2018年10月12日更新

日本映画史を代表する美術監督・木村威夫の代表作品10選

1945年から第一線の美術監督として日本映画に貢献し、2008年には90歳にして長編映画監督デビューを果たしてしまった木村威夫。国立映画アーカイブでは、2018年10月から木村威夫の足跡を辿る展覧会も開催されます。彼の仕事を振り返りましょう。

映画における美術監督とは?

美術監督は、撮影の対象となる空間作りの責任者です。欧米では「アート・ディレクター」あるいは「プロダクション・デザイナー」と呼ばれ、監督に次ぐ重要な役割を担います。 監督やプロデューサーと話し合い、予算内で背景を構築しなければなりません。一定の美意識を常に要求され、アートに関する知識も当然必要です。 美術監督の腕前次第で、作品全体の評価が変わってしまいます。映画の舞台となる時代が古い場合、もちろん、その時代のことも知っていなければなりません。 このような責任重大な役職を、60年余りも第一線で果たしてきた木村威夫の仕事を振り返ってみましょう。

木村威夫のプロフィール

木村威夫は、1918年東京都出身の美術監督、映画監督です。10代の頃より舞台美術を学び、大映、日活の数多くの映画で美術監督を務めます。 『悪太郎』(1963)以来、鈴木清順監督作品の常連になり、独特の清順ワールドに貢献。1966年に、鈴木清順を中心とする脚本家グループ「具流八郎」に参加し、その後、日活を解雇された鈴木清順の映画監督復帰を助けます。 1972年にフリーになり、林海象などの若手監督の作品にも参加。1992年には勲四等旭日小綬章を受章しました。 2004年、初の監督作品『夢幻彷徨』という短編映画を発表。2008年、90歳のときに長編映画『夢のまにまに』を公開し、長編映画監督デビュー世界最高齢としてギネスに登録されます。 2010年に91歳で死去。

木村威夫が美術を担当した代表作10選

1. 鈴木清順の日活時代の代表作『東京流れ者』

日活時代の鈴木清順監督の代表作と言って良いでしょう。原作・脚本は川内康範、主演は渡哲也です。 「不死鳥の哲」こと本堂哲也(渡哲也)は、組の解散とともに堅気になろうとしていました。しかし、対立していた組から命を狙われ、あげく信頼していた親分に裏切られた哲の怒りが爆発します。 あらすじだけ読むと日活映画にありがちな、ハードボイルド任侠もののように見えますが、渡哲也はじめ主要人物が歌いながら登場するシーンは、まるでミュージカル。 木村威夫の異次元のようなセットで繰り広げられる撃ち合いは、あたかもダンスのよう。『ラ・ラ・ランド』のデイミアン・チャゼル監督が、本作にオマージュを捧げているのも頷けます。

2. 熊井啓監督とタッグを組んだ文芸作品『サンダカン八番娼館 望郷』

原作は山崎朋子のノンフィクションで、大宅壮一ノンフィクション賞を受賞しています。また、大女優、田中絹代の遺作としても記憶されるべき作品です。 戦時中に「からゆきさん」と呼ばれて、東アジアや東南アジアで慰安婦として活動していた女性たちの実体が描かれます。日本女性の近代史を研究している三谷圭子(栗原小巻)は、旅先の天草で偶然出会ったサキ(田中絹代)という老婆が元「からゆきさん」ということを知り、その話を聞くのですが……。 極貧のサキが住んでいるあばら屋、ボルネオのエキゾチックな娼館など、木村威夫の手になるものでしょう。監督は熊井啓で、米アカデミー外国語映画賞にノミネートされました。

3. 若者の苦悩を描いた黒木和雄監督作品『祭りの準備』

ATGの主力メンバーだった黒木和雄監督作品。脚本家、中島丈博の半自伝的内容です。 高知県でシナリオライターになることを夢見て、信用金庫に勤務する青年、沖楯男(江藤淳)は、地元の複雑な人間関係に悶々としていました。楯男が上京するまでを描いた青春映画です。 ATG製作ということもあって、予算が採れずオールロケで撮影されているため、木村威夫の美術はあまり派手ではありません。しかし、南国土佐の美しい自然と、土着的な雰囲気を最大限に引き出しています。 時には生のままの自然が、最大の美術装置になるのです。

