2021年2月11日更新

【原作ネタバレ解説】映画『ファーストラヴ』は“黙らない女”たちの物語だ。「無自覚」の被害者が声を上げるまで

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『ファーストラヴ』芳根京子
Ⓒ2021『ファーストラヴ』製作委員会

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【ファーストラヴ】美人女子大生が父親殺しの犯人に?「無自覚」の被害者が沈黙を破る

『ファーストラヴ』メイン画像
Ⓒ2021『ファーストラヴ』製作委員会

2018年に直木賞を受賞した島本理生による小説を原作とした『ファーストラヴ』が2月11日に公開。鬼才・堤幸彦がメガホンをとり、北川景子や中村倫也、芳根京子など人気キャストが集結した注目作です。 女子大生・聖山環菜(芳根京子)は、血まみれの就活スーツで川沿いを歩いているところを逮捕されました。容疑は、画家である父親の殺害。彼女は警察の取り調べに対して「動機はそちらで決めてください」と発言し、世間を騒がせます。 環菜を取材する公認心理師の真壁由紀(北川景子)は、彼女の内面と過去を紐解くうちに、いつしか環菜と自分に共通するものを見つけていき……。 予測不能なサスペンスの根底には、実は“少女への暴力”という一貫したテーマがありました。今回ciatr[シアター]では、このテーマをもとに、『ファーストラヴ』の物語が本当に伝えようとしているメッセージに迫ります。 ※この記事には『ファーストラヴ』の映画および原作の核心に触れるネタバレがあります。また、性虐待や自傷行為への言及もありますので、注意してください。

【あらすじ・ネタバレ注意】なぜ環菜は、画家の父親を死なせてしまったのか?彼女の過去に迫る

『ファーストラヴ』芳根京子
Ⓒ2021『ファーストラヴ』製作委員会

女子大生の聖山環菜が、就職面接を途中で放棄した後、自分の父親を刺殺するという事件が発生。「美しすぎる殺人犯」などと世間を騒がせます。 事件を取材する公認心理師・真壁由紀との初めての面会で、環菜は「自分の本心なんて、語る価値がない」、「自分は嘘つきだ」と言います。由紀はその言葉に引っかかりを覚えました。 週刊誌で大学時代の元恋人・加賀洋一(清原翔)の記事を見かけた由紀は、環菜に彼のことを話します。すると環菜から初めて積極的なリアクションが。そこで彼女は、恋愛方面から環菜の内面を探ることにします。 加賀洋一の証言から、環菜に“虚言癖がある”ことや、自傷行為をしていたこと、加賀の前の恋人から暴力を振るわれていたことが判明しました。 そして環菜の親友の証言から、幼少期に画家である父の「デッサン会」でモデルをさせられていたことが明らかに。そこで環菜は何時間も裸の男性モデルと密着する姿勢で、大勢の男子学生の視線にさらされており、そのことがトラウマになっていました。 さらに「デッサン会」元参加者の証言から、環菜が“初めて好きになった人”である小泉裕二(石田法嗣)との関係も判明します。裕二は家から追い出された環菜を自分のアパートに連れて帰り、当時12歳の彼女と「付き合い」始めました。環菜は、本当は嫌だった彼との性的な行為を、“これは恋愛だ”と思い込むことで我慢していたのです。 同じ頃、不快感を覚えていた「デッサン会」のモデルを、自分の腕を傷つけることで休ませてもらえた環菜は、自傷行為を常習的に行うように。消えなくなった傷跡のおかげで、やっとモデルをやめることを父に許されたのでした。 そして事件当日、集団面接で男性ばかりの試験官の視線にさらされた環菜は、「デッサン会」のトラウマが蘇り、試験を途中放棄します。就職に失敗した自分を罰しようと包丁を購入して手首を切りつけ、その傷を確認してもらうために父の職場へ向かいました。 環菜は父親を殺そうとしたのではなく、事故だったのです。 彼女が父親を「殺した」と警察に言ったのは、事故だということを自分の母親に信じてもらえなかったからでした。環菜は幼い頃から、他の人にされたことや嫌だったことを口に出すことが許されず、親に「嘘つき」だと言われ続けていたのです。 しかし由紀の取材をとおして環菜は真実を知り、法廷で初めて、自らの言葉で語ることになります。

