2026年4月24日更新

映画『ミスト』ネタバレあらすじ解説!後味の悪いラストが送るメッセージや怪物の正体を考察

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ミスト、映画
(C) 2007 The Weinstein Company

『ミスト』は、スティーブン・キングの中編小説『霧』を、『ショーシャンクの空に』、『グリーンマイル』などで知られるフランク・ダラボン監督が映画化した作品です。2007年にアメリカ公開、日本でもその翌年公開され、“震撼のラスト15分”という触れ込みで大きな話題を呼びました。 確かに、ラスト15分はかなり衝撃的!鬱映画の代表格と呼ばれても仕方がないような、救いのない終わり方です。しかしなぜあのようなラストになったのか、脚本も手掛けているダラボン監督の意図は何だったのかが気になります。 そこで、今回は賛否両論が起こったラストにフォーカスして、本作が伝えたかったテーマを掘り下げていきたいと思います。果たして『ミスト』は、ただの救いのない「鬱映画」なのでしょうか?

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映画『ミスト』あらすじ【ネタバレなし】

激しい嵐が過ぎ去った翌日、町には不気味な濃い霧が立ち込め、住民たちは身動きが取れなくなってしまいます。しかもその霧の中には、未知の怪物が潜んでいました。 いつ怪物に襲われるか知れない恐怖のなか、スーパーマーケットに避難した人々は、戦う者と神の裁きを信じる者に二分され対立していきます。 息子のビリーとともにスーパーマーケットに閉じ込められたデヴィッドは、ほかの住民たちと協力して決死の脱出を試みますが……。

映画『ミスト』全編ネタバレ解説!衝撃のラストとは

『ミスト』 フランク・ダラボン
(C) 2007 The Weinstein Company

霧に包まれた町で始まる異変

大きな嵐に襲われた小さな町。嵐によって家が損傷したデヴィッドは、息子のビリー、隣人のノートンとともに買い出しに出かけます。 買いだめをしようとする客で賑わうスーパーマーケットの前を、パトカーや救急車がサイレンを鳴らして走り去ります。店の外には霧が立ち込めはじめていました。その直後、鼻血を流したダンが「霧の中に何かがいる」と店に逃げ込んできます。 地震が起こり、店は濃い霧に包まれました。幼い子どもを家に置いてきたという女性は、帰るために誰か付き添ってほしいと言いますが、誰も名乗りをあげず、彼女は1人で店を出ていきます。 副店長のオリーらとともに、倉庫に入ったデヴィッド。発電機の故障を直すために青年ノームが外に出ると、霧の中から現れた触手に襲われます。デヴィッドたちは彼を助けようと触手の1つを切り落としますが、ノームは引きずり出されてしまいました。ダンが言ったとおり、霧の中には「なにか」がいるのです。

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人々が疑心暗鬼に陥り秩序が崩れ始める

デヴィッドたちは客たちが外に出ないようにするため、触手の話をします。しかしノートンをはじめとする多くの人が彼らの話を信じようとしません。仕方なく店長のバドたちに切り落とした触手を見せると、彼はようやく事態を理解しました。 バリケードを作ってガラス窓を塞ぐ客たち。そんななか、ミセス・カーモディは「神の怒りに触れた」と狂信的な主張を始めます。 一方、まだ怪物の存在を信じないノートンたちは救助を呼びに外に出ることに。デヴィッドは彼らがどこまで行けるか調べるため、外に出る男性の腰にロープを結びつけました。彼が外に出た後しばらくして、突然ロープが強い力で引っ張られます。力が緩みロープを手繰り寄せると、男の下半身だけが戻ってきました。 その夜、ガラスを突き破って巨大な虫や翼竜のような怪物が店を襲いました。客たちが松明や銃で怪物を殺していきますが、何人かが犠牲になってしまいます。パニックになった客たちのなかには、カーモディに付き従う者も現れます。

