『ベイビー・ブローカー』ネタバレあらすじと考察 ラストシーンのニュースが意味するサンヒョンの物語を解説
ネタバレあらすじ
【起】ブローカーと母親で里親探し!?
クリーニング店を営みながら、借金返済に追われるサンヒョン。彼は赤ちゃんポストが設置されている施設に務める青年ドンスと組んで、捨てられた赤ちゃんを売ってお金を得ていました。 ある雨の日、1人の若い母親が赤ちゃんポストの前に子どもを置いていきます。それを近くに停車している車の中から見つめている人物がいました。それは刑事のスジンと後輩のイ刑事。スジンはこのままでは赤ん坊が雨に濡れて死んでしまうと、赤ちゃんポストに入れて扉を閉めます。 赤ちゃんポストのブザーが鳴り、サンヒョンとドンスは早速赤ちゃんを回収。赤ちゃんの入っていたカゴには「必ず迎えに来る」というメモが。しかし施設育ちのドンスは、メモ書きを置く母親のほとんどが迎えに来ないことを知っていました。2人は気にせず赤ちゃんを売ることに。 ところが翌日、思い直して戻ってきた母親のソヨンは赤ちゃんが施設に保護されていないことに気づき、警察に通報しようとします。それを見たドンスは仕方なく彼女を赤ちゃんのもとに案内し、自分たちの裏稼業を明かしました。 ソヨンは呆れながらも、「赤ちゃんの養父母は自分で探したい」と彼らについていくことにします。
【承】施設で育った子どもたち
スジンとイ刑事は、人身売買の罪で彼らを現行犯逮捕するためあとをつけます。 そんなことも知らずサンヒョンたちは出発。まず一行は漁港で買い手夫婦に会いますが、夫婦は赤ん坊の顔にケチをつけ値下げの交渉をもちかけてきます。子を罵られたソヨンは思わず怒りをあらわにし、交渉は決裂。スジン刑事たちも彼らを現行犯逮捕できず落胆しました。 そのころ高級ホテルで男性の遺体が発見されます。彼は直前まで赤ん坊とともにいたようで、男性を殺した女性は逃亡中でした。 続いてサンヒョンたちは、ドンスが育った児童養護施設に立ち寄ります。都会で働くドンスは子どもたちに大人気ですが、施設の少年たちが置かれている状況を改めて聞いて昔の自分を思い出しました。 ドンスもウソンと同じように、「迎えに来る」というメモとともに捨てられた子供だったのです。ドンスは同じように子を捨てようとするソヨンを非難し、彼女と口論になりました。 しかし夜、サンヒョンがソヨンにドンスの過去を伝えたことで、ソヨンはドンスに謝ります。翌朝2人は雨上がりの庭を見ながら、穏やかな時間を過ごしました。 サンヒョンたちが次の買い手のもとへ車を走らせてしばらくすると、施設で暮らすヘジンが車に乗り込んでしまっていたことがわかります。ヘジンは施設を抜け出したくて、彼らについてきたのです。目的を知ったヘジンをこのまま帰すわけにもいかず、そのまま旅を続けることに。
【転】母が抱えていた事情
一方スジン刑事は意地でも彼らを現行犯逮捕するために、おとりの買い手夫婦を用意します。しかしドンスが夫婦のウソを見抜いたため、作戦は失敗に終わりました。 そのころ殺人事件を追う刑事たちは、売春の元締めをしている女性と会っていました。ソヨンも彼女のもとで育ち、男性と関係を持っていたのです。妊娠した彼女は中絶を拒否し、子どもを産んで姿を消したのでした。彼らはその情報をスジンたちに伝えます。 さらに別の里親候補からの連絡を待つサンヒョンたち。しかしソヨンがコンビニに行こうと1人になったところを、スジン刑事たちが待ち構えていました。 実はソヨンは罪人で、ヤクザの大物であるウソンの父親を殺していたのです。ウソンの父親の正妻は夫の子どもを自分で育てるため、部下に赤ん坊を探させていました。 スジンはサンヒョンたちの逮捕に協力すれば、ソヨンとウソンの安全を保証すると話をもちかけます。 一方サンヒョンはスジンの帰りが遅いことから、警察の存在に勘づき始めていました。ソヨンはスジンの申し出を了承しますが、サンヒョンたちのもとに戻ると真実を告白します。 その後ドンスは車からソヨンが取り付けたGPSを発見。彼らは車を乗り捨てて、ウソンを譲り受けたいという夫婦に会うため、電車でソウルへ向かいました。
【結】赤ちゃんをしあわせにできるのは?
