2025年11月14日更新

『ブルーボーイ事件』制作秘話!埋もれかけた“声”を今に届ける【飯塚花笑監督・主演 中川未悠】

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2025年11月14日に公開される映画『ブルーボーイ事件』。本作は、1960年代に実際に起きた裁判事件を題材に、社会の偏見と闘いながら声を上げたトランスジェンダーの方々の姿を描いています。 飯塚花笑監督が裁判資料に残された証言と出会い、「すでに声を上げていた当事者たちの存在に衝撃を受けた」と語ったことから、この企画は始まりました。監督は「埋もれかけた出来事を映画で伝える使命を感じた」とし、歴史の記録を誠実に再構築しています。 主人公・サチを演じるのは、当事者キャスティングで選ばれた中川未悠さん。演技未経験ながら半年間のレッスンを経て撮影に臨み、「共演者やスタッフの支えでサチという人物が生まれた」と振り返ります。 声を上げることすら難しかった時代に生きた人々への敬意と、今に続く人間の尊厳への問いが込められた渾身の一作『ブルーボーイ事件』。その誕生の裏側を、飯塚監督と中川さんの言葉から紐解きます。 ※インタビュー取材の模様を撮影した動画コンテンツをYouTubeのciatr/1Screenチャンネルで公開中!

『ブルーボーイ事件』作品概要・あらすじ

1960年代後期、高度経済成長期の日本で実際に起きた「ブルーボーイ事件」を題材にした映画。国際化の流れの中で売春取締りが強化され、性別適合手術を行った医師が逮捕される。裁判で証言台に立つトランスジェンダー女性サチを主人公に、飯塚花笑監督が社会の偏見と闘う姿を描く。 主演は『女になる』出演、演技未経験ながらオーディションで抜擢された中川未悠、共演にイズミ・セクシー、中村 中、錦戸亮、安井順平ら。差別が蔓延した時代に尊厳を懸けて闘った女性たちの実話を基に、現代にも響く感動作として仕上げられた。

『ブルーボーイ事件』あらすじ

ブルーボーイ事件、飯塚花笑監督、中村未悠
©ciatr

1965年、オリンピック景気に沸く東京で街の浄化を目指す警察は、セックスワーカーの取締を強化していました。しかし彼らを悩ませていたのは、戸籍は男性のまま女性として売春をする「ブルーボーイ」たち。彼女たちは当時の法律では取締の対象にはならなかったのです。 そこで警察は、性別適合手術によって生殖を不能にする手術は当時の「優生保護法」に違反するとして、手術を行った医師の赤城(山中崇)を逮捕し、裁判にかけます。 赤城の弁護士・狩野(錦戸亮)は、彼の手術を受けたサチ(中川未悠)に証言を依頼しますが、恋人にプロポーズされたばかりの彼女は、女性として静かに暮らしたいと願っていました。

【制作経緯】埋もれかけた“声”を今に届ける――飯塚花笑監督が感じた映画化への使命感

映画「ブルーボーイ事件」
(C)2025「ブルーボーイ事件」製作委員会

Q:本作が立ち上がった経緯と「ブルーボーイ事件」を題材にされたきっかけをお聞かせください。 飯塚監督 いろいろと映画の題材を探している中で、実際に起きた「ブルーボーイ事件」の裁判資料と出会ったんです。 当時の裁判の記録を読むことができたのですが、その中でトランスジェンダーの方が3名、証言台に立たれていました。「当時、すでにトランスジェンダーの方がいらして、声を上げていた」という事実に触れたとき、本当に衝撃を受けました。 そういう大先輩たちが確かに存在していたということに、まず強いインパクトを受けたんです。そこからさらに深掘りして、当時の週刊誌などさまざまな資料を調べていくうちに、「これは歴史の中で埋もれかけている出来事だ」と感じました。 だからこそ映画という形で取り上げ、世に伝えていく必要がある――そうした使命感のようなものが芽生えて、この企画に取り組み始めたという経緯です。

