2020年10月27日更新

映画『それでも夜は明ける』を時代背景とともに解説。奴隷にされた男の実話【ネタバレ】

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突然、自由を奪われた。『それでも夜は明ける』のあらすじ・キャストから裏話まで

2014年公開された映画『それでも夜は明ける』は、誘拐され奴隷として売られた実際の人物、ソロモン・ノーサップの手記「Twelve Years a Slave(12年間、奴隷として)」が原作になっています。 ブラッド・ピットが製作を担当し、『ハンガー』(2008年)のスティーヴ・マックィーンが監督としてメガホンをとった本作。ある日突然自由を失い奴隷となったソロモン・ノーサップが、人間としての尊厳を失うことなく生き抜いた不屈の精神を描き、多くの感動を呼びました。 アカデミー賞では作品賞、監督賞ほか計9部門にノミネート。スティーヴ・マックィーンが黒人監督として初めて作品賞を受賞し、その他助演女優賞、脚色賞の3部門を受賞しました。 今回は、絶望の淵に立たされながら屈することなく生き抜いたソロモンの生き様を、実際のアメリカ社会の歴史を振り返りつつ解説していきます。

映画『それでも夜は明ける』のあらすじを背景とともに解説

家族と幸せに暮らしていたソロモン

映画のあらすじの前に、実話の背景となったアメリカの奴隷の歴史をおさらいしましょう。 17世紀以降アメリカ大陸では、開拓やプランテーションで必要になった労働力を確保するため、アフリカ系の人々が奴隷として売買されるようになります。 1662年までの法整備により奴隷制が制度化し、特に南部では綿花プランテーションの拡大に伴って奴隷が重宝されました。それ以降、1865年に米憲法が改正するまで奴隷制は続くことになります。 そしてこの世界観は、映画『それでも夜は明ける』の背景そのものなのです。 奴隷制が依然として根強い1841年、本作の主人公ソロモン・ノーサップはニューヨークで家族と幸せに暮らし、音楽家として働いていた“自由黒人”でした。 “自由黒人”とは「自由黒人証明証」を持ち、法的に白人と同様の人権を与えられた黒人のこと。ソロモンも高級スーツを身にまとい、立派な家に住んでいました。彼の父は元は黒人奴隷でしたが、所有者によって自由を許された後、同じく自由黒人の女性と結婚したのです。 両親が自由黒人のノーサップもまた、白人と変わらない生活を送ることができていました。

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ある日、騙されて奴隷収容所に

ソロモンはある日、2組の男たちから金儲けができる周遊公演に参加しないか、と誘われます。しかし男たちの目的は別にあったのです。薬漬けにされ、昏睡状態のまま誘拐されるソロモン。彼が次に目覚めると、手首を鎖で繋がれて暗い部屋の中にいました。 ソロモンは男たちによって奴隷商に売られ、逃亡奴隷として収容所に移送されていたのです。北部の自由黒人だと訴えるも、フォードという男に購入されました。 現実のアメリカでも、1808年に海外からの黒人輸入が禁止されたことで奴隷市場の価格が高騰。自由黒人を誘拐し、奴隷として売るという犯罪が増加した背景があります。 フォードは温厚な農園主で、学があるソロモンは彼に目をかけられますが、それが監督官ティビッツの不興を買うことになります。フォードはソロモンを死の危険から守るため、別の農園の支配人であるエップスに売ってしまいました。

ソロモンが望みを託した手紙の行方は……?

次の主人エップスは陰湿かつ残忍な性格で、気分次第で奴隷を鞭で打ったり、女性奴隷のパッツィーに性的虐待を行ったりしていました。 そんな中、アームスバイと名乗る白人が奴隷として農園にやって来ます。彼は元監督官でありながら不祥事を起こし、奴隷に身を落としたのです。ソロモンは似た境遇の彼を信用し、白人である彼に友人宛の手紙を送って欲しいと依頼。 アームスバイは保身に走り計画をエップスに報告しますが、手紙自体はまだ渡しておらず証拠がなかったため、ソロモンは難を逃れました。 その後も奴隷生活は続き、やがてソロモンはバスというカナダ人の男に出会います。バスはエップスに雇われた大工で、彼に最後の望みを懸けることにしたソロモン。自らの素性を明かし、北部時代の友人に宛てた手紙を託しました。

