2018年10月11日更新

夭折の天才!ドイツ映画の旗手ライナー・ヴェルナー・ファスビンダーの代表作10選

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ペトラ・フォン・カントの苦い涙

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ニュー・ジャーマン・シネマを牽引!ファスビンダー監督の功績とは?

ライナー・ヴェルナー・ファスビンダー
© Picture Alliance/Photoshot

1960年代後半から80年代にかけて、ドイツの若き映像作家たちは、自国の映画産業を商業から芸術へ昇華させようという取り組みを展開しました。 ニュー・ジャーマン・シネマと呼ばれるこの芸術活動において、中心的役割を担ったのが、映画監督のライナー・ヴェルナー・ファスビンダー。今回は、西ドイツ映画を語る上では欠かせないファスビンダー監督作品を10点選出し、彼の足跡をたどります。 さらには、この秋に日本劇場初公開が予定されている『13回の新月のある年に』(1978)と『第三世代』(1979)についての情報も併せてお届けします。

プロフィールと作品テーマ

1945年、西ドイツのバート・ヴェリスホーフェンに生まれたライナー・ヴェルナー・ファスビンダーは、19歳で俳優学校に入学し、映画制作や舞台演劇の脚本執筆などの経験を重ねたのち、1967年よりミュンヘンの劇場で監督、脚本、俳優業を開始します。 1969年以降は、劇場での活動を通して培った技術や人脈を活かして映画制作に尽力し、1982年に37歳で急逝するまで、実に44本もの映画やテレビ映画を制作しました。 代表作にはカンヌ国際映画祭で2冠を達成した『不安は魂を食いつくす』(1974)、『マリア・ブラウンの結婚』(1979)、ベルリン国際映画際で金熊賞を受賞の『ベロニカ・フォスのあこがれ』(1982)が挙げられます。

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西ドイツの戦後世代の社会観を反映

終戦直後の西ドイツで、医者の父親と翻訳家の母親というブルジョワ階級の家庭に育ったファスビンダー。 彼が舞台や映画の仕事を開始した1960年代後半の西ドイツでは、経済が空前の大成長を遂げる反面、ナチス政権の遺構とも言えるエリート主義・権威主義的な社会構造に反対する学生運動が最盛期を迎えていました。 戦後生まれの若い世代が「個々の自由」を主張するという時流を背景に世に出たファスビンダー監督もまた、自らの作品のテーマに階級や人種、ジェンダーに関する不平等問題を取り入れ、社会的な優位性を享受する側と搾取される側という対比的な人間関係を好んで描写しました。 ここからはファスビンダー監督の作品を10点ピックアップし、彼のキャリアの詳細に迫ります。

1.『愛は死より冷酷』(1969)

ファスビンダー監督の長編映画初監督作品『愛は死より冷酷』は、全編モノクロで送るギャング映画です。 主人公はミュンヘンで暮らす一匹狼のヒモ、フランツ(ファスビンダー)とギャングのブルーノ(ウリ・ロメル)。犯罪組織を介して出会ったふたりは、友情を育む一方で娼婦のヨアンナ(ハンナ・シグラ)を巡る三角関係を発展させてゆく......。 元はと言えばフランスのヌーヴェル・ヴァーグに触発された開花したニュー・ジャーマン・シネマ。『愛は死より冷酷』にも、ヌーヴェル・ヴァーグを代表するジャン=リュック・ゴダール監督の名作『勝手にしやがれ』(1960)の影響が色濃く漂います。

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2. 『四季を売る男』(1971)

舞台は1950年代の西ドイツ。フランスで外国人部隊に所属していたハンス(ハンス・ヒルシミュラー)は、帰国後に警官の職に就くものの、職務中に娼婦と不適切な関係を持ったことが発覚し、解雇されてしまいます。 その後は果物の行商で家族を養おうと試みるハンスでしたが、彼の人生は転落の一途をたどるばかり。挫折感に苛まれ、母からも妻からも愛されず、次第に家庭内暴力やアルコール依存へと手を染める男の、自己破壊的な半生を描いた物語です。

