タップできる目次
- 1.映画『フレンチ・コネクション』は実際に起きた麻薬押収に基づいたストーリー!!
- 2.ディレクター、ウィリアム・フリードキン
- 3.『フレンチ・コネクション』の主人公がジーン・ハックマンに決まるまで
- 4.ジーン・ハックマン、苦悩の日々
- 5.フリードキンの戦略
- 6.『フレンチ・コネクション』の主人公、ポパイ&クラウディー
- 7.『フレンチ・コネクション』は色んな角度からニューヨークを観られる映画
- 8.『フレンチ・コネクション』はゲリラ撮影!?
- 9.『フレンチ・コネクション』にエキストラ無し!!
- 10.地下鉄だって"いつも通り"の『フレンチ・コネクション』
- 11.『フレンチ・コネクション』カーチェイスのここがポイント!!
- 12.極寒の中での撮影
- 13.車内の警察官も本物
- 14.消えたヘロイン?!
- 15.ジーン・ハックマン受賞!!
- 16."Subway"
- 17.『フレンチ・コネクション』最高売り上げを記録!!
1.映画『フレンチ・コネクション』は実際に起きた麻薬押収に基づいたストーリー!!
『フレンチ・コネクション』は1961年にニューヨーク警察のエディ・イーガン通称“ポパイ”とソニー・グロッソ通称“クラウディー”が麻薬の押収をした実話に基づいています。
その時押収されたヘロインはおよそ50kgで、当時の末端価格にして115億円でした。イーガンとグロッソは映画で技術的なアドバイスをしただけでなくゲスト出演もしています。
イーガンは上司ウォルター・サイモンを演じ、グロッソはケルビン警部を演じました。
2.ディレクター、ウィリアム・フリードキン
ウィリアム・フリードキンは当時前途有望な若手のディレクターで、興行収入の振るわない映画を4作抱えていましたが、伝説的な昔ながらのタイプの監督ハワード・ホークスからアドバイスをもらい、仕事を探したあとこの映画を引き受けました。
フリードキンはホークスから伝えられた通り次のように引用しています。
“誰かの抱えている問題や精神的な厄介ごとについての話なんて誰も聞きたかねぇんだよ。みんなが観たいのはアクションだ。俺がその手の映画をイイ奴らと悪もんをたくさん使って作ると必ずヒットするのさ。”
3.『フレンチ・コネクション』の主人公がジーン・ハックマンに決まるまで
フリードキンは初めジーン・ハックマンを主役に選んでいませんでした。実はスティーブ・マックイーン、リー・マーヴィン、ジェームズ・カーン、ポール・ニューマン、ロバート・ミッチャム、ピーター・ボイル、ジャッキー・グリーソンらを起用しようと考えていましたが、全員に断られたのです。
最終的にニューヨーク紙の象徴的コラムニスト、ジミー・ブレスリンが起用される前にイーガン本人さえもキャスティングしようと考えました。
しかし、そのニュース屋が演技ができないとわかり、また多くのニューヨーカー同様、運転もろくにできないとわかると、フリードキンはジミーをクビにしました。そこでハックマンがオーディションもせずにその役を勝ち取ったというわけです。
4.ジーン・ハックマン、苦悩の日々
フリードキンによると、ハックマンは人種差別をする悪党のように話したり振る舞うことをためらったそうです。撮影の最初の方のシーンで役になりきるのに彼は大変な時期を過ごしました。それはポパイが建設用地にガサ入れをするシーン。
しかし、1週間イーガンの役に従事して、この役の平然とした残忍さは、イーガンが容疑者たちを混乱させる単なる演劇手法にすぎないとハックマンは気がついたのです。フリードキンはそれについて後にこう説明しています。
“イーガンが行ったことの多くは占拠し、容疑者全員(その多くはディーラーで、重いドラッグのユーザーであることもありましたが)を指示通り確実に動かすための虚勢であった。”
5.フリードキンの戦略
フリードキンは役者たちの反権威主義的性質を利用して、暴君のように振る舞い、主人公を激怒させました。撮影が終了するまでには、ジーン・ハックマンはどっぷり役に入り込んでいたそうです。ハックマンは建設用地のシーンを撮り直し、みごとにキメました。
6.『フレンチ・コネクション』の主人公、ポパイ&クラウディー
イーガンのニックネームは実際にポパイでしたが、それは常に目が開いていたから。また、不機嫌な気性からグロッソはクラウディーというあだ名がつけられました。
『ポパイとクラウディー』は80年代後半日曜朝のすてきなアニメになりました。冗談ですけどね。でもなってもおかしくなかったですね。
7.『フレンチ・コネクション』は色んな角度からニューヨークを観られる映画
“本当に、色んな意味でこれはこの街に捧げるありのままの詩だ。”
フリードキンは、ニューヨークの良いところも悪いところも、誰も撮影したことのない、ありとあらゆる角度のニューヨークをどれだけ見せたかったのかをこのように表現しています。
新年のあとでタイムズ・スクエアの大型ゴミ処理機、ダンプスターの映像が1つも無いので本当に“悪いところ”は映っていないのですが...。
8.『フレンチ・コネクション』はゲリラ撮影!?
