2019年7月4日更新

映画『レオン』が名作たる理由 なぜ私たちはマチルダに魅力を感じるのか?

『レオン』 (z)
© Columbia Pictures

1994年公開の映画『レオン』。公開から20年以上が経っているのにも関わらず、世界中で愛される不朽の名作です。今回は、なぜ『レオン』が名作たりえたのか、またファンの多いヒロインのマチルダの魅力について迫ります。

不朽の名作映画『レオン』の魅力を紐解く

1994年にフランスとアメリカの合作映画として公開された『レオン』。殺し屋のレオンと少女マチルダの逃亡劇と純愛を描いた作品で、公開当時、想定していた以上のヒットを記録したのみならず、現在も世界中で愛されています。 しかし、本作がそこまで長く愛される名作となったのはなぜでしょうか?その理由は絶大な人気を誇るヒロイン・マチルダの存在や、涙なしには見られないラストシーンだけではないでしょう。 今回は、『レオン』がここまでの名作たりうる理由、そしてレオンのみならず観客をとりこにするヒロイン、マチルダの魅力の秘密について考察します。

名作映画『レオン』のあらすじ

マチルダは12歳の少女。主人公のレオンが住むアパートの同じ階に住む一家の娘です。麻薬の運び屋をしている父はマチルダのことを毛嫌いしていて、父の再婚相手には相手にされず、腹違いの姉ともうまくいっていませんでした。そんな中、マチルダが家族の中で唯一愛していたのが幼い弟でした。 ある日父親から殴られ鼻血が出ている時に、ハンカチを渡されたことでレオンと知り合ったマチルダ。彼女はレオンの代わりに牛乳を買いに出かけます。しかし帰ってくると、自宅の玄関には無残に殺された父の姿が。 身の危険を感じたマチルダは、咄嗟に隣に住むレオンに助けを求めました。レオンは迷った末彼女を保護し、マチルダは何とか難を逃れます。彼女の家族は皆、麻薬取締局に殺されていました。マチルダは最愛の弟を殺した麻薬取締局の捜査員への復讐を誓い、レオンに殺し方を教わろうとするのです。 ここから殺し屋レオンと12歳の少女マチルダの、2人の生活が始まりました。

【キャラ解説】殺し屋、レオン・モンタナの仕事と孤独

『レオン』
©GAUMONT

物語の主人公レオン・モンタナ。イタリア系移民である彼は19歳のときにアメリカへと渡りました。その時にマフィアの殺し屋として育てられ、現在の冷徹な殺し屋となったのです。

ストイックな殺し屋としての顔

レオンはいつも、マフィアのボスから依頼を受け、殺人を行います。狙った相手は確実に逃さないという一流の腕を持つ反面、女性と子どもは殺さないというポリシーの持ち主。子どもの頃から殺しを行っていたために字の読み書きができません。作中にはマチルダが字を教えてあげるシーンもあります。 元来几帳面でストイックな性格のようで、仕事のない日は食事や家事、買いものなどの用事を必ず同じ時間に行うほど。また、毎日牛乳を飲んでおり、本人は「好物だから」と言っていますが、これは牛乳には体の匂いを消す作用があることが関係しているのではないかと言われています。

孤独なレオン

レオン
© Columbia Pictures

ここまで聞くと、ただの冷酷でストイックな殺し屋であるかのように思えるレオン。しかし、彼の持つ顔はそれだけではありません。彼は凄腕の殺し屋である反面で、ただの孤独を抱えた大人でもありました。 殺し屋だった彼は、友だちを作ることができませんでした。誰とも交流しない日もしばしば。唯一心を許していたのは、「最良の相棒」である観葉植物です。 彼は鉢植えに植わったこの植物の世話を日課としており、彼やマチルダが植物の世話を行うシーンは作中でも印象的に描かれています。彼がこの植物を相棒としているのは「根が地面についていないところが自分と同じだから」。 余談ですが、この植物は「アグラオネマ」という種類であることがわかっています。特徴は、日陰でもよく育つこと、気温や水分の量で状態が変わってしまう繊細な植物であること。幸福を呼ぶ植物として愛されていますが、レオンと通じ合うのは「根が地面についていないところ」以外にもありそうです。

