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才能開花がとても遅かった遅咲き俳優15人

2017年7月6日更新

今では当たり前のように有名な俳優達にも、影に隠れた苦労時代がありました。人生の転機であった大きなチャンスを掴み、遅くれながら才能開花させた遅咲き俳優をwww.hollywood.comよりご紹介いたします。

1・ジェレミー・レナー

ジェレミー・レナーを知らない人はいないでしょう。『アベンジャーズ』(2012年)での好演は記憶に新しいですね。彼が世間に知られる様になったのは2000年以降、彼が37歳の時に『ハートロッカー』に主演した事がきっかけです。ジェレミー・レナーはこの役で初めてアカデミー主演男優賞にノミネートされました。

2・サミュエル・L・ジャクソン

サミュエル・L・ジャクソンがニック・フューリーのモデル、そして役を演じるずっと以前、サミュエル・L・ジャクソンは『星の王子様 ニューヨークへ行く』や『ドゥ・ザ・ライト・シング』などのマイナー映画に出演していました。

彼の大きな転機は、47才の時に訪れます。クエンティン・タランティーノ監督が『パルプ・フィクション』にて、サミュエル・L・ジャクソンのために創作したキャラクター“ジュールス・ウィンフィールド”役を好演しました。この映画の大ヒットから、サミュエル・L・ジャクソンは今では大物俳優としてのキャリアを築き、マーベル・コミックと数百万ドルの契約が交わされています。

3・ジョン・ハム

ジョン・ハムは『アリー My Love』の出演から、映画やドラマで目立たない役ばかりを演じる日々が続きました。2007年、ジョン・ハムはアメリカのドラマシリーズ『マッドメン』で大ヒット。36歳にして、世間に知られ愛されるキャラクターを演じ、成功を手にしました。

4・ハリソン・フォード

かの有名な『インディ・ジョーンズ』や『スター・ウォーズ』でのハン・ソロ役を演じる前、ハリソン・フォードは大工として生計を立てていました。

彼の俳優としての転機は、ある日『スター・ウォーズ』のオーディション会場で大工仕事をしていた時に起こりした。監督ジョージ・ルーカス曰く、彼は『アメリカン・グラフィティ』の撮影でハリソン・フォードに会ったことがあり、彼をハン・ソロのオーディションに参加させました。爆発的ヒットを記録した『スター・ウォース』が公開された年、ハリソン・フォードは35歳でした。

5・メリッサ・マッカーシー

もし、あなたがドラマ『ギルモア・ガールズ』を見ていたのなら、スーキー役を演じるメリッサ・マッカーシーのファンになっていたでしょう。しかし同ドラマでハマり役を演じた彼女は、その後約11年間の間、“女芸人”としての扱いを受けました。

そんなメリッサに訪れた転機は、『ブライドメイズ 史上最悪のウェディング』で演じたミーガン役でした。コメディーシーンを封じた事によって、メリッサ・マッカーシーは『ゴーストバスターズ』への出演を果たします。

6・キャシー・ベイツ

1970、80年代に映画やテレビに脇役で出演を経て、キャシー・ベイツが『ミザリー』で有名になった時には彼女は42才でした。『ミザリー』での好演はアカデミー主演女優賞、そしてゴールデングローブ賞にも繋がりました。一躍有名になったキャシー・ベイツの演技は、超大作『タイタニック』のモリー・ブラウン役を彼女に授けたのです。

7・ジェシカ・チャステイン

多くの人は『ゼロ・ダーク・サティー』に出演したジェシカ・チャステインが、いとも簡単に今のキャリアを手に入れた、と思っているでしょう。ハフィントン・ポストでのインタビューで彼女をこう語りました。「赤毛で現代的とは異なる容姿を持っていると、人々は私をどんな役に付ければいいのか迷ってしまうみたい。」と。2011年に『ヘルプ ~心が繋ぐストーリー』が公開されてからが、本当の意味でのジェシカ・チェステインの始まりだったでしょう。

8・リッキー・ジャーバイス

リッキー・ジャーバイスが民間に俳優としてデビューしたのは1998年、彼が37才の時でした。彼の最大の成功はイギリスでのテレビシリーズ『The Office』で脚本・演出・主演を務めたことです。このドラマは後々、アメリカ版が出来る程の大ヒットを記録します。

9・ケン・チョン

韓国系アメリカ人俳優・コメディアンであるケン・チョンは、40才まで医者として働いていたというキャリアを持っています。彼は20年もの歳月を医師としての仕事を続けつつ、芸能界への挑戦やスタンドアップ・コメディに費やしてきました。彼の転機となった作品は2009年に『ハングオーバー! 消えた花婿と史上最悪の二日酔い』でのレスリー・チョウ役です。

10・ルシル・ボール

「ルーシー」と聞いて『アイ・ラブ・ルーシー』が即座に浮かんでくる人がいるのではないでしょうか。往年の大女優、ルシル・ボールにも苦労した時代がありました。彼女はコメディー作品での女性の地位を確定し、近代のホームコメディードラマの基礎を作りました。

11・アラン・リックマン

アラン・リックマンはロンドンの王立演劇学校に入り、そこでシャイクスピアの功績について学びました。脇役を演じ続ける日々を経て、舞台『危険な関係』でアラン・リックマンの演技を見た映画プロデューサー、ジョエル・シルバーに才能を見いだされました。

シルバーがリックマンを『ダイ・ハード』に出演させてから、彼の人生が変わりました。でも、やっぱりスネイプ教授のイメージが強いですね。

12・ジェイソン・ステイサム

ジェイソン・ステイサムがほとんどの出演作品で“強気なタフガイ”を演じる様になる前、ジェイソンはフレンチ・コネクションのモデルを務めていました。

モデル業の最中、『ロック、ストック&スモーキング・バレルズ』の監督ガイ・リッチーに出会い、同作に出演を果たしました。ジェイソン・ステイサムを俳優として凝固な物にしたのは、35才の時に出演した『トランスポーター』です。

13・コニー・ブリットン

コニー・ブリットンの経歴は舞台と失敗に終わってしまったテレビシリーズ、『Home』や『The Fighting Fitzgeralds』で始まります。コニー・ブリットンが36才の時、彼女はテレビドラマ『Friday Night Lights』でのタミ・テイラー役(カイル・チャンドラーと対立する)を演じ成功を収めました。

14・シルヴェスター・スタローン

シルヴェスター・スタローンはすさまじい貧困時代を過ごし、妻の宝石や自分の愛犬を売って生活していました。彼が俳優業で成功し、経済的に安定したのは『ロッキー』で主演を務めてからの事でした。それは、シルヴェスター・スタローンが30歳の時の話です。

15・モーガン・フリーマン

このトピックで紹介させて頂いた俳優の中でも、一番の有名人はモーガン・フリーマンではないでしょうか。

彼が有名になり始めたのは子供向け番組『The Electric Company』やテレビシリーズ『Another World』で、モーガン・フリーマンが40代の頃でした。大ヒット作品『ドライビング Miss デイジー』でアカデミー主演男優賞ノミネートが彼にとっての転機になりました。今では、多くの作品にナレーターとしても活躍し、“演劇界の神”とも呼ばれています。