【カンヌ受賞!是枝裕和監督インタビュー】血か絆か?映画『万引き家族』で問われる「家族のカタチ」とは
映画『万引き家族』が6月8日に全国ロードショー
2018年カンヌ国際映画祭最高賞パルムドールに輝く
『誰も知らない』『そして父になる』『海街diary』など、さまざまなカタチの「家族像」を撮り続けてきた是枝裕和監督の最新映画『万引き家族』は、「年金の不正受給」から着想を得た「犯罪でしかつながれない家族」をテーマにした内容になっています。 「血のつながり」が大事なのか「心のつながり」が大事なのかーー是枝裕和監督が思う「家族のカタチ」について迫ってみました。
10年考えてきたことの集大成
『万引き家族』は、監督が10年くらい考えていたことを詰め込んだ作品ということですが、どのような思いで作られたのでしょうか。
是枝監督) 10年前というと、ちょうど『歩いても歩いても』を撮っていたときなんです。あのときは母親が亡くなったものですから、「ああ、自分は誰の子どもでもなくなったんだなあ」と思って、ある種の焦燥感を感じていました。 その後、自分にも子どもができて、「こうやって繋がっていくのだな」というのを実感できたんですけど、一方で「父親っていつ父親になるんだろう」って思って、その戸惑いから『そして父になる』を作ったわけです。 でも『そして父になる』を撮る前は、「母親は産んだらすぐに母親になるけど、父親は時間が掛かるのかな」と思っていたんですけど、撮り終わった後に「母親だって、必ずしも産んだからすぐに母性が生まれるわけではないんだな」ということに気づいて。 逆にそういった脅迫概念というか抑圧の中で悩んでいる女性もいるだろうし、じゃあ産まなきゃ母親になれないのか、といわれればそんなことはないでしょうし。 なので、産まなくても母親になろうとする女性を出してみようかな、と思ったのが今回の映画を作ろうと思ったきっかけですね。
『万引き家族』は、「年金の不正受給」から着想を得たとのことですが、「ドキュメンタリー」ではなく、映画(フィクション)という手法でやろうと思った理由はなんですか。
是枝監督) 一言で言うと、ドキュメンタリーだとカメラをあの家の中に入れられないからかな。 『誰も知らない』のときもそうだったけど、ドキュメンタリーの場合、倫理観からも、事後的に外から撮らなくてはいけないじゃないですか。遡って、あのときの家の中にカメラを入れるとかは、フィクションでしかできない。 『誰も知らない』のときは、そういった寄り添い方をしてみたいと思って作りました。今回もそうですよね、時計を巻き戻してみてみたい、と。
「押し入れ」での実体験と『スイミー』
『万引き家族』には、監督の原体験などが反映されているのでしょうか。
是枝監督) 原体験で言えば、僕は子どものころ、押し入れの中で過ごしていましたよ。自分の部屋がなかったので。映画のように、押し入れの中に懐中電灯を入れて、宝物を入れて、教科書を読んでいました。 僕も父親も万引きをしていたわけではないので(笑)、今回の映画の登場人物とまったく一緒ではないですが、ただ、あそこから家族を見ている距離感とか、そういうのは僕の子どものころの体験が活かされています。
映画の途中で『スイミー』の話しが明示的に登場します。このお話しを使おうと思ったきっかけはなんでしょうか。
是枝監督) 児童養護施設を取材に行ったときに、親から虐待を受けて、親と離されて入所していた女の子が、取材中に学校から帰ってきたんです。3年生か4年生くらいだと思うけど、その子が、取材中の僕らの前にきて、教科書を取り出していきなり声に出して『スイミー』を読み出したんです。 周りが止めるのも聞かずに最初から最後まで読み通して、取材に来た僕らもみんなでじっと聞いていて、聞き終わったあとに拍手をしたら、その子がにっこりと笑ったんですよね。 そのとき、ああこれはきっと、親に聞かせたかったんじゃないかな、と思ったんです。それで、どこかで強引にでも『スイミー』を押し入れで読んでいるシーンを入れよう、と。 今回の家族が住む家も、青いトタンが海に見えるから、「海の中に、スイミーのように小さな魚が集っている」、そんな家族を描きたいと思ったんですよね。 海の底から花火を見上げる、そんな場面を思い浮かべて、音しか聞こえない庭から花火を見上げるシーンも作ったんです。なので、そのあたりのインスピレーションは、全部その女の子のおかげなんです。
役者のアンサンブルを楽しんで欲しい
監督曰く、『万引き家族』の見どころのひとつに、「役者のアンサンブル」があるそうです。 今回の役者はリリーフランキー、安藤サクラ、松岡茉優、樹木希林といった主人公の家族以外にも、池松壮亮、緒形直人、柄本明、高良健吾、池脇千鶴など、脇も相当な役者が揃っています。 監督に、今回参加した役者で、特に初参加の安藤サクラと松岡茉優の魅力について聞きました。
