【ネタバレ】映画『正欲』を結末まで感想考察!想像外を認めることの難しさとは?水への性欲は「気持ち悪い」のか
稲垣吾郎×新垣結衣の主演で、直木賞作家の朝井リョウ原作『正欲』映画化!監督は、『あゝ、荒野』(2017年)や『前科者』(2022年)などヒューマンドラマを題材とする名作映画を手掛けた岸善幸です。 この記事では、映画『正欲』および原作小説のネタバレ解説を紹介します。*
映画『正欲』のあらすじ・作品概要
タイトル | 『正欲』 |
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公開日 | 2023年公開予定 |
上映時間 | 134分 |
監督 | 岸善幸 |
キャスト | 稲垣吾郎 , 新垣結衣 , 磯村勇斗 , 佐藤寛太 , 東野絢香 |
朝井リョウが作家生活10周年を記念して描き下ろした長編小説『正欲』が原作。「多様性」という言葉が持てはやされ、人と異なる部分を尊重しようという風潮の現代で、その多様性からも外れる人たちの孤独や苦悩に焦点を当てた社会派ストーリーです。メインキャストには、稲垣吾郎と新垣結衣が決定しています。
映画『正欲』のあらすじ
物語は不登校の息子を持つ検事・寺井啓喜と寝具店で働く特殊な性癖を持つ桐生夏月、そして同じ大学の諸橋大也に恋心を抱くものの容姿にコンプレックスを持つ神戸八重子の3人を中心としたそれぞれのストーリーから始まります。 桐生夏月は同じ性癖を持つ同級生の佐々木佳道、そして諸星大也と交流を持ち始めますが予期せぬ事件に巻き込まれ、彼らは世間から非難を浴びてしまいます。
【ネタバレ】映画『正欲』の結末までのあらすじ
それぞれの人生
コップにあふれる水を見ながら、佐々木佳道は考えていました。この世の中は明日も生きたい人のためにあり、自分のように明日死んでもいい人間のものではないと。 広島のショッピングモールで働く夏月は、実家暮らしで代わり映えのしない毎日を過ごしていました。家に帰ればお気に入りの水の動画を見て、ベッドに寝転がります。 一方、横浜に住むエリート検事の寺井は、不高校の息子の教育方針を巡って妻と度々衝突していました。寺井は学校に行かずユーチューバーになりたいという息子や、それを認める妻のような「当たり前」から外れたことが理解できません。 ある日、寺井は同僚の越川からある古い新聞記事を見せられます。それは水を出しっぱなしにして、蛇口を盗んだフジワラサトルという人物のものでした。「水を出しっぱなしにするのが“嬉しかった”」というフジワラは、水に性的興奮を覚える人物だったのではないのか、というのです。しかし寺井は「そんなやついないだろ」と一蹴します。 大学生の八重子は、学祭のミスコンに問題意識を持った仲間たちとともに「ダイバーシティフェス」の開催を企画していました。そんななか、ダンスサークルに出演依頼をした八重子は、激しい感情をぶつけるように踊る大也と出会います。男性恐怖症の彼女ですが、大也には触れられても怖くありませんでした。
生きていくために手を組む2人
あるとき夏月の職場に同級生の西山がやってきます。同級生からの結婚式の招待に気乗りしなかった夏月でしたが、西山から佐々木が地元に戻ってきていることを聞かされ、彼に会えるのではと思い、結婚式に行くことにします。 中学のころ、夏月はフジワラサトルの事件の新聞記事を目にしていました。そんななか、「校舎の脇の古い蛇口を修理するから近づかないように」と言われ、そこに行きます。するとそこにはすでに佐々木がいました。2人はあまり話したことがありませんでしたが、蛇口をひねり、勢いよく上がる水しぶきのなか、一緒にずぶ濡れになったことで言葉もなくお互いを理解しました。 結婚式で佐々木と再会した夏月でしたが、彼は友達と楽しそうに会話をしたり、女性と食事をしたり普通に過ごしているのを見て、複雑な気持ちになります。その後、夏月は佐々木の家の窓を割って逃げました。 