【深田晃司監督に聞く】『恋愛裁判』制作秘話ー齊藤京子は生きたアイドル論のようなもの、ハピファン誕生の裏側とは?
アイドルの恋愛は罪なのか?映画『恋愛裁判』は、2015年に報じられた、アイドルの恋愛をきっかけに所属事務所との間で法的な問題へと発展した出来事に着想を得て生まれました。 恋愛禁止条項を含む契約や、アイドルとファン、事務所との関係性を背景に、深田晃司監督は日本のアイドル文化が持つ独特の構造や価値観を丁寧に見つめ直しています。 取材と脚本開発を重ねながら、構想から10年の歳月をかけて完成した映画『恋愛裁判』。特定の立場に答えを提示するのではなく、観る者それぞれに問いを投げかける傑作が誕生しました。 公開を記念し、深田監督にインタビューを実施。企画立ち上げの背景から、長期にわたる取材と脚本開発の過程、キャスティングや演出に込めた意図まで、作品の核心に迫る制作秘話を詳しく伺っています。 ※インタビュー取材の模様を撮影した動画コンテンツをYouTubeのciatr/1Screenチャンネルで公開中!
タップできる目次
- 映画『恋愛裁判』作品概要・あらすじ
- 【制作経緯】恋愛を理由にアイドルが事務所から訴えられるというニュースへの驚き
- 【構想から完成まで10年】変わらなかった核と変化
- 【ハピファンメンバーのキャスティング背景】アイドル業界を批評する作品で、アイドル事務所に相談しなければならない矛盾
- 【キャスティング後の設定の変化】齊藤京子は生きたアイドル論のような存在
- 【津田健次郎のキャスティング背景】淡々と喋るだけで圧力がかかる声の強さと魅力
- 【人物間の距離の緻密な描写】アイドル、事務所、ファンそれぞれの距離感を設計する重要性
- 【3人に焦点を当てた背景】鑑賞者のアイドルへの考え方があぶり出されるつくりに
- 【アイドル描写の作り込み】リアリティを支える、アイドルソングという難題への挑戦
- 【恋愛映画としてのこだわり】現代の設定で『ロミオとジュリエット』が描けてしまう歪さ
- 【海外上映での意外な反応】アイドル文化の距離感で変化する各国での『恋愛裁判』の捉え方
- 【小説版の背景と差別化について】映画版とは違う展開も
- 【ラストシーンの撮影秘話】だるま朝日を再現した映像トリックとは?
映画『恋愛裁判』作品概要・あらすじ
| 公開日 | 2026年1月23日 |
|---|---|
| 監督 | 深田晃司 |
| 脚本 | 深田晃司 , 三谷伸太朗 |
| キャスト | 齊藤京子 , 倉悠貴 , 仲村悠菜 , 小川未祐 , 今村美月 , 桜ひなの , 唐田えりか , 津田健次郎 |
| 上映時間 | 124分 |
実際の裁判に着想を得て、日本のアイドル文化に潜む矛盾を鋭く描く意欲作。華やかな熱狂の裏で、「恋愛禁止」などのルールに感情を縛られる現実がある。アイドルグループ「ハッピー☆ファンファーレ」のセンター山岡真衣(齊藤京子)は掟を破ったとして裁判にかけられ、孤独や犠牲と向き合いながら自己を取り戻そうと闘う。 恋愛がなぜ「罪」とされるのか。観る者の価値観を揺さぶり、「正しさ」の基準と心を縛るルールの本質を問い直す。監督は『LOVE LIFE』の深田晃司。第78回カンヌ国際映画祭カンヌプレミア部門正式出品。
深田晃司監督プロフィール