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解放され、故郷に帰るソロモン

バスは“白人も黒人も平等”という信念を持つ奴隷反対派で、エップスの奴隷に対する扱いに疑問を抱く良心的な男でした。彼にも葛藤はあったものの、北部に住む友人パーカーに手紙を送ってくれたことで、農園にパーカーと保安官がやって来ます。 保安官によってソロモンは自由黒人であると正式に認められ、ついに解放される時が!彼が奴隷になってから、すでに12年もの月日が経っていました。幼かった娘は結婚しており、ソロモンは知らぬ間に祖父になっていたのです。 ソロモンは「許してくれ」と呟き、妻は「あなたは何も悪くない」と抱きとめるのでした。

目を覆いたくなるような虐待シーン

映画『それでも夜は明ける』では奴隷が過酷な肉体労働を強いられ、人間はここまで残酷になれるのかと驚くほど、非人道的な扱いを受ける姿が描かれました。 エップスの農園では奴隷たちは鞭で打たれ、逃亡した者は問答無用で処刑。特に女性のパッツィーはエップスにレイプされ、嫉妬した夫人からも酷い仕打ちを受けます。エップスの命令を受けたソロモンに裸の状態で鞭打たれる様は凄まじく、「殺して」と懇願するシーンも……。 本作ではそんな目を覆いたくなる描写が連続するのです。ソロモンがティビッツの報復を受け木に吊るされたシーンでは、彼は危うく死にかけます。死の瀬戸際にいても、彼の後ろでは黒人の子供が無邪気に遊び、他の奴隷たちは普段通り仕事をこなしていました。 本当に恐ろしいのは、白人たちは悪意から虐待をしているのではないということです。そして黒人本人すらも、それが当然の扱いだと認識しているところでしょう。

『それでも夜は明ける』は実はハッピーエンドではない

本作のラストシーンで救われたのは自由黒人のソロモンだけで、パッツィーら他の奴隷は解放されず、奴隷制そのものも廃止されていません。 縋り付くパッツィーを振り切り、家族が待つ家へと帰ったソロモン。その胸中には喜び以上の無力感や後悔、罪悪感があったはずです。彼が農園を去った後、1865年に南北戦争が集結しアメリカ合衆国憲法で正式に廃止されるまで、奴隷制は続くことになります。 制度の終焉としては、リンカーン大統領の「奴隷解放宣言」が歴史的に有名ですが、この時は北部の少数の奴隷が解放されただけでした。南部を含むすべて奴隷の解放が確認されたのは、1865年春のアメリカ連合国軍の降伏の後であったとされています。 奴隷制の廃止から百数十年が経っても、未だ問題になる黒人への差別。世界のどこからも黒人差別がなくなったとき、本作はハッピーエンドを迎えるのかもしれません。

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映画『それでも夜は明ける』が伝えた人間の本質

黒人奴隷をテーマにした物語は今までも数多く出版、映画化されてきましたが、“自由黒人から奴隷の身となった”という経験を記したのはソロモン1人。それを映画化した本作も、ただ奴隷制を描いているわけではありません。 幸せな生活を送っていたはずが、ある時突然自由を奪われ奴隷として扱われる。そんな実体験は奴隷制を経験していない現代人にも感情移入しやすく、大きな反響を呼びました。 己の弱さを残虐さに転じて、奴隷たちを虐待するエップス。黒人を道具のように扱うことを当然とし、黒人にもそう思わせてしまう白人たち。人間としての良心、道徳心を持ちながら矛盾した心を抱え葛藤するフォードも全て、人間の本質の一部と言えます。 だからこそ、底なしの絶望に陥っても人間の尊厳を保ち続け、希望を失わなかったソロモンの姿がとても尊く感じられるのでしょう。 映画『それでも夜は明ける』は登場人物を通して現代社会にも通じる人間としての本質、心の底にある様々な面を描き出しているのです。

