2018年12月20日更新

『ユリゴコロ』はただのエログロ映画じゃない 鑑賞を躊躇した筆者が勧めたくなった理由

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『ユリゴコロ』
(C)沼田まほかる/双葉社 (C)2017「ユリゴコロ」製作委員会

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傑作ミステリー映画『ユリゴコロ』を是非観てほしい

まほかるブームを巻き起こし、「イヤミスの女王」の一人として注目を浴びる作家・沼田まほかるの傑作ミステリーを、吉高由里子主演で映画化した『ユリゴコロ』。本作を紹介する前に言っておかねばならないのは、おそらく観る人を選ぶ作品だということ。 筆者も原作が第9回本屋大賞ノミネート、2012年版「このミステリーがすごい!」国内部門第5位などに選出されたと聞き、興味はあったものの、映画にはなかなか手を出せていませんでした。 なぜなら苦手な暴力、レイプ、流血、自傷シーン。いわゆるエログロ系の描写が多いと知ってしまったからです。もしかすると、同じような理由で「気にはなってたけど未鑑賞のまま……」というケースがあるかもしれないと思いました。 そんな人にも、「ここ数年で観た邦画でトップクラスの面白さだった!!」と熱い気持ちを伝えるべく、本作を全力で推していきたいと思ます。 核心に触れるようなネタバレはできるだけ避けていますが、前情報なしで映画を楽しみたい方は先に映画を観ることをおすすめします!

『ユリゴコロ』のあらすじ

幸せの絶頂からどん底を味わった亮介が殺人鬼の手記を見つける

松坂桃李『ユリゴコロ』
(C)沼田まほかる/双葉社 (C)2017「ユリゴコロ」製作委員会

山奥で喫茶店を営む亮介(松坂桃李)は、店員であり恋人でもある千絵(清野菜名)との結婚を父に認めてもらい、順風満帆な日々を送っていました。 しかし、幸せは長く続かないもの。父が末期のすい臓ガンに冒され、手遅れだと発覚した矢先に千絵が謎の失踪。それでも気丈に振る舞う亮介は、ある日、実家の押入れのダンボールから『ユリゴコロ』と書かれたノートを見つけます。 細かい文字でびっしりと埋められたこのノートは、「私のように平気で人を殺す人間は脳の仕組みがどこか普通と違うのでしょうか……」という衝撃の一文から始まる、女殺人鬼・美紗子(吉高由里子)の半生が綴られた手記でした。

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美紗子のユリゴコロを求める旅、魂の双子・みつ子との出会い

幼い美紗子は話し始めるのが遅く、医者から「言葉を話すには、安心な場所で生きているという何らかのユリゴコロが必要」と言われました。 買ってもらった「ミルク飲み人形」にユリゴコロを感じ、少しだけ言葉を話すようになるも、人形で残酷な遊びを繰り返します。やがて標的が変わり、生き物を次々に古井戸に落とし、ミチルちゃんという女の子が池で溺れているのを見殺しに。 美紗子はミチルちゃんの死を見た瞬間、"人の死"というユリゴコロに目覚めるのでした。 中学時代には、妹の帽子を取ろうと排水溝に入る少年のため、重い鉄板を持ち上げる男子大学生を見かけ、手伝うフリをして鉄板を叩きつけ、少年を殺害。 ノートを読む亮介は、「小説だろう、全く共感できない」と思いつつも引き込まれていき、悪夢にうなされるようになります。 そんな亮介を、細谷(木村多江)と名乗る女性が尋ねてきました。細谷は千絵の元同僚で、偶然会った千絵から預かった伝言を伝えに来たのです。細谷は千絵捜索の手伝いを引き受け、千絵が実は既婚者であることなど、亮介に隠していた真実を調べてくれました。 一方、美紗子の狂気は続き、高校卒業後に調理の専門学校でみつ子(佐津川愛美)と出会います。 みつ子は、過去のトラウマが原因でリストカットが止められません。左腕には血がにじんだ包帯を巻き、その下にはおびただしい数のリスカ跡が!狂気によって惹かれ合った2人は共依存関係に陥り、お互いの腕を切り合うようになりました。

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美紗子と洋介、運命の男女に待ち受ける未来とは?

美紗子は、次第にみつ子でないとユリゴコロを感じなくなります。しかし、新たなユリゴコロを得ても、美紗子の殺人は終わりません。次の被害者は、美紗子とみつ子をしつこくナンパしてきた、ラーメン屋の男性店員でした。 その後、美紗子は調理の職に就くも1年で辞め、みつ子という偽名で売春婦になりました。 客引き中に元職場の先輩と再会し、自分を買ったその男を鉄鍋で殴打、さらに殺しを重ねます。ついに金が尽きた頃、雪の降る小さな橋の上で洋介(松山ケンイチ)という男に出会いました。 ただ金を渡し、食事をご馳走してくれる洋介に戸惑いつつも、無償の愛を注いでくれる彼に少しずつユリゴコロを覚える美紗子。しかし、狂気が薄れていくに連れて、みつ子と同じように洋介も殺してしまうのではないか?という不安がよぎるのです。 そして、洋介が打ち明けた過去の罪が、美紗子を激しく動揺させます。そんな中、誰か分からない客の子供を授かった美紗子は洋介と結婚、男の子を出産しました。 美紗子は憑き物が落ちたようになり、幸せな日々を過ごしていたのですが、過去を知る者や罪が彼女の未来に再び暗い影を落とし始めるのです。 やがて、夢中で『ユリゴコロ』を読み進めていた亮介が、とある真実にたどり着くのでした。