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原作者・島本理生が挑んだテーマこそ、思春期の少女への暴力や虐待

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『ファーストラヴ』の環菜が受けていたものは、性虐待と定義できます。当時未成年の彼女に「デッサン会」では裸を見せたり、個人の境界を侵すほどの誘惑的な視線を向けたりすることを強いていました。また裕二は当時12歳の彼女の体に触れ、わいせつな行為をさせていました。 原作者の島本理生は、思春期の少女への暴力や虐待をテーマに、広く読んでもらえる作品を書こうとして『ファーストラヴ』に挑んだそうです。彼女は2010年にも同じテーマで『アンダスタンド・メイビー』を発表し、直木賞候補になっています。そのとき受賞できなかった悔しさから本作に挑戦し、より広く読んでもらいたいと強く思っていました。 彼女は2015年にも、過去に性的なトラウマを持つ主人公を描いた『夏の裁断』を発表し、こちらは芥川賞候補となりました。しかし受賞はならず「傷ついた主人公の視点から書くと、物語の大事な点が理解しづらいと痛感した」といいます。そのため『ファーストラヴ』の主人公は、公認心理師という第三者の視点から描くことにしたそうです。

環菜は「無自覚」の被害者だった

『ファーストラヴ』芳根京子
Ⓒ2021『ファーストラヴ』製作委員会

環菜は、小学生の頃から「デッサン会」のモデルをさせられたり、参加者から言い寄られたり、体を触られたりすることを「気持ち悪い」と感じながらも、我慢していました。親が助けてくれないことが当たり前の環境で、嫌がる自分の方がおかしいのだと彼女は考えていたのです。 周りの大人たちが、彼女自身の不快感や拒絶、意志は、口に出してはいけないものだと教えたことで、環菜は自分が受けた性虐待の被害に「無自覚」なまま、沈黙していました。 そして彼女が自分の被害に「無自覚」だったことには、もう1つ原因があると考えられます。それは彼女の年齢です。 裕二に性的な行為を強いられていたことを、環菜が「同意した私にも責任はある」と言うセリフがあります。しかし当時環菜は12歳であり、日本の性交同意年齢(13歳)未満でした。彼女には性的な行為に同意する能力はないとされるため、何の責任もなかったのです。 欧米などでは16歳以上が主流になるなか、日本では性交同意年齢が13歳と、1907年から100年以上変わっていません。幼い頃に自覚もないまま性暴力の被害にあう少女たちが、いまだに多くいるのが現実です。 2019年には、中学2年生の時から実の父親から長年にわたり性的虐待を受けてきた19歳の女性が、加害者の父親を訴える裁判が行われました。しかしこのときの一審判決は無罪。「娘は抵抗できない状態ではなかった」ことから無罪とされたのです。この判決には多くの批判が集まり、第二審では逆転有罪となりました。

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環菜と由紀が重なる……キーワードは“視線”

『ファーストラヴ』北川景子
Ⓒ2021『ファーストラヴ』製作委員会

環菜は、はっきりと理由はわからないものの、モデルをすることに次第に恐怖と嫌悪感を抱いていました。また彼女を取材する公認心理師の由紀も、過去に同じようなトラウマを抱え、環菜の経験とリンクしていきます。 「デッサン会」で大勢の男子学生の前でモデルをさせられていた環菜は、彼らの“視線”に恐怖を感じていました。画家である父は学生たちに、「自分がちゃんと対象物を見ているつもりなら、今この瞬間からその十倍見ろ」と教えていました。環菜が受けていた“視線”は、彼女を人間としてではなく、「対象物(オブジェクト)」として見るものだったのです。 また後に裕二は、環菜が「誘っているような目をしていた」と話しましたが、実際に誘惑的な“視線”を投げかけていたのは、彼自身の方だったことが由紀に指摘されています。 一方、由紀は幼少期に、父の車のダッシュボードから大量の少女のわいせつな写真を見つけたことから、父の“視線”に恐怖を感じていました。当時は恐怖を感じる意味が分かっていませんでしたが、大人になってから父が海外で児童買春をしていたことを知ります。由紀もまた、自分に性的な“視線”が向けられていたことを後になって自覚するのです。 彼女たちは男性たちから、対等な人間としてではなく、「モノ」として見られてきた“視線”によって、同じようなトラウマを背負っていたのでした。

