2018年1月24日更新

外国映画の邦題に関するいくつかの事情とエピソード【好評or不評?】

外国映画が日本公開される際、元の原題では意味が分からないなどの理由で日本独自で付けられるタイトル=邦題。作品内容を加味したニュアンスで付けられたり、とにかく興味を惹くために大げさに付けられたりと色々ですが、ここではそんな邦題にまつわるいくつかのエピソードを紹介。

邦題はどういった経緯で決定する?

外国映画の邦題は、基本的に映画を配給する会社の宣伝部によって決められます。邦題の候補となる案は会社によっては100近くも挙がるようで、『マッドマックス 怒りのデス・ロード』なども100通り以上の候補から選ばれています。なおその候補も、宣伝部だけではなく全社員から募ったりするのだとか。 かたや製作サイドが邦題を指示するケースも。特にスタンリー・キューブリックは、意訳した邦題ではなく必ず原題を使うよう要請する監督だったと言われています。また、2008年の怪獣パニック映画『クローバーフィールド/HAKAISHA』は、プロデューサーのJ・J・エイブラムスが、「デストロイヤー」の和訳「破壊者」をローマ字表記にしてサブタイトルに付けるよう指示しています。

もしかしたらあの名作映画はこんな邦題になっていたかも!?

名作と誉れ高い映画のタイトルも、日本公開前はいくつもの邦題案が挙がっていたのは言うまでもありません。ここでは、そんな裏話を持つ作品を。

『ドラゴン登場』、『浮かぶ要塞島』⇒『燃えよドラゴン』

若くして亡くなった世界的アクションスター、ブルース・リーの代表作『燃えよドラゴン』。実はこの作品は元々、原題の『Enter the Dragon』を訳した『ドラゴン登場』が邦題でした。その後、劇中でのメイン舞台となる孤島にちなんだ『浮かぶ要塞島』に変更され、公開前の映画雑誌ではこのタイトルで告知もされています。 しかしその後、配給会社ワーナーブラザーズの宣伝部長が、司馬遼太郎の『燃えよ剣』を書店で見かけたことで「燃えよ」の使用を発案。司馬の了解を得たのち、最終的に『燃えよドラゴン』となりました。もし邦題が『浮かぶ要塞島』のままだったら、日本でのヒットは難しかったかも?

『死の海峡』⇒『ジョーズ』

“世界一の映画監督”と評されることの多いスティーヴン・スピルバーグ。彼の名が一躍知られるきっかけとなったのが、この『ジョーズ』です。日本公開は1975年12月でしたが、当初配給側は大ヒットは見込めないという考えから、『死の海峡』というB級映画っぽい邦題を予定していました。 ところが、同年2月に本国アメリカでプレビュー上映した際、あまりの反響の良さに製作会社のユニバーサルからマーケティングの練り直しを求められることに。そこで、原題の『Jaws』という響きの良さをそのまま活かし、『ジョーズ』と改題されました。この映画の世界的ヒットにより、巨大ザメの大きな口を意味する『Jaws(アゴ)』という言葉が「サメ」と同義語になったことを鑑みれば、邦題を変えたのは大正解と言えましょう。

『そびえ立つ地獄』⇒『タワーリング・インフェルノ』

ポール・ニューマンとスティーヴ・マックイーンという2大スターの共演が話題となったパニック映画『タワーリング・インフェルノ』。この作品は、『そびえ立つ地獄(原題『The Tower』)』と『タワーリング・インフェルノ(原題『The Glass Inferno』)』という2つのパニック小説を原作にしており、『そびえ立つ地獄』が邦題となる予定でした。 最終的に字面の響きが良い、横文字の『タワーリング・インフェルノ』が邦題となりましたが、同じ意味合いの『そびえ立つ地獄』でも、十分マッチしていたと言えるのではないでしょうか。

「これはヒドすぎる!」と物議を醸した邦題

昔から存在する邦題への不平不満。特に近年はインターネットやSNSの普及により、そうした声がとかくクローズアップされがちです。ここではその中でも、2000年代以降に不平不満の声が高かった作品をピックアップ。

