2018年6月30日更新

「恐るべき子供」レオス・カラックスの天才ぶりとは?【アレックス三部作】

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レオス・カラックス『ポンヌフの恋人』

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「恐るべき子ども」レオス・カラックス

レオス・カラックス
©︎Peter West/ACE Pictures/Newscom/Zeta Image

レオス・カラックスは1960年11月22日、パリ近郊シュレンヌで生まれた映画監督・脚本家です。本名は「アレックス・オスカル・デュポン(Alex Oscar Dupont)」といい、「レオス・カラックス」という名は本名の「Alex Oscar」を使ったアナグラムです。 18歳から映画批評誌カイエ・デュ・シネマのライターとしてキャリアをスタートさせ、20歳で監督した短編映画がエール映画祭グランプリを受賞。1983年に初の長編作品となる『ボーイ・ミーツ・ガール』で脚光を浴びました。 『レオン』(1995)で知られるリュック・ベッソン、『ベティ・ブルー』(1987)のジャン=ジャック・ベネックスらと共に、フランス映画界における「恐るべき子供たち(Les Enfants Terribles)」と称されます。 その中でも「ジャン=リュック・ゴダールの再来」と評されるカラックス。30年を超えるキャリアですが、2018年現在までに監督した長編映画が5本だけと、非常に寡作なことでも知られています。

初の長編作品にしてアレックス三部作のはじまり『ボーイ・ミーツ・ガール』(1983)

カラックス初の長編作品。『ポンヌフの恋人』までの3作は、すべてアレックスという名の、俳優ドニ・ラヴァン扮する主人公が登場し、アレックス三部作と呼ばれています。ドニ・ラヴァンはカラックスと身長体重が一緒で、「アレックス」という名はカラックスの本名でもあることから、アレックスはカラックスの分身とされています。 孤独な少年アレックスと、ボーイフレンドとうまくいかないミレーユ。交わることのなかった二人の出会いを描いた作品です。全編モノクロで撮影され、パリの街がアーティスティックに儚く浮かびあがります。第37回カンヌ国際映画祭ヤング大賞を受賞しました。

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カラフルなSFフィルム・ノワール『汚れた血』(1986)

近未来を舞台にしたカラックス初の長編カラー作品。前作から一転、カラフルでスピード感のあるSF青春作品です。 ハレー彗星が接近し、愛のないセックスによって感染する病気STBOが蔓延するパリ。退屈な人生から逃げ出したいアレックスは、死んだ父の借金を返すため、父の友人メトロ、その恋人アンナと共にSTBOの新薬を盗み出し、売りさばく計画を立てるのですが……。 デヴィッド・ボウイの「Modern Love」をバックに主人公が疾走する、伝説的な名場面は有名で、後に映画『フランシス・ハ』でも再現されています。

孤独な男女の路上生活と愛を綴った超大作『ポンヌフの恋人』(1991)

ポンヌフ橋でホームレス生活をするアレックス。車に轢かれた彼を助けたのは、家出した画学生のミシェルでした。ミシェルが恋人に捨てられ、さらに病気で失明の危機にあることを知ったアレックスは、一緒に橋で暮らすことに。アレックスはミシェルに思いを寄せるようになりますが、やがて運命の歯車が狂い始めます。 ミシェルを演じるのは、当時カラックスの恋人であったジュリエット・ビノシュ。撮影はパリの街並みを再現した巨大な屋外セットで行われました。 カラックスの完全主義が災いし、制作には3年もの期間が費やされました。途中で制作費が底をついて撮影を何度も中断し、カラックスはビノシュと撮影中に破局を迎えるなど、その波乱に満ちた制作時のエピソードが公開前から知られています。 当初カラックスは本作を悲劇的なバッドエンドにしたいと考えていましたが、ジュリエット・ビノシュの意見で変更されたとのことです。

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姉と出会ったことで「真実」に目覚めた青年の悲劇『ポーラX』(1999)

前作から8年の時をあけて発表された本作。『白鯨』で知られるアメリカ人作家ハーマン・メルヴィルの『ピエール』を原作としています。 セーヌ川の畔の城で母とともに暮らす裕福な青年ピエール。作家として成功し婚約者との挙式を控え、何不自由ない生活を送っていましたが、ある日異母姉を名乗る貧しい女性イザベルがあらわれたことで、彼の運命が変わります。幸福な日常の中にある欺瞞に気づいたピエールは、イザベルと共に放浪の旅に出るのですが……。 その過激な性描写と難解な物語故、賛否両論を巻き起こしたことでも知られる本作。姉と弟の禁断のラブロマンスである一方、弱者を踏みつけ発展を遂げたフランス社会への怒りと疑問が込められた風刺作品でもあります。

東京をテーマにした短編映画『メルド』(2008)

