2018年1月22日更新

ポーランドの巨匠、イエジー・スコリモフスキ監督おすすめ映画8選

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ヌーヴェルヴァーグ時代から活躍する鬼才・イエジー・スコリモフスキ

『マーズ・アタック』『イースタン・プロミス』などの出演で俳優として知られるイエジー・スコリモフスキ。実は2012年公開の『アベンジャーズ』にロシア人スパイ、ゲオルギー・ルチコフとして出演したこともあるのです。2016年には、ヴェネツィア国際映画祭で生涯功労金獅子賞を受賞し、名実ともにイエジー・スコリモフスキが監督として世界的に評価を受けたことになります。 ポーランドのウッチ映画大学で映画を学び、ポーランド映画史を代表する第一人者。その才能は在学中から発揮されています。1960年には、巨匠アンジェイ・ワイダ監督の『夜の終りに』で共同脚本に参加。1962年にはロマン・ポランスキー監督の長編映画デビュー作『水の中のナイフ』で脚本執筆しました。 1964年に監督・脚本・主演の1人3役をつとめた卒業制作『身分証明書』で長編映画デビューを果たし、アーンへム映画祭でグランプリを受賞します。

「スコリモフスキ60年代傑作選」として初期作品が日本公開

ポーランドでは、1955年頃から才気あふれる監督たちが活躍します。巨匠アンジェイ・ワイダを筆頭に、アンジェイ・ムンク、イェジー・カヴァレロヴィチなどの「ポーランド派」と呼ばれる監督が登場したのです。

「ポーランド派」の代表的な存在のアンジェイ・ワイダ監督

第二次世界大戦やワルシャワ蜂起で荒れ果てたポーランド廃墟から、野心的で甦りの象徴ともいえる映画を「ポーランド派」たちはこぞって製作します。このことで映画監督が作家や詩人、画家などと並び高い地位を勝ち取りました。 「ポーランド派」の精神性を、直伝によってアンジェ・ワイダ監督から引き継いだ次の世代を「60年代のヌーヴェル・ヴァーグ」と呼び、そのひとりがイエジー・スコリモフスキ監督なのです。イエジー・スコリモフスキ監督は、その後、政治批判をしたことによって祖国ポーランドを亡命することになりました。 今回は、世界3大映画祭に受賞歴のあるイエジー・スコリモフスキ監督の最新作から代表作まで紹介します。

1.「11分間」を精妙なモザイクとして見つめたサスペンス【2015年】

最新作『イレブン・ミニッツ』では、ある日の午後5時からの11分間に焦点をあてたサスペンス映画。都会に住む様々な人々の11分を描いています。 現代社会にあるデス・コミュニケーションがもたらす不条理を、女たらしの映画監督、嫉妬ぶかい亭主、刑務所を出たホットドッグ屋、強盗未遂の少年、一匹の犬など、様々な「視点」を繊細に交錯させています。人間の悲哀が描かれ、そして驚愕のラストへと展開していきます。 イエジー・スコリモフスキ監督は、最新作でもこれまでと同様に繊細な描写の積み重ねや、音響の設計を効果的に使っています。例えば、飛行機が何度となく頭上で飛行するシーンなどが印象的。また、「犬の見た視点」など、実験的な試みも見てとれます。

2.大人と何か、結婚とは何か?を鋭く書いた脚本【1970年】

ロマン・ポランスキー監督の長編映画デビュー作『水の中のナイフ』では、イエジー・スコリモフスキ監督は脚本の台詞を担当しました。劇中の夫アンドジェイの台詞で何度も語られる「ガラスの破片に裸足で立った水夫」などは秀逸です。 物語は、アンドジェイ夫婦が週末をいつものように郊外で過ごそうと、妻クリスチナの運転で自動車で湖に向います。その途中、ヒッチ・ハイクする青年を乗せることになりました。湖に到着した3人はヨットのクルージングをするのですが、朝食のときに青年は愛用のナイフを取り出して…。 船上の男女3人の均衡状態をナイフによってズレさせ、若い青年と中年アンドジェイが、美しいクリスチナの存在を前に嫉妬の葛藤の火花を散らす様子を「擬似的な父と子関係」として描いたことで、ヴェネツィア国際映画祭国際映画評論家連盟賞、1963年米国アカデミー賞・外国語映画賞を受賞するなど高い評価を獲得しています。

3.漂泊する若者の姿を見つめた傑作【1967年】

イエジー・スコリモフスキ監督が、自国のポーランドではなく、ベルギーという初の国外で制作した作品。 出演者もフランス人俳優のジャン=ピエール・レオと、カトリーヌ=イザベル・デュポールを起用します。ふたりは前年に製作されジャン=リュック・ゴダール監督『男性・女性』の主演者でもあり、フランスのヌーヴェル・ヴァーグを意識した作品になっています。 カーレースに熱中するマルクは、ミシェールとともにレースに出場するためにポルシェを調達しようとします。やっとのことでポルシェを手に入れた2人は、レース会場へと向かう途中にホテルで仮眠をとって…。 カーレースという夢に向っていく疾走感あふれる青春映画ではなく、イケていない若者の退廃ぶりを独特な視点で描きます。 マルクが次々に車を乗り換えることに、「若者の成長過程」をイメージさせるなど、イエジー・スコリモフスキ監督らしいこだわりがみられる本作は、ベルリン国際映画祭で金熊賞を受賞しています。