レオン役はフランスを代表する名優、ジャン・レノ

ジャン・レノ
©PHOTOPQR/LE PARISIEN

冷酷に見えつつも実は繊細で孤独な過去を抱える、そんな魅力あふれるレオン。彼を演じたのはフランスを代表する名優、ジャン・レノです。本作でメガホンを取ったリュック・ベッソン監督の作品にも多数出演しています。 本作でのレオン役で一躍スター俳優となった彼は、1995年に『フレンチ・キス』でハリウッドデビュー。それ以降は、『ミッション:インポッシブル』『ダ・ヴィンチ・コード』をはじめ、国際的に活躍しています。

【キャラ解説】映画史に残るヒロイン、マチルダ・ランドー

本作のヒロインであり、映画ファンなら誰もが知るほど有名な少女、マチルダ。レオンの隣人、ランドー家の娘である彼女ですが、父親の再婚相手や義理の姉とうまくいかず、素行不良という理由で寄宿舎に入れられています。レオンに出会ったのは、最愛の弟に会うために寄宿舎を抜け出してきていた時でした。

「子どもの姿をした大人」であるマチルダ

マチルダを一言で表すなら、「子どもの姿をした大人」。彼女の最大の魅力は、その大人びたところにあると言っても過言ではないでしょう。 マチルダといえば、黒いボブヘアとチョーカー。フライトジャケットをおしゃれに着こなす彼女の姿は大変大人びており、本作の公開当時、彼女の髪型は「マチルダボブ」と呼ばれ大流行したそうです。 彼女が大人びているのは、その容姿やファッションだけではありません。12歳である彼女は(レオンには18歳と伝えていたようですが)、その年齢の割に大変成熟したような言動が目立ちます。また、頭の回転が非常に速く教養もあるようで、子どもとは思えない発言でレオンを言い負かすこともしばしば。

マチルダの残した「名言」

作中で、君はもう少し大人になる必要がある、と言うレオンに対し「もう大人よ。あとは年を取るだけ」と返すマチルダ。このセリフは彼女の成熟した一面を非常によく表した、印象的なものですね。作中で、マチルダはこれ以外にも印象的な「名言」を残しています。

「大人になっても人生はつらい?」

マチルダとレオンの出会いのシーン。アパートの階段に腰かけるマチルダは、父親に殴られて鼻血を出していました。そんな彼女にハンカチを渡したレオンに、マチルダはこう質問したのです。「大人になっても人生はつらい?」 家族とうまくいかず、最愛の弟からも引き離されたマチルダ。家に帰れば父親からひどい仕打ちを受けなければならず、閉塞感に包まれた毎日を送っていたことでしょう。このセリフにはそんな彼女の、早く大人になってこんな毎日から抜け出したい、という背伸びをするような気持ちが表れています。 また、レオンの返答もシンプルながらなかなか味わい深いもの。字幕では「つらいさ」となっていましたが、「そんなものさ」という諦念を含むような返答になっています。見るからにまだ子どもである彼女に対する返答としては少し冷たいようにも思いますが、その分真摯さも伝わってくる言葉です。

「レオン、あなたに恋したみたい」

マチルダがベットに飛び込みながら言ったセリフです。作中で初めて彼女が愛を伝えたシーンですが、これにはレオンも思わず飲んでいた牛乳を吹き出してしまいます。 初めて人を愛したというマチルダと、初めてなのになぜわかるのかと問うレオン。マチルダは「お腹が温かいの。締め付けられるような感じが消えたわ」と返します。愛するという感情を腹痛という言葉で表したこの言葉は、印象的であるとともに共感できる人も時代にかかわらず多いのではないでしょうか。 この後、「腹痛が治ってなによりだ」とマチルダの告白をかわします。彼はそのまま仕事に出かけてしまいますが、マチルダはこれを境にレオンへの愛情をより積極的に伝えるようになるのです。

