難解な映画『アヒルと鴨のコインロッカー』を大胆解説 タイトルに隠された切ない想い
意外な展開が魅力の青春映画『アヒルと鴨のコインロッカー』を徹底解説!
仙台で大学生活を送る青年が奇妙な事件に巻き込まれていく『アヒルと鴨のコインロッカー』は、井坂幸太郎の名作ミステリー小説を原作にした実写映画で、2007年に公開されました。 濱田岳や瑛太など演技派俳優が共演し、先の見えないストーリー展開に冒頭から引き込まれていく作品となっています。 そんな映画『アヒルと鴨のコインロッカー』をネタバレや考察を含めて、徹底的に解説したいと思います。
『アヒルと鴨のコインロッカー』のあらすじ
春から晴れて大学生となることになった椎名は、仙台で一人暮らしを始めることになりました。引っ越し早々隣人の男は椎名を部屋に招き入れ、奇妙な相談を持ち掛けます。男は、椎名の隣室にはブータン人が住んでいることを告げ、日本語が拙い彼のために広辞苑をプレゼントしたいと言います。 さらに奇妙なことに、男はプレゼントする広辞苑を本屋から盗んで手に入れたいと言い出し、それを椎名に手伝わせようとするのでした。 全く納得がいかない椎名でしたが、男に押し切られてしまい、奇妙な計画に加担することになり……。
隣人の「河埼」はなぜ椎名に声をかけてきたの?
仙台の大学に進学が決まった主人公の椎名(濱田岳)は、段ボールなどを片付けながらボブ・ディランの『風に吹かれて』を口ずさんでいました。すると、それを偶然聞きつけた隣室の住人と思わしき人物が椎名に馴れ馴れしく語りかけてきます。 全くの初対面であるというのに、その男はまるでためらいも気後れもなく自分の部屋に椎名を招き入れました。殺風景な部屋にボブ・ディランのCDが見えたことで、椎名は彼はディランが大好きなだけの、ちょっと変わったところはあるけれど、悪い人ではないという認識を持ち、仲良くなってしまいます。 ディランの声は神様の声だと河崎は語り、椎名の歌声は少し似ているところがあるとまで言いました。
「河崎」が椎名に頼んだことは?一体彼の目的は何?
会ったばかりの椎名を臆せず部屋に招き入れ、込み入ったことを話し出す「河埼」(瑛太)。彼はこのアパートは外国人が多いから注意したほうが良いと椎名に苦言します。先ほど、隣人に挨拶をしてそっけない態度を取られてしまった椎名は、その人も外国人なのかなと、思わずつぶやきます。 それを聞いて、「河崎」は「となりのとなりは、ブータン人」ということを椎名に告げ、引っ越しで様々な重圧を抱えている彼にさらなる緊張感を与えるのでした。 そして「河崎」は、ブータン人の彼は日本語をなかなか覚えられないから、ぜひ広辞苑をプレゼントしたいと言い出します。しかも本屋を襲い盗んだものを。突拍子もない提案を否定する椎名でしたが、段々「河崎」に言いくるめられて彼に加担してしまうのです。
ついに本屋強盗決行!「河崎」の行動には伏線が隠されていた
ブータン人の彼のことが気になる椎名でしたが、彼は名を「ドルジ」といい、交際していた女性・琴美を失って半ば引きこもりのような状態になっているのだとか。 そして、ドルジと交際する前には、琴美と河崎が付き合っていたということも告げます。ドルジのことを心配してなのか、椎名は河崎のペースにどんどんと巻き込まれていきます。 当初の計画通り、本屋強盗は決行されました。椎名は言いつけられた通り、本屋の前で見張りをしています。事を終えて戻ってきた河崎の手の中には広辞苑ではなく広辞林がありました。 その後大学構内で、先日見かけた女性に再開しました。彼女はペットショップの店長をしている麗子(大塚寧々)という女性で、ドルジの元彼女の琴美はそこでアルバイトをしていたということを聞き出しました。彼女はドルジの存在も知っており、河崎には気を付けるようにと椎名にアドバイスします。
広辞林と写真、そして麗子の話に伏線が
ドルジと琴美の関係を説明する際に、河崎は自宅で琴美と自分が写っている写真を見せました。ドルジの彼女だった琴美を河崎が奪ったのかと質問する椎名に対し、その逆だと答える河崎。 この写真はパスケースに入れられていたもので、折りたたまれていた部分には、もう一人別の人物が写っていました。 本屋強盗当時、河崎が間違えて広辞林を持ってきてしまったのはなぜでしょう?慌てていたからでしょうか、それとも……。 麗子との話で琴美の生前の様子を知ることができました。琴美が麗子の店に努める少し前から、動物虐待事件が相次いでおり、琴美はそれをとても気にしていたこともわかりました。
明らかになる「河崎」の正体!そしてドルジ、琴美を取り巻く事件の真相とは【ネタバレあり】
大学の授業で必要な本を買うために自宅にすでにある本を確認しなくてはいけなくなり、椎名は河崎に頼んで自宅の本棚にある本のタイトルを伝えてもらおうと思いました。しかし、椎名宅の本棚には本が全く残っていなかったのです。 泥棒に入られたと焦る椎名でしたが、それは河崎の仕業でした。自ら「河崎」と名乗った男の正体は。実は全く別の人間だったのです。その男こそが、渦中のブータン人・ドルジその人だったのです。 ドルジは椎名に自分が日本語がまともに読めないことを悟られないために、彼の家の本を処分したのでした。 ドルジはブータンからの留学生であり、琴美(関めぐみ)と知り合い、やがて恋に落ちました。琴美にはかつての恋人で現在は複雑で微妙な関係の男性・河崎(松田龍平)がいます。 琴美はドルジに、河崎のような男のことを「浮気性」だと言うのだと教えます。よく理解できないでいるドルジでしたが河崎ともすぐに打ち解け、彼から日本語を教えてもらうまでの仲になりました。 3人の不思議な関係は深まりますが、ある日ドルジと琴美の二人は動物虐待を行っている男女の集団と出くわします。ペットショップで働いており、動物好きの琴美は逆上し、彼らに警察に通報すると言い放ちますが、それが原因で逆恨みされてしまうこととなりました。