【主演・キャスティング背景】“サチはこの人しかいない”――飯塚花笑監督が演技未経験の中川未悠を抜擢した理由

映画「ブルーボーイ事件」
(C)2025「ブルーボーイ事件」製作委員会

Q:サチという人物を描く上で、キャスティングで意識された点と中川未悠さんを抜擢された理由についてお聞かせください。 飯塚監督 企画を立ち上げた段階で思ったのは、当時、声を上げたくても上げられなかったトランスジェンダーの方々が、きっといたはずだということでした。今よりもずっと風当たりが強く、自分のことを自由に表現できない時代背景の中で生きていた人たち――そうした方々の声を代弁するのであれば、やはり「当事者の手」で表現するべきだと考えました。 作品としての誠実さを保ち、想いをまっすぐに伝えるためには、当事者が演じることが何より大切だと思ったんです。そこで「当事者キャスティング」を掲げて企画をスタートさせました。 とはいえ、本当に実現できるのかどうかは未知数でした。最初は演技経験のある方からまったくない方まで、幅広くオーディションに参加していただき、サチという人物を託せる方を探しました。 その中で中川未悠さんがエントリーしてくださって。中川さんにはもともと演技の素養があり、さらに偶然にもサチと同じように洋裁を学んでいたという背景もあったんです。演技を拝見しても、お話を伺っても、不思議とサチという人物と重なって見えた。 そうした部分が自然と結びついて、「この人しかいない」と思い、中川さんにお願いすることになりました。

【オーディション参加経緯】インティマシーコーディネーター・西山ももこの後押しで挑んだ『ブルーボーイ事件』

Q,中川さんがオーディションを受けた経緯と実際に役が決まった際の時のご感想をお聞かせください。 中川さん オーディションは、今作にも関わっていらっしゃるインティマシー・コーディネーターの西山ももこさんからお話をいただいたのがきっかけでした。 当時、私は会社勤めをしていたのですが、ちょうど仕事を辞めたタイミングでお声がけをいただいて。まるで「このオーディションを受けに行きなさい」と背中を押してもらえたような気がして、参加させていただきました。 お芝居に関しては本当に右も左もわからない状態で、最初は不安しかなかったです。だからこそ、監督やスタッフの皆さん、そして共演者の方々の支えがなければ、サチという人物は絶対に生まれなかったと思っています。

脚本を読んだ時の感想

Q:脚本を初めて読まれた際の感想についてお聞かせください。 中川さん 脚本を読んだとき、本当に感動しました。もちろんサチの台詞にも心を動かされたのですが、それだけでなく、当時の時代背景や法律に関する言葉など、少し難しい部分もあるのに、不思議とすっと心に入ってきたんです。 狩野弁護士や赤城先生、時田検事といった登場人物たちの言葉にもそれぞれの想いが込められていて、どの立場の人にも共感できる部分がありました。いろいろな人の視点や想いが丁寧に描かれていて、「本当に素晴らしい脚本だな」と感じました。

【実在事件×フィクション】“誠実さ”と“エンタメ”――飯塚花笑監督が挑んだ映画化への挑戦

映画「ブルーボーイ事件」
(C)2025「ブルーボーイ事件」製作委員会

Q,実在の事件を題材としながら、映画としてフィクションで描く上で意識された点についてお聞かせください。 飯塚監督 やはり実在する事件、そして裁判を題材にしている以上、当時を生きてこられた当事者の方々にとって不本意な描かれ方にならないよう、何よりもそこは注意を払いました。 どうしても、歴史の中で埋もれてしまった部分をフィクションとして再構築しなければならないのですが、扱う情報がとても多いので、フィクションとして膨らませるにしても、できる限り事実に基づいた形で描きたいと思いました。 実際に当時を生きた方々の声をきちんと反映できるように――そのことを常に念頭に置きながら制作を進めました。 また、作品として世に広めていくうえでは、どうしても法律的な専門用語や社会的な背景など、説明が難しい部分も出てきます。そうした箇所は、観る人が理解しやすく、親しみやすい形で伝わるよう工夫しました。 “事実を曲解する”ことは決してせず、誠実な気持ちを守りながらも、エンターテインメントとして観る人に届くように――。誰もが「おいしく食べられる」ような入口を作ることを意識して、この作品を撮りました。

【撮影準備と初日】半年の演技レッスンを経て迎えた初日――“クランクアップ”のように感極まる瞬間が?

映画「ブルーボーイ事件」
(C)2025「ブルーボーイ事件」製作委員会

Q,役が決まってから撮影に入るまでに、どのような準備をされたのかお聞かせください。 中川さん 本番に入る前に、およそ半年ほど演技レッスンを受けさせていただきました。その中では、サチにとって非常に重要な証言のシーンの練習をはじめ、演技の基礎的な部分など、本当にさまざまなことを学ばせていただきました。 しっかりとした準備期間を設けていただいたおかげで、安心して撮影本番に臨むことができました。今振り返っても、「本当にありがとうございます」という気持ちでいっぱいです。