映画『それでも夜は明ける』の意外と知られていない裏話

原作「Twenty Years a Slave」を見つけたのはマックィーン監督の妻

スティーヴ・マックィーン監督は、奴隷制にまつわる話、特に自由人として生まれながら奴隷にされた黒人を扱った脚本を書こうと思いついたものの、なかなかペンが進みませんでした。 そんなある時、彼の妻がソロモン・ノーサップの自伝を見つけてきたのです。それまでソロモンの名すら知らず、ショックを受けたというマックィーン。彼は『アンネの日記』と同じくらい、この本には歴史的な価値があると感じたと言います。 スティーヴ・マックィーンは本作の映画化を決意し、愛する家族のもとへ帰るという希望が人間の尊厳を踏みにじられる絶望に打ち勝つという物語を映像化しました。

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ハリウッドスターのブラッド・ピットが製作!

『それでも夜は明ける』の製作はハリウッドスターのブラッド・ピットが担当し、彼が設立した映画製作会社「プランB」も作品に参加。当初はパラマウント・ピクチャーズでの製作でしたが、黒人の奴隷映画では興行収入が見込めないと断られました。 ブラッド・ピットはスティーヴ・マックィーン監督の長編デビュー作『ハンガー』(2008年)を観て、ぜひ次回作をプロデュースしたいとオファーしたそうです。ソロモンに希望を与え、キーパーソンとなるバス役で出演もした理由は、資金集めの意図があったとも見られています。 ちなみに、プランBはパラマウント・ピクチャーズとファーストルック契約を結んでいましたが、2013年に関係を解消。 プランB製作のブラッド・ピット主演作「ワールド・ウォー Z」撮影中のトラブルと、プランBが他社で製作した本作『それでも夜は明ける』がアカデミー賞の有力候補となったことが背景になりました。

教育の現場に影響を与える名作

『それでも夜は明ける』は先述の『アンネの日記』と同じく、全米公立高校の教材に指定されるなど、教育現場にも影響を与えました。 全米学区教育委員会協議会が推薦教材に指定し、映画製作会社3社の共同出資により作成された教材用のコピーが、2014年9月から使用可能に!本作のDVDや原作本、使用の手引きとスティーヴ・マックイーン監督からの手紙が提供されたそうです。 大切なのは悪しき歴史から目を逸らさず、若い世代に語り継いでいくこと。奴隷制を知り、関心を持つ人を増やそうとする動きが、根強く残る問題に一石を投じるのかもしれません。

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演技力抜群のキャストたち

ソロモン・ノーサップ(プラット)/キウェテル・イジョフォー

本作の主人公ソロモン・ノーサップは生まれながらの自由黒人。バイオリン奏者であり、当時の黒人としては珍しく字の読み書きができ、教養もありました。ある日突然拉致され奴隷となってしまった彼は12年の時を経て身分を回復し、家族の元へ帰ることになります。 その実在の人物を演じるのは、イギリス出身の俳優キウェテル・イジョフォー。 彼はロンドンでナイジェリア出身の医師の父と薬剤師の母の元に生まれ、演劇「オセロ」で注目を浴びました。その後はスティーヴン・スピルバーグの『アミスタッド』(1997年)コヴィ役で映画デビューを果たします。 映画へ進出した現在も、シェイクスピアの演劇を中心に出演し続けている彼は、ロンドンの演劇界でも重要な役者となり、その功績から2008年には大英帝国勲章も授与されました。

エドウィン・エップス/マイケル・ファスベンダー

農場の残酷な支配人エドウィン・エップスを演じるのはドイツ出身のマイケル・ファスベンダー。 ロンドンの演劇学校で学んだのち、スティーヴン・スピルバーグ、トム・ハンクスの共同制作による大作TVシリーズ『バンド・オブ・ブラザーズ』(2001年)の演技で注目を集めることとなりました。 その後、スティーヴン・マックウィーン監督作品『ハンガー』(2008年)ボビー・サンズ役、『SHAME –シェイム-』(2011年)ブランドン役で主演。それぞれの作品で演技が評価され、数々の賞で主演男優賞受賞、もしくはノミネートを受けました。 本作ではアカデミー賞、英国アカデミー賞、ゴールデングローブ賞でそれぞれ助演男優賞にノミネートされ、実力派俳優として今後の活躍が期待されています。