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前半と後半の変化、作品構成の魅力

吉高由里子『ユリゴコロ』
(C)沼田まほかる/双葉社 (C)2017「ユリゴコロ」製作委員会

映画『ユリゴコロ』は、亮介が主人公の現在と、美紗子のモノローグで語られる過去とが交錯しながら進むストーリー構成です。合間で亮介と千絵が出会った頃の回想も挟まれますが、時系列がはっきりと分かれているので混乱はしないでしょう。 やがて、美紗子の人生と亮介の人生が繋がり、全てのピースが綺麗にハマります。張り巡らされた伏線が回収され、次々と真実が明らかになる巧みな構成なのです。 観る人によっては、早い段階で「あれ?これは……」と推理できるかもしれません。気付いたらつまらないと途中で止めずに、ぜひ最後まで見ていただきたい!本作の本当の魅力は、美紗子と洋介の出会いを分岐とした、前半と後半の変化にあるのですから。

『ユリゴコロ』
(C)沼田まほかる/双葉社 (C)2017「ユリゴコロ」製作委員会

前半部分は、死と血、血、血に塗れたヴィジュアルの連発!目を覆いたくなり、心臓が弱い人は失神しそうな狂気を孕みます。無感情な殺人鬼は一体どうなるのかと思いきや、後半は一転して、別作品かのような愛に溢れたヒューマンドラマに! 美紗子が愛し愛されることで感情を得て人間らしくなっていく姿は、希望に満ちています。 母になり、愛する2人との幸せを失いたくないと思い始める美紗子。しかし、彼女の普通ではない過去は、そんな当たり前な願いを許してくれません。前半の狂気があるからこそ、キャラクターたちの葛藤と苦しみが際立ち、胸に迫る感動と余韻を強く残します。 じわじわと作品の"愛の色"が濃くなる様は、少しずつ、けれど容赦なく注がれる洋介の愛情に救われていく美紗子そのもののようでした。

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吉高由里子が演じた美紗子というキャラクター

吉高由里子『ユリゴコロ』
(C)沼田まほかる/双葉社 (C)2017「ユリゴコロ」製作委員会

美紗子は、吉高由里子が初めて殺人者を演じたキャラクターです。明るく、気が強い役のイメージが強いので驚いたものの、『蛇にピアス』のルイに似た部分を感じました。 吉高は「心の闇を抱えていそう」「不思議ちゃん」といわれることもあるようで、どこか人を寄せ付けない鋭い雰囲気が美紗子にハマっているのです。人間的に云々というよりも、この世の人間とは違う存在だと自覚している難役を、本当にうまく表現しています。 後半は感情を得て慈愛の表情も見せるようになり、別の女優に変わった?と思うくらい別人で、前半とは全く違う雰囲気でした。 美紗子のモノローグも、後半にかけて少し柔らかさが出ているように思いました。 淡々とした語り口が続くのですが、共感しにくいであろう美紗子の幼少期のシーンにもすっと惹き込まれるような、絶妙なモノローグは必聴です!

松坂桃李、その他キャスト・キャラクターも作品を魅力的に彩る

ユリゴコロの婚約者を奪われ、狂気に染まっていく亮介

松坂桃李が演じる亮介はある重大な秘密を秘めており、彼が過去と未来を繋ぐ鍵になります。 愛する千絵を奪われ、『ユリゴコロ』で読んだ内容のフラッシュバックに苦しむ中で、穏やかだった亮介の狂気が見え始めました(実は、冒頭で無意識の危険運転を千絵に注意されており、凶暴な一面を秘めていたことを匂わせてはいるのですが……)。 ムカデを何度も踏みつけるシーンや正気を失った状態の目。突然爆発する怒りと狂気、殺人衝動に取り憑かれていく様を、松坂は見事に演じていました。 切り替えが早すぎて、思わず「松坂桃李の感情が忙しすぎる」と呟いたほど。 回想で美紗子が結婚、出産を経て穏やかになっていくのと対照的に、現在では亮介が狂気に染まっていく対比も面白い!狂気の中でも、亮介が隠し事をした千絵ではなく、彼女を傷つけた者たちへ殺意を向けたところに、彼の愛とユリゴコロを感じました。

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吉高由里子に劣らぬ佐津川愛美の狂気!リストカットに快感を感じる女・みつ子

