岩崎裕介監督生涯ベスト映画―『チルド』にも影響を与えた山下敦弘の初期作品とは
映画『チルド』作品概要
| 公開 | 2026年7月17日(金)より全国公開中 |
|---|---|
| 監督 | 岩崎裕介 |
| 出演 | 染谷将太、唐田えりか、西村まさ彦、くるま、長島竜也 ほか |
| 公式サイト | 公式サイトはこちら |
『チルド』は、CM監督として活躍し、短編『VOID』がロッテルダム国際映画祭などに入選してきた岩崎裕介監督の長編映画初監督作。映画レーベル「NOTHING NEW」の実写長編第1作となります。 物語の舞台は、誰にとっても身近なコンビニエンスストア。均質化された空間に潜む違和感や日本社会の歪みを映し出す“社会批評的ホラー”です。主演は『寄生獣』や『爆弾』などの染谷将太。唐田えりか、令和ロマン・くるま、西村まさ彦らが共演します。
『チルド』作品インタビューはこちら
監督・キャストが作品そのものについて語る『チルド』の作品インタビュー記事も公開中です。あわせてご覧ください。
岩崎裕介監督が選ぶ生涯ベスト映画3選

5000本ほど観てきたという映画のなかから、岩崎監督が“生涯ベスト”として挙げてくれたのは3本。いずれも、何気ない日常や気まずさ、人間の可笑しみと不気味さを見つめる作品です。ぱっと頭に浮かんだからこそ本当のベストなのかもしれない——そう語る監督のセレクトを、コメントとともに紹介します。
生涯ベスト映画①『リアリズムの宿』(2004)
何気ない会話をずっと撮っているのに、しょうもなさみたいなものを大げさに愛そうとしている——その態度が自分にはすごくしっくりきたんです。映画以前に、人間そのものを見つめ直す眼差しとして、こういう態度があるんだと。大学生の頃に友達から教えてもらって、そこから好きで“喰らって”しまいました。 それが最も凝縮されているのが『リアリズムの宿』。ひたすら嫌な空気が続いて、それがとあることで決壊し、最後はちょっと仲良くなって終わる。その1本の映画のなかで起きる出来事として、すごくリアルなんですよね。 大きなドラマがあると「欺瞞だ」と思ってしまうんですけど、これは「人ってあれぐらいだよな」と思える。強烈な原体験として残っていて、今でもベスト映画です。 山下敦弘監督の作品では『どんてん生活』も大好きで、初期の作品にとくに惹かれますね。
『リアリズムの宿』作品概要
山下敦弘監督が2004年に発表したロードムービー。つげ義春の漫画を原作に、山下監督と向井康介が脚本を手がけました。顔見知り程度の脚本家・坪井と映画監督・木下が、旅先で待ち合わせ相手にすっぽかされたことから、成り行きで気まずいふたり旅を続けていきます。 主演は長塚圭史と山本浩司。尾野真千子が旅の途中で出会う女性・敦子を演じます。沈黙や間の悪さを淡々とすくい取る、オフビートな笑いと寂しさが同居した初期山下作品の代表作です。
生涯ベスト映画②『GONIN』(1995)
『GONIN』、カッコよすぎますよね。もともと『鮫肌男と桃尻女』や北野武監督作品のような、クライムもの・バイオレンスものがすごく好きだったんですけど、そのなかでもとりわけ鮮明に残っているのが『GONIN』です。 石井隆監督が漫画家出身ということもあって、編集がとにかくすごい。コマ割りのようにスパスパとカットが進んでいくのが、生理的にまず気持ちいいんです。 ジャンルレスでありながら、一本の艶っぽくて不気味な“何か”が全体を貫いていて、その軸のようなものがめちゃくちゃ好きで。とくに竹中直人さん演じるキャラクターに強烈な憧れがあります。続編の『GONIN サーガ』も好きですね。
『GONIN』作品概要