「私が欲しいのは愛か死よ」

弟を殺され復讐を望むマチルダに対して、人を殺すと取り返しがつかないことを知っているレオンは、復讐をやめるように言います。突き放されたと感じたマチルダは、レオンの愛を試すことにしたのです。 「人に優しくするゲーム」をしよう、と言った彼女はロシアンルーレットを始めます。自分のこめかみに銃を突きつけ、彼女は「私が欲しいのは愛か死よ」と言い放ったのでした。ギリギリのところで彼女を止めたレオン。マチルダはレオンの愛を確かめ、2人の関係はより確信的なものへと変わりました。 思えば、作品序盤でマチルダと行動を共にすると決めたときも、彼女の危なっかしい行動があってのことでした。自分と組んでほしい、と頼むマチルダに俺は1人で仕事をする、と断るレオン。そんな彼を見て、マチルダはアパートの窓から発砲したのです。 予測のつかない行動でレオンを翻弄するマチルダ。その後レオンが彼女に惹かれていくように、物語が進むとともに我々も彼女のそんなところを魅力的に思うようになっていきます。

マチルダを演じた子役は女優ナタリー・ポートマン

ナタリー・ポートマン
Cinzia Camela/WENN.com

マチルダを演じたのは、当時子役となったばかりのナタリー・ポートマンです。マチルダを演じた当時、ナタリーはわずか13歳。その演技は世界中から絶賛され、鮮烈なデビューを果たしました。 そんな彼女も、今ではその実力と知性美で世界的な女優に。2010年の『ブラック・スワン』では次第に精神的に崩壊していくバレリーナを体当たりで演じ、アカデミー主演女優賞を受賞しました。子役から大成した女優として、エマ・ワトソンをはじめ多くの女優に影響を与えている女性でもあります。

【キャラ解説】『レオン』のヒール役、ノーマン・スタンスフィールド

レオン
©GAUMONT

本作の悪役となるのがノーマン・スタンスフィールド(通称スタン)。彼は麻薬取締局の刑事でありながら、実は麻薬取引を裏で牛耳るというエキセントリックな人物なのです。しかしながら非常に頭の切れる人物でもあり、レオンを追い詰めた点からしても優秀な刑事であることが読み取れます。 レオンとは異なり非常に残忍な性格の持ち主であるスタンスフィールド。女性や子どもだろうと、人を殺すことに抵抗を持たない、サイコパシーとも言えそうな傾向のある人物です。マチルダの父、ジョセフが麻薬をくすねたことで彼の家に乗り込んだ際には、鼻歌を歌いながら家族を惨殺しました。 その時、マチルダの最愛の弟を殺したために、スタンは彼女の恨みを買うことに。マチルダはレオンのもとで復讐を目論みます。レオンに殺しの依頼をする元締めがスタンスフィールドであることがわかったのは、その後のことでした。

狂気の悪役を演じたカメレオン俳優、ゲイリー・オールドマン

ゲイリー・オールドマン
WENN.com

狂気染みていながらその渋さで鑑賞者に強烈な印象を与えたスタンスフィールド。彼を演じた俳優はカメレオン俳優で有名なゲイリー・オールドマンです。「ハリー・ポッター」シリーズのシリウス・ブラック役でなじみ深いのではないでしょうか。 オールドマンといえば悪役でも個性を発揮する俳優。本作以外では、『フィフス・エレメント』での地球滅亡を企てる邪悪な役が有名です。また、2018年公開の『ウィンストン・チャーチル ヒトラーから世界を救った男』ではアカデミー主演男優賞を受賞しました。意外にもこれが初受賞でした。

【キャラ解説】実はイタリアンマフィアのボス、トニー

レオン
©GAUMONT

レオンとマチルダがよく訪れるレストランの店主、トニー。しかしその裏の顔はイタリアンマフィアのボスで、レオンの雇い主でした。アメリカにやってきたレオンを拾い、凄腕の殺し屋へと育て上げたのも彼です。 物語の最後、ひとりで彼の店を訪れたマチルダ。トニーはレオンの残したお金を、レオン自身の意思に従いマチルダに与えました。わたしも殺し屋になりたい、と頼むマチルダを一蹴するシーンも印象的です。

果たしてトニーは悪人なのか?