「日本一最悪な邦題」という不名誉な称号を受け、ついに配給会社が謝罪

小学生に混ざってスクールバスで通学する冴えない高校生ナポレオンが、友人となった転校生を生徒会長選挙に当選させようと奮闘する青春コメディ。日本では劇場未公開でしたが、2006年にDVDが発売されました。 ところが邦題を、当時日本で話題だった『電車男』に便乗して『バス男』と付けたため、「DVDスルー作品とはいえあまりにもヒドい」と映画ファンから非難を浴びることに……。長らく“日本一最悪な邦題”とまで言われていましたが、2013年に発売元の20世紀フォックスホームエンターテイメントジャパンが、「ヒドい邦題をつけてしまい申し訳ない」と公式謝罪し、原題通りの『ナポレオン・ダイナマイト』として再発売されています。

邦題への不満をファンが監督本人にツイート!

2015年にヒットした、マーベルコミック原作のヒーロー映画『ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー』。その続編の原題は『Guardians of the Galaxy Vol.2』。単なる「2」ではなく「Vol.2」としているのには、前作を観た人なら理由が分かると思います。 ところが、邦題を『ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー:リミックス』としたことで作品のファンが反発、監督のジェームズ・ガンにツイッターでそれを伝えました。すると監督自ら、「日本のファンの声を尊重し、タイトルを”Vol.2″に戻せるようかけ合ってみる」と回答する事態に発展。

結果的にタイトル変更とはなりませんでしたが、SNSの普及で映画ファンが製作者にダイレクトに意見を伝えられるようになった、今のご時世を象徴するエピソードといえます。

映画内容と異なる邦題で抗議が殺到、後に変更するも…

邦題に関して、ここ最近で大きな物議を呼んだのがこの作品でしょう。1959年から63年にかけて行われた、NASAの宇宙飛行プロジェクト「マーキュリー計画」を影で支えた3人の黒人女性を描いた本作。しかし邦題を『ドリーム 私たちのアポロ計画』としたことで、「マーキュリー計画なのになぜアポロなのか」と抗議が殺到しました。 配給側は、「観客に宇宙開発を連想しやすいようにと『アポロ計画』をサブタイにした」と釈明するも反発は収まらず、結局サブタイをまるごと削った『ドリーム』で落ち着きます。ただこの邦題自体、3人組の黒人女性グループを描くミュージカル『ドリームガールズ』を連想させ、さらにはサブタイを省いたことで、中途半端さが増した印象になったのは否めないところです。

はた目は原題通りの邦題なのに…おかしな事態に発展

もちろん、原題をそのまま日本語に置き換えた邦題作品も多数あります。ただ中には、原題を活かしたせいで妙な事態になったケースも……。

なぜ「牛」が「車」に?映画史上でも迷邦題な一作

ニューヨークでの成功を夢見てテキサスから来た男と肺病に侵された男の、孤独な2人のホロ苦い友情を描いたアカデミー賞作品賞受賞作。アメリカン・ニューシネマの代表作としても知られます。 邦題も、原題の『Midnight Cowboy』に沿ってはいるものの、「カウボーイ」ではなく「カーボーイ」 としたのは、本作の宣伝担当者で後に映画評論家となる水野晴郎のアイデアです。彼は「『カウ(牛)』ではなく『カー(車)』とすることで、ニューヨークという都会のニュアンスを出したかった」とその理由を述べています。意図することは分からなくもありませんが、今だったら炎上騒動になりかねない邦題かもしれません。 なお水野は、『ビートルズがやって来る ヤァ!ヤァ!ヤァ!』や『史上最大の作戦』など、原題とはあまりにもかけ離れた邦題や、『卒業』『経験』『追想』といった漢字二文字の邦題を好んで付けています。

