2017年7月6日更新

スナフキンってどんな性格?ミーとの関係は?

スナフキン

ムーミンファミリーの中で渋くてカッコいいスナフキン。孤独と音楽と旅をこよなく愛するスナフキンは人間っぽいけど人間じゃないってご存知でしたか?スナフキンとたまねぎ頭のミーは親戚?! 謎につつまれたスナフキンってどんな人?

『ムーミン』の人気キャラクタースナフキン

ムーミンの親友、スナフキン。使いこんだ洋服に羽のついた帽子を被り旅道具の入ったリュックを背負っています。釣りをしたりパイプを燻らせたり、時にはハーモニカを吹く彼は一見すると人間のようですが指は5本じゃなくて4本、しっぽが生えていたこともあるのでヒトではないのが明らか。

スナフキンはムーミンパパの友人・ヨクサルとミムラ夫人との間に生まれました。ミムラ夫人の娘であるミムラ姉さんやミーは異父姉妹に当たります。ミムラ姉さんは「35人の兄弟姉妹がいる」と言い、ミーは自分のことを「ミムラ夫人の20番目の娘だ」と言っていました。

随分子沢山なファミリーですがミーには弟妹もいたようなので、スナフキンはミムラ夫人の23番目以降35番目までの子供というところでしょうか?と考えたところで年齢ははじき出せませんね。

スナフキンとは英語のsnufkinからの音訳で意味は嗅きタバコのこと。原作のスェーデン語でいうスヌスムムリクは、「スヌス」=嗅ぎタバコ、「ムムリク」=(親しみを込めて)あいつ、野郎という意味で、合わせると「嗅ぎタバコ野郎」といったところ。

ところがスナフキンは嗅ぎタバコを使わないというオチがつくのです。愛用しているのは嗅ぎタバコではなくパイプに詰めた刻みタバコなのでした!

スナフキンの性格

スナフキンは孤独を愛し1人の時間を大事にしています。冬が近づいてくるとムーミン谷を出て暖かい土地へと旅に出ますが、春から秋までムーミン谷に滞在していても親友のムーミンの家や仲間の家に泊まるのではなくテントを張って寝泊りしています。

ムーミンがパーティーを開いている時でもふいに彼の姿が見えなくなることも!そんな性格をよく理解しているムーミンはちっとも驚かないのです。物に執着するのを嫌い、なるだけ物を持たないようにしているため荷物をまとめてリュック一つで動いています。

ある時長く愛用したテントを崖から捨ててしまったのでムーミンが不安を覚えて「(捨てて)よかったの?」と尋ねました。それを聞いたスナフキンはムーミンの心配を吹き飛ばすようにケラケラと笑っていたのです。心配する必要はなかったみたいですね。

彼は思い出さえ持ち帰りません。愛着も執着も重くて邪魔になるんですって。美しいものは目の奥にしまっておけるそうです。

ムーミンとの関係

二人は親友です。孤独を愛する旅人スナフキンとムーミン谷で家族と暮らすムーミン。一見するとまるで違う2人ですが一緒にいると居心地がいいのでしょう。スナフキンはムーミンやその仲間たちとのつき合いを大事にしているのでいつも穏やかで親切に振舞っていますが、ムーミンのことは別格に大切にしています。

ムーミンが冬眠に入る頃ムーミン谷から暖かい土地へと移り住み、春になる頃にまた谷に戻ります。毎年ムーミンを起こすためにハーモニカを吹きますが、起き出してきたムーミンと再会した時の顔、皆さんご存知ですか?本当に嬉しそうな顔をするんです。

ムーミンもまた春が来て再会することを楽しみにしながら冬眠に入るのです。別々にいる時もお互い大切に思い合っている二人なのでした。

ミーとの関係

ミーの父親がどんな人かは分かりませんが母親はミムラ夫人、特徴的なたまねぎ頭がミムラ族の伝統。同様にスナフキンもミムラ夫人から生まれたとされているので…、そうなるとミーは異父姉ということになります。母親をミムラ娘とする説もあり、この場合ミーは叔母ということに。

いずれにしても、口うるさいミーと自由人のスナフキンに血の繋がりがあるとは驚きです!またアニメ『楽しいムーミン一家』の中にはミーからデートに誘われるというびっくりエピソードが。驚いたスナフキンは橋から川に落下!以降ミーを避けるようになったとも言われています。

スナフキンの都市伝説

漫画やアニメに都市伝説はつきもの!ムーミン谷の仲間やスナフキンにも都市伝説があるんですよ!

スナフキンは核戦争の生き残り?!

スナフキンは核戦争で唯一生き残った人間。世界を滅ぼした核戦争、その戦争を引き起こした人類全体の罪を背負ったため、世界の行方を最後まで見届けなければならないとか。

スナフキンは退役軍人?!

軍人だった過去があります。核爆発で多くの戦友を失いましたが、未だ諦めきれず行方不明者の消息を探し求めているのです。そのために1人旅を続けるスナフキンなのでした。

また旅にはもう一つ目的があります。それは戦友の菩提を弔うこと!語る言葉がいつも哲学的なのは、“死者の魂を癒す役目”を担っているからなのでした。

スナフキンは人造人間?!

