2019年5月23日更新

映画『蛇にピアス』が伝えたかったこととは?吉高由里子の初主演衝撃作を紐解く【ネタバレ注意】

金原ひとみの芥川賞受賞作を、蜷川幸雄監督×吉高由里子主演で映画化した『蛇にピアス』。過激な描写と衝撃的な内容で賛否を呼んだ本作のあらすじ・キャストを紹介し、アマを殺した犯人やラストシーンの意味を紐解きます。

吉高由里子の初主演作『蛇にピアス』、その衝撃の内容を紐解く

小説家・金原ひとみのデビュー作であり、「第130回芥川龍之介賞」受賞作を、吉高由里子主演で映画化した2008年公開の『蛇にピアス』。 金原の「同作を映画化したい」との意向を受け、鬼才・蜷川幸雄がメガホンを取りました。映画初主演となる吉高が体当たりの演技を披露し、大胆なヌードや濡れ場も話題に。過激な描写や観客に委ねる部分の多いストーリーから、様々な批評・議論を呼んだ衝撃作でした。 この記事では、あらすじ・キャストとともに、考察が重ねられてきた「アマの死の真相」や「ラストシーンの意味」を紐解きます! *本記事は映画『蛇にピアス』のネタバレを含むため、未鑑賞の方はご注意ください。

映画『蛇にピアス』のあらすじ

ただあてもなく、東京・渋谷の街をふらつく少女・ルイ。19歳の少女は生きる意味がわからず、いつも何かが足りないような不安を抱いていました。 ある日、ルイは一人の青年・アマと出会い、付き合うことになります。赤毛のモヒカン、体中のピアス……違う世界を生きるアマのスプリットタン(蛇のように割れた舌)に魅せられ、彼に紹介された店の彫り師・シバとも関係を持つのです。 危うい三角関係と、舌ピアスや拡張と刺青による痛みと快楽がルイの心の隙間を埋め、彼女に「生きている実感」を与えました。ルイはようやく拠り所を得ますが、アマが起こしたある暴力事件が発端となり、3人の運命は思わぬ方向へ突き進んでいき……。

映画の主な登場人物・キャスト

ルイ(本名:中沢ルイ)/吉高由里子

主人公のルイは、アマに誘われるまま身体改造を進め、人生が一変していきます。生きる意味を求めてさまよう少女を、当時19歳の吉高由里子が演じました。 映画『蛇ピアス』は、のちにNHK連続テレビ小説『花子とアン』(2014年)のヒロインを務めるなど、今や実力派女優となった吉高の映画初主演作。オーディションで突然脱ぐ、主演決定から数日後に大事故に遭うといった逸話が残っており、本人も転機となった作品に挙げています。 吉高は本作で、第32回日本アカデミー賞、第51回ブルーリボン賞の新人賞を受賞しました。

アマ(本名:雨田和則)/高良健吾

全身に身体改造を施したいかつい見た目に反し、同棲する彼女・ルイには従順なアマを演じたのは、こちらも当時20歳だった高良健吾です。 高良は2005年に、ドラマ『ごくせん』で俳優デビュー。アマの全身ピアスと入れ墨は特殊メイクですが、似合い過ぎていたためか、「本物では?」と話題に!主演映画『横道世之介』(2013年)では吉高と再共演を果たし、第56回ブルーリボン賞主演男優賞を受賞しました。

シバ(本名:柴田キヅキ)/ARATA(井浦新)

井浦新
©︎ciatr

ルイが訪れる刺青(身体改造)店のオーナーで、彫り師のシバ。他人が苦しむ顔に興奮するサディストにして、バイ・セクシャルでもある強烈な男を、ARATAが演じました。 ARATA(現:井浦新)はもともと、「パリコレ」などに出演するトップモデルでした。俳優としては、NHK大河ドラマ『平清盛』、月9など多数の話題作に出演。シバの顔面ピアスや改名の影響か、現在の井浦新と一致しない、という人が多いようですね。

映画を盛り上げるその他の豪華キャスト

さすが蜷川幸雄と言うべきか、メインキャスト3人の他に、演出舞台や監督映画に縁深い小栗旬ら豪華な面々が出演しました。 ルイの友人・マキ役であびる優、バイト先の同僚・ユリ役にソニン。特別出演には、刑事役の市川亀治郎(現:四代目市川猿之助)とバイト先のマネージャー役で井手らっきょ、映画初共演となった小栗と藤原竜也、唐沢寿明も名を連ねます。 小栗&藤原は物語のキーマンでもある暴力団員を、唐沢は警察官を演じました。

