ローマの休日の名言やトリビアなど徹底紹介!

2017年7月6日更新

世界中から愛されている女優オードリーヘップバーン。その彼女が主演の『ローマの休日』は、恋愛映画の金字塔として今も世代を超えて愛されています。白黒映画が苦手な人にもおすすめの映画『ローマの休日』の魅力にせまります。

まずはローマの休日のあらすじを紹介!

exhib_slideshow_fff_roman-holiday

新聞記者のジョー・ブラッドレー(グレゴリー・ペッグ)は、ベンチで横たわっているアン(オードリー・ヘップバーン)という女性を見かけ、気になって声をかけました。しかし、鎮痛剤を飲んでしまっているアンの意識は朦朧としていてまともに会話ができない状況です。夜だということもあって、ジョーは仕方なくアンを自分のアパートへ連れていくことにしました。

翌朝、寝坊したジョーを横目にまだ寝ているアン。仕事があるジョーは、アンをそのままにして新聞社に向かい、事の重大さに気がつきます。ジョーが介抱していたアンは、ヨーロッパ最古の皇室の継承者アン王女だったのです。思いかげなくスクープ記事を書くことができるチャンスを手にしたジョーは、新聞社を抜け、アンが眠る自宅にむかいます。

roman-holiday-audrey-hepburn-morning

一方、ジョーのアパートで目を覚ましたアンは、自分のしでかした失態に驚きながらも、初めて手にした自由に心はウキウキ。ジョーにお金を借り、アンはローマの街をひとり散策することにします。

ローマを散策しながら、ジョーから借りたお金でショッピングをしたり、ヘアサロンに行って髪を切ったりと、ごく普通の女の子の生活を楽しみます。スペイン広場でジェラートを食べ終えたら宮殿に戻ろうと考えていたアンの目の前に、偶然を装ったジョーが現れ、彼の声に促されたアンは、宮殿に帰るのをその日の夜にしたのでした。

roman-holiday-audrey-hepburn-g-peck-after-fight4

最初はスクープ記事をとる予定で近寄ったジョーでしたが、アンと過ごしている半日のうちに、恋心が芽生えてしまいます。王女と新聞記者の恋はいったいどうなるのでしょうか?

主要登場人物を紹介!

アン王女(アーニャ・スミス) / オードリー・ヘップバーン

オードリーヘップバーン

出典: sites.psu.edu

アン王女を演じたオードリーヘップバーンは、1929年5月4日ベルギー生まれでイギリス国籍をもつイギリス人で、ハリウッド黄金期に活躍した女優の一人です。

オードリー ジジ

1951年、ブロードウェイ舞台作品『ジジ』で主役、1953年には『ローマの休日』で主役を演じアカデミー主演女優賞を受賞します。

オードリーヘップバーン

ティファニーで朝食を

『ティファニーで朝食を』の冒頭シーンで着たジバンシーのブラックドレスは、20世紀ファッションで最も有名なドレスと称されるまで話題となりました。その他、『尼僧物語』『シャレード』『マイ・フェア・レディ』『おしゃれ泥棒』等に出演し、1967年に撮影した『暗くなるまで待って』を最後にハリウッドでの仕事に区切りをつけます。

1979年にサスペンス映画『ロビンとマリアン』でスクリーンに復帰した後も数作映画に出演し、オードリーの最後の出演は、1989年の映画『オールウェイズ』でのカメオ出演になりました。 オードリーヘプバーン

また、1954年からはじめたユニセフへの貢献は、長期にわたります。晩年、オードリーは女優業を減らし、アフリカ、南米、アジアの人達への慈善活動に人生をささげ、1993年1月20日スイスの自宅で虫垂ガンのため63歳の生涯を閉じています。

ジョー・ブラッドレー /グレゴリー・ペック

グレゴリーペック

新聞記者のジョーを演じたグレゴリー・ペックは、カリフォルニア出身の俳優で、イングランド系の両親のもとに1916年4月5日に生まれました。

カリフォルニア大学に進学し、ボート部所属でオリンピックを目指す一方、医学を学んでいたグレゴリーでしたが、演劇に興味をしめし、卒業後俳優学校へ入学します。 グレゴリー・ペック