内側の狂気が牙をむき選択を迫られていく

『ミスト』 フランク・ダラボン
(C) 2007 The Weinstein Company

デヴィッドたちは隣の薬局に薬を調達しにいきます。薬局はクモのような巨大な虫の巣窟になっていました。軍のMPは虫の卵を産み付けられていました。彼は「自分たちの責任だ」と言い遺し、大量の小さな虫が腹を破って溢れ出し、死んでしまいます。 なんとか店に戻ったデヴィッドたちは、軍人たちに事情を聞こうとしますが、3人のうち2人はすでに自殺していました。残ったジェサップに話を聞くと、軍は異次元を観察する窓を開ける「アローヘッド計画」を実行していると言います。 その話をカーモディの信者に聞かれてしまい、カーモディはジェサップに責任があると糾弾。信者たちは彼を店の外に追い出します。助けを求めるジェサップでしたが、すぐに巨大ななにかにさらわれてしまいました。 デヴィッドたちは翌朝外に逃げる計画を立てます。しかしそれを知ったカーモディとその信者は、彼らの計画を阻止しようとします。

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最後の決断がすべてを覆す衝撃のラストへと繋がる

カーモディによってビリーが怪物の生贄にされそうになり、オリーが彼女を射殺します。新任教師のアマンダとベテラン教師のアイリーン、バド、オリー、そしてダンは、デヴィッドとともに店を脱出しました。 しかしオリーは大型の怪物に捕まり、バドは車までたどり着けず店内へ戻ります。なんとか車に乗り込めたのは残りの5人。デヴィッドはオリーが遺した銃をボンネットの上から取って、やむなく出発しました。 ガソリンが続く限り走り、できれば霧を抜けたいという思いで走っていたデヴィッドたち。しかし無念にも霧が晴れることもなく、ガソリンが尽きます。 そこまでの道中、蜘蛛の糸に巻かれて死んでいる妻や、スクールバスの中で息絶えた子どもたちの姿を見てきた彼らは、出来る限りのことはやり尽くしたという表情を浮かべて最期を悟ります。 デヴィッドの手には銃と4発の弾丸。5人では足りないとわかっていて、デヴィッドは自分以外の4人に銃口を向けるのです。そう、息子ビリーにも。 一人残されたデヴィッドは絶望の中、自ら車を出て怪物に「来い!」と叫びます。しかしそこに現れたのは、戦車とジープに乗った生存者たち。霧が晴れていき、呆気にとられるデヴィッドを尻目にエンドロールが流れるのです。

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【考察①】『ミスト』は原作と映画のラストが違う?!

監督がラストシーンに込めた想いとは

キングの原作は実は映画のラストとは違い、少し希望を覗かせるエンディングになっています。車でスーパーマーケットを脱出するところまでは同じですが、最後は雑音だらけのラジオから、ある街の名前と“ホープ(希望)”という言葉を聞いて終わるのです。 しかし、キングはダラボン監督が原作とは違うラストを提案した際、賞賛したといいます。キングは「このエンディングは衝撃的だ。これは恐ろしい。しかしホラー映画を見に行く人たちは、必ずしもハッピーエンドを望んでいるわけではない」と「USA Today」のインタビューで語っています。 ダラボン監督が本当に意図したところは、単なるバッドエンドではなかったと思われます。逆説的ですが、デヴィッドにはどれほどの絶望的な状況下に置かれても、最後の最後まであらゆる可能性を信じて、生きることを諦めないでほしかったのではないでしょうか。ましてや、自分の子を殺めるなんて!

子どもたちを救い出した女性は何の象徴?

