映画『リリイ・シュシュのすべて』の魅力を徹底紹介【ciatrライターが生涯ベスト映画を語る】
深夜に観たくなる陰鬱さ『リリイ・シュシュのすべて』を観てほしい
「一番好きな映画とは?」。この非常に頭を悩ませる質問で思ったのが、「1人で自分の世界に閉じこもって観たあとに、それについて誰かに話したい」映画が自分は好きだということでした。 では、その中で一番誰かに話したい映画とは……。と考えた結果、今までに観た映画で一番美しく辛かった映画『リリイ・シュシュのすべて』を思いつきました。 今回はそんな映画『リリイ・シュシュのすべて』の紹介です。
本編に入る前に、本記事ライターの好きな映画の紹介です。
著者である私は、「辛い映画が好き」というよりは、音楽や音の描写などががその映画のテーマを演出している作品が好きといえます。 最近観た中で一番のお気に入りは『ちはやふる-結び-』です。「音」が大切な競技かるたの世界を、畳のすれる音や、登場人物の息づかいで表現した同作は、とても感動するものでした。 それを踏まえて、『リリイ・シュシュのすべて』を私が薦める意図をくみ取っていただければと思います。
とにかく暗い! 『リリイ・シュシュのすべて』とは?
『リリイ・シュシュのすべて』は、『ifもしも〜打ち上げ花火、下から見るか?横から見るか?』では、テレビドラマで日本映画監督協会新人賞を受賞する異例の快挙を成し遂げ、『スワロウテイル』では賛否両論を巻き起こした映画監督・岩井俊二が、「遺作を選べるなら、『リリイ・シュシュのすべて』」とも言うほどの傑作です。 本作は、中学生の繊細な心の動きを美しくかつ残酷に描いた作品になっており、いじめ、恐喝、万引き、援助交際、レイプ、殺人、自殺が過激に描写されています。とにかく暗く、どんよりとした邦画ならではの魅力を感じることができます。
市原隼人、蒼井優らが見せる繊細な演技に刮目せよ
蓮見雄一/市原隼人
主人公の中学生男子・蓮見雄一を演じたのは、ドラマ『WATER BOYS2』や『ROOKIES』でお馴染みの俳優・市原隼人。近年では、「強い男」のイメージが強い市原ですが、『リリイ・シュシュのすべて』では、柔らかい少年を見事に演じました。 まだ初々しさの残る市原演じる雄一は無邪気でかわいく、苦しい境遇にさらされていく姿が心苦しくてたまりません。主人公。雄一は、この年の市原隼人以外は演じられなかっただろうと思うハマり具合です。
星野修介/忍成修吾
物語のキーパーソン・星野修介を、『さよなら歌舞伎町』や『Dr.コトー診療所2006』で見せたクセのある演技が印象的な俳優の忍成修吾が演じました。 目に見えてわかりやすく悪に染まっていき、自制ができなくなっていく星野は、終始、視聴者の心をぐちゃぐちゃにかき乱します。
津田詩織/蒼井優
物語を急展開させる役割となる津田詩織を演じたのは、弱弱しさと強さを同居させる憑依型女優の蒼井優。2017年に公開された『彼女がその名を知らない鳥たち』では、圧倒的な演技で日本アカデミー賞最優秀主演女優賞を受賞しました。 本作でも、彼女の演技が物語をリードしており、彼女の一挙手一投足に意味があるように思えてしまう「力」があります。
久野陽子/伊藤歩
雄一が思いを寄せる同級生・久野陽子は、『スワロウテイル』で演技を高く評価された伊藤歩が演じました。 蒼井演じる詩織がどこまでも不安定なのに対し、伊藤が演じる陽子には底知れない「強さ」を感じます。詩織が細かく物語をリードしているとしたら、陽子はタメを作って大きく物語を動かす役割といえるでしょうか。
淡々と進む心苦しいストーリー【ネタバレ】