本作を鑑賞した人たちの中には、本作における一番の悪人はスタンスフィールドではなくトニーなのではないかという感想を抱く人も少なくないようです。 なぜなら、トニーはレオンを拾い育て上げた張本人でありながら、店にやってきたスタンスフィールドの詰問にあえなく屈してレオンのことを白状してしまったからです。もしも彼がここでレオンのことを黙秘していたならば、違う結末が待っていたのではないか。確かにそう思えるかもしれません。 しかしトニーはこの時、スタンから拷問を受けていました。それは彼の変形してしまった顔からもわかります。しかもスタンはトニーの仕事の元締めでもあるので、仕方なくレオンの居場所を白状してしまった、と考えると多少同情の余地が生まれてくるのではないでしょうか。

レオン
©Columbia Pictures

また、終盤において彼はレオンが残したお金をマチルダに渡し、殺し屋になることを望む彼女を怒鳴りつけ店から追い出します。この2つの行動はレオンの意思に基づいたものです。 彼女を経済的に援助するのは、レオンの意思以外に贖罪の意味も込めてのことでしょう。 確かにトニーが違う行動を取っていれば、物語はこの結末ではなかったかもしれません。しかし、そこには彼の抱える事情もあり、かつ彼はレオンやマチルダのことを思いやっていなかったわけではないのです。トニーのことを悪役だと言い切ることは難しいでしょう。

トニーを演じた名脇役、ダニー・アイエロ

ダニー・アイエロ
© Everett/Photoshot

脇役ながら大きな存在感を持ち、また作品における大きな役割も担ったトニー。彼を演じたのはアメリカ出身の俳優、ダニー・アイエロです。悪役からユーモラスな役まで様々な役をこなす彼は、俳優以外に歌手としても活躍しています。 『ゴッドファーザー PARTⅡ』や『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・アメリカ』など、本作以外においてもマフィアやギャングを演じることが多いアイエロ。そんな役がはまり役であることに加え、彼自身がイタリア移民であることを活かしているのかもしれません。

主人公、レオンの誕生秘話

名作となった『レオン』ですが、元はジャン・レノのためにベッソン監督が制作した作品だったのです。そこには監督の前作『ニキータ』が大きく関わっています。

『ニキータ』がなければ『レオン』は生まれなかった

1990年公開の、ベッソン監督による『ニキータ』。当時の監督にとっては自身最大のヒット作となった作品です。 舞台はパリ。薬欲しさに深夜の薬局に乱入した、麻薬中毒の少年少女。そこに警察が突撃し、銃撃戦の結果少年少女は全員倒れたかのように見えましたが、少女がただ1人生き残ったのです。警察でニキータと名乗った彼女はその後、ボブと名乗る秘密警察官によって暗殺者として生きることとなりました。 この作品にも、ジャン・レノは出演していました。その役は掃除人ヴィクトル。闇の掃除人として、ニキータが暗殺者となる前から機械的に殺しをしていました。作中において、彼はあっけない最期を遂げてしまいますが、ベッソン監督はレノ演じたヴィクトルを大変気に入ったのです。 その結果、ヴィクトルの物語として生まれたのが『レオン』でした。2作の間に直接的なつながりはないものの、レオンの原型がヴィクトルということになります。結果、『レオン』は大ヒット作品となりましたが、監督の習作『ニキータ』あってのものだったのです。

【考察】レオンや観客はなぜマチルダに惹かれたのか

私たちはなぜこんなにも彼女に惹かれてしまうのでしょうか。その最大の理由は、彼女が「子どもの姿をした大人」であることでしょう。 外見、内面ともに、その年齢からは考えられないほど成熟したマチルダ。その一方で、時折垣間見える幼さが、彼女をより一層魅力的な人物に見せています。 マチルダは「最高のゲーム」をしましょう、とレオンに持ち掛けます。それは、彼女が家にある服を使って有名人に変装し、レオンがそれを誰だか当てるというもの。次々と変装し、その人物のモノマネまで披露するマチルダは楽しそうな笑顔を見せ、彼女の子どもらしさを感じさせます。 また、マチルダの初仕事を祝して2人はレストランで食事を取るシーン。グラスに注がれたお酒をがぶ飲みして、途端に笑い上戸になるマチルダ。背伸びをするような、いじらしい姿が大変可愛らしく描かれました。 孤独だったレオンは彼女のそのような部分に戸惑い振り回されながらも、魅力的に感じ惹かれていったのでしょう。

マチルダに惹かれてしまう理由は彼女の大人びたキャラクターだけか?