| 生年月日 | 1980年1月5日 |
|---|---|
| 出身地 | 東京都小金井市 |
| 出身校 | 映画美学校第3期フィクション・コース |
| フィルモグラフィー | 『歓待』(2010) 『ほとりの朔子』(2013) 『さようなら』(2015) 『淵に立つ』(2016) 『海を駆ける』(2018) 『よこがお』(2019) 『本気のしるし』(2020) 『LOVE LIFE』(2022) 『恋愛裁判』(2026) |
1980年1月5日生まれ、東京都小金井市出身。1999年に映画美学校フィクション・コースに入学し、自主制作を通じて独自の作家性を確立。日常の表層に潜む違和や倫理的緊張を鋭くすくい上げ、日本映画の現在を牽引する作家のひとりとして国内外で高く評価されている。 長編第2作『歓待』(2010)で注目を集め、『淵に立つ』(2016)ではカンヌ国際映画祭「ある視点」部門にて審査員賞を受賞。続く『LOVE LIFE』(2022)はヴェネツィア国際映画祭コンペティション部門に選出され、その評価を国際的なものとした。 説明を抑えた演出と、沈黙や“間”を大切にした映像表現によって、日常の中にひそむ違和感や人間関係の揺らぎを丁寧に描き出す。その映画世界は、観る人それぞれの受け取り方に委ねられ、静かな余韻を残す。
【制作経緯】恋愛を理由にアイドルが事務所から訴えられるというニュースへの驚き

Q. 『恋愛裁判』の企画が立ち上がった経緯をお聞かせください 深田監督
本作は驚きから始まったと思っています。2015年の末ぐらいにたまたま見かけた小さな芸能ニュースがあって、アイドルの女性の方がファンと恋愛をして事務所から損害賠償請求をされた。その根拠になったのが、いわば恋愛をしないという恋愛禁止条項が書かれた契約書にサインをしていたこと。そのようなニュースが出ていたんですね。 日本に住んでいたのでアイドルに詳しくなくても、アイドルにとって恋愛は御法度なんだろうと認識はあったのですが。それが契約書に書かれて、裁判にまでなったことに対して率直に驚いたことからスタートしました。
【構想から完成まで10年】変わらなかった核と変化

Q. 2015年の構想から映画完成まで10年の歳月を要した背景をお聞かせください。 深田監督 やはり脚本作りに時間がかかりました。自分自身がアイドルにそんなに詳しくなかった、いわば好きでも嫌いでもないくらいの立場だったので。実際映画にする、脚本にするとなったら当然学ばなければならないので、そこからアイドル業界に対する取材を始めていきました。 実際のアイドルや元アイドル、マネージャーやプロデューサー、運営の方とかにも色々と話を聞いて。アイドルに詳しい共同脚本の三谷伸太朗さん、プロデューサーとみんなで作っていたわけですけど。その工程に時間ががかかっていました。
アイドル事務所=悪といった単純な話として描きたくなかった
Q.10年の間に変わらなかった核と変化したことをお聞かせください 深田監督 今回アイドル業界を描くうえで、アイドルと裁判の対比を描くことがすごく重要でした。「裁判シーンがなくてもいいんじゃないか?」「裁判だけでいいんじゃないか?」などのアイデアが出たんですが、アイドルの姿と裁判を両方をひとつの映画の中で共存させて、ぶつけるのが大きな狙いだったので、その部分は変わらなかったです。 あとアイドル業界、女性の芸能の世界を行く上で、いわゆる女の敵は女という構図を作らないことは最初から思っていて、女性同士の対立を煽り面白おかしく見せるような描写は極力しないと決めていました。 変わっていった部分でいうと、この10年間取材していく中で、最初はもっとシンプルにブラック企業のようないわば暴力的な事務所に抑圧されるアイドルという構図が念頭にもあったわけです。 ですが取材をしていけばいくほどそんな単純な話ではない。やはりどこの世界でもそうですが、アイドル業界にも、そんな絵に描いたような悪人はなかなかいないわけですよね。 やはりアイドルのことを想ってアイドル業界のアイドルグループを運営していたりするわけですし。でも、そういった中でも「アイドル業界に問題はないのか?」と言ったら「問題がないわけない」という。 では「恋愛の扱いをどうするのか?」とかそういったことに対するいろいろな課題も残っているわけで。アイドルの事務所を暴力的で単純化したような悪、社会問題としてアイドル業界を描くのではなく、アイドル業界の複雑さみたいなものは複雑なまま残しつつ描いていこうと、この10年の間で変わっていきました。
シンプルなはずのコミュニケーションが複雑な巨大なビジネスになっている問題点