撮影初日のエピソード

Q. 最初のシーンを撮影された際の感想や、印象に残っているエピソードをお聞かせください。 中川さん 初日は喫茶ビーナスのシーンと、篤彦さんとのレストランのシーンでした。とにかく緊張しすぎて、「台詞が飛んでしまうんじゃないか」と思うほどで、本当に心臓がバクバクしていました。 でも、周りの方々――共演の俳優さんをはじめ、スタッフの皆さんが優しくサポートしてくださって。安心感に包まれたせいか、撮影が終わったあと、まるでクランクアップの日のように大号泣してしまったんです。 特に同僚役の佐々木史帆さんとは、その日がご一緒する最後のシーンだったので、余計に寂しさが込み上げてきて。 「もう今日でお別れなんだ」と思うと本当に悲しくて。でも、それも含めてすごく心に残る初日になりました。今でも大切な思い出です。

苦労した撮影シーン

映画「ブルーボーイ事件」
(C)2025「ブルーボーイ事件」製作委員会

Q. 中川さんが撮影で一番苦労されたシーンについてお聞かせください。 中川さん やはり法廷のシーンが一番難しかったですね。まずセリフの量がとても多かったこと。さらに1回目と2回目とではサチの表情の変化があったりするので、そういった部分を表現することがすごく難しかったです。特に証言のシーンは、私にとって最大のプレッシャーでした。

【完成した映画を鑑賞した感想】

Q. 実際に完成した映画をご覧になった際の感想についてお聞かせください。 中川さん 一言で表すなら、「すごい映画だな」と思いました。私にとっては何もかもが初めての経験だったので。脚本がもともととても素晴らしかったのですが、俳優の皆さんが演じられ、映像として形になったときに細部まで本当に繊細に描かれていました。 サチを演じた自分自身を見ていても、どこか“別の人”を見ているような不思議な感覚で。本当に素晴らしい作品になっていると感じました。

【熟練の俳優陣のキャスティング】錦戸亮・安井順平らが脚本に惚れ込む――現場を包んだ熱量

映画「ブルーボーイ事件」
(C)2025「ブルーボーイ事件」製作委員会

Q. 錦戸亮さんや安井順平さん、前原滉さんなど熟練の俳優陣をキャスティングされた背景についてお聞かせください。 飯塚監督 この作品を形にしていくうえで、やはり中川さんをはじめ、経験の少ない俳優さんが多く参加されることもありました。 特に裁判劇という性質上、セリフのやり取りや空気の張り詰め方など、演技的にも非常に難しい部分が多かったです。

映画「ブルーボーイ事件」
(C)2025「ブルーボーイ事件」製作委員会

だからこそ、そうした場面をしっかりと支えてくださる俳優の方々に出演していただきたいという思いがありました。幸いにも安井順平さん、錦戸亮さん、前原滉さんが脚本をとても気に入ってくださって、強い熱意を持って参加してくださいました。 もちろん皆さん、普段からどんな作品にも真摯に向き合われている方々ですが、今回は特に「この作品をやりたい」という強い思いを感じました。 ベテランの存在感と、作品への真摯な思い――その両方に支えられながら撮影を進めることができたのは、本当に大きかったと思います。今振り返っても、彼らの力が作品を支えてくれたと強く感じています。

【ブルーボーイのキャスティング】1960年代の多様で豊かなグラデーションを表現

映画「ブルーボーイ事件」
(C)2025「ブルーボーイ事件」製作委員会

Q. 中村 中さんやイズミ・セクシーさんなど、ブルーボーイのキャスティングについてお聞かせください。 飯塚監督 できる限り“当事者キャスティング”で挑みたいという思いが最初にありました。いろいろな表現の仕方やキャスティングの方向性を考えていく中で、1960年代当時はまだ「LGBTQ」という言葉すら明確に存在していない時代で、トランスジェンダーとゲイの境界もとても曖昧だったんです。 調べていくうちに、そうした時代の中では今よりもむしろ多様で豊かな“グラデーション”があったのではないかと感じました。 そういった時代を知った上で、どう映画に落とし込むかと考えた時に、当事者と言われる性的少数者の中でも色々なグラデーションの中にある方々に作品に参加をしていただきたいという思いがありました。 そのため、メイやアー子の役を演じてくださる方を探す際には、実際に幅広い方々にお声がけをし、演技を見させていただいたうえでオファーをさせていただきました。中村 中さん、イズミ・セクシーさんについては、実際に会場で演技を拝見した瞬間に「この方しかいない」と思いました。 それぞれがメイ、アー子のキャラクター性を驚くほど明確に体現されていて、迷うことなくお声をかけさせていただいたのを、今でもはっきりと覚えています。