4. 異世界の妖しい魅力に満ちた『ツィゴイネルワイゼン』

日活を解雇された鈴木清順が、『悲愁物語』(1977)に続いて映画監督に復帰した作品で、日本アカデミー賞最優秀作品賞をはじめ各賞を総なめにしました。 原作は内田百閒の『サラサーテの盤』。作曲者のサラサーテ自身が演奏する『ツィゴイネルワイゼン』のレコード盤をめぐって、ドイツ語教授の青地(藤田敏八)が妖艶な世界に巻き込まれます。 『陽炎座』(1981)、『夢二』(1991)とともに「大正浪漫三部作」として名高い作品です。鎌倉を舞台に繰り広げられる、魑魅魍魎が跋扈する異界を表現する木村威夫ワールドが炸裂!

5. 伊丹十三のラーメン西部劇『タンポポ』

伊丹十三の監督作品第2弾。監督によれば「ラーメンウエスタン」ともいうべきコメディで、流行らないラーメン屋を立て直すのがあらすじです。 しかし、映画館で音を立てて物を食べるカップルを恫喝するヤクザ(役所広司)、やたらフランス料理に詳しい鞄持ちのサラリーマン(加藤賢宗)、危篤の妻に炒飯を作らせる中年男(井川比佐志)など、メインストーリーに関係のない食に関するエピソードが、ショートスケッチ風に数珠つなぎになっています。 それぞれのシチュエーションに合わせた美術設計が要求される中でも、最後にすっかり見違えたラーメン屋「タンポポ」は一見の価値があります。

6. 戦時のモラルを問う問題作『海と毒薬』

遠藤周作の同名小説が原作。太平洋戦争末期にアメリカ兵捕虜に対して実際に行われた生体解剖を主題としています。 アメリカ人捕虜を生きたまま解剖するように軍から命じられ、そのあまりに非人道的な実験に悩む若き医学部研究生、勝呂(奥田瑛二)。その苦悩を通して生命の尊厳、医師のモラルを問いかけます。 文芸作品には定評のある熊井啓監督は、あえてモノクロ画面を選び、対象の生々しさを避けているかのようです。木村威夫の美術も時代性とテーマに則するように、寒々しいセットを構築しています。 ベルリン国際映画祭・銀熊賞審査員グランプリ部門受賞作です。

7. 往時の東京を綿密に再現『帝都物語』

博物学者・荒俣宏の小説デビュー作が原作。原作は10篇にもおよぶ長大な伝奇小説ですが、本作は第1篇「神霊篇」から第4篇「龍動篇」までをもとにしています。 明治末期、平将門の怨霊を利用して帝都破壊をもくろむ魔人、加藤保憲(嶋田久作)が出現します。彼を阻止するべく、渋沢栄一(勝新太郎)、寺田寅彦(寺泉憲)、森鴎外(中村嘉葎雄)など実在した人物が対抗。 何と言っても、明治・大正・昭和初期の東京の景観を再現しているところが肝でしょう。特筆すべきは、3億円をかけて昭島市に、銀座4丁目交差点から新橋までの町並みを作りこんでしまったオープンセットです。 漫画、アニメなどのメディアミックスも行われました。

8. 夢と現、生と死が交錯する世界観『ドグラ・マグラ』

原作は夢野久作による同名小説で、小栗虫太郎『黒死館殺人事件』、中井英夫『虚無への供物』とともに、探偵小説三大奇書に数えられています。 内容を要約することは困難。原作が探偵小説ですので殺人事件は起こるものの、犯人ははっきりとは分かりません。それよりも精神疾患、人間の記憶、脳髄論などが主題になっているのです。 どちらかと言えば、アート系実験映画を撮っている松本俊夫監督にとっても異色作で、当時、落語家として脂がのっていた桂枝雀の怪演が光ります。 大正末期の精神病院のセット、鈴木清順作品でも見られるような夢とも現実ともつかぬ異界シーンは、木村威夫にとってはお手のものだったでしょう。