しかし、マチルダのキャラクターとしての魅力は彼女の特徴だけによるものではありません。ここで注目すべきは、彼女がそのような少女であるために、レオンとの関係性がより純粋で美しいものとして描かれていることです。 マチルダが「子どもの姿をした大人」であるならば、レオンは「大人の姿をした子ども」だと言えるでしょう。前述した、マチルダの「もう大人よ。あとは年を取るだけ」というセリフに、レオンは「俺は逆だ。年は取ったが大人にならないといけない」と返します。 確かにレオンは見た目は立派な大人です。凄腕の殺し屋であることから、彼が仕事においては熟達していることがわかります。その性格も冷徹でストイックと、一見すると経験を積んだ大人のようです。 しかし、彼はその内に子どものような一面を秘めているのです。レオンは映画『雨に唄えば』を鑑賞していました。その時に彼が見せたのは、目を輝かせてスクリーンに見入る無垢な表情です。

対をなす2人の純愛

久しく孤独な人生を送ってきたレオンは、マチルダと関わるうちに彼女を想う人間らしいあたたかい感情を持つようになります。それを受けて、彼はマチルダを拒絶するような言動を取りますが、それはその感情への戸惑い故のことでしょう。 幼いながらも非常に成熟した心を持ち、愛情をまっすぐに伝えるマチルダ。一方のレオンはまだ心が十分に大人になっていないために、彼女からの愛情を受け入れること、そして自分自身の彼女への愛情を整理することができないのだと、作品を通して読み取れます。 もしかすると、レオンもマチルダのそんな自分自身とは対をなす内面に惹かれたのかもしれません。 しかし、我々が彼女に惹かれてしまう要素として、彼女とレオンの内面が対極にあるものであるために2人が見せる曇りのない想い、そしてマチルダが子どものようなレオンに向ける大人の女性のような表情というものは大きいのではないでしょうか。

マチルダのその後 少女は殺し屋になったのか?

トニーの店を出て、学校の寄宿舎へと戻ったマチルダ。彼女はそこで、穏やかな暮らしを始めようとするのでした。作品はそこで幕を閉じていますが、果たして彼女はその後どうなったのでしょうか?

「はっきりと描かれない」ベッソン監督作のヒロインの行方

ここで、『レオン』の原型となった作品、『ニキータ』について考えてみましょう。暗殺者として生きざるを得なかったニキータは、教育を一通り受けた後別人としての人生をスタートさせました。しかし、殺しの指令は否応なしに舞い込みます。そんな毎日の中で、彼女はマルコという男性と恋に落ちました。 マルコとの幸せな生活の一方で、殺しを続けるニキータ。しかし、彼女の暗殺者としての一面をマルコは知っていたのです。そのうえでなお彼女を愛するマルコの想いにニキータは心を打たれ、殺しをやめることを決意しました。彼女はマルコを巻き込むまいと、1人で逃亡します。 ニキータの行方、そして彼女やマルコがその後どうなったかは描かれておらず、我々の想像に委ねられています。これは『レオン』のラストにおけるマチルダについても同じです。彼女がその後どう成長していくのかは誰も決められません。

マチルダは殺し屋になったのか?

レオン
©GAUMONT

では、彼女の未来として考えられるのはどんなものでしょうか。「マチルダはレオンの後を追って殺し屋になるのではないか?」そう考えた人は少なくないでしょう。現に、レオンと別れた後、彼女はトニーにわたしも殺し屋になりたい!と感情をあらわにしています。 しかし、彼女は殺し屋にはならなかったと、わたしは考えます。彼女はこれから、おそらくずっと、レオンを忘れることはありえないからです。そして、愛するレオンと“ある意味で”同じ道を辿ろうとするであろうからです。 スタンの襲撃に遭い、なんとかマチルダを逃がそうとするレオン。「1人で行きたくない」と涙を流す彼女に、「君は俺に生きる望みをくれた。大地に根を張って暮らしたい」と2人で街から逃げることを約束します。その後、マチルダは脱出し、二度と来ることのないレオンを待つのでした。 そして、マチルダは学校の校庭にレオンの「相棒」である観葉植物を植えます。そして「もう安心よ、レオン」と声をかけるのでした。「根を張って暮らしたい」というレオンの願いを叶えたかのように。