ソウルに到着すると、彼らはその足で里親候補の夫婦に会いに行きます。真面目そうな30代の夫婦は、最近死産してしまったことを告げ、ウソンを実子として大切に育てると申し出ました。そして一晩じっくり考えてくれとソヨンに言います。 その後サンヒョンたちは、ヘジンがあこがれていた遊園地で楽しい時間を過ごします。ドンスは観覧車の中でスジンに「本当は5人で暮らしてもいい」と言いますが、スジンはそれはできないと首を横に振りました。 その夜、一行はモーテルに宿泊します。そこで改めて、親に捨てられる苦しみを語るドンス。しかしソヨンの事情や人柄を知った彼は、もう彼女を責めることはしませんでした。 ソヨンは明日には養父母に引き取られるウソンを抱き、旅を共にした一行と我が子へ「生まれてきてくれてありがとう」と伝えます。 翌朝、里親候補に会いに行く途中で、サンヒョンは1人行方をくらましました。養父母候補に会ったドンスたちは取引を進めますが、警察が突入し、彼らは逮捕されてしまいます。 その後、ウソンを引き取ったのはスジンでした。夫との間に子どもがいなかった彼女は自らウソンを育て、彼を買い取ろうとした夫婦が、出所後ウソンを育てられるように手配します。そしてソヨン(とドンス)が刑務所から出てくれば、いつでもウソンに会えるよう話をつけていました。
ラストに流れていたニュースの意味は?
終盤、テレビから流れる「暴力団員が殺され、部屋からは4000万ウォンの現金が見つかった」というニュースの犯人はサンヒョンです。サンヒョンはウソンを守るためにテホを殺してしまったようです。
サンヒョンはその後どうなった?
罪を犯したサンヒョンは逃亡生活を続けながら、擬似家族の父としてウソンたちの幸せを離れて見守り続けていくのでしょう。
以下で詳しく解説していきます!
【考察1】最後サンヒョンが見ていたニュースの意味は?
ニュースの事件を引き起こした犯人は……
映画終盤、テレビから流れる「暴力団員が殺され、部屋からは4000万ウォンの現金が見つかった」というニュースをサンヒョンが困った顔で見ているシーンがあります。 このシーンの前に、サンヒョンは知り合いの暴力団員・テホと会っていました。テホはウソンを買うために4000万ウォンを持ってきており、サンヒョンは「この金で2人で事業を始めよう」と言って彼と一緒に去っていきます。 おそらくサンヒョンは、ウソンを守るためテホを説得しようとして、誤って彼を殺してしまったのでしょう。そしてドンスたちに迷惑をかけないため、黙って逃亡したと考えられます。
サンヒョン目線のストーリー
借金を抱え、家族とも離れ離れになったサンヒョンは、金目当てでベイビーブローカーをしていました。しかしウソンとソヨンに出会い、2人のためにより良い養父母を探すうち、ウソンを我が子のように愛してしまいます。 そんななか彼は、ソヨンがウソンの父親である暴力団幹部を殺してしまったこと、ウソンが今も父親の正妻に狙われていることを知りました。ウソンを救うため、サンヒョンは自ら知り合いの暴力団員・テホに近づきます。 そして4000万円でテホに手を引かせようと説得を試み、失敗し相手を殺してしまったのです。 殺人犯となったサンヒョンは、警察だけでなく暴力団からも追われることになるでしょう。一方でウソンは大切に育ててくれそうな養父母に引き取られることが決まっていました。 自分のせいで赤ん坊の一生を台無しにし、ドンスやソヨンにも迷惑をかけることを恐れたサンヒョンは、彼らにも黙って姿を消すことにします。 3年後、ソヨンが釈放されたころ、スジンとともにいるウソンを、離れたところで見守る人物がいました。彼の乗る車の中には、遊園地でドンス、ソヨン、ヘジン、そしてウソンと5人で撮ったプリクラが。サンヒョンは逃亡生活をつづけ、影からウソンを見守っていたのです。
父になったサンヒョンのその後
もともと優しい父親だったサンヒョンですが、借金のために離婚し、自分の娘と会うことができなくなっていました。自分の家族を失ったサンヒョンは、皮肉にも金目当てでやっていた「ブローカー」という仕事を通して、新しい家族と出逢います。 そこで得た新しい家族を愛し、ウソンには父性を発揮するようになっていました。そして事件は起こってしまったのです。 罪を犯したサンヒョンは、今後ウソンに会うことはないでしょう。この先逮捕される可能性もあります。しかしそれでもこの擬似家族の父として、ずっとウソンたちの幸せを願い見守り続けていくのではないでしょうか。