物語を1つに結ぶシンガーソングライターの「リリイ・シュシュ」。主人公の雄一は彼女の熱狂的なファンで、「リリフィリア」というコミュニティ掲示板の管理人をしています。 雄一のハンドルネームはフィリア。妊娠をして再婚を考える母親との生活、同級生の星野からの執拗ないじめ、恋心を抱く陽子との距離感、すべてを忘れさせてくれるのがりりィの存在で、「リリフィリア」が雄一の望む現実でした。 「リリフィリア」で意気投合した、ハンドルネーム「青猫」との繋がりも唯一の心の拠りどころになります。星野の指示で陽子がレイプされる手引きをしてしまったことで、雄一の心は完全に不安定になりました。「死のうと思った」と書き込む雄一を青猫が励まします。 雄一にとって「リリフィリア」以外での繋がりが1つだけありました。それは同じく星野に支配される同級生、詩織との関係でした。2人は同士のように心を少しずつ寄せ合います。 そんな中、詩織が自殺するという最悪なストーリーが展開。雄一の心は完全に壊れ、りりィへの依存をますます強めます。 すがるようにリリイのライブへと足を運ぶ雄一を待ち受けていたのは、青りんごを持った星野の姿。青りんごは青猫の目印です。 星野は雄一のチケットを取り上げ破り裂き、唯一からリリイすらも奪ってしまいました。ライブが終わり、会場を後にしようとする星野の背中をナイフで突き刺す雄一。 ラストは、何もなかったように、学校生活を送る雄一の姿で物語は幕を閉じました。
見どころ①灰色の世界を表現する、色彩豊かな映像
『リリイ・シュシュのすべて』は登場人物の心情を映し出した、もやもやとした灰色の世界。中学生の鬱憤が立ち込める空気に覆われ、息苦しい世界です。 それにもかかわらず、沖縄の晴れ渡った空と透き通った海の青さ、雄一と詩織が歩く道に広がる原っぱの緑といった、透明感のある色が劇中には多く使われています。 そのちぐはぐさが、残酷で胸をえぐるストーリーに拍車をかけ、「どこまでも現実が続く夢の中」といった世界観を作っていました。
見どころ②沖縄の海での手持ちカメラによる撮影
雄一を苦しめる星野の存在をより一層際立たせる、沖縄旅行のシーンが作中にあるのですが、そこでのカメラワークも見どころです。 かつては仲の良かった雄一と星野は、仲間たちと沖縄に旅をしました。その中学生だけで沖縄に旅行するという冒険に近い感覚と非現実感が、手持ちのビデオカメラでの登場人物による撮影で演出されています。 雄一の現実があまりにも凄惨で辛すぎるため、この沖縄での思い出を永遠に続けさせてあげて欲しいと思うこと必須の描写でした。
見どころ③これぞ、岩井俊二の世界。美しく残酷な音楽。
岩井俊二の作品で、好きなポイントに多くの人があげる「音楽」。『リリイ・シュシュのすべて』でも、それが遺憾なく発揮されていました。 音楽を担当した小林武史が「リリイ」のイメージを基に制作した楽曲「共鳴」をはじめ、残酷な現実が続く世界には、美しい音楽が流れています。 物語のラストで、星野を刺殺した雄一が、警察に捕まることなく平穏な日々を送る描写の中で、ドビュッシーの「月光」をぎこちなく演奏するシーンも印象的でした。
『リリイ・シュシュのすべて』が好きだった人に薦めたい『そこのみにて光輝く』
『リリイ・シュシュのすべて』に心を乱された人には、ぜひ『そこのみにて光輝く』を観ていただきたいです。綾野剛主演の同作は、『リリイ・シュシュのすべて』とは違った種類の胸糞悪さを感じることができる作品になっています。 今をときめく俳優、菅田将暉の純粋で健気な姿が、物語のラストで大きな伏線となって生きる、すばらしい演技でした。
モヤモヤしたい人は必見です!
以上、ciatrライター野瀬研人がおススメする映画『リリイ・シュシュのすべて』の紹介でした。若き日の市原隼人が見たい、綺麗な音と映像を感じたいなど、入り口の多い本作をぜひ観ていただければ幸いです。