レオンと“同じ道をたどる”マチルダ

レオン
©GAUMONT

マチルダが殺し屋になることを、レオンは望んでいません。愛するマチルダに自分と同じ道をたどってほしくないと思っていたであろうことも、終盤でのトニーの行動からわかります。 そして、対をなすような存在として描かれていたレオンとマチルダですが、共通して孤独を抱えていました。そんな2人がお互いに出会って人を愛する気持ちを知り、2人で生きることを幸福としたのです。その末に穏やかな毎日を望んだレオンの気持ちを、マチルダはわかっていたはず。 つまり、マチルダが殺し屋になることは、レオンの望みを2つも裏切ることになるのです。強烈に、まっすぐに愛したレオンを裏切るようなことを、マチルダはするでしょうか。レオンが自分のために守ってくれた新たな人生を、彼女は大切にしていくと思います。 さらに、マチルダがレオンに初体験の相手になることを要求した夜に、レオンは過去に愛した女性のことを告白しました。彼女と死別し、その敵をとってから恋はしていないと。マチルダもまた、やがてまた誰かを愛するまで、レオンを一途に想い続けるのはないでしょうか。 マチルダが「殺し屋」というレオンと同じ道をたどることは考えられません。しかし、彼女は若き日のレオンと同じ「想い続けて生きる」という道をたどるのではないでしょうか。

映画『レオン 完全版』とオリジナル版の違い

『レオン』にはオリジナル版と完全版が存在します。オリジナル版は当初劇場公開されたもので、完全版はそのヒットを受けてベッソン監督が未使用の約22分を加えて制作したものです。 2つの版の違いである約22分間とは3つのシーンの合計時間。マチルダの暗殺の練習のシーン、マチルダがシャンパンをがぶ飲みするシーン、マチルダがレオンに初体験の相手となることを求め、レオンが自分の過去について語るシーンです。 その3つのシーンはレオンとマチルダの関係の変化を表すには不可欠で、本来監督が公開したかったのはこれらが含まれた完全版でした。しかし、12歳であるマチルダが殺しの練習をしたり飲酒をしたり、まして成人男性であるレオンと恋愛をしたりする描写は、当時の社会としては刺激的すぎたのです。 その後、無事人々の目に触れることができた完全版。オリジナル版に比べ、前述したような2人の関係の変化や、マチルダの魅力がより伝わる仕上がりになっています。作品の世界を存分に味わうためには、断然完全版がおすすめです。

映画『レオン』が名作たりうるのはなぜ?

レオンとマチルダという正反対の2人の間の純愛、マチルダという魅力的なヒロイン、2人の想いを強く感じさせる演出や俳優陣の圧倒的な実力など、『レオン』が名作である理由を考えてきました。 そして、『レオン』はおそらくこれから先も愛され続けることでしょう。それは本作が「どの時代においても心揺さぶられる物語であるから」です。 レオンとマチルダには親子ほどの年の差があります。しかし、2人は愛し合うことができました。冷酷で孤独な殺し屋と、復讐に燃えていた少女。たとえ創作物であろうと大人と少女の恋愛が許容され難いものであった時代に、愛をはぐくんだ2人の姿は、人を愛する心の強さというテーマを訴えかけてきます。

そのテーマは、現代においても我々の心を揺さぶるものです。現在、恋愛のあり方は自由になりつつあります。成人男性と少女の恋愛は犯罪を匂わせるものでもあるため、尊重すべきものであるとは言いきれませんが、年齢差があるカップルは今時珍しくありませんし、創作物の題材となることもあります。 そんな時代で、『レオン』は「自分たちの描く幸福を求め続けた2人」の物語になることができるのです。自分たちの好きな人を好きだという気持ちを素直に肯定する2人の姿は、恋愛以外においても「自分の感情を殺さない」ことの大切さを訴えてきます。 『レオン』が公開当初訴えた、「タブーとされる状況でも人を愛する感情の尊さ」は、現代においてあまり響くものではないかもしれません。しかし、「自分の感情を殺さないことの美しさ」はどの時代においても普遍的に人々の心を揺さぶるテーマなのではないでしょうか。