Q. 10年取材を重ねる中で深田監督が感じられたアイドル業界への印象の変化をお聞かせください 深田監督 10年取材してきた中でアイドル業界は問題だから、こんなアイドル業界を辞めて幸せになるという単純な話ではないと思っています。 やはりアイドル業界を夢見て目指してる人もいるし、アイドルに勇気をもらって、応援することが生きがいになっているファンの人たちもいる。その核になる"想い”みたいなものは決して否定できるものではないと思っています。 一方で例えば、疑似恋愛という言葉がありますが、それ自体は内面の自由だからファンがアイドルに対してある種恋愛みたいな感情を抱きながら応援することは全く問題ないと思うんですよね。 一方、個人の応援される、応援するという本当はシンプルなはずのコミュニケーションが非常に複雑な巨大ビジネスになっている。運営はいわば疑似恋愛を煽るような仕掛けをいくつも作ってしまっている。やはりそこに対する問題点というのがクリアに見えてきた印象です。
【ハピファンメンバーのキャスティング背景】アイドル業界を批評する作品で、アイドル事務所に相談しなければならない矛盾

Q. ハピファンメンバーのキャスティングの経緯をお聞かせください 深田監督 今回の作品はそもそもアイドルをキャスティングするか?が大きな問題で、元々はアイドルも射程に入れつつ、俳優にアイドルを演じてもらうことも合わせて両面でキャスティングを進めていました。 作品の企画意図を考えれば、アイドルの出演は真っ先に検討されることでした。まずアイドルのリアリティーの問題ですね。 例えば、ちょっとしたアイドルの仕草であったり、ライブでの目線でのつくり方、あるいは握手会での振る舞い方などはアイドルとファンが長年築き上げてきている文化みたいなもので、それを俳優が演じるということは、不可能ではないけれど、簡単ではないだろうなと。 だからアイドルに演じてもらうことがすごく大事でしたし、また今回の作品は自分の中でコンセプチュアルアートみたいなものだと思っています。 アイドル業界をどう批評的に描いて、観客にどう共有するかがとても重要でした。この作品をアイドル業界の人たちにも観てもらいたい思いが強い中で、アイドル業界の当事者の方にもその根幹にしっかりと関わってもらうことが必要でした。 当然、出演者の中にもアイドルの方、あるいは元アイドルの方に特に出演いただきたいと思っていました。ただ、この10年の間でその都度、キャスティングを探りながらやってきて、オーディションのお声がけをしていたんですけど、やはり多くのアイドルが所属する事務所から断られていたんですね。 内容的に業界を批評に描く内容なので難しい、そもそもアイドルが恋愛をして事務所から裁判を起こされる物語を、まずアイドル事務所に相談しなくてはいけないことに大きな矛盾があったので、なかなか難しかったです。
山岡真衣役/齊藤京子のキャスティング背景

これはもう俳優さんの中から選ぶしかないと思っていたタイミングで、齊藤京子さんが日向坂46を卒業されて、東宝芸能に入ったという記事をたまたまネットで見かけたんです。 まず宣材写真がすごくイメージに近かったのと東宝芸能に入ったということは、この人は映画をやる気満々だと勝手に思い込んで。それからプロデューサーに相談してオーディションに来てくれないかと。そしたら本人も脚本を読んだ上で来てくださって。 ただ、もちろんアイドルというだけでキャスティングはできなくて、歌も演技も見せてもらったんですが。歌はもちろん本当に素晴らしかったのですが、やはり芝居が良かったです。

特に裁判シーンで独白する場面の芝居がとてもよくて。これは自分の中のステレオタイプ、声が少し高めで可愛らしくてというアイドル像を齊藤さんが覆してくれました。 すごい魅力的な低音ボイスで、でも長年アイドルのセンターで活躍してきた歴史があって。そこが面白かったのと、裁判シーンの芝居がとてもよかったので齊藤さんにお願いすることになりました。
清水菜々香役/仲村悠菜のキャスティング背景

