2020年9月15日更新

愛され続ける『ローマの休日』の魅力を振り返ろう!ウラ話や名言もあわせて紹介

『ローマの休日』オードリー・ヘプバーン
©Paramount Pictures/Photofest/zetaimage

オードリー・ヘップバーンが主演を務めた名作『ローマの休日』。本作は恋愛映画の金字塔として、世代を超えて人々を魅了し続けています。この記事では、本作がいつまでも愛され続ける理由やウラ話、名言などを徹底解説。

目次

名作『ローマの休日』が長年愛され続ける理由とは?残された伝説の数々

“銀幕の妖精”こと、オードリー・ヘップバーンの名を世界に知らしめた『ローマの休日』。永遠の都ローマを舞台に、某国の王女と新聞記者の切ない恋模様が描かれました。日本では1965年に公開され、60年以上が経った現在も人々を魅了し続けています。 この記事では、不朽の名作『ローマの休日』が愛され続ける理由を解説。また本作にまつわるウラ話やロマンチックな名言も、あわせて紹介していきます。

『ローマの休日』のあらすじ【ネタバレ注意】

新聞記者のジョー・ブラッドレー(グレゴリー・ペッグ)は、ベンチで横たわっているアン(オードリー・ヘップバーン)という女性を見かけ、気になって声をかけました。 しかし鎮痛剤を飲んでいるアンの意識は朦朧としていて、まともに会話もできない状況です。夜だということもあって、ジョーは仕方なく彼女を自分のアパートへ連れ帰りました。 翌朝、寝坊したジョーを横目にまだ眠っているアン。ジョーは彼女をそのままにして新聞社へと向かい、事の重大さに気がつきます。 なんと自分が介抱していた女性は、王室の継承者アン王女だったのです。思いがけずスクープをモノにするチャンスを手にしたジョーは職場を後にし、急いで自宅に戻ります。 一方、ジョーのアパートで目を覚ましたアンは、自分のしでかした失態に驚きながらも、初めて手にした自由に心はウキウキ。ジョーにお金を借り、ローマの街をひとりで散策することにします。 アンはジョーから借りたお金でショッピングをしたり、ヘアサロンに行って髪を切ったりと、ごく普通の女の子の生活を満喫。スペイン広場でジェラートを食べていたアンの目の前に、偶然を装ったジョーが現れ、「アンの1日に付き合う」と言い出しました。 最初はスクープ記事を書くために近寄ったジョーでしたが、アンと過ごすうちに恋心が芽生えてしまいます。王女と新聞記者の恋はいったいどうなるのでしょうか?

1日の終わりに、人生で初めての船上パーティを楽しんでいたアン。しかし宮殿から来た追手に見つかってしまい、ジョーと一緒に川の中に逃げ込みます。2人はずぶ濡れの状態でキスを交わしますが、アンは気持ちを伝えようとするジョーを遮り、そのまま別れることに……。 その翌日、宮殿では延期になっていたアン王女の記者会見が開かれました。ジョーも新聞記者として会場を訪れ、アンは初めて彼の正体に気付きます。王女と記者として、ローマで過ごした時間を秘密にすると暗に約束した2人に、本当の別れの時が訪れるのです。 アン王女は微笑みを浮かべますが、去り際に振り返った彼女の瞳には涙が浮かんでいました。

主要な登場人物&キャストを紹介!

ローマの休日
© Paramount Pictures/zetaimage

アン王女(アーニャ・スミス)/ オードリー・ヘップバーン

某国の王位継承者であり、表敬訪問中のローマで一時の自由を手にするアン王女。そんな麗しき主人公を演じたのは、イギリス人女優のオードリー・ヘップバーンです。 オードリーはファッションアイコンとしても愛され、映画『ティファニーで朝食を』(1961年)の冒頭で着たジバンシィのブラックドレスは、20世紀で最も有名なドレスと称されました。 その後は映画『マイ・フェア・レディ』(1964年)や『おしゃれ泥棒』(1966年)などに出演する傍ら、晩年は慈善活動に人生を捧げたことでも有名です。 1993年1月20日、虫垂ガンのためスイスの自宅にて63年の生涯を閉じました。