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【原作ネタバレ】環菜の母親も由紀の母親も、「無自覚」の傷を負っていた

環菜の母・昭菜が、娘の手首の傷を見て「気持ち悪い」と吐き捨てるシーンがあります。しかし後に、彼女の手首には環菜以上に無数の傷跡があることが判明しました。 また性虐待を受けた娘を見て見ぬふりをする母親の事例には、母親自身もまた、性的な虐待や暴力を受けていた可能性があると由紀は思い出します。娘の傷を「気持ち悪い」と言ったその言葉は、昭菜自身の暗い過去と、辛いことを耐えるために自身につけた傷に対して放ったものだったのかもしれません。 一方、映画ではあまり登場しない由紀の母ですが、原作では彼女も傷を負っていることがうかがえます。彼女は夫が海外出張のたびに児童買春をしていると知りながら、妻として家庭を優先し自分を殺すことが当たり前だと信じていました。夫に逆らうという選択肢も、離婚するという選択肢もなかったのです。 そんな由紀の母親は、夫のいいなりだった環菜の母親とも重なります。彼女たちも、家父長的な社会のなかで、自分を殺さなければ生きて来られなかったのでしょう。

【原作ネタバレ】環菜と由紀だけではない、その母親たちだけではない、無数の少女たちの“傷”

映画には登場しませんが、原作では環菜と由紀、そして2人の母たちの他にも多くの“傷”を負った少女や女性たちが登場しています。 由紀が公認心理士として担当する相談者の浅田七海、由紀の編集者・辻の自殺した元恋人、自殺したアナウンサーの一花など、多くの女性のトラウマが、それぞれバラバラな出来事として描かれます。また、由紀が夫の我聞(窪塚洋介)とのデートで観た映画『17歳のカルテ』(1999年)には、性虐待が原因で傷を負った少女たちが複数登場します。 物語終盤、編集者の辻は由紀が書いた原稿を、環菜の半生をまとめる内容から変更し、「性虐待を受けた女性たちのノンフィクション本」にしたいと申し出ます。「性虐待」という共通の名前を得ることで、環菜だけではなく、それぞれバラバラに存在していた無数の少女たちの“傷”が1つの形を持ったのです。

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『ファーストラヴ』は怒れるようになった環菜の話であり、“声を上げる”現実の無数の女性たちの話だ

『ファーストラヴ』芳根京子
Ⓒ2021『ファーストラヴ』製作委員会

『ファーストラヴ』では、「無自覚」の被害者だった環菜が、自らの経験を言葉にすることができるようになるまでがポイントとなっています。 当初の証言では一貫性を欠いていた彼女の過去を、由紀がひとつひとつ紐解いていくことで事実を正面から認め、過去の傷と向き合うことになり、彼女は正しく“怒り”、自分の声で語ることができるようになりました。 数年前から映画業界を中心に巻き起こった#MeToo運動や、先述した性暴力加害者への無罪判決に抗議する#フラワーデモ、そして東京オリンピック・パラリンピック大会組織委員会の森会長の発言に対してSNS上で#わきまえない女のハッシュタグが盛り上がるなど、現実世界でも性暴力や性虐待、性差別に対して“黙らない”、“声を上げる”人が増えてきました。 『ファーストラヴ』という作品は、過去の傷と向き合いながら理不尽に対して声を上げる女性の、そして彼女たちをはじめとするあらゆる人の物語なのではないでしょうか。