2020年10月3日更新

4つの『オリエント急行殺人事件』はどれが面白い?描き出されたそれぞれの「正義」

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オリエント急行
©2017Twentieth Century Fox Film Corporation

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映画&ドラマ『オリエント急行殺人事件』4作品を比較!面白いのはどれ?

ミステリーの女王と呼ばれるアガサ・クリスティの『オリエント急行の殺人』。この小説は1934年に発表され、これまでに何度も映像化されてきました。 特に有名なのがマスターピースともいわれる1974年版であり、その後2010年にはイギリス版ドラマ「名探偵ポワロ」シリーズ、舞台を同時代の日本に置き換えた2015年の日本版SPドラマが誕生。そして最も新しいのが、ケネス・ブラナーが監督と主演を務めた2017年版の映画です。 どれも好評を博しましたが、同じ小説を原作とした4作品にはどのような違いがあるのでしょうか?またどの作品も支持されていますが、なぜ「オリエント急行」シリーズは結末を知っていても楽しめるのでしょうか? 今回は作品ごとの違いに迫りつつ、それぞれが持つ独自の特徴や原作から受け継がれた魅力を紹介します。あなたの好きな「オリエント急行殺人事件」が見つかるかもしれません!

原作は実際の事件をもとにした古典ミステリー

『オリエント急行の殺人』のあらすじ

「オリエント急行殺人事件」4作品すべての原作となっているのが、アガサ・クリスティの長編推理小説『オリエント急行の殺人』です。発表から80年以上経った現在でも愛され続ける名作で、彼女の代表作でもあります。 ベルギー人の名探偵エルキュール・ポアロは、イスタンブール発の「オリエント急行」に乗り込んでイギリスへの帰路に就きました。 一等車両は季節外れの満席で、ポアロはそこで乗り合わせたアメリカ人の大富豪・ラチェットから金と引き換えに、彼の護衛を頼まれます。しかしポアロはラチェットの態度が気に入らなかったため、依頼を断ってしまうのです。 翌日ラチェットの遺体が発見され、12箇所にも及ぶ刺し傷がありました。ポアロは乗客の中に犯人がいると考え、推理に乗り出すことになります。

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題材となった史上最悪の冤罪事件

この原作小説ですが、実はある事件を題材にしているのです。それは1932年にアメリカで起きたリンドバーグ事件。リンドバーグはかの有名な、世界で初めて大西洋単独無着陸飛行に成功した飛行士です。彼は一躍有名人となり、巨額の富と名声を得ていました。 そんなリンドバーグの当時1歳だった息子が誘拐され、身代金を払ったにもかかわらず、遺体で見つかるという悲惨な事件が発生します。 犯人として捕まったのは、1人のドイツ人男性。身代金として支払われた金を彼が手にしており、犯人の情報のうちいくつかとも一致したことが決め手でしたが、彼は無実を主張し続けました。実際彼にはアリバイもあり、当時の捜査も今に比べるとずさんなものだったのです。 しかし結局、彼は死刑にされてしまいました。 リンドバーグが事件の早い解決を望んだほか、「何の罪もない幼い子供を殺した犯人をなんとしても探し出し、死刑にしなければならない」という気持ちに駆られた民衆がそれを期待したのです。現在この事件は、史上最悪の冤罪事件といわれています。

アガサによって平等に裁かれる容疑者たち

アガサはそんな実在の事件をもとに、『オリエント急行の殺人』を執筆しました。本作で容疑者となるのは人種や職業、国籍、性別すべてが異なる乗客たち。当時の社会ではまだ差別や偏見が残っており、乗客たちのあいだでも例外ではありませんでした。 しかし彼らは社会の「正義」のもと、平等に裁かれます。公正とは思えない冤罪事件からインスピレーションを受け、せめてもの正義を願ったアガサは、本作にその思いを込めたのでしょう。 “法の裁きを逃れのうのうと生きる犯罪者を、正義のもとに罰したい”という彼女の願いは、本作以外でも『そして誰もいなくなった』など多くの著書で顕著に見られます。 そんな思いを伝えるべく、アガサはこの事件を題材とした架空の事件である「アームストロング事件」を本作で描くことにしました。このアームストロング事件の顛末が、本作の驚きのラストにつながっていくのです。

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2017年版映画『オリエント急行殺人事件』はゴージャスさと人間味が魅力!