なぜドルジは河崎のふりをしたのか
突拍子もない自称「河崎」の奇妙な計画に加担してしまった人の良い椎名なら、ドルジは自分の正体をいつわることなく正直に打ち明けても、協力してくれるのではないかという気もします。 なぜドルジは自分の正体を偽り、河崎を演じるなどの回りくどいことをしたのでしょうか。 琴美は河崎と自分との関係を正直にドルジに話し、その上で彼のことを「浮気性」などと悪態吐きますがが 、心の中では彼にまだ特別な感情を持っていたのでしょう。それは恋でも執着でもない不思議な感情です。 河崎は自分がHIVウイルスに感染していることを知り、琴美の元を去りました。男女の関係はない2人でしたが、以後不思議な関係が続きます。 琴美と恋愛関係にあるドルジですが、自分の知らない琴美を知っている男性であり、外国人の自分にも変わらぬ態度で接し、日本語も教えてくれる存在は河崎しかいませんでした。そして単純に同じ男性としても、河崎はドルジにとってあこがれの存在だったのでしょう。
大切な人を守りたいという思いは一緒だった……
動物虐待を行っていた男女は常習犯で、自分たちの余罪が明らかになることを恐れて、琴美やドルジを逆恨みします。不幸なことに、男女から逃げる際に、琴美は自身の身分証明賞などの類を落としてしまい、個人情報が彼らにわたってしまっていました。 その日から琴美の家には強迫が相次ぎ、彼女は心身ともに疲弊していきます……。 琴美にかかってきた強迫電話から彼らの居場所を判断したドルジは警察に通報しましたが、すんでのところで彼らに逃げられ、それを阻止しようとした琴美は彼らが運転する車に轢かれて命を落としてしまったのです。 ドルジはやがて河崎と共謀して彼らに復讐を果たそうとしますが、河崎の体はHIVに侵されており、すでに衰弱している状態でした。彼らの中の一人・江崎は本屋の店員であることを突き止めたドルジと河崎は復讐に向かいますが、その途中に河崎は倒れそのまま亡くなってしまったのです。
琴美と河崎の無念を晴らすため、ドルジは凶行に出た!鳥葬とは?
本屋の江崎を襲おうとするその時、河崎は病に倒れ亡き人となりました。一人ぼっちになってしまったドルジは、琴美と嘆きあったことを忘れられないでいたのです。 琴美は動物虐待グループの仕打ちに憤慨して、あいつらは鳥葬にでもしてやればよい、というようなことを勢い余って言ってしまいます。 鳥葬とは、死者の遺体を野にさらし、鳥などの自然の動物にその肉を喰らわせることにより祭る、という特殊な葬法です。 琴美のこの言葉を素直なドルジは実行に移し、動物虐待グループの江崎は本屋でドルジに襲撃され、その後山中で鳥葬によって葬られます。
印象的なタイトルの謎がラストで明らかに!【考察】
『アヒルと鴨のコインロッカー』とは、何とも不思議で印象的なタイトルですが、このタイトルの意味がラストで明らかになります。 ブータンからの留学生であるドルジは、日本で暮らし始めてもまだまだ日本語が達者ではありませんでした。簡単な日常会話などはできても、文字や文章を読んだり、複雑な感情や状況を説明することは苦手なままです。 そんなドルジは、恋人の琴美に「アヒル」と「鴨」の違いが判らないと質問しました。琴美は、アヒルは海外から来たもので、鴨は元々日本にいるものだと答え、それを聞いたドルジは、自分のことをアヒルだと言いました。 努力をしてもドルジの日本語スキルはそう簡単には上がらず、彼は大切な恋人の琴美を守るために警察に通報した時もうまく伝えることができず、結果として彼女を失ってしまいました。
ドルジは椎名との出会いによって救われた?
ラスト、実家に帰ることになった椎名は、駅のロッカーにオーディオプレイヤーを入れます。二人をつなげるきっかけとなった、ディランの『風に吹かれて』をエンドレスリピートで再生させながら。 この曲は琴美が生前神様の声だ、と言っていたもので、それを受けて椎名は「神様に見て見ぬふりしてもらおう」と言います。 河崎が倒れ、死の間際に聞きたいと言ったのもこの曲でした。異国の地で出会い、心を通い合わせていったドルジの大切な人たちはいなくなってしまいました。 ドルジは日本語の勉強のためにボイスレコーダーを使用してさまざまな会話を録音していましたが、皮肉にもその音声だけが彼の元に残ったのです。 部屋でひとり、琴美と河崎と共に過ごしていた時のたわいもない会話を聞いていると、部屋の外からディランの『風に吹かれて』が聞こえてきました。神様の声だ、と思いドルジは部屋を飛び出し、歌いながら荷物を片付けている椎名に声をかけたのです。 琴美と河崎の無念を晴らすことができないでいたドルジは、椎名に出会うことで孤独や苦しみから解放され、大切な人の思いを守ることができたのです。 罪を犯してしまったドルジでしたが、ラストで椎名に「神様に見て見ぬふりしてもらおう」と言われ、自分の罪や想い、琴美たちの無念すべてが許されそして救われたと感じたのではないでしょうか。