菜々香役の仲村悠菜さんは、誰が見てもこの人はアイドルだと分かるような説得力があって、かつ齊藤さんのすこし低い声と非常に対照的な声質を持っている。 そういった意味で齊藤さんと面白い対比ができるだろうなと思ったのと、やっぱり芝居がとても良かった。書かれたセリフを自分の言葉でしゃべれるセンスがあって、そこが非常に良かったと思いました。
大谷梨紗役/小川未祐のキャスティング背景

梨紗役の小川未祐さんは元々『よこがお』という映画に出演いただいていて、その時から演技力が圧倒的に高かったです。今回オーディションに来てくれるとは思わなくて嬉しかったです。 小川さんに関しては、こちらからするとカモがネギ背負ってやってきてくれたようなものでした。今回のオーディションでも演技の最高点をたたき出してくれて。ただ役というのは演技力だけで決まるものではないので、役に合っているか?合っていないか?という点もすごく重要でした。 非常に凛々しい梨紗というイメージに合っていましたし、しかも彼女は最近シンガーソングライターとしてデビューしているという。 ギターを弾いて歌うのは元々脚本にある設定だったので、あらゆる意味で梨紗というキャラクターにはまっていて。齊藤さん以外のハピファンメンバーでオーディションが終わって最初に決まったのが小川さんでした。
小川未祐出演の『よこがお』
三浦美波役/今村美月のキャスティング背景

美波役の今村美月さんは、芝居が良かったのはもちろんですが、彼女は元々STU48でずっとキャプテンをやられていたんですよね。 堂々としていて、オーディションで風格が感じられてプロフィールを見たら「キャプテンやってたいたんだ」と。そこがハピファンのリーダー・美波という役にぴったりはまっていて。実際に現場でも本当に頼りにしていました。 メンバーのまとめ役にもなってもらいましたし、ハピファンのポーズを考えたのも今村さんです。ライブのMCとかもほぼアドリブで今村さんにお任せできたので本当に助かりましたね。
辻元姫奈役/桜ひなののキャスティング背景

辻元姫奈役の桜ひなのさんは、仲村さんと近いところがあって、本当にどこから見てもアイドルに見えるアイドルらしさ、誰が見ても「この子アイドルだ」と思うような貫禄がありました。いわばアイドルのオーラがオーディション会場からも迸っていて。 彼女が入るだけでハッピーファンファーレというアイドルグループのリアリティが底上げされるだろうなと思ったのと、芝居もすごく良かったのでお願いすることになりました。
【キャスティング後の設定の変化】齊藤京子は生きたアイドル論のような存在

Q. キャスティング後に、アイドルキャストから影響を受けた設定や改変はありましたか? 深田監督 はい、ありますね。やはり齊藤京子さんに出てもらえることになったのはすごく大きくて。元々山岡真衣の役はセンターではなかったんですね。 キャスティングがどうなるか見えない中で、センターを演じるだけの説得力のある人にお願いできるかが分からなかったので、保険をかけてしまっていました。ただ、山岡真衣を齊藤京子さんに演じてもらえることになって真衣がセンターで十分説得力が出るなと思ったのと、齊藤さんからも、脚本の山岡真衣から感じるイメージ、その暗さがセンターっぽいというアドバイスもあって。それで真衣がセンターの設定になりました。 あとこれはすごく重要なんですけど、元々裁判シーンで齊藤京子さん演じる山岡真衣が「アイドルとは何か?」というアイドル論についてとうとうと語る場面があったんですね。それは齋藤京子さんの出演が決まった時点で全部カットしました。 齋藤さん自身がアイドルとして生きてきた時間、歴史、そういったものを背負ってそこにいてくださるので、彼女自身が生きたアイドル論みたいなものだと思っているんですね。 その齋藤さんに自分が頭で考えた「アイドルとは何か」という台詞を言わせること自体がナンセンスだと思ったので、全部カットすることになりました。
【津田健次郎のキャスティング背景】淡々と喋るだけで圧力がかかる声の強さと魅力