1962年に自主制作映画の『アラバマ物語』でアカデミー主演男優賞を受賞します。1960年代から70年代にかけては、紳士な役柄を多く演じましたが、1976年『オーメン』以降は、演技にも磨きがかかり、『ブラジルから来た少年』ではマッドサイエンティストを演じ、カルト映画ファンを魅了しました。

晩年のグレゴリーは、スクリーンの世界からテレビドラマの世界へと活躍の場を移しました。2005年、ティム・バートン監督作品の『チャーリーとチョコレート工場』で、チャーリーの祖父役をオファーされていましたが、老衰のため、その役を引き受けることなく2003年に亡くなりました。

アービング・ラドビッチ / エディ・アルバート

エディ・アルバート

ジョーの友人のカメラマン、アーヴィング・ラドヴィッチを演じたエディ・アルバートは、1906年4月22日イリノイ州生まれのアメリカ人俳優です。映画俳優として活躍する前のエディは、舞台やラジオドラマなどに出演していました。

エディは、『ローマの休日』のカメラマン役として世界的に広く知られているほか、歌手としての実績もあり、アカデミー賞授賞式で歌を披露したこともあります。

『ローマの休日』以外では、カーボーイと農家の娘の三角関係を描いたミュージカル映画『オクラホマ!』でのセールスマン、アリ・ハキムと、1974年に出演した『ロンゲスト・ヤード』でのサディスティックな刑務所のヘイゼン所長役が有名です。

また、テレビの世界では、1965年から1971年までアメリカCBSで放送されていた『農園天国』での主人公、田舎に暮らす元エリート弁護士のオリバー・ウェンデル・ダグラス役が当たり役といわれています。

2005年5月26日肺炎で99歳でなくなりました。

ローマの休日の名言①

ローマの休日

記者:国家間の親善関係の前途をどうお考えですか? (Reporter: And what, in the opinion of Your Highness, is the outlook for friendship among nations?)

アン:永続を信じます。人と人の間の友情を信じるように。 (Princess Ann: I have every faith in it... as I have faith in relations between people.)

ブラドリー:私の通信社を代表して申しますが、王女のご信念が裏切られぬ事を信じます。 (Joe Bradley: May I say, speaking for my own... press service: we believe Your Highness's faith will not be unjustified.)

アン:それで安心しました。 (Princess Ann: I am so glad to hear you say it.)

スクープをものにしようとして最初は近づいてきていた新聞記者のジョー。アンと過ごしたことによって、ジョーから特ダネでひと儲けしようという気持ちがなくなり、二人の間に残った強い信頼を感じることができる、とてもステキな一幕です。

ローマの休日の名言②

ローマの休日

アン:12時に私はかぼちゃの馬車で姿を消すわ。 (At midnight, I'll turn into a pumpkin and drive away in my glass slipper.)

ブラドリー:それがおとぎ話の終わりか。 (And that will be the end of the fairy tale.)

ブラドリーに連れられて、お城の外から眺めるだけだった憧れのダンスパーティーへ足を踏み入れたアン。アンにとって夢のような一日が終わってしまう切なさと、二人で過ごした楽しい時間が感じられる甘酸っぱいシーンです。

ローマの休日の名言③

ローマの休日

記者:どこの首都が一番お気に召しましたか? (Which of the cities visited did Your Highness enjoy the most?)

側近:それぞれの街が良かったと…(囁き) (Each, in its own way...)

アン:どこの街にもそれぞれのいいところがあって忘れられません。どこか一つというのは難し……ローマ!なんといっても、ローマです!私はこの街の思い出をいつまでも懐かしむでしょう。 (Each, in its own way, was unforgettable. It would be difficult to — Rome! By all means, Rome. I will cherish my visit here in memory as long as I live.)