大晦日の夜、夏月はブレーキに細工した車に乗り、ガードレールに向かってスピードを上げます。しかしその瞬間、自転車に乗った人影が現れます。慌ててハンドルをきった夏月の車は止まり、外に出てみると自転車に乗っていたのは佐々木でした。2人はそれぞれ自殺しようとしていたのです。 佐々木が地元に帰ってきたのは、両親が事故で亡くなったためでした。地元に帰り、もう一度やり直そうとしていた彼でしたが、両親の訃報に「俺がこういう人間だと知る前に死んで良かった」と思った自分は変われるはずがないと諦めたのだと言います。 お互いを誰よりも理解している2人。佐々木は夏月に「この世界で生きていくために、手を組みませんか」と結婚を提案しました。
新たな理解者との出会い
横浜に引っ越した2人は、理解者を得てしあわせな日々を過ごしていました。 一方寺井は、息子が配信する動画が幼児わいせつ動画にあたる疑いで配信停止されたことを知ります。それは視聴者のリクエストで風船割りや水遊びの様子を映したものでした。理解できない寺井は、「世の中には理解できない、社会のバグが存在する」と、妻の由美を責めたてます。彼女はそんな夫に見切りをつけ、息子とともに家を出ていきます。 佐々木はいつも閲覧している水の動画にコメントしている「Satoru Fujiwara」という人物に興味を持ちます。彼は自分たちと同じ水フェチに違いないと思った佐々木は、その人物にコンタクトをとります。 「Satoru Fujiwara」のハンドルネームを使っていたのは、大也でした。八重子は男性恐怖症であることを大也に告げ、触れられても大丈夫な彼に出会えたことがうれしく、大事だからこそ大也を理解したいと言います。最初は怪訝な顔をしていた大也でしたが、彼女の気持ちはなんとなく理解できる気がしました。 「自分も今、つながれそうな人がいるんだ」と言う大也に、八重子は「よかった。1人じゃなくて」と笑顔を見せます。 佐々木と大也は、同じサイトで知り合ったコバセと名乗る人物と3人で一緒に水動画を撮ることにします。コバセは服が水に濡れる様子が好きだといいます。彼らは公園に集まり、そこにいた子どもたちと一緒に水遊びする動画を撮りました。
【結末】“ありえない”人々の存在
ある日、夏月が家に帰ると家の前にパトカーが停まっていました。そして警察官と一緒に姿を現した佐々木が連行されていきます。佐々木たちが一緒に水動画を撮影したコバセこと矢田部陽平は、水フェチであると同時に、小児性愛者だったのです。さらに彼は、児童買春グループの一員でした。 この事件は寺井の担当になりました。自宅から証拠となる映像が見つかった矢田部は別として、ほかの2人は「ただ水が好きなだけだ」と言います。理解できない供述に寺井は頭を悩ませます。 大也は「はなから自分は理解する側の人間だと思ってるんだろ」と諦めに似た言動を見せました。佐々木は「今まで同じ気持ちを分かち合ったことがなかった。それは罪なのか」と言い、「明日を生きてみたいと思えたなら、それを知ってみたかった」と悲しげに語ります。 寺井は佐々木の妻である夏月と面会することになります。「ありえないと思いますが、夫婦は水に特別な感情をお持ちですか?」と問いかける寺井に対し、夏月は「必死で生きてきたものを、ありえないで片付けられたことはありますか?あなたが信じなくてもそういう人間は確かにいます」と怒りをはらんだ声で静かに答えました。 そして調停中なので伝言はできないという寺井に対し、夏月は言います。「私はいなくならないから、と伝えてください」。そこには寺井には知り得ない深い絆がありました。
【考察】人とのつながりや、つかみどこをのなさを表す「水」