4.奇妙さはスリラー?それとも哲学的?異色作に何をみるか【1973年】

イエジー・スコリモフスキ監督は、毎回異なる作風で観客の感性を刺激続ける監督としても知られていますが、この作品は、現実と幻想を組み合わせた異色作になっています。 物語は、精神病院でおこなわれた患者と職員の混合クリケット大会で、スコアラーをつとめた音楽家のアンソニーが、謎めいた印象の患者クロスリーからある話を聞きます。 オーストラリアのアボリジニ人から超自然的な能力を習得して「叫び声」で人間を殺すことができるという奇妙な話を聞いたアンソニーは、妻レイチェルとの生活に異変が起きて…。 イエジー・スコリモスキー監督は、描写の積み重ねによって不気味さを演出します。羊たちを皆殺しにす描写は、見る者を圧倒します。また、画面が一瞬「モノクロ」になる寝室のシーンでは、異端の画家といわれたフランシス・ベーコンの印象とリスペクトを与えてくれます。カンヌ国際映画祭で審査員特別グランプリを受賞しています。

5.自己体験をふまえて、ポーランド人のアイデンティティを見つめ直す【1982年】

イエジー・スコリモフスキ監督の日本未公開作品で、イギリスに不法滞在する4人のポーランド人労働者を、当時ロンドンに移住したばかりの体験を投影させて描いた社会派サスペンスです。 観光用ビザを使いイギリスに入国した4名のポーランド人。主人公ノバクは3人の職人を連れだって、ロンドンにあるポーランド人が保有する別荘の改修工事のため、不法労働者としてやって来たのです。ただひとり英語が話せるノバク。共同生活のリーダーとして職人たちとして過ごします。 ある日ノバクは、祖国のポーランドで戒厳令がひかれたことを知りますが、仲間3人が動揺すると作業が遅れてしまう心配から真実を伝えることができず…。 「言葉の壁」「万引き」「戒厳令の秘密」などを活かした見事なサスペンスの傑作に仕上げています。また、物語の終盤で厳戒令の秘密が明かされた主人公ノバクには、イエジー・スコリモフスキ監督が亡命していた時の心情が滲んできます。カンヌ国際映画祭では脚本賞を受賞しています。

6.親子関係を9週間の海洋撮影で見つめた秀作【1985年】

沿岸警備をするライトシップの船長ミラーは、不良息子アレックスを船に乗せますが、息子は父に心を開こうとはしません。やがて、沖合に漂流しているボートを発見し、乗組員3人を救出します。しかし彼らの隠し持っていたライフルから銀行強盗だとわかると、彼らは銃をむけて船を占拠し逃走のため船を動かせといいます。ミラー船長はライトシップは動かせないと拒み続けます。 イエジー・スコリモフスキ監督は、プロデューサーからこの映画企画を持ち込まれた際に、アレックス役に息子マイケル・リンドン(ミハル・スコリモフスキ)の起用を提案。父親である自分と息子との関係を描いた作品とも言えるでしょう。劇中にインサートされるアレックスの独白のシーンに親子関係が効果的に表れています。 アメリカでの初監督作品である本作は、9週間におよぶ海洋でのロケ撮影になりました。その効果もあって、極限状況の緊迫した人間ドラマを見事に描いた秀作となっています。

7.エキセントリックな恋の行方を見つめた復帰作【2008年】

主人公のレオンは、病院に付属している火葬場で働いています。彼は、夜になると看護師のアンナの暮らす宿舎の部屋を双眼鏡で覗くのが日課。 釣りに出かけたレオンは、突然の雨をしのぐために廃工場に駆け込むと、異様な叫び声を耳にし、男に暴行されているアンナに遭遇します。レオンは、その場から逃げ去り警察に通報するも、現場に釣り道具を忘れてきたことで、容疑者と間違えられて逮捕されてしまいます。 容疑者となったことで働いていた病院もリストラされるが、アンナの部屋を覗き見守ることは続けています。そんなある日、彼女の部屋へとレオンは忍び込むことを決意するのですが。 ポーランドを去ったイエジー・スコリモフスキ監督が、長年の国外生活から帰国後して自国で製作した渾身の一作といえ、監督としても17年ぶりの復帰作となります。 この作品では、物事を単純に判断してはならないというメッセージを伝えています。台詞も極端に少なく、登場人物の見た目の印象と本心の違いを示しながら、最終的には物語を2通り読み取れるような工夫がなされています。 「恋する男の想い」を撮影したことで、東京国際映画祭で審査員特別賞受賞しています。

8.表情としぐさで雪山のサバイバルを見つめた傑作【2010年】

主人公のタリバン兵であるムハンマドは、アフガニスタンに駐在するアメリカ軍が飛行させたヘリコプターや、アメリカの地上部隊と、洞窟などに潜みながらひとり戦っています。 手にはバズーカ砲を持ち、アメリカ軍を撃破しながら逃走していましたが、やがてヘリコプターに追撃され、アメリカ軍の捕虜となります。 ムハンマドは収容所で厳しい拷問をうけた後に、別の場所へと軍用機で移送。深夜の護送車中、車が崖から転落し、その混乱に乗じて雪山へと逃走していくのですが…。 この作品は、主人公はテロリストであるものの、政治的な作品ではありません。 かつてイエジー・スコリモフスキ監督が、『手を挙げろ!』(1967)の作品で、スターリン批判だとみなされ、ポーランドから亡命した過去の経験から、政治的な作品は作らないという意志があったことを物語っています。 「生きる」ために逃げるだけの男。自然の中へと逃避行する極限状態のみが描かれているのです。 映画の企画段階で主人公をどうしても演じたいと懇願した友人でもある俳優のヴィンセント・ギャロ。イエジー・スコリモフスキ監督は、その時、髭を伸ばして欲しいと伝えています。その風貌は劇中で受難を背負ったキリストのようにも見えてきます。 ヴェネツィア国際映画祭で審査員特別賞を受賞、マール・デル・プラタ国際映画祭では作品賞受賞しています。