佐津川愛美、吉高由里子『ユリゴコロ』
(C)沼田まほかる/双葉社 (C)2017「ユリゴコロ」製作委員会

最初は人形、そして死という概念をユリゴコロにしてきた美紗子が、初めて他人にユリゴコロを感じたのが、みつ子でした。 美紗子はみつ子と出会い、拒食症の彼女のために食事を作ったり、リストカットを止めさせようとしたりと、それまでとは違った行動を見せます。最後には結局、みつ子を自身の手で殺してしまいますが、彼女が美紗子に大きな影響を与えたのは間違いないでしょう。 強烈なキャラクターですが、演じた佐津川愛美がとにかく素晴らしい!初めましての女優でしたが、二度と忘れることはないだろうと思いました。 美紗子に「オナニーと同じ」と言われたリストカットをする時の、悦に浸ったような恍惚とした表情、危うい雰囲気と口調が不気味でした。リストカットシーンは観ている内に手首が痛くなるほど真に迫っており、苦手な人は注意が必要かもしれません。 ですが、初めてお互いの腕を切り合うシーンは窓から差し込む光がとても美しく、性的ではない神聖な雰囲気を醸し出しているので、必見です。

松山ケンイチの色気が凄すぎる!美沙子に愛と罪を教えた男・洋介

松山ケンイチ『ユリゴコロ』
(C)沼田まほかる/双葉社 (C)2017「ユリゴコロ」製作委員会

ネタバレになったり、面白さが失われてしまうので洋介という役を語るのは難しいのですが、優しさが怖いとはこのことか、と感じたキャラクターでした。 どこか浮世離れしていて、大きな喪失を経験したような退廃的な雰囲気。洋介は美紗子と同じく感情や表情の振れ幅は少ないけれど、いつも哀しそうなんですね。しかし、売春婦として声をかけてきた美紗子の体を求めずに、無償の愛で彼女を包むのです。 実父が誰なのかわからない、美紗子の子供の父親にもなってくれます。そして、美紗子と息子の存在が洋介の心の傷を癒やす一方で、この傷が彼らを苦しめるという皮肉……。薄暗い部分によるものなのか、洋介のと言いますか、松山ケンイチの色気がすごすぎる!! この色気だけで『ユリゴコロ』を観た価値があるんじゃないかと本気で思いました。ベッドシーンではない場面でも、内側からにじみ出る色気が凄まじいです。 美紗子を救う役ですが、罪の意識を芽生えさせる点でも重要なキャラクターでした。

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エログロナンセンスではない、『ユリゴコロ』は哀しい愛の物語

エログロの描写は多いものの、個人的に血が噴き出すよりも怖かったシーンがあります。それは、序盤でミチルちゃんが溺死するシーン。まさに息絶える瞬間の「あ゛あ゛」という声は、しばらく耳から離れませんでした(子役に拍手を送りたい)。 キャラクターも皆、どこかおかしく、どっぷりと感情移入するのは難しい……。しかし、「エログロナンセンスなのか?」と聞かれれば、それは違うと思います。 本作は「人殺しの私を、愛してくれる人がいた」のキャッチコピー通り、哀しみの連鎖に翻弄された男女と周囲の人々の、哀しい愛の物語でした。 淡々と進む中にある、理解できないけれど繊細かつ激しい感情が胸に迫ってきて、この人はどうしてこう思ったのか、どうしてこんな行動をするのか。なぜ?なぜ?を繰り返すうちに、いつの間にか物語にのめり込んでいる自分がいることに気付くでしょう。 夫婦とは、親子とは、人を愛することとは何か、とても考えさせられる作品です。愛は人を救うけれど、愛があるから苦しむこともあるのだなぁと、しみじみ感じました。 ただし、ミステリー映画としての完成度を求めるのはおすすめしません。美紗子の犯行はずさんですし、よく逮捕されなかったなと思うレベル。伏線もわかりやすいものが多いので、その辺りの粗からは目を逸らしてお楽しみください。

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沼田まほかるの原作との違いも楽しめる要素の1つ

筆者は原作未読だったため気にならなかったのですが、後半は原作からの改変や省略が多いというレビューもありました。そのため、原作ファンで鑑賞を考えているという人は、原作と映画は別物として捉えた方が良いかもしれません。 改変には賛否両論あるようなので、原作と比べてみるのも面白いでしょう。

“ユリゴコロ”の意味とは何だったのか?

最後に、美紗子が言う「ユリゴコロ」とは一体何だったのでしょうか? 中学時代のモノローグでは、医者が言った「拠り所」を聞き間違えて「ユリゴコロ」になったのだ、と語られました。つまり、"恐怖や不安を取り除いてくれる"存在であって、生きていく上での心の支えや愛によって得られる安心感のようなものでした。 美紗子にとってそれは洋介と息子であったし、洋介にとっても美紗子と息子で、亮介は千絵であり2人で作り上げた店だったということ……。 本作では、オナモミの実が恐怖や不安のメタファーになっているのですが、この演出が作品の中で非常にうまく作用しているのです。美紗子と、性的不能だった洋介のベッドシーンでも象徴的に用いられており、(少し気持ち悪いですが)印象深いシーンになりました。 鑑賞後は心身がゴリッと抉られてしまい、しばらく放心状態でした。できれば皆さんの時間と心に余裕がある時に、一人で鑑賞することをおすすめします!