『正欲』では夏月と佐々木をはじめ、水に性的興奮を感じる「水フェチ」の人々が中心に据えられています。 昨今はLGBTQをはじめとするセクシュアルマイノリティに対して理解を示し、受け入れようという社会の動きがあります。しかし本作の登場人物たちのように生き物ではないものに性的に惹かれる「対物性愛」は、そうでないセクシュアリティに比べて珍しいとされており、理解を得にくいものです。 本作でクローズアップされた「水」は、すべての生命の根源でありながら、ときにすべてを破壊し尽くす力を持つものでもあります。また、地球を覆い、その全体をつなげている海も「水」の集まりです。 夏月と佐々木は「水」を通じてお互いとつながり、安息の地を得ました。しかし「水」にまつわる事件で、その居場所を失ってしまったのです。 さらに、形を変え、つかみどころのない「水」は、寺井のような“普通の”人にとっては理解しがたい性質の象徴でもあるのではないでしょうか。
【感想】マジョリティの傲慢さを見せつけられる『正欲』
素晴らしい作品だった。魔法の言葉と化している多様性という言葉に感じていた、根本的に何かが欠落しているような違和感が全て描かれていて感動した。夏月と佳道はお互いの存在があってよかった。
ありのままで生きることを許されているのはマイノリティの中でもマジョリティの人だけ。これです。私がずっと感じてきた生きづらさが言語化されていることに衝撃を受けました。
多様性を認めようという社会の風潮のなか、さまざまなマイノリティへの配慮が求められるようになってきました。しかし人間というのは、私たちが考える以上に多様で、思いも寄らないような特性を持つ人もいるのだということに、本作を観ると気づかされます。 検事の寺井は、自分には理解できない/想像がつかないものは「無いもの」として扱っています。そして「普通」ではないものは、正さなければいけないと考えています。そこには自分や自分の考えとは違うものを理解しようという姿勢すらありません。 自分の知る「普通」が正しくて、そうでないものは“間違っている”、あるいは“ありえない”とする彼のようなマジョリティの傲慢な態度、ひいては社会の在り方がマイノリティの存在自体を否定し、生きづらさを感じさせているのではないでしょうか。 もちろん犯罪は論外ですが、さまざまな「違い」に対してオープンな態度や、理解はできなくても存在を受け入れる姿勢を大切にしたいと考えさせられました。
映画『正欲』のキャスト・登場人物一覧
寺井啓喜役/稲垣吾郎
寺井啓喜(てらいひろき)は、横浜地方検察庁に勤務する検察官です。 家庭内では不登校の息子が「今の時代、学校は必要ない」というインフルエンサーに触発され、動画投稿を開始。偶然にも動画のコメントをきっかけにSNSを使って集まった桐生らの事件担当となり、自分の正義や価値観と向き合うことになります。 寺井啓喜役の稲垣吾郎は、SMAP解散後も『半世界』(2018)や『ばるぼら』(2019)など数々の映画に出演中。2022年11月には『海辺にて』の公開も予定されており、益々の活躍が期待されています。
桐生夏月役/新垣結衣
桐生夏月(きりゅうなつき)は、寝具店の社員として働く女性。「水」そのものに興奮を覚える水フェチという特殊な性癖を持っており、誰にも言えず孤独を感じて生活していました。 桐生夏月を演じるのは、新垣結衣。『逃げるは恥だが役に立つ』(2016)や「コードブルー」など大ヒットドラマに多数出演する国民的女優。本作では特殊性癖を持つ女性という、これまでのイメージと違った難しい役どころに挑戦します。
佐々木佳道役/磯村勇斗
夏月の中学の同級生で、同じく水フェチの佐々木佳道(ささきよしみち)。中学時代にある出来事から夏月とお互いを理解し合いますが、その後転校し、連絡は取っていませんでした。彼もまた、誰にも理解されない苦しみを抱えながら生きています。 佐々木を演じるのは、『仮面ライダーゴースト』(2015年)や「今日から俺は!!」シリーズ、『ヤクザと家族』(2021年)などへの出演で知られる磯村勇斗です。
諸橋大也役/佐藤寛太