『オリエント急行の殺人』を原作として、2020年現在まで2つの映画が作られました。 そのなかで最も新しいのが、2017年版です。シェイクスピア俳優として有名なケネス・ブラナーが監督と主演を務め、彼以外にもジョニー・デップやウィレム・デフォー、ペネロペ・クルスなど各世代の人気俳優がキャスティングされました。 本作はキャストの豪華さが話題を呼んだ一方で、エンターテインメント性の高い演出と映像の美しさでも人気を集めました。 舞台は他の作品と同じくオリエント急行の車内ですが、登場キャラクターたちだけでなく車内も写すことで、あたかも観客たちもオリエント急行に乗っているかのような気分を味わえるようになっているのです。 2017年版の映像は他の3作品とは異なり、乗客の視点で制作されているので、最も臨場感がある作品といえるでしょう。キャラクターたちの個性も際立っていて迫力のあるアクションシーンなどもあり、エンターテインメント性が非常に高い作品です。

人間味のあるポアロ

オリエント急行殺人事件
©︎20TH CENTURY FOX

本作では、ポアロの性格である「自信家で完璧主義者」という点に変化は見られません。しかし特に1974年版に比べると、彼の思考や葛藤といった内面の部分がよく描かれています。 “この世界には善と悪の二者しか存在しない”という立場である彼が、「この事件を解決してもいいのだろうか?」と苦悩するシーンでは、その揺れ動く心情がブラナーの名演技によって表現されています。 実はこれは原作にはない描写で、2017年版では観客の感情により訴えかけることを重視したようです。 また作中で、オリエント急行殺人事件よりも前にアームストロング事件(リンドバーグ事件をモデルにしたもの)が起きている点はどの作品も共通なのですが、ポアロがその事件に関わっていたという設定は2017年版にしかありません。 これによって、事件の犯人への怒りやポアロたち乗客への同情が、観客の中にも生まれるのです。

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マスターピースと名高い1974年版映画『オリエント急行殺人事件』

「マスターピース」との呼び声も高く、4作品の中では最も古い1974年版。オーソドックスな娯楽映画になっており、70年代の古き良き映画ならではのおしゃれで華やかな雰囲気が最大の魅力です。 2017年版とは異なり、アームストロング事件については作品序盤で観客たちに向けて説明されます。アガサが狙った“すべての乗客を平等に見る”ということを映像でも実践するためなのかもしれませんね。 本作はシドニー・ルメットがメガホンを取り、主演のアルバート・フィニーはアカデミー主演男優賞にノミネートされました。ほかにも本作でアカデミー助演女優賞を受賞したイングリッド・バーグマン、初代ジェームズボンド役で知られるショーン・コネリーなど、豪華な面々が出演しています。

殺人事件を陽気に描いている

オリエント急行殺人事件 (1974)
©Paramount Pictures

1974年版は2017年版と比べると、全体を通して陽気な雰囲気が特徴的です。殺人事件の解明にいたる作品後半でも喜劇的な雰囲気は続き、おしゃれで華やかな幕引きによってスッキリとした仕上がりに。監督のルメットも、本作を「スフレのような陽気な映画」と評しています。 ルメットが本作をそのように仕上げたのにも理由がありました。そもそもオールスターキャストのエンターテインメントとして作られたため、明るい雰囲気を終始保つように作られたそうなのです。 エンディングでは殺人事件の後にもかかわらず、乗客たちが互いに乾杯し合う様子が描かれています。これは言わば、カーテンコールとしての役割を持ったシーンなのです。 公開当初の試写会では、軽快なワルツの音楽に乗せてオリエント急行が出発するシーンで「これは『死の列車』なのに、どうしてそんなに明るい演出なんだ!」と怒り出す観客もいたとか。

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2015年の日本版ドラマ『オリエント急行殺人事件』は三谷幸喜によるコメディ

2015年には日本でも、『オリエント急行の殺人』をもとにしたスペシャルドラマ版が制作されました。三谷幸喜が脚本を務めた本作は2部構成となっていて、原作を踏襲した第1部と、それを乗客たちの視点で描き直した第2部とで構成されています。 全体的に陽気な雰囲気である点では1974年版と同じなのですが、本作ではさらにコメディ色が強くなっています。