9. 最優秀美術賞を受賞『式部物語』

宮崎県に伝わる和泉式部伝説から、秋元松代が書いた脚本が『海より深き 〜かさぶた式部孝〜』というテレビドラマとして製作されたものが原型です。その後、戯曲にもなっています。 豊市(奥田瑛二)は事故により正気を失ってしまいました。母、伊佐(香川京子)と妻、てるえ(原田美枝子)は豊市を支えているのですが、2人の間には大きな溝があったのです。 そこに、智修尼(岸惠子)が率いる和泉協会なる巡礼団が出現。豊市は智修尼の妖しい魅力に魅せられて……。 木村威夫は本作で、モントリオール映画祭最優秀芸術貢献賞と、日本アカデミー賞最優秀美術賞を獲得しています。

10. 井上ひさしの傑作舞台を映画化『父と暮らせば』

原作は井上ひさしの戯曲。山田洋次が本作の精神を受け継いで『母と暮らせば』(2015)を撮っています。 昭和23年、美津江(宮沢りえ)は、原爆で亡くなった父(原田芳雄)の幽霊とともに広島に住んでいます。美津江は自分が生き残ってしまった罪悪感に苛まれるのですが、父はそんな美津江を慰めるのです。 戦後間もない、まだ大戦の爪痕が残る広島を木村威夫が再現します。舞台の映画化なので、美津江と父の室内での対話が作品の大半を占めますが、そのボロボロの住居を丁寧に構築しているのです。 戯曲とは異なる映画のリアリティを美術が補佐することによって、俳優たちの演技も輝きます。

90歳での監督デビュー作『夢のまにまに』

原作は監督自身の『87×26の瘤広場』です。90歳で長編映画監督デビューした木村威夫らしい、死生観を描いています。 映画学校の学長、木室創(長門裕之)は、学生の村上大輔(井上芳雄)のもつ独特の雰囲気に惹かれます。大輔は60年前の戦争に怒りを隠しません。 木室の妻、エミ子(有馬稲子)も60年前に戦争で大切な人を失い、心に傷を負っていました。そんな折、精神を煩い学校を辞めてしまった大輔から手紙が届きます。 木村威夫にとって、戦争が常に大きな問題であったこと、自身も意識している老いと死がはっきりと伝わる作品です。

展覧会「国立映画アーカイブ開館記念 生誕100年 映画美術監督 木村威夫」

国立映画アーカイブ開館記念 生誕100年 映画美術監督 木村威夫
国立映画アーカイブ開館記念 生誕100年 映画美術監督 木村威夫

東京国立近代美術館フィルムセンターとして、日本映画ファンに長らく親しまれてきた施設が、2018年4月1日から、国立映画アーカイブとして生まれ変わりました。 国立映画アーカイブ7階展示室では、2018年10月16日(火)から2019年1月27日(日)まで、展覧会「国立映画アーカイブ開館記念 生誕100年 映画美術監督 木村威夫」が開催。本人が描いた図面やデザイン画など、200点以上の貴重な資料を通じて、木村威夫の思考の軌跡をたどります。 また、2階の長瀬記念ホール OZUでは、11月6日(火)から11月25日(日)まで、展覧会と連動した上映企画も開催。美術監督デビュー作『海の呼ぶ聲』(1945)から、鈴木清順や熊井啓など個性の異なる監督と組んだ代表作の数々、そして晩年の長篇監督デビュー作『夢のまにまに』(2006)まで、多彩な20作品をスクリーンで観る機会です。 各企画の詳細は公式HPをチェックしてみてください。 展覧会「国立映画アーカイブ開館記念 生誕100年 映画美術監督 木村威夫」 http://www.nfaj.go.jp/exhibition/takeokimura/ 上映企画「国立映画アーカイブ開館記念 生誕100年 映画美術監督 木村威夫」 http://www.nfaj.go.jp/exhibition/kimura201810/