【考察2】2人の「母」視点から物語を見返してみる
ソヨン視点
子を捨てるしかなかった母親
ソヨンは最初から息子のウソンを深く愛していました。だからこそ「堕ろせ」と言ってきた父親を殺したのです。しかしソヨンが彼を育てることはできません。なぜならソヨンは殺人者であり、父親はヤクザだったからです。彼女はウソンを犯罪者の子にしないために「捨てる」という選択をしたのです。 しかし彼女はサンヒョンたちに出会って、周囲の人々の助けを借りてもいいと気づきます。最終的にはスジンの力を借り、やがて養父母にウソンを預け、刑期を終えた後にはウソンと再会できるようになりました。一度は捨てた息子と、母として会えるようになったのです。 ずっと母親としてウソンを愛し、良い人生を送ってほしいと願っていたソヨン。息子のためを思えばこそ赤ちゃんポストに捨てるしかないと考えていましたが、旅を通してドンス(パートナー?)にも出会い、その後もたくさんの人に助けられて、母として生きる道を見つけたのでした。
スジン視点
冷酷な刑事からあたたかい母になる
サンヒョンたちを追っていたスジンは優しい夫に支えられ、バリバリ働く刑事です。彼女は子どもを捨てる親に嫌悪感を隠さず、「捨てるなら産まなければいいのに」と言っていました。劇中ではっきり語られているわけではありませんが、おそらくスジンは、子どもを産めない身体なのでしょう。 当然、捨てられた子どもを金儲けに利用するサンヒョンたちにも、憎しみに近い感情を向けていたのです。 しかし彼らの旅を追ううちに、子どもを捨てざるをえなかったソヨンの事情や、それなりに良い養父母を探そうとするサンヒョンやドンスの思いを理解していきます。 最終的にウソンを一時的に引き取ることにした彼女は、自分はなれないと思っていた母になりました。そしてソヨンが刑期を終えてウソンに会えるようになった後も、第2の母として母子を支えていくことになるでしょう。
【考察3】伝えたかったのは「生まれてきてくれてありがとう」
ウソンを引き渡す前の最後の夜、旅を共にしたサンヒョンたちと息子のウソンに、ソヨンが「生まれてきてくれてありがとう」と言います。 本作のため養護施設出身の人々に取材をした是枝監督は、「生まれてきてよかったのか?」ということに確信を持てないまま大人になるという声を多く聞いたそうです。監督はそれは母親というより社会の責任であり、社会の一員として1つの明確な答えを伝えなければいけないと思ったといいます。 この映画では、社会の複雑な状況や母親にかかる重圧を説明したうえで、すべての命に生まれてきて良かったのだと伝えることを目指したのではないでしょうか。
感想・レビュー
とりあえず赤ちゃんを高く売りたいブローカーと、できるだけ良い養父母に預けたい母親。なんとなく利害が一致しているような気もするけど、ちょっとズレてるところが絶妙。彼らを追う刑事にも強い思いがあって、「子ども」っていう存在の意味がそれぞれのなかでがゆっくり変わっていくのが丁寧に描かれているのが印象的だった。子役のヘジンがかわいい。
是枝監督作品の中でも特にあたたかいものが胸に湧き上がる映画だった。赤ちゃんを捨てる母親や売って生計を立てる男たちの状況には胸が締め付けられるけれど、だからこそ「生まれてきてくれてありがとう」というセリフが熱く胸に響く。私はどちらかというとスジン刑事側で、母親の苦しみを理解できていなかったから、彼女の心境の変化にも深く考えさせられた。
“ベイビーボックス”と“赤ちゃんポスト”の現実
是枝監督は赤ちゃんの取り違えを描いた映画『そして父になる』(2013年)を撮っていた頃に、赤ちゃんポストや養子縁組といった問題に興味を持ち始めたそうです。そして韓国の赤ちゃんポスト(ベイビーボックス)の利用件数が非常に高いことを知り、今作の構想を思いついたのだとか。 ここでは日本と韓国の赤ちゃんポスト制度について比較しながら紹介していきます。
韓国