スナフキンって人間にそっくりですが、よくよく見ると指が4本だったりと人間ではないことが分かります。では何モノか?実はムーミンやムーミンパパが、かつては存在した“人間”を再現しようと作り出した人造人間なのです。

世界から人間がいなくなりムーミンたちだけが生き残ったのでしょうか? 

ムーミンにも「カバが放射能を浴びて突然変異してしまった説」や「人間が戦火で焼け爛れてムーミン化した説」などの都市伝説があります!もしかしたら、戦争や核爆弾を危険視した人が都市伝説という形で警鐘を鳴らしているのかもしれませんね。

スナフキンの生活スタイル

スナフキンはリュック一つを手荷物とする気軽な旅人です。旅人だから荷物をたくさん持ち運べないとも言えますが、物を増やすのを極端に嫌う性格なのです。リュックの中身はテントとロウソク、釣竿、ハーモニカと必要最低限のものしか入っていません。

彼は物に執着しないようにしています。美しい風景や思い出さえもカメラに収めたり記念の品を持ち帰ったりしないのです。冬の近づくとともにムーミン谷を後にし春を迎える頃に南から帰ってくる、そんな生活。

スナフキンが吹くハーモニカの音を聞くとムーミン谷の仲間たちは春の訪れを感じるのでした。

スナフキンの声優は?

ムーミンが日本のアニメーション作品に初めて登場したのは1969年のこと。それから約50年の間に毛色の違う作品がいくつか登場しましたが大きく分類すると三つの系統になります。すなわちスナフキンを演じた声優も3人いるんです!

西本裕行/『1969年、1972年版ムーミン』

フジテレビ『カルピスまんが劇場』(のちの『世界名作劇場』)で放送された『ムーミン』。キャラクターデザインを担当した大塚康生の名前をとり“大塚ムーミン”とも呼ばれ、原作デザインより大分丸く仕上がっています。

西本裕行は1927年1月3日生まれの俳優・声優。東京出身の西本裕行は東京獣医畜産大学を卒業後、文学座等を経て1976年から劇団昴に在籍し舞台を中心に活躍してきました。出演した作品はシェークスピアをはじめ、『怒りの葡萄』、『沈黙』、『罪と罰』等多数。2014年にも劇団昴公演『リア王』に道化役で出演しています。

2015年4月19日、88才で急逝。死因は急性大動脈解離でした。舞台生活の長かった西本裕行ですがアニメ『ムーミン』の役者という印象が強いようで、訃報記事のほとんどは「スナフキンの声優」と報じられています。

子安武人/『楽しいムーミン一家』シリーズ

テレビ東京系列で放送された作品。原作者トーベ・ヤンソンから徹底的に嫌われた前作に対し、本作はヤンソン姉弟が直接制作に係った本家といえる作品です。

担当した子安武人は1967年5月5日生まれの声優・ナレーターです。中学生の頃から映画にどっぷりはまり、学校にも行かず毎日見るほど映画漬けの日々でした。夢は当然、映画役者!ところが偶然目にした『さよなら銀河鉄道999』の1シーンに衝撃を受け、目標を声優に軌道修正するとともに「二次元を三次元にすること」を座右の銘にしたのです。

平面であるはずのアニメの世界に奥行きを感じ、立体に見えたことがきっかけでした。高校卒業後に養成所に通い1988年声優デビュー、翌年には『天空戦記シュラト』の夜叉王ガイ役で初のレギュラーを獲得する等順調な滑り出しを見せました。

1990年に放送開始された『楽しいムーミン一家』でスナフキンを担当。悩んだ末に作り上げた声が特定の喋り方をしないと出せない声だったので、発声するのに非常に苦労することになりました。若気の至りなのでしょうね。

子安武人が演じた役は『頭文字D』の高橋涼介役、『ケロロ軍曹』クルル曹長、『ボボボーボ・ボーボボ』の主人公役他多数。

白熊寛嗣/『劇場版ムーミン パペット・アニメーション〜ムーミン谷の夏まつり〜』

1979年に発表されたパペットアニメーション(人形を被写体として1コマごとに少しずつ動かして撮影。コマ割りを繋げてあたかも動いているかのように見せるものを言います)を再編集したものでスナフキンを担当しました。

白熊寛嗣は1979年8月4日生まれの声優で、白熊という姓は本名。神奈川県横浜市出身の白熊寛嗣は声が低くて太いため、中年以上の男性を演じることが多くあります。アニメの仕事の多くは名前のない役で1作品で4~5人の役を演じることも少なくありません。『幕末機関説 いろはにほへと』では9人の声を演じています!

洋画の吹き替えや海外アニメ作品にも多数出演していて『スパイダーマン』シリーズではフラッシュ・トンプソン役、『マイリトルポニー』シリーズではビッグマッキントッシュ役を続けて担当しました。