今回、是枝監督の作品に初参加の安藤サクラの演技がとても光っていましたが、彼女の魅力はどこにありますか。
是枝監督) 彼女は時々、神々しいんですよね、なんか。 樹木さんが、海で彼女を見て「きれいだね」って言うシーンがあるんですけど、そこは僕は脚本に書いていないので、樹木さんの口から自然に出た言葉だったと思うんです。僕から見ても、確かにそういう瞬間があるんですね。だから、樹木さんのそのセリフを聞いた後に、そう見えるように何カ所か脚本を変えたりしています。その後の風呂場のシーンや最後の面会室のシーンとか。 彼女が演じるとき、なんかこう空気が研ぎ澄まされたり、なにかがあふれ出てたりして、神々しくなる。それがすごいなあって思うんですよね。演技をしているとかしてないを越えた何かが出ちゃっているんだと思います。
もう一人初参加組として、松岡茉優がいますが、彼女の演技はどうでしたか。
是枝監督) 彼女は、あの年代だと抜群に上手い役者だと思っていて。 作品を見てキャスティングすることは滅多にないんですけど。松岡さんに関して言うと、『問題があるレストラン』『ちはやふる』の彼女の演技を見て、非常に抑えているんだけど、抱えている感情がいろいろ見えてくる、そういった演技が非常に上手いなって思ったんです。発散するんじゃない方向の芝居が、すごくいいなと思って。 実際に一緒にやってわかったのは、彼女は現場に来てから、相手の反応に合わせて演技を変えてくるということ。毎回変わるんですよ。何か決めてきているわけじゃなく、その場で反射してくるんです。それがとても見事でしたね。 たとえば、みんなが水着を買いに行って、リリーさんと2人で畳みの上で話すシーンがあるんですけど、あそこはとても良かったですね。リリーさんの言い方が変わってくると、お芝居が毎回変わってくるんです。 あと、鏡の前に髪を切った佐々木みゆを連れて、髪の毛の色を比べているシーンなんかは、僕がセリフで書いているのは前半の部分だけで、後半は「みゆちゃんの笑顔を引き出したい」とだけ伝えたのです。そうしたらわかりました、と。 みゆちゃんは松岡さんが好きで休憩時間もずっと一緒に遊んでいたので、それもあってでしょうけど、すごくいい表情を松岡さんが引き出してくれて。そういうことろではずいぶん助けられました。
多様性を認めない「家族像」
最後に、ずっと「家族」を撮り続けてきた是枝監督に、現在の「家族像」について聞いてみました。
今回の映画は、家族の「血」の部分も描かれていますが、見ていると血のつながっている家族とそうでない家族のどちらがいい、という結論は出てないように感じました。その辺は意識されているのでしょうか。
是枝監督) 結論はあえて出さないというか、出しようがないですよね。 たとえば、あるシーンで、樹木さん演じる初枝が「期待しない分だけいい」というけど、それは逆に言えば、期待を裏切られた経験があるということです。「どうでもいい」と思っていないということは、「血」にこだわっているということ。 単純に「血がつながらない共同体が正しい」と言うのは、おそらく現実を知らないだけだろうし、そんなに簡単じゃないんじゃないかと。 だけど、血を越えてつながろうとする人たちがいて、散り散りになって、それでも「血」に戻っていくような人たちもいれば、散り散りになってから、他人と母になったり父になったりする人もいる。そこのどこにシンパシーを感じるのかは、見た人の人生観に寄るんじゃないでしょうか。
最近の「家族観」について、なにか危機感を感じていますか。
是枝監督) 今、世の中の前提となっている「家族像」が、すごく古い観念になっているじゃないですか。そしてそこに向かおうとしている。「道徳教育」もそうだし、「夫婦別姓」もそうだし。 「女性活躍社会」と言っておきながら、その男性の多くが女性は家で子供を育てろと言っているわけで。それに対して家族の映画を作っているわけではないけども、“危機感”ということであれば、あまりにも多様性がなさ過ぎだ、と思うのです。 余計な御世話だよね、これが理想の家族のカタチだって言われても。
自分なりの「家族像」を見つけに行こう
映画『万引き家族』は、これまで是枝監督が撮り続けてきた「家族」とは、またひと味違った「家族」を見ることができると思います。 「ドキュメンタリーのような映画なので、映像の邪魔にならないように、メロディーラインを作らずに和音が鳴る程度にとどめた」という細野晴臣の音楽とともに、ぜひ映画館でお楽しみください。