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ウィリアム・フォード/ベネディクト・カンバーバッチ

聖職者であり農場主でもある最初のソロモンのオーナー、ウィリアム・フォード。温和な性格で、ソロモンが本当の奴隷ではないのではと感じていました。しかし結局何もできず、農園の監督官ディビッツに目をつけられた彼を守るために広大な綿畑を所有するエップスに売ってしまいます。 そんなウィリアム・フォードを演じたのはイギリス出身の俳優ベネディクト・カンバーバッチ。宇宙学者スティーヴン・ホーキング博士を演じたBBC制作のTVドラマ「ホーキング/Hawking」で注目され、英国アカデミー賞主演男優賞にノミネートされました。 それ以降「SHERLOCK(シャーロック)」シリーズの主演で世界的な脚光を浴び、数々の主演男優賞にノミネートされています。その後もヒット作への出演が続く今最も注目される俳優の一人です。

ジョン・ティビッツ/ポール・ダノ

ウィリアムの農園の監督官ティビッツは陰湿な性格で、ソロモンに対して難癖をつけ暴力をふるう非道な人物でした。 本作でそんな人物を演じたポール・ダノは、11歳でブロードウェイの舞台に初出演を果たします。その後舞台や映画でキャリアを積み、『リトル・ミス・サンシャイン』(2006年)のドウェイン・フーヴァー役の演技で注目されることに。 また、ダニエル・デイ=ルイス主演作『ゼア・ウィル・ビー・ブラッド』(2007年)ポール・サンデー役では、英国アカデミー賞助演男優賞にノミネートされました。様々な話題作に出演し活躍の場を広げています。

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セオリファラス・フリーマン/ポール・ジアマッティ

奴隷貿易の元締めセオリファラス・フリーマンはソロモンを「プラット」と呼び、以後この名前が定着することになります。 奴隷貿易の元締めであるにもかかわらず、皮肉のような名前のフリーマンを演じるのは、数々の話題作に出演し、その高い演技力で評価を得ているポール・ジアマッティ。 『アメリカン・スプレンダー』(2003年)、『サイドウェイ』(2004年)でその評価を不動のものとし、『シンデレラマン』(2005年)ジョー・グルード役ではアカデミー賞、ゴールデン・グローブ賞でそれぞれ助演男優賞にノミネートされました。

パッツィー/ルピタ・ニョンゴ

エップスの農場の奴隷パッツィーは、綿花栽培の働きで農場に多大な貢献をしていますが、エップスに気に入られたことで様々な苦難にあうことに。 そんな彼女を演じたのは、メキシコ生まれケニア育ちのルピタ・ニョンゴです。彼女はイェール大学で演劇を学び、舞台で経験を積みました。その一方で企画、監督、編集、製作も手掛けた長編ドキュメンタリー『In My Genes(原題)』(2009年)は数々の映画賞を獲得しています。 本作ではその演技を絶賛され、アカデミー助演女優賞、全米映画俳優組合賞助演女優賞を受賞。注目の新鋭女優です。

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奴隷制や人種差別について考えさせられる映画 『それでも夜は明ける』

映画『それでも夜は明ける』の元になった実際のソロモン・ノーサップは、自由になった後自分を誘拐した白人達を控訴しますが、あえなく失敗します。それから手記を出版し、アメリカ南部から北部へ亡命する奴隷を手助けする“地下鉄道”に尽くしたそう。 その後は殺されたとか、再度誘拐されたとか、娘のところに身を寄せたなど言われていますが、晩年については謎ばかりです。 人間が人間を売り買いし、人間を家畜同様もしくはそれ以下の扱いをする、そんな人として信じられないような行為が当然のように行われ、認められていた時代。その時代に突然襲った悲劇を生き抜いたのがソロモンでした。 どんな絶望的な苦難があっても、人間としての尊厳を忘れず希望を持ち生き抜くこと。そうすればいつかは暗闇から抜け出せることを教えてくれる映画『それでも夜は明ける』は、歴史に残るべき傑作と言えるでしょう。