【共演者の印象】そっと支えてくれた中村 中、演技レッスンを共にし同士のような存在になったイズミ・セクシー

映画「ブルーボーイ事件」
(C)2025「ブルーボーイ事件」製作委員会

中村 中、イズミ・セクシーの印象

映画「ブルーボーイ事件」
(C)2025「ブルーボーイ事件」製作委員会

Q. 中村 中さんやイズミ・セクシーさんと共演された感想についてお聞かせください。 中川さん おふたりとも本当にパワフルで、間近でお芝居を拝見していてとても刺激的でした。中村 中さんは、現場でもいつも身近に寄り添ってくださっていて。 たとえば法廷のシーンなど、私にとってすごくプレッシャーの大きい場面では、緊張で押しつぶされそうになった時に、そっと声をかけてくださったんです。そのひと言で心が軽くなって、支えてもらっている実感がありました。 イズミさんとは一緒に演技レッスンを受ける時間も多くて、「一緒に頑張ろうね」と励まし合いながら、まるで共に闘う同志のような関係でした。 現場でぐっと距離が縮まって、心から信頼できる仲間になれたと思います。おふたりには本当に感謝しています。

狩野弁護士役・錦戸亮の印象

映画「ブルーボーイ事件」
(C)2025「ブルーボーイ事件」製作委員会

Q. 錦戸亮(狩野弁護士)さんとの法廷のシーンも印象的でしたが、撮影時のエピソードについてお聞かせください。 中川さん 錦戸さんはとにかくかっこよくて、本当にキラキラしていました。私が学生の頃からずっとテレビで拝見していた俳優さんだったので、共演できること自体が信じられないくらいで、最初はとても緊張しました。 特に、狩野弁護士とサチのふたりだけで撮るシーンもあって、目を見て会話をする場面では、もうその瞳が本当に印象的で――。狩野先生が話している言葉が一瞬頭に入ってこないくらい、「なんて綺麗な目をしている人なんだろう」と思っていました(笑)。

【赤城医師の描き方】山中崇が体現する“静かな葛藤”――丁寧な対話から生まれた深み

映画「ブルーボーイ事件」
(C)2025「ブルーボーイ事件」製作委員会

Q. 登場は少ないながらも、赤城医師を山中崇さんが奥行きある演技で演じられているのが印象的でした。演出の背景をお聞かせください。 飯塚監督 赤城医師を演じた山中さんとは、撮影前からかなり丁寧に話し合いを重ねました。実際の医師がどういう気持ちで手術に臨んでいたのか、そしてある意味法廷に引っ張り出された当事者の証言をどんな心境で聞いていたのか――。 描かれていないセリフの裏でも、常に画面のどこかにお医者様として映っていらっしゃる中で「この時はこういうことを感じてサチの証言を聞いているんです」とか。「ここはこういう気持ちでこの証言を聞いている」ということを、何か喋らないけれども、緻密にコミュニケーションをして作り上げていったと記憶してますね。 最後サチが2回証言をしますけど、2回目の時は山中さん以外、錦戸さんもそうだったんですが、打ち合わせで「こういう心境だよね」と話していたものがあったにも関わらず、サチの証言を聞いてご本人が本当にお医者様としてリアルに感じてしまった心境というのがワーっと。喋らないんだけど、表情としてずっとこの画面の中に映っていらっしゃって。 それがこの作品にすごく奥行きを与えてくださったなと感じています。

【時代再現の舞台裏】群馬で蘇る1960年代東京“昭和の熱気”――

映画「ブルーボーイ事件」
(C)2025「ブルーボーイ事件」製作委員会

Q. 1960年代の時代背景や、当時の風景の作り込みで意識された点についてお聞かせください。 飯塚監督 昭和の景色というのは、今ではもうほとんど姿を消してしまっていて、リアルに再現するのは本当に難しかったです。かといって、すべてをセットで作るわけにもいかない。どう表現するかという部分では、かなり工夫が必要でした。 実際の撮影は、私の地元である群馬県で行いました。劇中の舞台は東京ですが、当時の建物が部分的に残っている場所を選び、そこに現代的な要素が入り込まないよう細かく調整しました。 見えてはいけないものをうまく隠したり、装飾を施したりしながら、1960年代を再現していきました。特に意識したのは、昭和ならではの“猥雑さ”や“雑多な活気”です。 当時は東京オリンピックの時代でもあり、街の色合いもとても鮮やかでした。そうした時代の雰囲気を装飾や小道具の中に取り入れながら、今ではもう見ることができない昭和の世界観を再現していきました。

▼取材・文:増田慎吾