ジョー・ブラッドレー /グレゴリー・ペック

ジョー・ブラッドレーはアン王女のスクープを狙い、散策の案内人を引き受ける新聞記者。王女と心の交流を深めるジョーを演じたのは、アメリカ人俳優のグレゴリー・ペックです。 グレゴリーは1962年に自主制作映画『アラバマ物語』でアカデミー主演男優賞を受賞し、60年代から70年代にかけて紳士的な役柄を好演。『ブラジルから来た少年』(日本未公開)ではマッドサイエンティストを演じ、カルト映画ファンを魅了しました。 晩年はTVドラマに活躍の場を移し、2003年6月12日に老衰のため87歳で亡くなっています。

アービング・ラドビッチ / エディ・アルバート

ジョーの頼みで散策に同行し、アン王女を隠し撮りするアーヴィング・ラドビッチ。そんなカメラマンを演じたのは、アメリカ人俳優のエディ・アルバートです。 エディは名脇役として活躍し、ミュージカル映画『オクラホマ!』(1956年)や『ロンゲスト・ヤード』(1975年)などに出演しました。ドラマ『農園天国』(1965~1971年)で演じた元エリート弁護士の主人公が、アルバートの当たり役と言われています。 2005年5月26日、肺炎のためカリフォルニア州の自宅で亡くなりました。享年99歳でした。

『ローマの休日』はなぜ愛され続けるのか?その理由に迫る!

オードリー演じる王女が成長する姿を描いた物語だから

『ローマの休日』オードリー・ヘプバーン
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ローマに来たばかりのアンは、王女の責務を本当の意味では理解できていませんでした。宮殿から逃げ出し、街の人々の生活を目の当たりにしたアン。その経験を通して彼女は、自分の恋心すらも抑えこみ、王女としての自覚を持ちます。 言われるがままだったお人形が愛を知り、身も心も美しい王女となってローマを去っていったのです。 『ローマの休日』はラブストーリーであると同時に、ワガママな少女が王女へと成長するまでを追った物語ともいえます。もしもアンの選んだ道が違っていたら、本作の評価も変わったかもしれません。

ロマンチックな表現の数々がいつまでも色褪せないから

『ロミオとジュリエット』のような身分差の恋や、王女のお忍び散策……本作には恋愛映画の金字塔にふさわしい、おとぎ話のような表現が随所に散りばめられています。 お互いの素性を明かさず、許されないと知りながらも恋に落ちる男女の関係は、ロマンチックのお約束とも言えるでしょう。『シンデレラ』を引用した言い回しも決して古臭くなく、ベタだからこその輝きはいつまでも色褪せることはありません。

オードリーの姿があまりにも魅力的だったから

『ローマの休日』でスクーターを乗り回したり、スペイン広場でジェラートを食べたりと、くるくると表情を変えるオードリー。そんな彼女の姿はとても魅力的で、一瞬も目を離すことができません。 真実の口のシーンで、グレゴリーの手が本当に噛みちぎられたと思い悲鳴を上げる姿は、何度観ても可愛らしいですよね。そんなピュアな少女の一面と、王女らしい毅然とした品を併せ持つキャラクターは、オードリーにしか表現できなかったでしょう。 彼女は世の女性の憧れとなり、ヘップバーンカットと呼ばれる髪型を真似する人も現れました。

『ローマの休日』にまつわるウラ話8選

1.グレゴリーがオードリーのオスカー受賞を予言

オードリー・ヘプバーン
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グレゴリーは無名のヘプバーンを高く評価し、共演としてクレジットされる予定だった彼女に、自分と同等の扱いを与えるよう進言したのだとか。エージェントや製作側は渋りましたが、彼は「彼女は初めての主演でオスカーを獲得する。後で恥をかくかもしれないぞ」と主張しました。 その予想は見事に的中し、オードリーは本作でアカデミー賞主演女優賞を受賞!その後ハリウッド黄金期を支える女優に成長します。グレゴリーの見る目は確かだったのでしょう。