3.『ペトラ・フォン・カントの苦い涙』(1972)

ファスビンダー監督の戯曲を原案とする『ペトラ・フォン・カントの苦い涙』は、高慢なファッションデザイナーのペトラ(マルギット・カルステンセン)、既婚者でモデル志望のカーリン(ハンナ・シグラ)、従順な召使のマレーネ(イルム・ヘルマン)が織り成す女性同士の三角関係がテーマのメロドラマです。第22回ベルリン国際映画祭でコンペティション部門への出品を果たしました。 野心家のカーリンは自身の不幸な生い立ちを語り、離婚をほのめかすことでペトラの愛と献身を勝ち取ります。そして、カーリンに出世の足がかりに利用されたことに気がついたペトラは、それまで奴隷同然に扱ってきたマレーネから慰めの愛を乞うことに。 舞台となったのはブレーメンに建つペトラの邸宅。密室で繰り広げられるサディスティックで共依存的な愛欲関係の果てに女性たちは何を見るのでしょうか。

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4.『不安は魂を食いつくす』(1974)

『不安は魂を食いつくす』は、60代のドイツ人清掃婦と30代のアラブ系労働者のロマンスを主軸に、外国人労働者への差別問題を織り込んだ作品です。 窓拭きで生計を立てる未亡人のエミ(ブリジット・ミラ)は、雨宿りのために飛び込んだバーで出会ったモロッコ出身の出稼ぎ労働者アリ(エル・ヘディ・ベン・サラム)と恋に落ち、やがて再婚を決意。しかし、愛し合うふたりを待ち受けていたのは、身近な人々から浴びせられる苛烈な差別の嵐でした。 ファスビンダー監督は、この映画で第27回カンヌ国際映画祭の国際映画批判家連盟賞およびエキュメニカル審査員賞を受賞しました。

5.『自由の代償』(1975)

宝くじで大金を手に入れた労働者階級出身のフランツ(ファスビンダー)は、生まれながらに裕福なゲイのオイゲン(ペーター・シャテル)に惚れ込み、アパートや車、旅行や会社の資金など、ありとあらゆる貢物を差し出します。 オイゲンもまた、一向に搾取の手を緩めようとしません。彼は内心、フランツがブルジョワ階級の価値観や行動様式を持ち合わせていないことに辟易し、蔑視していたのです。愛と金を捧げてもなお乗り越えることのできない「階級の壁」がフランツの目前に立ちはだかり、ふたりの関係は終焉を迎えます。

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6.『マリア・ブラウンの結婚』(1979)

第二次世界大戦中の1943年、連合軍による空爆の最中に結婚式を挙げたマリア(ハンナ・シグラ)とヘルマン(クラウス・レーヴィッチェ)。新郎のヘルマンは式から2日も経たずして前線へと出征し、終戦後にホステスとして働き始めていたマリアに彼の戦死が伝えられます。 未亡人となったマリアは、アフリカ系アメリカ人兵士ビル(ジョージ・バード)の子供を妊娠しますが、そこに戦死したはずのヘルマンが帰還。動揺したマリアは衝動的にビルを殺め、ヘルマンはその罪を被り刑務所に収監されてしまいます。 夫が出所したら、今度こそ幸せな結婚生活を営みたいーー。その経済基盤を手に入れるため、マリアは富豪の秘書兼愛人へと成り上がります。

7.『リリー・マルレーン』(1981)

