2018年11月21日更新

3つの『オリエント急行殺人事件』は原作の"正義"をどう描いたのか?

©2017Twentieth Century Fox Film Corporation

『オリエント急行の殺人』はアガサ・クリスティによる名作小説ですが、この作品をもとに何度も映像作品が作られていることは知っていましたか?中でも有名なのが、1974年の映画版、2015年のドラマ版、そして2017年の映画版。今回はその3作の違いやそれぞれの特徴を紹介します。

結末が有名過ぎても『オリエント急行殺人事件』が愛される秘密

オリエント急行
©2017Twentieth Century Fox Film Corporation

ミステリーの女王、アガサ・クリスティの代表作『オリエント急行の殺人』。この小説は、その後何度も映像化されました。 中でも有名なのが、マスターピースともいわれている1974年版、舞台を同時代の日本に置き換えて制作された2015年のスペシャルドラマ版、そして最も新しい2017年版です。どれも好評を博した作品でしたが、同じ小説を原作としたこの3作にはどのような違いがあるのでしょうか? また、3作とも原作ファンからも支持されていますが、なぜ「オリエント急行」シリーズは結末を知っていても楽しめるのでしょうか? 今回は、全ての作品の特徴を紹介しながら、それぞれの持つ独自の魅力や、原作から受け継がれた魅力を分解して紹介します。あなたの好きな「オリエント急行殺人事件」はどれ?

ミステリーの女王が描いた原作は、実際の事件を題材にした小説

『オリエント急行殺人事件』3作すべての原作となっているのが、アガサ・クリスティの長編推理小説『オリエント急行の殺人』です。発表から84年以上が経った現在でも愛され続ける名作で、彼女の代表作でもあります。 ベルギー人の名探偵、エルキュール・ポアロは、イスタンブールからイギリスに帰るためにオリエント急行に乗りました。 そこで乗り合わせた乗客の一人だったアメリカ人の大富豪・ラチェットに護衛を頼まれますが、彼の態度が気に入らなかったポアロはそれを断ります。 しかし翌日、ラチェットの遺体が発見され、ポアロは乗客の中に犯人がいると、推理に乗り出すのでしたーー。

アガサ・クリスティは何を伝えたかったのか?

長年にわたり読まれ続けるこの小説を通して、アガサ・クリスティが伝えようとしたテーマは何だったのでしょうか?

題材となったのは実際に起きた「史上最悪の冤罪事件」

この原作小説ですが、実はある事件を題材にしているのです。 それは、1932年にアメリカで起きたリンドバーグ事件。リンドバーグはかの有名な、世界で初めて大西洋単独無着陸飛行に成功した飛行士です。彼は一躍有名人となり、巨額の富と名声を得ていました。 そんな彼の当時1歳だった息子が誘拐され、身代金を払ったのにも関わらず、遺体で見つかるという悲惨な事件が発生します。 犯人として捕まったのは、1人のドイツ人男性。身代金として支払われたお金を彼が手にしていたほか、犯人の情報のうちいくつかと彼が一致していたことがその理由でしたが、彼は無実を主張し続けました。実際彼にはアリバイもあり、当時の捜査も今に比べるとずさんなものだったのです。 しかし、結局彼は死刑にされてしまいました。 リンドバーグが事件の早い解決を望んだほか、「何の罪もない幼い子供を殺した犯人をなんとしても探し出し、死刑にしなければならない」という気持ちに駆られていた民衆たちがそれを期待したのです。現在この事件は、史上最悪の冤罪事件といわれています。

せめてもの正義を願ったアガサ。平等に裁かれる容疑者たち

アガサはそんな事件をもとに『オリエント急行の殺人』を執筆しました。本作で容疑者となるのは、人種や職業、国籍、性別がすべて異なる乗客たち。当時の社会ではまだ差別や偏見が残っており、乗客たちの間でもそれは例外ではありませんでした。 しかし、彼らは社会の「正義」の下、平等に裁かれます。到底、公正とは思えないこの事件から、せめてもの正義を願ったアガサは、本作にその思いを込めたのでしょう。 思いを伝えるべく、アガサはこの事件を題材とした架空の事件である「アームストロング事件」を本作で描くことにします。このアームストロング事件の顛末が、本作の驚きのラストにつながっていくのです。

2017年版『オリエント急行殺人事件』はゴージャスさと映像美が魅力!

この『オリエント急行の殺人』をもとに、今まで3作の映画が作られました。 その中で最も新しいのが、2017年版です。シェイクスピア俳優として有名なケネス・ブラナーが監督と主演の両方を務め、彼以外にもジョニー・デップ、ウィレム・デフォー、ペネロペ・クルスなど様々な世代の人気俳優がキャスティングされました。 今作はそのキャストの豪華さが話題を呼びましたが、エンターテインメント性の高い演出と映像の美しさでも人気を集めました。本作の舞台は他の2作と同じくオリエント急行の車内ですが、登場キャラクターたちだけでなく車内も写すことで、あたかも観客たちもオリエント急行に乗っているかのような気分を味わえるようになっているのです。 この2017年版の映像は他の2作品とは異なり乗客の視点で制作されているので、3作の中では最も臨場感がある作品といえるでしょう。キャラクター達の個性も際立っていて迫力のあるアクションシーンなどもあり、エンターテインメント性が非常に高い一作です。