2.アメリカ映画で初めてのイタリア撮影

『ローマの休日』はアメリカ映画として初めて、全編をイタリアで撮影した作品でもあります。観光名所や公共施設での撮影が多かったため、スタッフは市民への騒音対策や交通整理、見物人への対応に苦心したそうです。 さらにウィリアム・ワイラー監督は、海外ロケのために超過した予算をカバーすべく、あえてモノクロでの撮影を受け入れたとのこと。 そこまでした背景には、当時の「赤狩り」で映画界を追われた共産主義者たちを、スタッフとして起用する目的があったと見られています。本作の脚本は、有名な「ハリウッド・テン」の1人ダルトン・トランボが担当しましたが、当初は別人の名がクレジットされていました。

3.主演2人の役はもともと他の俳優を想定していた?

製作側はアン王女の配役にエリザベス・テイラーやジーン・シモンズを望んだものの、どちらも出演は叶いませんでした。テイラーは監督の交代劇の際に話が絶ち消え、シモンズは当時ハワード・ヒューズと専属契約しており、彼との交渉が決裂したそうです。 ジョー役もグレゴリーではなく、ケーリー・グランドが想定されていたそう。しかしオードリーと年の差がありすぎると言う理由で変更になりました。 しかし『ローマの休日』から10年後、映画『シャレード』(1963年)でオードリーとグランドは共演。彼女はグランドの役柄に恋するヒロインを演じました。

4.オードリーが起用されたのは低予算だったおかげ

当初映画会社は『ローマの休日』をハリウッドで撮影し、カラー映画として公開する予定でした。しかし監督のワイラーがイタリアロケでないと意味がないと拒否。 映画会社側が折れる代わりに予算が予定より大幅にカットされ、前述のようにモノクロ映画に変更され低予算での撮影になりました。 低予算になったこと、主演に2枚目スターのグレゴリー・ペックを確保できたことから、無名のオードリー・ヘップバーンの起用に繋がったのだそうです。

5.隠し撮りカメラの映像でオードリーが抜擢されることに

1951年9月18日に、ロンドンのパインウッド撮影所にオードリーが呼ばれ、彼女のスクリーン・テストが行われました。 ワイラー監督はベッドから起き上がるシーンを撮影した後、ありのままのオードリーを評価するために、こっそりカメラを回し続けておくよう指示したそうです。テストは終わったものと思い込み、笑顔で伸びをする素の姿を収めたフィルムをきっかけに、彼女はヒロインに抜擢されました。

6.ローマで本当の恋に落ちたグレゴリー

グレゴリー・ペックは、『ローマの休日』の撮影でイタリア入りする前に前妻と別居し、とても落ち込んでいたそうです。しかし撮影の合間に、フランス人ジャーナリストのヴェロニカ・パッサーニと恋に落ち、離婚成立後に彼女と再婚。 2人が出会ったのはイタリア入りする前で、場所もローマではなくパリだったという説もあります。グレゴリーは2003年に亡くなるまでヴェロニカと48年連れ添い、最期は彼女に看取られました。

7.年老いた紳士はなんて言っていたの?

映画の序盤で、アン王女を歓迎するためにローマで舞踏会が開かれるシーンがあります。アンは優雅にワルツを踊りますが、入れ代わり立ち代わり相手をする男性を見ても心ここにあらずで、退屈そうな表情ばかりでした。 そんなアン王女に、熱心に話しかけていた年老いた紳士を覚えているでしょうか?この時の台詞はイタリア語で、「あの船の上で死にたい」と言っているそうです。

8.作中に登場するスクーターがかわいいと話題に!