映画内でも描かれていますが、韓国の赤ちゃんポスト(ベイビーボックス)は、ボックス型の保育器内に赤ちゃんを置き扉をしめると、カギがかかってブザーが鳴る仕組みになっています。ブザーが鳴ると24時間交代で待機している職員が赤ちゃんを保護。その場に親がいれば、声をかけ話を聞く場合もあるようです。 韓国で最初の「ベイビーボックス」は、2009年にソウルのジュサラン・共同体教会のイ・ジョンラク牧師と彼の妻によって設置されました。現在韓国には3つの赤ちゃんポストがあります。 2009年から2019年の間に、韓国のベイビーボックスには1802人の赤ちゃんが預けられました。しかし2013年以降急激に増え、年間200人以上の赤ちゃんが預けられるように。これは、法律の改正によって出生届なしで子どもを養子に出せなくなったからだと言われています。 設置当初は「捨て子を助長する」などの批判もありましたが、近年の世論調査では支持率が8割を超えています。韓国の“赤ちゃんポスト制度”は国からの手厚い支援も受け、国民にも概ね浸透しているようです。
日本
日本では、2007年に熊本慈恵病院に「こうのとりのゆりかご」と名付けられた赤ちゃんポストが設置されたのが最初です。2007年から2020年の間に累計157人の子どもが預けられています。 しかし国からの運営補助もなく、否定的な世論が根強いのが現状。「安易な子捨てにつながる」、「扶養者が不明では子どもが健康保険に入れない」、「危険な自宅出産を助長する」、「子どもが出自を知る権利を奪う」といった意見があります。 2014年には『明日、ママがいない』というドラマも放送され、芦田愛菜演じる主人公が「ポスト」という蔑称で呼ばれていたことが大きな問題となりました。病院側は預けられた子どもの尊厳を軽んじないよう「赤ちゃんポスト」という名称自体を廃止するよう求めています。 さまざまな事情を抱えた母親にとって、子供を育てていくため個人にかかる負担は大きすぎ、こうした仕組みは救済の1つです。しかし民間では簡単にクリアできない問題も多いため、本来であれば行政が対応を考えるべきではないでしょうか。「子どもを社会全体で育てる」という意識があれば、変わっていくのかもしれません。
韓国映像界の働き方改革 日本にも広がるか
日本映画界の今の状況を、衰退しないために良い方向へ向かうために、監督方が声を上げ伝えてくれました。これからも素晴らしい日本映画が生まれ楽しめるように、一緒に考え行動するきっかけになっていただければ幸いです。是非ご一読ください。 https://t.co/pA3sV0X4N0
— 井浦 新 | ARATA iura (@el_arata_nest) June 14, 2022
是枝監督は、今回韓国で撮影したことで現地の「働き方改革」が機能していることに感銘を受けたようです。「(韓国では)週52時間という労働時間の上限が明快に決まっている。感覚でいうと4日間働いたら3日間休んでいる感じ。非常に肉体的には楽」と語っています。また韓国の現場は20代から30代が中心であることにも驚いたとか。 一方日本の映画界は高齢化や過酷な労働環境、収入の不安定さ、ハラスメントなどで若手が育たない状況が指摘されています。 2022年6月14日、是枝監督は諏訪敦彦監督ら有志とともに、「日本版CNC設立を求める会」の設立を発表しました。CNCとはフランスの国立映画映像センターのことで、公的な映画の支援振興機関です。韓国にも韓国映画振興委員会(KOFIC)という同様の機関があり、これらの組織が興行収入の一部を徴収し、助成金として業界全体に還元する共助の仕組みがあるのです。 是枝監督は日本映画界の現状を憂慮し、こうした機関を立ち上げようと動き出しています。ここから今後の日本映画界が変わっていくかもしれませんね。
『ベイビー・ブローカー』ネタバレ考察を踏まえて観返してみよう
是枝監督の最新作『ベイビー・ブローカー』。あらすじをネタバレありで解説し、解説や考察を深めてきました。「家族」をテーマにした彼の新たな名作の誕生といえるでしょう。 また韓国での撮影の経験から、是枝監督は日本の映画業界を変えようと動きはじめました。そういった意味でも、大きな意味を持つ作品です。 善人でも悪人でもない登場人物たちが紡ぐ、すべての命を肯定する物語は必見。未鑑賞なら、ぜひ劇場へ観に行ってみてください。