『グエムル-漢江の怪物-』(2006)のポン・ジュノ、『エターナル・サンシャイン』(2004)のミシェル・ゴンドリー、そしてレオス・カラックスの3人の映画監督が東京をテーマに製作した短編映画を集めたオムニバス作品『TOKYO!』(2008)。 カラックスの作品『メルド』は、東京のマンホールから突如現れたメルド(フランス語で糞の意味)と呼ばれる謎の怪人が主人公です。地下で旧日本軍の手榴弾を発見した彼は、渋谷の街にテロを引き起こします。 アレックス三部作の主演俳優ドニ・ラヴァンの怪演と、逮捕されたメルドに対して行われるシュールな裁判の様子が見どころ。伊福部昭作曲の『ゴジラ』のテーマ曲が効果的に使用され、カラックスの目に映る東京と日本人の不思議さが描かれます。

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映画制作や演技の根底を問う、カラックス流の映画愛『ホーリー・モーターズ』(2012)

『ポーラX』以来13年ぶりに発表された長編作品。タイトルの意味は、映画撮影時にかける掛け声「アクション!」を意味するフランス語「Moteur」とよく似た単語「Motors」に「聖なる」を意味する「Holy」をつけたもの。そのタイトルから察せられる通り、映画全体が「映画」や「演技」を表現したものになります。 ある夜、目を醒ました映画人レオス・カラックスは、謎めいた劇場で映画を観始めます。登場するのは、オスカーという男。リムジンでパリの街に繰り出した彼は、物乞いやギャング、スーパーヒーローやモーションキャプチャー撮影をするダンサー、さらには『TOKYO!』に登場したメルドなど、様々な映画のキャラクターを演じます。 『顔のない眼』(1960)や『勝手にしやがれ』(1960)を始め、自身の監督作『ポンヌフの恋人』まで、数々の名作のパロディとオマージュの連発で、エンドロールまで目が離せません。カラックスの映画観と人生観を詰め込んだ渾身の120分です。

多くの映像作家を生み出した「カイエ・デュ・シネマ」とは?

カイエ・デュ・シネマ(Les Cahiers du cinéma)は、1951年に創刊されたフランスの映画批評誌。初代編集長で「ヌーヴェルヴァーグの父」と称される映画批評家のアンドレ・バザンは、難解な作品を一般大衆向けに解説することで、映画業界を盛り上げたいと考えていました。 映画を監督個人の表現作品とみなし、俳優やスタッフではなく監督の個性や力量こそが映画の完成度に貢献すると考える「作家主義」の評論姿勢が特徴です。 カイエ・デュ・シネマの若きライターは、その後映画監督としてキャリアをスタートさせることが多く、クロード・シャブロル、ジャン=リュック・ゴダール、フランソワ・トリュフォーら、ヌーヴェルヴァーグの一翼を担った映画監督たちを多数輩出しています。 レオス・カラックスも高校中退後の18歳から、カイエ・デュ・シネマのライターとして活躍していました。

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レオス・カラックスの妻カテリーナ・ゴルベワ

『ポーラX』でヒロインのイザベルを演じたロシア人女優・カテリーナ・ゴルベワ。彼女はレオス・カラックスの妻でもありました。 女優ジュリエット・ビノシュとの破局後、「もう映画を撮ることはない」とまで語っていたカラックスに、再び創作の意欲を湧き起こさせたのは彼女の存在だったとも言われています。 カテリーナ・ゴルベワは、もともとカラックスの友人で『三日間』(1992)や『フュー・オブ・アス』(1996)などの作品で知られるリトアニアの映画監督・シャルナス・バルタスのミューズで、実生活のパートナーでしたが、その後カラックスと結婚。 彼らの関係はやや複雑で、シャルナス・バルタスは『ポーラX』に、楽団のリーダー役として出演する一方、カラックスはバルタスの監督した映画『家』に出演しています。 しかし、ゴルベワは2011年8月に44歳の若さで逝去。『ホーリー・モーターズ』の製作中だったカラックスは、作品のエンドロールに彼女の写真と娘を登場させることで、最大限の哀悼の意を示しました。

最新作のミュージカル映画『Annette(原題)』が公開予定!

カラックスの最新作が近日公開予定です。 オペラ歌手の妻を亡くしたコメディアンが、2歳の娘の天才的な才能に気づくと同時に、彼自身の孤独と向き合うというストーリー。カラックス初の英語でのミュージカル・コメディ作品となるようです。 主人公のコメディアン役には、「スター・ウォーズ」シリーズのカイロ・レン役で知られるアダム・ドライバー。ヒロイン役には、当初ルーニー・マーラ、その後はリアーナがキャスティングされていましたが降板が相次ぎ、『マリリン 7日間の恋』(2011)や『グレイテスト・ショーマン』(2018)などのミュージカル作品へ出演するミシェル・ウィリアムズが抜擢されました。 当初に発表された予定では2017年春に撮影が開始され、2018年内にアメリカで公開されるとのことでした。日本公開日を含め詳細な情報はまだ不明ですが、カラックスの新境地開拓を期待してしまいますね。