第二次世界大戦中に敵味方の垣根を越えて人気を博した歌手ララ・アンデルセンの自伝的小説をもとに、ドイツ人歌手のビリー(ハンナ・シグラ)とユダヤ人作曲家のロベルト(ジャンカルロ・ジャンニーニ)の波乱に満ちた愛の軌跡を描く『リリー・マルレーン』。 ナチス・ドイツのユダヤ人迫害が激化した1938年に出会ったふたりは、ゲシュタポによる摘発や親の反対を潜り抜けながらも懸命に愛を貫こうとします。しかし、ビリーが歌唱した楽曲「リリー・マルレーン」が大ヒットを遂げ、彼女はナチス公認のマスコット歌手へと上り詰めてしまい......。

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8.『ローラ』(1981)

1957年、東西ドイツ国境の小さな町コーブルクに派遣された建設局長のフォン・ボーム(アーミン・ミューラー=スタール)。 急回復中のドイツ経済が叩き出す利益をめぐる汚職が日常化するなか、生真面目なフォン・ボームは公正に職務を遂行しようとしますが、娼婦のローラ(バルバラ・スコヴァ)に心を奪われてしまいます。しかも彼女は、悪質な不動産業を営む男の愛人でもありました。ローラの黒い顔が男の道徳心に揺さぶりをかけます。 ジョセフ・フォン・スタンバーグ監督による『嘆きの天使』(1930)に着想を得て制作された作品です。

9.『ベロニカ・フォスのあこがれ』(1982)

第32回ベルリン国際映画祭で金熊賞を獲得した『ベロニカ・フォスのあこがれ』は、落ちぶれた大女優のベロニカ(ローゼル・ツェッヒ)の末路を描くモノクロ映画です。主人公のモデルは、ナチスによって国有化された映画会社ウーファで活躍した女優のシビレ・シュミッツ。 1955年のミュンヘンにて、スポーツ記者のロベルト(ヒルマール・ターテ)は、ナチス時代に活躍した女優のベロニカ・フォスに出会います。かつての栄光に縛られるあまり心を病んでしまったベロニカに興味を抱いたロベルトは、やがて彼女がモルヒネ中毒に陥れられた挙句、財産詐欺に遭っていることを突き止めます。

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10.『ファスビンダーのケレル』(1982)

『ファスビンダーのケレル』はフランスのブレスト港を舞台に、麻薬の密輸を企てる水兵のケレル(ブラッド・デイヴィス)が、娼館の主人や実兄と瓜二つの常連客、悪徳警官、海軍の上官といった面々と男同士の愛憎関係を繰り広げる様子を描いた作品です。 ジャン・ジュネの小説『ブレストの乱暴者』を原作とし、フランスの名女優ジャンヌ・モローが娼館のマダム役で出演しています。 ファスビンダー監督は、この映画の公開3ヶ月前の1982年6月10日に、薬物の過剰摂取によりミュンヘンの自宅で息を引き取りました。

ファスビンダー監督作品に見る西ドイツ

異なる階級や人種、ジェンダーの間に発生する人間同士の力関係に焦点を絞り、西ドイツの世相に鋭く切り込む作品を数多く発表したファスビンダー監督。 『マリア・ブラウンの結婚』、『ローラ』、『ベロニカ・フォスのあこがれ』では、西ドイツ経済が急成長を遂げた時代の男性優位社会を生き抜こうとする女性たちの姿を赤裸々に捉えました。 ファスビンダー監督の映画は、今は無き西ドイツという国家を理解する上で貴重な足がかりと言えるのかもしれません。

日本劇場未公開作品の上映が決定!

折しも2019年は、ファスビンダーの長編映画監督デビュー50周年の節目の年。2018年10月27日(土)からは、性転換手術を受けた主人公の最後の日々を綴る『13回の新月のある年に』(1978)と、思想を持たないテロリストたちが起こした事件を描く『第三世代』(1979)が4Kレストア版で日本劇場初公開を迎えます。 上映劇場は東京のユーロスペースほか、横浜シネマリン、名古屋シネマテーク、大阪のシネ・ヌーヴォ、神戸の元町映画館など。映画公式サイトで最新情報をお確かめの上、ぜひスクリーンでお楽しみください。