Q. 事務所の社長役・津田健次郎さんのキャスティングの経緯をお聞かせください 深田監督 実は津田健次郎さんもオーディションに来てくださって、演じてもらうことになったんですけど、津田さんはやっぱりまずはあの声が魅力的ですよね。芸能事務所の社長役に対する非常にらしさ、説得力がある。 今回事務所をわかりやすく暴力的な設定にはしなかったんですね。それではアイドル業界の構造的な問題に意識が向く以前にブラックな事務所が悪いという非常に短絡的な話になってしまうので、事務所の暴力性というのはあえてかなり抑えました。 でもアイドルが事務所からプレッシャーがかかっていることは描かなくてはいけなくて。そういった時に台詞は穏やかでも津田さんの声に力があるので淡々と喋るだけで、ある種どんどん抑圧になっていく。あの強い声が魅力的だと思いました。
【人物間の距離の緻密な描写】アイドル、事務所、ファンそれぞれの距離感を設計する重要性

Q. メンバー同士、メンバーとファン、メンバーと事務所など登場人物たちの距離感で意識されたことをお聞かせください。 深田監督 距離の問題というのはすごく重要で、握手会を代表するようにアイドルは実はファンと最前線で向き合っている存在なわけです。でもアイドルに対して「どこまで主体性が委ねられているか?」というと、事務所の存在はすごく強くて、事務所の方はアイドルを応援しているファンとすこし距離感がある。 やはりファンとの距離間、人と人の距離感というのはすごく大切でした。そういった中で真衣と敬が恋愛することになって、容易に近づくことができない。そこに「ロミオとジュリエット」みたいな葛藤が生まれてくるわけですね。 そういった中で、ファンとアイドル、ファンと事務所、アイドルと事務所、あるいはアイドルと恋愛対象、恋人との距離感をきちんと映像化していくのがとても重要だったと思います
【3人に焦点を当てた背景】鑑賞者のアイドルへの考え方があぶり出されるつくりに

Q. 真衣、梨紗、菜久香3人のメンバーに焦点を当てた背景をお聞かせください 深田監督 2時間の映画の中で5人全員を描くのは、難しいだろうと思っていたので、3人をピックアップしました。ただ1人ではなく3人を描くことがすごく重要だったと思っています。 この作品を山岡真衣だけの物語にしてしまうと、結局、山岡真衣の選択が正しかったのか?正しくなかったのか?そこだけに焦点がいってしまう。 取材をするほどわかったことなのですが、やはりアイドルになりたいと思っている人たちのモチベーションや動機は本当に様々で、シンプルにアイドルが好きでアイドルになっている人。 元々歌が好きで歌手になりたくて、オーディションに通ったからたまたまアイドルになった人もいる。ダンスが好きでなった人もいれば俳優になりたくてアイドルになった人とか本当に多種多様なんですね。

そういった中で、アイドルの関わり方も一様ではないことを描くために3人の登場人物が必要だったと思うのと、三者三様の生き方を描くことによって、いわば真衣の選択をお客さんに押し付けないで済むようにしたいと思っています。 だから真衣の生き方に共感する人もいれば、梨紗の生き方に共感する人もいれば、菜々香の生き方に共感する人もいる。それはお客さんに委ねられていると思っていて。 むしろそれによってお客さん自身がアイドルについてどう思っているか?恋愛についてどう考えているか?人権についてどう考えているか?というのがあぶり出されるようになればとよいなと思っています。そのためにも3人の登場人物に焦点を当てる必要がありました。

Q.映画冒頭、車の中で眠っている真衣を起こしたのは梨紗でしたが、この時点でラストの展開が示唆されていたのでしょうか? 深田監督 そうですね。確かに梨紗が真衣を起こしますね。真衣を起こすのは、シンプルにある種彼女が目覚めていく話であることの分かりやすい暗喩を込めています。真衣と梨紗のバディを全体を通して考えていたので、多分自然と梨紗が起こす選択になりました。
【アイドル描写の作り込み】リアリティを支える、アイドルソングという難題への挑戦