ダラボン監督のメッセージは、生存者たちの中にいた、スーパーマーケットから一番最初に出て行った女性に託されているように感じます。8歳の子が家で待っていると言って出て行った女性は、無事に霧の中から子どもたちを救い出したのです。 絶望し、仲間や息子とともに死を選んだデヴィッドとは対称的に、彼女は決して希望を捨てませんでした。「希望」を象徴するこの女性がデヴィッドを見る眼差しは、憐れみとも蔑みともとれます。

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【考察②】霧の中を襲った怪物の正体は?その後どうなったのか

『ミスト』 フランク・ダラボン
(C) 2007 The Weinstein Company

霧の中に隠れていた「なにか」の正体は、異次元からやってきた怪物です。“異次元への窓を開ける”ことを目的とした軍の「アローヘッド計画」で異次元との境界が壊れてしまい、こちらの世界にやってきました。 デヴィッドが仲間たちを殺した後、霧が晴れていくなかで戦車やジープ、そしてショットガンを持った軍人たちが現れました。最終的に怪物たちは、軍によって始末されたものと思われます。

【考察③】どうすれば主人公は最悪のラストを避けられたのか?

では、主人公デヴィッドは一体どうすれば良かったのでしょうか?息子を自らの手で殺めるという最悪のラストは、どうしたら回避できたのでしょう。そのターニングポイントを考察してみます。 まず思い出されるのは、ビリーがデヴィッドに「怪物に僕を殺させないで」とお願いし、約束したこと。この約束を、究極の選択を迫られた状況では「怪物から守る」という意味には取れなかったことが、あのラストへ繋がった一つのポイントです。 次に霧の中、車で脱出する時にオリーが落とした銃を手に取ったこと。あの時、銃など目もくれずにすぐに出発していれば、少なくとも銃で自殺するという選択肢はなくなっていたはず。 車の中の5人は、まるで祖父母と夫婦と子どもといった“擬似家族”のようでした。度々絶望的な現状を見てきたとしても、たとえ周りの人々が諦めていたとしても、家長である父=デヴィッドがすべてを諦めて引き金を引いてはいけなかったのではないでしょうか。 デヴィッドがビリーのためにも生きることを諦めずに、もう少し忍耐強く待って、未来に希望を持っていれば、あのラストは絶対に避けられたのです!

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【考察④】父性と母性が対峙する味わい深いラストシーン

息子のビリーと、助かった女性の娘が同じ8歳だったことは、非常に示唆的でした。娘も「弟の面倒を見るのを忘れてしまう」と不安がっていた女性ですが、それ故に子どもたちを放って置けないと決意して出て行ったわけです。 ビリーはずっと怪物を恐れて泣いていて、常にぐったりした様子。しかしデヴィッドは怪物と戦うことを選んで、いつもビリーのそばにはいませんでした。 このことから、自らの命を賭して母は守り父は戦うという構図が浮かび上がります。ラストシーンは、デヴィッドの父性と助かった女性の母性が対峙し、明暗が分かれたように見えました。 デヴィッドの視点で見ていると絶望的な結末ですが、不条理の中にも勝利=子どもの生存を勝ち取った人物がいたという、ある意味衝撃的なラストであることがわかります。感情移入する人物によってまったく違ったラストになるという、なかなか味わい深い作品なのです。

映画『ミスト』への評価は?後味が悪すぎる?

『ミスト』は「鬱映画」で検索すると必ず出没するほど、世間一般的にも“後味の悪い”作品として一定の評価を受けているようです。 ジャンルとしてはSFホラーの位置付けですが、未知の怪物に襲われるモンスター・パニック映画とも、群集心理が恐ろしいスリラー映画ともいえます。 前述のように賛否両論があり、特にラストの評価は二分されています。映画評論サイト「Rotten Tomatoes」では、レビュー数142件で支持率が72%でした。まずまずの評価といえますね。

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『ミスト』はただの鬱映画じゃない

『ミスト』 フランク・ダラボン
(C) 2007 The Weinstein Company

「鬱映画」というとまったく救いがなく、答えがないまま終わるイメージが付きまといます。しかし『ミスト』の場合、その絶望的なラストを逆説的にとらえると、生きることを諦めると後悔しかないと、かなり強めに答えを示しているのです。 絶対的な絶望の先に何が見えるのか、それは徹底的に死力を尽くした後でしかわからないのかもしれません。