『フレンチ・コネクション』の製作はゲリラ的な映画製作をし、フリードキンはブルックリン橋での交通渋滞のシーンについて、規制をせずに本当に渋滞を起こすようにと指示しました。そのことについて彼は次のように説明しています。
“自分たちの友人や非番の警官たちに橋に車を停めてもらってブルックリン橋を封鎖したよ。”
今や橋くらいデジタル処理で作成できますが、伝統に忠実な映画製作者たちにはかないませんねぇ。
9.『フレンチ・コネクション』にエキストラ無し!!
本作の背景にはエキストラは1人もいませんでした。そこにいたのは全員ニューヨークの住民で、フリードキンとクルーが映画を撮影している間、いつも通り日常の生活を送っていたのです。少なからず撮影をしていることに気がつかない人さえいました。
10.地下鉄だって"いつも通り"の『フレンチ・コネクション』
ニューヨークの街の地下鉄でのシーンも規制なしで行われました。フリードキンはイーガンとグロッソが出演してくれたおかげでゲリラ的スタイルの映画製作が非常にやりやすかったと説明しています。
引退した2人の警察官が誰も製作会社に抗議しないようにしてくれたのでしょう。
11.『フレンチ・コネクション』カーチェイスのここがポイント!!
ジーン・ハックマンはカーチェースのシーンの間、実際に運転していました。車はロープや鎖で引っ張られてもいなかったし、安全装置のようなものも一切付いてはいなかったそうです。
ただひたすらハックマンがニューヨークの街を車でぶっ飛ばしていただけで、それが結果としてぼろぼろの空き缶のように見えたのです。言ってみれば、史上最も素晴らしいセットだということですね。
12.極寒の中での撮影
ニューヨークやブルックリンでの冬の撮影期間中の気温は氷点下に近かったのでカメラや撮影器具が撮影中にしょっちゅう凍っていたそうです。
13.車内の警察官も本物
電車内で撮影された警察官は実際のニューヨーク交通局の警察官で、彼は映画俳優組合のメンバーでした。
14.消えたヘロイン?!
映画が上映された一年後、ニューヨーク警察が押収し隠しておいた大量のヘロインがどこかへ消えてしまいました。
15.ジーン・ハックマン受賞!!
第38回ニューヨーク映画批評家協会賞は『フレンチ・コネクション』(1972)のジーン・ハックマンと『日曜日は別れの時』(1973)のピーター・フィンチが同点でしたが、同協会は集計をやり直し、賞はハックマンに贈られました。
16."Subway"
密輸されたヘロインを積んでいたコンテナのドアフレームを開ける時のドリルの音は映画のサウンドトラックに入っている“Subway”という曲の出だしのきっかけを出すテンポに合わせているのだそうです。
17.『フレンチ・コネクション』最高売り上げを記録!!
映画『フレンチ・コネクション』は1971年の作品で3番目に売り上げが高い作品となりました。(日本での上映は1972年です)