Q. リアルなアイドルグループを作り上げるうえでこだわったポイントをお聞かせください 深田監督 この作品において、アイドルのリアリティーはすごく重要でした。多くのフィクションに出てくるアイドルやアイドルファンはデフォルメされた描き方が多いと思うのですが、それをやると作品の解像度が落ちてしまうし、その後に続く問題意識や葛藤が砂上の楼閣になってしまう。だからなるべくアイドルはリアルに作り込もうと最初から考えていました。 そのために取材を重ねたし、アイドルに詳しい方に入ってもらったりもしたのですが、今回すごく重要だったのは音楽で、一番悩んだところです。 いわゆるド真ん中のアイドルソングはアイドルとファンダムの間での長年の蓄積がある中でアイドルソングらしさが作られていると思います。それはアイドルソングを聞き慣れていない人からすると少し敷居が高いなと。テレビのシリーズドラマの劇場版をいきなり見てもその魅力がなかなか分からないようなもので。 でもこの作品はアイドル業界に関心がない人にも観てもらわないといけないし、海外でも観てもらわなくてはいけない。そんな中で、アイドルソングらしさがありながらも、アイドル業界に馴染みがない人でも聞きやすい歌を目指す必要がありました。
それをずっと見つけあぐねていたんですね。で、変な話、ミイラ取りがミイラになるみたいな話なんですが……。 わたしは、元々特に応援しているアイドルグループとかはいなかったんですが、曲を作っていく中でTomato n' Pineという10年くらい前に解散したアイドルグループの歌を聞いて。それがとても良くて。 しっかりアイドルソングになっていながら色々な人に受け入れられやすい広がりを持っていると感じたんです。今も毎日のようにTomato n' Pineの曲を聴いています。普通に大ファンになってます。
それでTomato n' Pineをプロデュースしていたagehaspringsさんにお願いしようということになりました。それだけじゃなくて(振付)竹中夏海さんだったり、(衣装)相澤樹さんとか、そういった多くの、実際アイドル業界に関わってきたたくさんの人に参加してもらえたことで、このリアリティーが作れたかなと思っています。
アイドルキャストだからこそ生まれたリアリティ
Q.参加されたアイドルキャストの方々からのフィードバックや活かされたアイデアはありましたか? 深田監督 もちろんありますね。たとえばライブ前の控え室でどういう風に過ごしているのか?とかはアイドルのキャストの方たちに聞きましたし、彼女たちにかなり委ねたところもありました。 決めポーズをどうするか?とか、冒頭のシーンで円陣を組んで掛け声をあげるところがありますが、あの時にどういった掛け声をするのか?もみんなに話し合って決めてもらいました。 そういったときに率先してまとめ役になってくれたのが、リーダー美波役の今村美月さんだったのですが、MCの場面も今村さんにほぼ丸投げでしたね。自分が下手に脚本を書くよりも、長年アイドルのキャプテンを務めた経験を持つ彼女に任せたほうがよいと思いました。今村さんも「まかせてください!」と非常に心強い感じだったので、お願いすることになりました。 そういったことが結果としてハッピーファンファーレというグループのリアリティに繋がっていると思います。
【恋愛映画としてのこだわり】現代の設定で『ロミオとジュリエット』が描けてしまう歪さ

Q. 恋愛映画としてこだわったポイントをお聞かせください 深田監督 今回の場合、恋愛をしていたふたりが裁判になるのがもちろん肝なわけで、裁判パートに行くまでには、ふたりにきちんと恋愛をしてもらわなければなりませんでした。

自分の中では「ロミオとジュリエット」を描くような感覚で前半のシーンを描いていました。でも考えてみたら、いわば「ロミオとジュリエット」のような許されない恋愛が現代でも成立してしまっていること自体が図らずも「恋愛禁止」という概念の持つ前時代性を顕わにしてしまっているとも言えます。 ただ、現代社会を舞台にして堂々と「ロミオとジュリエット」が描けるチャンスはあまりないので、楽しんで恋愛を描いていきました。
【海外上映での意外な反応】アイドル文化の距離感で変化する各国での『恋愛裁判』の捉え方