【ネタバレ注意】アマが死んだ真相と犯人の動機を考察

アマの直接の死因は「窒息死」ですが、遺体の爪は剥がされ、無数のタバコを押し当てた痕や陰部にはお香が差し込まれており、無事な箇所がない状態でした。 誰が殺したのか、その犯人の正体について作中では明かされていません。しかし、ルイは煙草の銘柄やお香が日本で手に入りにくい希少なもので、それをシバが持っていたこと、レイプされた様子があることなどから、彼が犯人だと確信しました。 シバが犯人だとして、アマを殺した動機は何だったのでしょうか? ■ルイを本当に愛してしまったシバが、彼氏の存在を疎ましく思った ■2人は以前から関係があり、アマへの愛情からSMプレイが行き過ぎてしまった(シバは苦しむ顔に興奮を覚えると同時に、殺意を抱く節がある) ■犬のように可愛がっていたアマが、別の主人を見つけたのが気に入らなかった。あるいは、ルイという新しい支配対象ができ、アマが不要になった ■シバには殺人衝動があり、暴力団員を殺したアマはその報復を受けて消されたと思われやすく、殺す相手としてちょうど良かった などなど、観た人によって様々な考察が行われてきました。肉体関係の有無はともかくとして、どれか一つというよりは、上記のような複数の動機があったのかもしれません。

映画オリジナルのラストシーンが伝えたかったことは?

過去のツケは必ず自分に帰ってくるという「因果応報」

映画『蛇にピアス』最大の謎が、ラストの”渋谷の交差点でルイがしゃがみ込む”シーンの意味で、これは原作小説にはない描写でした。 ルイはラストの少し前に、アマが「愛の証」にくれた暴力団員の「歯」を砕いて飲み込み、刺青の麒麟と龍に瞳を彫り込んでいます。そこから導き出されるいくつかのメッセージとして有名なのが、ルイの妊娠を暗示し、「因果応報」を意味しているという考察です。 お腹を押さえるようなルイの仕草などから、「妊娠」を彷彿とさせたのかもしれません。 アマの愛の証を宿していたのか、彼の愛情を裏切りシバと関係を持ったツケが回ったのか、どちらにせよ茨の道には違いありません。

ルイがケジメとして、生きる拠り所を手放した「独り立ち」

画竜点睛のことわざに倣い、「麒麟(シバ)と龍(アマ)が飛んでいかないように」と入れなかった瞳を掘ったことから、「ルイの独り立ち」を指すという考察もあります。 一つのケジメとして、舌ピアスの拡張を辞め、刺青を完成させたルイ。アマの愛と一つになった彼女は、また渋谷の街をさまよい、自分探しを続けるということ。19歳の少女の一瞬を切り取った映画のラストとして、あらゆる解釈が正解で、間違いなのかもしれません。 個人的には、出会いと別れ、愛と痛み……全てを飲み込んで、自分探しを繰り返すのが人生だ、ということかな?と感じました。皆さんはどんなメッセージを受け取りますか?

『蛇にピアス』万人ウケは難しいが、生きる意味を問う純粋な青春ドラマ

本作は一歩間違えれば、グロテスクとエロが入り交じるだけで、「何が言いたいのかわからない作品」で終わってしまうでしょう。 一般ウケが難しく、ある種の”意味のわからなさ”で観客を引き込み、深みにハマった人ほど物語の「核」になる部分が見える映画ではないかと思います。純粋であればあるほど惑い、体の奥底から湧き上がってくるような不安と衝動に身を任せる、いわゆる”荒れる子”が行き着く先の片鱗を見たような気がしました。 ピアスや刺青に魅入られる感覚を理解できなくとも、ルイと同じような漠然とした不安を、10代には多く人が感じたのではないでしょうか?繊細で、不器用過ぎた彼女たちの自己表現が、暴力でセックスで、痛み(自傷)だったわけです。 憎しみは愛情の裏返しと言いますが、この映画の激しさは、純粋さの裏返しかもしれません。 遠い世界のようで、誰もが足を踏み入れる可能性のある表裏一体の世界。その深淵から、人はなぜ生きるのか、その意味はどこにあるのか、人類永遠のテーマを投げかけてきます。

映画『蛇にピアス』の危うくも美しい世界を覗いてみては?

映画『蛇にピアス』は、R-15指定だけあって過激な描写が多く、文学作品特有の様々な考察・解釈を可能とする難しい物語でもありました。 前評判でも、「エロい!グロい!」というのが前面に出ていて、「そういうのはちょっと……」と敬遠した人は多いようです。過激ではありますが、蜷川幸雄の芸術的なビジュアルが不思議とエログロを和らげてくれますし、作品テーマも「生きるとは何か」に終始しています。 ぜひ腰を据えて、危うくも美しい世界を覗いてみてください。ルイたちと同じ20代前後、30代、40代と年齢やその時々の精神状態で、違った解釈になるかもしれません。