ほのぼのコメディのはずなのに、劇場に来た客層が…

落雷事故により感情を持つようになった軍用ロボットのナンバー・ファイブと人間の女性との交流を描く、“ロボット版『E.T.』”とも言える1986年製作のハートフルコメディ。続編『ショート・サーキット2 がんばれ!ジョニー5』も製作されました。 邦題にして原題の『Short Circuit(漏電)』とは、雷で回線がショートしたナンバー・ファイブを指します。ところが日本公開時は、なぜかバイクに乗って来た客が劇場に多く訪れる事態に……。どうやらタイトルからレーシング場の「サーキット」を連想し、バイクレース映画だと勘違いして観に行った客が多かったようです。

いろいろな意味で配給会社泣かせのシルベスター・スタローン映画

「ロッキー」「ランボー」という2つのヒットシリーズを持つシルベスター・スタローン。もちろんいずれのシリーズも日本ではヒット作となりましたが、両シリーズともに邦題に絡んだ逸話が……。

日本の配給会社が付けた邦題をスタローンが採用してくれた?

「ランボー」シリーズ第1作『First Blood(「先制攻撃」の意)』が日本公開されたのは1982年12月。その際に配給会社の東宝東和が主人公名を邦題にしたのは、同じスタローン主演の「ロッキー」シリーズのイメージからと言われています。同時期の日本では、スピルバーグの『E.T.』が正月映画の目玉とされていたものの、シンプルにした邦題のせいもあってか『ランボー』は予想以上の動員を記録しました。 そして1985年8月に第2作『ランボー 怒りの脱出』を日本公開する際、東宝東和に『Rambo: First Blood Part II』という原題の本編フィルムとともに、スタローン本人から感謝状が届けられます。これに東和宣伝部は「『ランボー』という邦題をスタローンが使ってくれた!」と喜んだとか。 ただ、このエピソードには懐疑的なところもあり、そもそも第1作のタイトルがアメリカ以外の国でも『Rambo』で、感謝状の内容も前作のヒットに対するお礼だった、というのが真相とされています。

これで最終作!になるはずが…その①

スタローンの出世作となった「ロッキー」シリーズ第5作。ついに引退を決意したロッキーが有望な若きボクサーと出会い、彼を一流に育てようと試みます。1990年の公開時は、これがシリーズ最終作と位置付けられていたため、邦題も「最後のドラマ」のサブタイトルが付けられていました。 ところがその内容を酷評されて有終の美を飾ることが出来ず、スタローン自身も認める失敗作に……。リベンジの意を込めスタローンは、16年後に『ロッキー・ザ・ファイナル』を製作したため、本作が「最後のドラマ」ではなくなってしまいました。現在流通しているDVDでは、「最後のドラマ」のサブタイは省かれています。

これで最終作!になるはずが…その②

「ランボー」シリーズの第4作は、日本では『ランボー 最後の戦場』という邦題になりました。原題が『Rambo(アメリカ以外の国では『John Rambo』)』と、ランボーの名前を前面に冠していることからも、本作がシリーズ最終作であることを踏まえた邦題です。 ところがスタローンは、本作が世界中で予想以上にヒットしたことに気を良くしたのか、第5作『Rambo :Last Stand(仮題)』の構想があることを匂わせたり撤回したりを何度となく繰り返しています。リップサービスの一環かもしれませんが、もし製作が実現するとまたもや「最後の戦場」ではなくなるやもしれません。 とはいえ箔をつけるために、配給側が「最後の~」というサブタイを付けるのは映画興行の常とう手段。本人の意図するところではないにせよ、スタローンは配給会社を振りまわす存在のようです。

マーケティングと映画ファンのニーズが合う邦題を!

邦題への不平不満から「原題を活かした邦題を付けろ」という声もありますが、映画タイトルはその作品の名刺代わり。原題のままだと意味が分かりにくかったりします。ディズニーが『Frozen』を『アナと雪の女王』というように、分かりやすい邦題に変えるのはそうした理由からです。 作品を知らない人にも関心を持ってもらおうと、配給会社側も苦労してタイトルを考えます。そのため、「邦題がヒドい」と一方的に彼らを責めるのは酷かもしれません。簡単ではないでしょうが、マーケティング事情と映画ファンのニーズが一致するような邦題を付けてもらいたいものです。