Q. アイドル文化が根付いていない海外での上映で意外な反応や感想はありましたか? 深田監督 元々この作品は観ている人自身のアイドルに対する考えがあぶり出されるようにすることが狙いではあったのですが、海外で上映していてもやっぱり想像以上に各国で反応が分かれました。 カンヌで上映した後、韓国とか中国とかタイとかアジアでも上映したんですね。それぞれの国で受け止め方に結構レイヤーがあって。やはり欧米の場合は、全部そうとは言いづらいんですけど、一部出てきた反応としては本当に日本のアイドル業界に対して愛着がない。遠い国の社会問題でしかないという感覚がすごくありました。 取材した記者のなかには自分がいかにアイドル業界が嫌いかということを滔々と聞いてもいないのに語り始めるような記者の方もいました。それは欧米の中ではアイドルが日常にいない存在なので距離感がすごく遠いんですよね。いわばジャニーズ問題や自殺のような負の側面しか知らない……。 中には「なんで監督はもっとアイドル業界をバッサリぶった切らないんだ」という意見もあったりして、いわばぬるい。深田晃司がアイドル業界を擁護しているというような意見も出てきました。 でもこの映画は元々アイドル業界を非常に分かりやすい社会悪にして欧米社会に生贄のように差し出すような作品ではないので、当然そういう反応も出てくるかなとは思っていました。もちろん、映画として楽しんでくれたり、アイドル文化に興味を抱いてくれた観客もたくさんいました。 一方で、韓国とかタイとか中国だと、非常に自分自身の身近な問題で当事者意識が強い。自分ごととしてアイドル業界のことを考えているし『恋愛裁判』もその距離感で観てくれているという印象がありました。そういった反応の落差があって面白かったですね。
【小説版の背景と差別化について】映画版とは違う展開も

Q. 『恋愛裁判』の小説版を書かれた経緯と映画との違いについてお聞かせください 深田監督 小説に関してはプロデューサーから「映画の宣伝のためにも何とか書いてほしい」ということで書かざるを得なくなったって感じです。でも書かざるを得なくなったと言いながら、自分としても常に小説を書くチャンスを狙っているようなところもあって。 もともと映画の道に進む前には、小説家になりたいと思っていたんですね。結局その後は映画作りが中心になったのですが。今、小説の世界に裏口入学させてもらっているような気持ちがあって。映画をきっかけにこうやって小説を書かせてもらえる機会をいただけているのは、すごくありがたいことだなと思っています。 内容に関しては、映画と同じことをしても意味がないと思っているし、そもそも映像と文学で全く表現のスタイルが違うので同じものにならない、なるはずはないんですね。 そういった中で、脚本をただ単に小説に起こしていくものにしたくなかったので、結構内容が違います。 大きな筋は同じですが、アプローチの仕方が大分違うと思っています。それだけでなく、展開も実は大きく違ったりしています。これまでの『淵に立つ』『よこがお』という作品を小説化した時もそうでした。 やはり脚本を練り直してると、いろんなパターンがあるんですね。書いてみたけども色々あって映画の決定稿には反映されなかった展開もありました。「でもあの展開も好きだった」というのが結構あったりして。『恋愛裁判』でも映画で最終的には採用されなかったけれど、すごく思い入れのあった展開を小説の中で活かしています。ぜひ読んでもらえると嬉しいです。
【ラストシーンの撮影秘話】だるま朝日を再現した映像トリックとは?
Q. ラストシーンの撮影秘話をお聞かせください。ラストの構想は早い段階からあったのでしょうか? 深田監督 ラストの展開は結構早い段階から決まっていました。途中の物語は大分変わったのですが、あのラストに行き着くところはあまり変わりませんでした。 最後、登場人物たちが朝日を見て終わるシーンになっているのですが、雲が出て朝日が撮れなかったんですね。ラストシーン2日間の撮影で2回とも俳優の芝居は撮れたのですが、太陽は天候の都合で撮れなくて。 結局、翌月に撮影部だけ実景撮りという形で太陽だけを撮りに行ってもらいました。その時の3日間滞在で朝日を狙っても全日程で雲が出て撮れませんでした。その時に撮影部が機転を利かせてくれて一応夕日を撮っておこうと。 だから海の逆側に行って沈む夕日を撮影してくれたら、それがすごくとてもよい感じに撮れて。しかもちょうどだるま朝日みたいな少しくびれた形に撮れたんですね。なのでそれを逆再生してだるま朝日にみせています。 こういう原始的な映像のトリックが大好きなのでむしろテンションが上がりました。 ▼取材・文:増田慎吾