技術に忠実に従った、というわけなんですね。
ここでしか見れないなら、デジタルでもいいんじゃない?と思う人はたくさんいますが……
国立映画アーカイブでしか見れないし、映画のストーリー自体は一緒なんだから、別に70mmにこだわらなくてもデジタルでいいんじゃないか。そう思う人も多いのではないでしょうか。 そこで筆者は、冨田さんに「そもそも70mmの映像とデジタルの映像で見た目上の違いは何があるんでしょうか?」という質問をぶつけてみました。 対する冨田さんの回答は「それは見ないとわからないんですよ」のひとこと。 「デジタルで構わないという人はそれはそれで構わないですし、その気になれば家でブルーレイでも作品は見られますよね。 ですが、70mmを用いて上映する意義というのは、他では見られない最もオリジナルに近い映像と音で鑑賞できることにあります。そして、70mmで映画を見るという『経験』を提供するということでしょう」
若い人にこそ見てほしい!
残念ながら、今の日本国内に70mmフィルムやIMAX70mmを上映できる民間の映画館はありません。 「欧米の映画館で若い人が経験できる体験を日本で体験できないのは、とても悲しいことだと思います」と語る冨田さんは、今回の70mm版の上映をノルウェーのオスロで見ていたのだそう。 「オスロで見たときは親子連れや学生など、若い人ばかりだったんですよ。初公開時に見ていたであろう50代以上は本当に少なかった。鑑賞料金は日本と変わりませんし、ノルウェー語字幕はついていませんでしたが、それでも、若い人がほとんどだったのです」 オスロの若い人たちが体験できたことを日本の若い人たちにも届けたい、という思いが冨田さんを動かし、今回の企画実現に至ったのです。
70mmへの注目度はまだまだある!
しかし、今回の上映に際しては前売り券があっという間に完売したことは冒頭でお伝えした通り。つまり、70mm映画の上映はイベントとしてまだまだ注目されるということがわかったのです。 「これを機に、70mm映画の魅力が広く知られるようになり、他の劇場でも70mm映画を上映できるようになれば」と願う冨田さん。 映画『2001年宇宙の旅』70mm版の特別上映は、東京・京橋にある国立映画アーカイブにて、2018年10月6日にはじまり、10月7日、11〜14日の計6日、一日二回上映されます。