『ローマの休日』を観たことがない人でも、ころんとした可愛いスクターにまたがるオードリーを、1度は目にしたことがあるのではないでしょうか。 このスクーターは「Vespa」と言い、イタリアのメーカー「PIAGGIO」が販売する製品。ベスパとはイタリア語で、スズメバチを意味します。作中に登場するのはベスパの中でも、フェンダーライトと呼ばれるヘッドライトが特徴の「Vespa125」です。 本作の公開後、Vespa125は10万台を超える売り上げになったと言われています。“ベスパでタンデム(2人乗り)”が流行り、オードリーの真似をする人が続出しました。

『ローマの休日』に登場するロマンチックな名言3選

ローマの休日
© Paramount Pictures/zetaimage

1.「永続を信じます。人と人の間の友情を信じるように。」

記者:国家間の親善関係の前途をどうお考えですか? (And what, in the opinion of Your Highness, is the outlook for friendship among nations?) アン:永続を信じます。人と人の間の友情を信じるように。 (I have every faith in it... as I have faith in relations between people.) ジョー:私の通信社を代表して申しますが、王女のご信念が裏切られぬ事を信じます。 (May I say, speaking for my own... press service: we believe Your Highness's faith will not be unjustified.) アン:それで安心しました。 (I am so glad to hear you say it.) ラストの記者会見で、アンは記者からの質問に国家間の友好を願う言葉を返し、その裏でジョー個人に対するメッセージを送ります。戸惑う従者を他所に、アンは“2人の間にできた秘密を守り続ける”ことを確認し、ジョーも「約束する」と返しました。 ジョーから特ダネでひと儲けしようという気持ちがなくなり、2人の間に残った強い信頼を感じることができる、とても感動的なシーンです。

2.「12時に私はかぼちゃの馬車で姿を消すわ。」

アン:12時に私はかぼちゃの馬車で姿を消すわ。 (At midnight, I'll turn into a pumpkin and drive away in my glass slipper.) ジョー:それがおとぎ話の終わりか。 (And that will be the end of the fairy tale.) アンはジョーに連れられて、眺めるだけだった憧れの船上パーティへ足を踏み入れます。夢のような1日の終わりに、彼女は王女に戻らないといけない自分を「シンデレラ」に重ねました。王女と新聞記者の恋は、確かに逆シンデレラ・ストーリーなのかもしれません。 おとぎ話が終わる切なさと、2人が過ごした楽しい時間が感じられる甘酸っぱいシーンです。

3.「私はこの街の思い出をいつまでも懐かしむでしょう。」

記者:どこの首都が一番お気に召しましたか? (Which of the cities visited did Your Highness enjoy the most?) 側近:それぞれの街が良かったと…(囁き) (Each, in its own way...) アン:どこの街にもそれぞれのいいところがあって忘れられません。どこか1つというのは難し……ローマ!なんといっても、ローマです!私はこの街の思い出をいつまでも懐かしむでしょう。 (Each, in its own way, was unforgettable. It would be difficult to — Rome! By all means, Rome. I will cherish my visit here in memory as long as I live.) 記者たちから「どこの首都が気に入ったか」と質問を投げかけられたアン。本来であれば、一国の王女として当たり障りのないコメントをしなければなりません。 しかしアンは「ローマ」だとはっきり答えてしまいます。自分の気持ちに嘘がつけない、まっすぐな彼女の誠実さが表れた素敵なシーンです。それと同時に、つかの間の自由を手にし、冒険と恋を糧に成長したアンのすべてが詰まった名言と言えるでしょう。

『ローマの休日』はいつまでも衰えない名作!今見返してもその魅力にうっとり

国や世代を超えて、今なお愛され続ける恋愛映画の金字塔『ローマの休日』。本作はオードリーの魅力を存分に引き出し、彼女にオスカーをもたらしました。1人の女性の成長過程を、ローマの名所や数々の名言とともに描いた名作として、後世まで語り継がれるでしょう。 本作を観たことがあるという人もぜひ観返して、ロマンチックな世界観に浸ってみてくださいね。