シャーリーズ・セロンのあなたが知らない10のこと!

2017年7月6日更新

『モンスター』『スタンドアップ』『ヤング・アダルト』などに出演、『マッド・マックス 怒りのデス・ロード』フュリオサ役としてお馴染みのシャーリーズ・セロン。今回はwhatculture.comよりシャーリーズ・セロンのあなたがしらない10のことを紹介します。

1.第一言語は英語ではなかった!?

シャーリーズ・セロン

1975年8月7日、南アフリカのベノニで生まれたシャーリーズ・セロン、彼女の第一言語は英語ではなくアフリカーンス語です。シャーリーズ・セロンはインタビューでこんなことを語っています。

”南アフリカを訪れた時はアフリカーンス語をよく話しますし。LAにいる時も母がすぐそばに住んでいるので毎日のように使っています。彼女と英語で話すのはどこか演じているようで、変な感じがするので。”
引用:whatculture.com

シャーリーズ・セロンは幼少期に見たアメリカやイギリスのテレビ番組を見て英語を学んでいたそうです。もちろん、彼女はアフリカーンス語、英語共に流暢に話すことが出来ます。

2.壮絶な幼少期を過ごしていた!?

シャーリーズ・セロン

彼女の母方の祖父がアルコール依存症で、シャーリーズ・セロンは幼少期に壮絶な体験をしていました。ある時、信じられない事件が起きてしまいます。いつものように酔っ払った祖父が武器を片手に彼女を脅してきたため、仕方なく彼女の母親は銃で彼を撃ち、結果的に祖父は死亡。

母親は正当防衛が認められ、無罪判決を受けていましたが、この出来事についてシャーリーズ・セロンが話すことはほとんどなく、この事件が世間には広まったのは2004年頃のことでした。

皮肉なことに、彼女の名前、シャーリーズは祖父チャールズが由来です。

3.バレリーナを目指していた!?

アカデミー賞

シャーリーズ・セロンは16歳の時、イタリアサレルノでモデル契約を結び、母親と共にミラノに移住、その頃ダンスに強い興味を持っていたため、ジョフリー・バレエ学校の練習生となりました。

彼女はかなり本気でレッスンに取り組んでいましたが、膝の怪我が原因でトップには上り詰めることが出来なかったそうです。その当時のことをシャーリーズ・セロンはこう語っています。

“ニューヨークでジョフリー・バレエ学校のレッスンを受けていましたが、膝が持たなくて。もう踊れないと思った時はとても落ち込みました。そんなとき、母が南アフリカから来て、こう言ったんです。”次のステップに進むの?それとも家に帰る?“
引用:whatculture.com

4.銀行がブレイクを果たすきっかけの場所だった!?

シャーリーズ・セロン

バレリーナとしての夢を諦めた後、シャーリーズ・セロンはLAで演技のキャリアを追うことになりますが、駆け出しの頃の生活はギリギリだったそうです。

しかし、1994年、思わぬ出来事で彼女はブレイクを果たすことになります。ある日チェックを現金化するために銀行を訪れますが、アウト・オブ・ステイトによって、チェックを現金化することを拒否されてしまいます。そこでシャーリーズ・セロンは大声で叫び抗議を始めます。

すると、ある男性がセロンの方へと近づき、彼のカードで現金化することをすすめられたそうです。

なんとその男性がハリウッド有数のエージェント、ジョン・クロスビーだったのです。その後、シャーリーズ・セロンは彼のクライアントの一人になり、ハリウッドで大ブレイクを果たすことになります。

銀行でジョンが近づいてきた時、シャーリーズ・セロンは気持ち悪い男がナンパしてきたと思っていたそうです。

5.映画デビュー作にクレジットされなくてラッキーだった!?

シャーリーズ・セロン

クロスビーと奇跡的な出会いをした後、シャーリーズ・セロンはスティーブン・キングの小説を基にした作品『アーバン・ハーベスト3 ザ・スケアクロウ』で映画デビューを果たしています。しかし、この時の役は小さかったためクレジットはされませんでした。

今作は海外の有名映画サイトIMDbの平均評価が3.9/10と酷い数字、名前がクレジットされなかったことは、シャーリーズ・セロンにとって幸運だったのかもしれません。

6.意外な方法で禁煙に成功していた!?

France Cannes Mad Max Photo Call

かつて、シャーリーズ・セロンはタバコに依存、一日3箱吸うほどのヘビースモーカーでした。彼女はヨガと催眠術を取り入れて禁煙に成功したと言われています。

この禁煙法でポール・ラッド、マーティン・シーン、アーロン・エッカートも禁煙に成功したそうです。

7.ワールドカップ関係者を凍りつかせていた!?

シャーリーズ・セロン

シャーリーズ・セロンは2010年FIFAワールドカップ組み合わせ抽選会の司会を務めました。

2010年のワールドカップと言えば、最期の出場チームを決定するプレーオフでフランス代表選手ティエリー・アンリが手でアシスト、その得点が決勝点になりアイルランドが敗退、大きな物議を巻き起こしました。

その頃シャーリーズ・セロンにはアイルランド人のボーイフレンドがいたため、抽選会の会場でちょっとイタズラをしていたそうです。

リハーサル時のこと、セロンは敗退したアイルランドのボールをわざと抽選ポットへと入れて、FIFA関係者を凍りつかせていました。大会関係者は本番でも彼女が同じことをするのではないかと怯えていたと言います。

リハーサルで満足したのか、セロンは本番ではその衝動を抑えたようです。

8.ショーン・ペンと交際していた!?

シャーリーズ・セロン

シャーリーズ・セロンは2001年からアイルランド人俳優スチュワート・タウンゼントと交際していましたが、2010年に破局を迎えています。

2013年から『ミスティック・リバー』『ミルク』などに出演している名優ショーン・ペンと交際、結婚間近と言われてた二人でしたが、今年になって破局したと言われています。

9.フュリオサを地毛で演じていた!?

フュリオサ

シャーリーズ・セロンはカツラをかぶったり、CGで役の髪型を再現することを嫌う人物です。

そのため、ジョージ・ミラー監督、マッドマックスシリーズ最新作『マッドマックス 怒りのデス・ロード』でもカツラやCGなどに頼らずにフュリオサを体現していました。

『マッドマックス 怒りのデス・ロード』についてシャーリーズ・セロンはこんなことを語っています。

“フュリオサをどんな髪型で演じればいいか分からなったから、そうだ髪を剃ろうって思いました。髪を剃った次の日からは、もう他の髪型の選択はありませんでした。”
引用:whatculture.com

『マッドマックス 怒りのデス・ロード』は世界中で大ヒット、中でもフュリオサは特に人気があり、高い支持を得たキャラクターになりました。

10.プレイボーイを訴えていた!?

シャーリーズ・セロン

ブレイク前、シャーリーズ・セロンはアメリカの雑誌“プレイボーイ”の仕事をしていましたが、特に取り沙汰されることはなく忘れ去られていました。

しかし、彼女が女優として活躍し始めた頃、プレイボーイは昔撮影した写真を引っ張り出して特集を組むことに。

それを知ったシャーリーズ・セロンは写真無断使用でプレイボーイを訴え、写真掲載の差し止めを求めました。しかし、彼女の主張は認められず、雑誌は発売されてしまいます。プレイボーイ1999年5月号はシャーリーズ・セロンを表紙に採用、長い特集ページまでありました。

現在の彼女の活躍を見る限り、キャリアへのダメージは無かったように思えます。