2017年版の魅力は「人間味のある」ポアロ

オリエント急行殺人事件
©︎20TH CENTURY FOX

また、「自信家で完璧主義者」という点ではポアロの性格に変化は見られないのですが、特に1974年版に比べると、その内面での思考や葛藤がよく描かれています。 「この世界には善と悪の二者しか存在しない」という立場である彼が、この事件を解決してもいいのだろうか?と苦悩するシーンでは、彼の揺れ動く心情がブラナーの名演技によってよく表されています。これは原作にはない描写で、観客の感情により訴えかけることを2017年版では重視したようです。 作中内で、このオリエント急行殺人事件よりも前にアームストロング事件(リンドバーグ事件をモデルにしたもの)が起きている点は3作とも同じなのですが、彼がこれに関わっていたという設定はこの2017年版にしかありません。 それによって、その事件の犯人への怒りやポアロたち乗客への同情が、観客の中にも生まれるのです。

マスターピースと名高い1974年版『オリエント急行殺人事件』はオシャレさが見事

「マスターピース」との呼び声も高く、3作の中では最も古い1974年版。オーソドックスな娯楽映画になっており、70年代の古き良き映画ならではのおしゃれで華やかな雰囲気が最大の魅力です。 2017年版とは異なり、アームストロング事件については作品序盤で観客たちに向けて説明されます。アガサが狙った、すべての乗客を平等に見る、ということを映像でも実践するためなのかもしれませんね。 本作はシドニー・ルメットがメガホンを取り、主演を務めたアルバート・フィニーは本作でアカデミー主演男優賞にノミネートされました。他にも本作でアカデミー助演女優賞を受賞したイングリッド・バーグマン、初代ジェームズボンド役で知られるショーン・コネリーなど、豪華な面々が出演しています。

殺人事件を陽気に描いた1974年版

オリエント急行殺人事件 (1974)
©Paramount Pictures

本作は2017年版と比べると、全体を通して陽気な雰囲気が特徴的です。殺人事件の解明にいたる作品後半でも喜劇的な雰囲気は続き、おしゃれで華やかな幕引きによってスッキリとした仕上がりに。監督のルメットも、本作のことを「スフレのような陽気な映画」とコメントしています。 ルメットが本作をそのように仕上げたのにも理由があります。本作はオールスターキャストのエンターテインメントとして作られたものなので、明るい雰囲気を終始保つように作られたそうなのです。 エンディングでは、殺人事件の後にもかかわらず、乗客たちが互いに乾杯し合う様子が描かれていますが、これはいわばカーテンコールとしての役割を持ったシーンなのです。 公開当初の試写会では、軽快なワルツの音楽に乗せてオリエント急行が出発するシーンで「これは『死の列車』なのに、どうしてそんなに明るい演出なんだ!」と怒り出す観客もいたとか。

2015年の日本版『オリエント急行殺人事件』は笑って泣けるコメディ作品!

2015年には、日本でスペシャルドラマ版が制作されました。 三谷幸喜が脚本を務めた本作は二部構成となっていて、原作を踏襲した第1部と、それを乗客たちの視点で描きなおした第2部とで構成されています。全体的に陽気な雰囲気である点では1974年版と同じなのですが、さらにコメディー色が強くなっています。

舞台は昭和初期の日本。でもストーリーは原作そのままに

舞台は原作と同じ年代の、昭和初期の日本。オリエント急行も「特急東洋」に、ポアロも「勝呂探偵」と名前を変えて、パロディ作品のような仕上がりになっています。 ストーリーは細部まで原作を踏襲しており、社会制度など当時のイギリスと日本とで異なる点もなるべく原作に寄せて描かれています。三谷自身も原作のファンのようなので、一層強いリスペクトを感じますね。ところどころで彼の持ち味であるギャグ要素がちりばめられています。 主演を務めたのは、野村萬斎。彼のわざとらしいほどに自信家な面を前面に押し出したポアロや、二宮和也演じる真面目さの中に狂気性ものぞかせるようなヘクターもとい幕内平太など、それぞれのキャラクターの個性もよく際立っていました。 またこのドラマ版は2017年版に少し似ていて、ギャグだけでなく少し泣けてしまうような場所もあるのです。特急東洋の車掌役を務めた西田敏行の涙を誘う演技は話題になりましたが、乗客同士の人情をわかりやすく描くなど、観客が感情移入しやすくすることも意図していたのでしょうか。 3作の中でコメディとして一番笑える作品はこのドラマ版でしょうし、舞台も日本になっていますから、一番気軽に楽しく見られるかもしれません。またそれぞれのキャラクターの個性もやや誇張されており、皆、一癖ある人物として描かれているので、そこも笑えるポイントの一つですね。

3つの 『オリエント急行殺人事件』は見比べる価値アリです

映像作品それぞれの持ち味と、その裏にある共通のテーマ

『オリエント急行殺人事件』は、結末や犯人を知っていても楽しめる映画です。なぜなら、どこに焦点を当てて描くか、それぞれのキャラクターをどう描くかなど、それぞれの作品によって全く違った魅力を備えているから。 しかし、アガサが伝えたかった「正義」を持つことの重要さ、それぞれのキャラクターを尊重した仕上がりは、どの作品でも踏襲されています。原作小説を読んでいても読んでいなくても楽しめる、エンタメ色の強いミステリーなのです。 3作とも違った雰囲気で、全く別の作品のような感じがしますが、基にしている作品もテーマも同じです。それぞれの作品の持ち味を意識して見てみると、より一層楽しめるように思えますね。