石井隆が監督・脚本を手がけ、1995年に公開されたバイオレンス・アクション。バブル崩壊後の東京を舞台に、借金に追い詰められたディスコオーナー・万代ら5人の男たちが、暴力団の大金強奪を企てる姿を描きます。 主演は佐藤浩市。本木雅弘、根津甚八、竹中直人、椎名桔平らが共演し、北野武が殺し屋役で強烈な存在感を放ちます。雨に濡れた夜の街やネオンの光、血と愛憎が交錯する映像美が印象的な、日本ノワールの代表的作品です。
生涯ベスト映画③『ハピネス』(1998)
マニアックな映画なんですけど、これもめちゃくちゃ好きで。作家の長女はスランプに陥っていて、やや性的に倒錯した部分がある。次女は一見すると幸せで華やかな家庭を築いている。三女は恋も仕事もうまくいっていない——そんな三姉妹を取り巻く人間関係の群像劇です。 一見ふつうのパッケージに見えるのに、起きていることはグロテスクで陰湿。それが淡々と映されていく。それをどう内面化していくのか、そもそも内面化できるのか、と問いかけてくるような作品で、全編ずっと緊張感があるんです。言語化が難しいので、ぜひ観てほしい。観てみたらわかる魅力だと思います。大好きな一本です。
『ハピネス』作品概要
トッド・ソロンズが監督・脚本を手がけ、1998年に公開されたアメリカのブラック・コメディ・ドラマ。ニュージャージー郊外に暮らす三姉妹と周囲の人々を通して、愛や幸福を求めながら孤独や欲望、心の歪みを抱える人間たちの姿を群像劇として描きます。 出演はジェーン・アダムス、ララ・フリン・ボイル、シンシア・スティーヴンソン、ディラン・ベイカー、フィリップ・シーモア・ホフマン、ベン・ギャザラら。平穏な日常の裏側に潜むタブーを、ブラックユーモアと冷徹な視線で見つめた、ソロンズ初期の代表作です。
【繰り返し観る作品】“喰らった”ものは観返さず、学びたい作品を反復する

Q. 生涯ベスト映画に挙げていただいた3本は、定期的に観返すことはあるのでしょうか? 岩崎監督 意外と観返さないんですよね。鮮烈に残ってはいるけれど、観返すという意味では『悪は存在しない』などのほうが多いです。『悪は存在しない』もめちゃくちゃ好きで、4回くらい観ました。DVDも買って、技法的にすごく勉強になるという意味で観ています。 だから、直感的に“喰らった”ものは観返さない。「何か学ばねば」というものは繰り返し観る、という感じですね。
【自作への影響】気まずさや重苦しさを引き受けさせる作劇
Q. 今回挙げていただいた3本が、ご自身の映画に影響を与えている部分があればお聞かせください。 岩崎監督 『リアリズムの宿』は、自分のCMも含めてあらゆる創作物に影響を受けています。気まずくて調子に乗っている人間がいて破滅する——というのがフェチとしてあるので、無意識に乗っかってしまっている気がします。トッド・ソロンズの『ハピネス』も、重苦しい会話がずっと続く。 日常的で誰もが共感しうるシチュエーションなのに、起きていることは重苦しく、そこにツッコミが不在だからこそ、観客がその重さを引き受けなければならない。その感覚には影響を受けていると思います。 ただ、直接のリファレンスでいうと、黒沢清監督の作品が大大大好きで、とくに『回路』にはかなりインスパイアされています。あとはカウリスマキやジャック・タチ、ロイ・アンダーソンなど、北欧系の作家が描くものは、今回の『チルド』にも影響していると思いますね。
【映画の原体験】幼なじみの家で受けた“英才教育”