記者たちから「どこの首都が気に入ったか」と質問を投げかけられたアン。一国の王女として当たり障りのないようにコメントしなければなりませんでしたが、思わず「ローマ」だとはっきり答えてしまいます。自分の素直な気持ちに嘘がつけない真っ直ぐなアンの誠実さが表れた素敵なシーンです。

ローマの休日にまつわる著作権の問題って?

roman_holiday

出典: web.fc2.com

映画の著作権は、旧法によれば、公表後50年を経過するまでとなっていましたが、2004年1月1日に施行となった改正法では、著作物は公表後70年を経過するまで存続すると変更になりました。そのため、1953年制作の『ローマの休日』の著作権終了が、2003年12月31なのか、2023年12月31日の70年後まで存続するのかが話題になりました。

2004年以降複数の会社から格安DVDが販売され、パラマウント側は販売差し止めの訴訟を起こしましたが、2007年(平成19年)12月18日、最高裁により著作権は消滅という判定がおり、2015年現在この映画はパブリック・ドメイン扱いとなっています。

作中に登場するバイクについて

ITALY VESPA BIRTHDAY

映画を見たことがない人でも、あのフォルムのかわいいスクーターにまたがっているオードリーを一度や二度はポスターや何かで目にしたことがあるのではないでしょうか?

あのスクーターはベスパの中でも、フェンダーライトと呼ばれるヘッドライトが特徴のVespa125です。ベスパはピアッジオが販売したスクーターの製品名で、スズメバチを意味するイタリア語です。1952年に映画で使われた後になんと10万台を超える売り上げとなったそうです。

ローマの休日のあなたが知らない9のこと!

ローマの休日

1.オードリーがオスカーをとると予言

オードリーヘップバーン

撮影終了後すぐに、グレゴリー・ペックは、制作者たちに、当時無名の女優だったオードリーがこの映画で主演女優賞を受賞するだろうと話し、実際その通りになりました。

2.アメリカ映画初

ローマの休日

全編イタリアロケが行われた初めてのアメリカ映画だそうです。ローマの魅力がたくさん詰まった映画になっていますよね。

3.恋の相手のイメージモデルは別の俳優

シャレード

出典: bamfstyle.com

当初は、グレゴリー・ペックの役はケーリー・グランドをイメージして書かれていたらしいのですが、オードリーが恋するにはグラントがちょっと年を行き過ぎているという理由でグレゴリーに変更。しかし、『ローマの休日』から10年後に撮影された『シャレード』では、ケーリー・グランドとオードリーは共演し、彼女はグランドに恋をするのです。

4.無名新人の起用は、低予算のおかげ?

オードリー・ヘップバーン

映画会社は、ハリウッドで撮影をしたかったそうですが、監督のウィリアムワイラーがロケ地がイタリアでないと意味がないと拒否した結果、映画会社側が折れて、ローマでの撮影が決定しました。そのかわり当初の予定よりも予算が大幅にカットされました。イタリアで撮影と引き換えに、カラー映画は白黒映画になってしまったそうです。さらに、低予算になったことが影響し、無名のオードリー・ヘップバーンを起用することになったとか。

5.当初のキャストは違った

ジェーンシモンズ

ウィリアム・ワイラーは、ジェーン・シモンズにアンを演じてほしかったのだが、シモンズ側にほかの予定が入り、キャンセルとなったと言われています。

6.ローマで本当の恋におちたグレゴリー・ペック

グレゴリーとベロニカ

ローマに撮影で訪れたグレゴリー・ペックは、前妻と別居したばかりでとても落ち込んでいたそうなのですが、撮影の合間にフランス人ベロニカと恋におち、前妻と離婚が成立した後に、ベロニカと結婚。グレゴリーは亡くなるまで彼女と人生をともにしました。

7.ベスパでタンデムが流行る

オードリーとグレゴリー

映画が上映されたあとに、ベスパでタンデム(二人乗り)をするのがものすごく流行ったそうです。

8.隠し撮りカメラのおかげ

オードリーヘップバーン

監督がスクリーンテスト終了といった後も、カメラマンにはカメラを回し続けておくよう指示が出ていて、テスト終了後の素のオードリーヘップバーンが映ったフィルムのおかげで、アン王女の役を勝ち取ることができました。

9.イタリア語でなんと言っていたの?

映画の序盤で、アン王女と踊っている年老いた紳士の一人がイタリア語で、「あの船の上で死にたい」と言っているそうです。