舞台は昭和初期の日本

舞台は原作と同じ年代の、昭和初期の日本。オリエント急行も「特急東洋」に、ポアロも「勝呂探偵」と名前を変えて、パロディ作品のような仕上がりになりました。 ストーリーは細部まで原作を踏襲しており、社会制度など当時のイギリスと日本とで異なる点もなるべく原作に寄せて描かれています。三谷自身も原作ファンのようなので、一層強いリスペクトを感じますね。ところどころで彼の持ち味であるギャグ要素がちりばめられています。 主演を務めたのは、狂言師の野村萬斎。彼のわざとらしいほどに自信家な面を前面に押し出したポアロや、二宮和也演じる真面目さの中に狂気性ものぞかせるようなヘクターもとい幕内平太など、キャラクターたちの個性も際立っていました。 またこのドラマ版は2017年版に少し似ていて、ギャグだけでなく少し泣けてしまうようなシーンもあるのです。特急東洋の車掌役を務めた西田敏行の涙を誘う演技は話題になりましたが、乗客同士の人情をわかりやすく描くなど、観客が感情移入しやすくすることも意図していたのでしょうか。 4作品の中でコメディとして1番笑える作品は、このドラマ版です。舞台も日本になっているので、最も気軽に楽しく観られるかもしれません。それぞれのキャラクターの個性もやや誇張されており、誰もが一癖ある人物として描かれているので、そこも笑えるポイントですね。

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2010年にはイギリス版ドラマ「名探偵ポワロ オリエント急行の殺人」でも映像化

デヴィッド・スーシェが主演を務め、1989年から2013年まで13シーズン全70話にわたって放送されたイギリス版ドラマ「名探偵ポワロ」シリーズ。エルキュール・ポアロが登場する短編と長編のほぼすべてを映像化し、映像化作品における決定版とも称されています。 『オリエント急行の殺人』は原作の出版から75年周年となる2010年に、シーズン12の第64話として制作・放送されました。 「名探偵ポアロ」シリーズは、ゲストキャラクターの年齢設定が原作よりも高めに設定されており、大人向けドラマの要素が強調されたのが特徴です。中でも「オリエント急行の殺人」は神への信仰、贖罪といったテーマが色濃く描写され、全体のトーンに大きな影響を与えました。

「法と正義とは何か?」名探偵の苦悩が描かれる

本作は冒頭から重苦しい音楽が観客の不安を煽り、後の展開を示唆する出来事が発生。ポワロはとある事件を解決しますが、善人だった犯人を自殺させたと非難されるのです。 姦淫の罪を犯した女性が隣人の手で裁かれる場にも直面し、法を重視するポワロの信念を揺るがす描写から、オリエント急行の事件へと繋がります。そして真相に近づくに連れて、他の3作品とは比べ物にならないほど暗く、重たい雰囲気に。 ラチェットの殺害時も、裁きであることを自覚させるため本人の意識がある状態で行われ、より残酷な方法が選ばれています。先述した信仰や贖罪に通じる描写と言えますが、ポワロは明らかになった犯人に対し「法で裁けないのであれば、神に委ねるべき」と主張。 罪を犯し罪を裁くことは、果たして正義と言えるのか?犯人の心の叫びを聞いてそう葛藤し、「法と正義とは何か?」と苦悩する姿が印象的に描かれました。

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最初に観るなら2017年版映画がおすすめ!

オリエント急行
©2017Twentieth Century Fox Film Corporation

『オリエント急行殺人事件』を観てみたい!と思っても、これだけたくさんの選択肢があると、どれから観たらいいかわからない人が多いのでは? 制作順で観るのも良いですが、1974年版映画はアームストロング事件の詳細が序盤で判明するので、初見の人にはあまり勧められません。最初に観るのであれば、1974年版と同様にエンタメ性が強い上、スタイリッシュな映像美が魅力的な2017年版映画がおすすめです! 原作のストーリーを踏襲しつつ、ポアロや乗客に人間味のある設定やアクション要素を追加したことで、原作ファンも楽しめる作品になっています。映像にも場面転換が多く、観客自身が本当に事件の渦中にいるような臨場感があるため、入り込みやすいかもしれません。 まずは2017年版を観て、ほかの作品は原作をどう映像に昇華したか、ポアロが直面した「法と正義」の問題にどんな答えを出したのか、見比べてみると良いでしょう。

それぞれに魅力がある!4つの『オリエント急行殺人事件』を見比べよう

映像作品それぞれの持ち味と、その裏にある共通のテーマ

『オリエント急行殺人事件』は、結末や犯人を知っていても楽しめる映画です。なぜならどこに焦点を当てて描くか、それぞれのキャラクターをどう描くかなど、それぞれの作品によって全く違った魅力を備えているからです。 しかしアガサが伝えたかった「正義」を持つことの重要さ、それぞれのキャラクターを尊重した仕上がりは、どの作品でも踏襲されています。原作小説を読んでいても読んでいなくても楽しめる、エンタメ色の強いミステリーなのです。 4つとも違った雰囲気でまったく別の作品のようにも感じられますが、基にしている作品もテーマも同じ。その上で作品ごとの持ち味を意識して見てみると、より一層楽しめそうですね。