Q. 映画の原体験についてお聞かせください。 岩崎監督 母が教師、父が自営業で、家に文化的な素養がとくにある環境ではなかったんです。ただ、小中高一貫で仲の良かった幼なじみが“カイエ”くんという名前で。フランスの映画批評誌『カイエ・デュ・シネマ』から来ている名前なんですよ。お父さんがシネフィルだったんですね。 中学・高校の頃、そのカイエくんの家に足繁く通っていて。DVDや漫画、音楽を含めて文化資本がめちゃくちゃある家で、もともと映画に興味があった僕が前のめりに観ていたら、お父さんから「次までにトリュフォーのこれを観てこい」「感想を述べよ」と半ば英才教育を受けて(笑)。ラス・メイヤーやクローネンバーグ、フェリーニなど、いろいろな映画を観るようになりました。それがきっかけで、高校生の頃にめちゃくちゃ映画を観ていましたね。
【映画監督を目指したきっかけ】“できることばかりでは面白くない”と踏み出した長編
Q. 映画監督を目指したきっかけについてお聞かせください。 岩崎監督 本業はCM監督で、大学生の頃に「自分はCM監督に絶対向いているな」と思い、実際にその道に進みました。ある程度しっくりきてしまって、半分おごりというか、慣れも出てきたタイミングで、「NOTHING NEW」代表の林——大学1年からの仲なんですが——から「映画を作らないか」と誘われて。「できることばかりやってもしょうがない、挑戦しよう」という意味で撮ってみたんです。 なんなら映画が好きすぎて、映画監督を名乗るのもおこがましいというか。「非常に恐縮だな」と思いながらやっているので、目指したというより、結果的にそうなった感じですね。
【観る頻度と選ぶ基準】空いた時間はホラーとホン・サンスを浴びるように

Q. 映画を観る頻度と、作品を選ぶ基準についてお聞かせください。 岩崎監督 かなり労働が忙しい人間で、ほとんど現場か編集をしているので、なかなか観る暇はないんですけど、空いたら絶対に観ています。最近は少し暇なので、1日2本くらい観ていますね。 『チルド』で国際的な場所で自分の映画が上映されるという“ビビり散らかしイベント”がたくさんあったなかで、あらためて「自分はまだベイビーだな」と。ナラティブなものをちゃんと作っていく基礎的な筋肉が全然ないと感じたので、これからもホラーを作っていきたい思いもあり、最近は古今東西のホラーを観直しています。あとはホン・サンス。めちゃくちゃ観ていますね。
【最近の一本】劇場で“喰らった”ホン・サンス『旅人の必需品』
Q. 最近ご覧になって印象に残っている作品についてお聞かせください。 岩崎監督 ホン・サンスの『旅人の必需品』です。下高井戸シネマのホン・サンス特集で観たんですけど、あの人は本当に多作で、年に何本も撮っている。ベルリン国際映画祭にも全編ピンボケの作品を出していたりするんですよ。 たまたま友達がトークショーに出ていたこともあって劇場まで観に行ったら、めちゃめちゃ“喰らって”しまって。イザベル・ユペール主演で、本当に変な話なんですけど、これをずっと続けているのがすごい。おじいちゃんなのに、その精神性を見習いたいなと思いました。ぜひ観てみてください。
【劇場での習慣】大福を手に、なるべく前の席で
Q. 劇場での座席の選び方や、鑑賞前後に行うことがあればお聞かせください。 岩崎監督 頻尿なので、まず大福を食べますね(笑)。大福か、それに準ずる水分を吸い取ってくれるものを入れておく。あと、散漫になると集中できないので、目の前の情報をなるべく少なくしたいんです。だからなるべく前に座ります。人の頭が見えないと集中できるので。
映画『チルド』2026年7月17日(金)公開

Q. 最後に、読者へのメッセージをお願いします。 岩崎監督 2026年7月17日公開のホラー映画『チルド』という作品があります。ホラー映画と銘打ってはいるんですけど、観る人によって受け取り方がすごくさまざまな、玉虫色の映画だと思っていて。自分の今のメンタルのリトマス紙のように作用する映画なのかなと。 僕自身、非常に個人的な物語なんですけど、とても気に入っています。ぜひよかったら観てみてください。
▼取材・文:増田慎吾