大学生でダンスサークルに所属している諸星大也(もろぼしだいや)。彼もまた水フェチで、誰も理解されないことに苦しんでいます。佐々木のYouTubeをよく視聴し、コメントを残しており、そこからから佐々木や夏月と知り合うことになります。 演じるのは、劇団EXILEのメンバーの佐藤寛太。「HiGH&LOW」シリーズや『いのちスケッチ』(2019年)などへの出演で知られています。
神戸八重子役/東野絢香
大学生の神戸八重子(かんべやえこ)は、大学の学祭実行委員で、「ダイバーシティフェス」を企画・運営しています。男性恐怖症ですが、大也とは自然に接することができたため、彼に想いを寄せるようになります。 八重子を演じるのは、朝ドラ『おちょやん』(2020年)や『じゃないほうの彼女』(2021年)などへの出演で知られる東野絢香です。
寺井由美役/山田真歩
寺井啓喜の妻である寺井由美(てらいゆみ)は、理解のない夫とは対称的に、YouTuberになりたいという不登校の息子を応援し、力になろうとしています。 由美を演じるのは、2010年に『SR サイタマノラッパー2 女子ラッパー☆傷だらけのライム』で主演を務めた山田真歩。朝ドラ『花子とアン』(2014年)などへの出演でも知られています。
矢田部陽平役/岩瀬亮
矢田部陽平は佐々木のYouTubeの視聴者で、同じ水フェチとして彼と連絡を取り合うようになります。しかし彼が原因となり、佐々木たちは思いも寄らない事件に巻き込まれていくのでした。 矢田部を演じるのは、岩瀬亮。映画『ディストラクション・ベイビーズ』(2015年)や大河ドラマ『青天を衝け』(2021年)などに出演しています。
映画『正欲』スタッフ
監督:岸善幸
監督を務めるのは、岸善幸。本作の新垣結衣の起用や『前科者』(2022)で有村架純を新人保護司役で起用するなど、イメージとは異なる役どころで俳優を起用することでも注目を集める監督です。 本作についてインタビューで「世界から普通ではないと片づけられてしまう人たちの、歪みのないつながりを描こうと思います。」と語っています。
原作:朝井リョウ
朝井リョウは、2009年『桐島、部活やめるってよ』で作家デビューし『何者』で平成生まれ初の直木賞を受賞するなど数々の賞を獲得している人気作家です。 青春モノから社会派小説まで幅広く手掛けており、現代の若者のリアルな心情や葛藤を独特な視点から鋭く切り込みます。
原作小説『正欲』のネタバレあらすじ
SNSを通じて出会った3人の男が、児童ポルノの容疑で逮捕されます。その中には桐生夏月の夫である佐々木佳道と、神戸八重子が恋心を抱く諸星大也も含まれていました。 彼らは水フェチという同じ特殊な性癖同士。公園に集まって水鉄砲や水風船を撮影しようと計画を立て、映像に収めます。すると子どもたちが自然と集まってしまい、映像の中に男児の裸が写ってしまいました。 映像などから佐々木らは児童ポルノの容疑で逮捕。妻・桐生夏月の声も届かず、当の本人たちも自分の性癖を長年理解されず生きてきたので「諦め」から担当となった寺井にも多くは語りませんでした。 結局彼らのマイノリティとして理解されず、誤解されたまま世間から非難を浴びるのです。
映画との違いはあるのか?
映画『正欲』の原作小説との最も大きな違いは、映画では終盤に起こる事件が、小説では冒頭に描かれている点です。原作では事件発覚からストーリーが始まりますが、映画では事件は後半に描かれています。 またいくつかのシーンがカットされており、八重子が男性恐怖症になった原因や、夏月が寺井との面会で彼らのセクシュアリティについて語らなかった理由、そして寺井も実はやや特殊な嗜好を持っていることには言及されていません。
映画『正欲』をネタバレ解説しました!あなたの価値観が壊される作品?
稲垣吾郎と新垣結衣という豪華キャストで映画化された『正欲』。原作同様、多様性やマイノリティといった言葉をもう一度見つめ直す衝撃作となっています。 今の自分の価値観を揺るがすような映画『正欲』をぜひ楽しんでください!