2021年6月15日更新

韓国映画『殺人の追憶』ポン・ジュノ監督が手がけた初期作品を徹底解説!

『殺人の追憶』ソン・ガンホ、キム・サンギョン
© Palm Pictures/Photofest/Zeta Image

映画「パラサイト」の監督が描く衝撃のサスペンス映画『殺人の追憶』

『殺人の追憶』ソン・ガンホ
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英語以外の映画で初めてアカデミー作品賞を受賞して話題を集めた韓国映画『パラサイト 半地下の家族』(2019年)を世に送り出した巨匠・ポン・ジュノ監督。そのポン監督がまだ若いときの傑作の1つがサスペンス映画『殺人の追憶』(2003年)です。 同監督の長編2作目である本作は、現実の連続婦女暴行殺人事件にもとづいて、その犯人を追う刑事たちの姿を人間味豊かに描き、韓国社会に衝撃を与えました。また作品のスタイルなどでも、「パラサイト」も含めてポン監督の以後の作品と共通する点も少なくありません。 この記事ではそんな映画『殺人の追憶』をネタバレも含めて徹底解説!実際の事件との比較や、他のポン監督作品と共通する点などを考察します。

映画『殺人の追憶』あらすじ【ネタバレ注意】

『殺人の追憶』
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1986年、韓国の農村で赤い服を着た女性が手足を縛られて暴行、殺害される事件が連続して発生。捜査にあたる地元警察の刑事・パク(ソン・ガンホ)たちは、2人目の犠牲者につきまとっていた知的障害を持つ男・グァンホを拘束して取り調べます。 パク刑事の強引な取り調べで自供に追い込まれるグァンホ。しかし、首都ソウルの警察から志願して捜査に加わった若手刑事・ソが、遺体の状況からグァンホの麻痺した手では犯行が不可能であると指摘。グァンホは釈放されて捜査は振り出しに戻ります。

アメリカ風な科学的捜査の影響で、書類は嘘をつかないと信じるソ刑事と、目を見れば犯人がわかると主張するパク刑事。パク刑事は暴力的な尋問で、次に疑いをかけた人物にも「自白」をさせますが、またしてもソ刑事に反論されて釈放を余儀なくされます。 そんな対立する2人が、ついに真犯人ではないかと意見が一致した容疑者が、近くの工場で働く青年・パク・ヒョンギュでした。 警察は証拠品から採取された犯人の体液とヒョンギュのDNAの比較鑑定をアメリカに依頼しますが、返事はなかなか届きません。そのうちソ刑事が捜査で知り合った女子中学生が殺害され、怒り心頭の彼はヒョンギュに拳銃を突きつけて自白を迫ります。 そこにアメリカのDNA鑑定結果をもって駆けつけるパク刑事。そこには「DNAが一致しないため、犯人は特定できない」と書かれていました。 事件は迷宮入りになり時は流れて2003年。警察を辞めて結婚して家庭を持ち、セールスマンとして働くパク元刑事は、仕事の途中で殺人現場を再訪します。 用水路を覗き込むパク元刑事に、通りがかりの少女は前にも同じように用水路を覗き込んでいる中年男を見たことがある、と話すのでした。

華城連続殺人事件とは?犯人はどうなった?

本作のもとになった「華城連続殺人事件」は1980年代後半から1990年代初頭にかけておきた事件。韓国の京畿道華城市周辺の農村地帯で10人以上の女性が暴行されて殺害されたという凶悪犯罪です。 韓国で初めて同一の手口で殺人を繰り返すシリアル・キラーが認識されるようになったことで、当時の韓国社会に大きな衝撃を与えました。 映画『殺人の追憶』が製作された時点で事件は未解決でしたが、2019年9月にDNA鑑定の結果、50代の男が犯人として特定されました。この男は、1994年に妻の妹を暴行して殺害した罪で無期懲役の判決を受けて服役していたのです。 しかし、一連の事件は2006年4月に公訴時効が成立していたため、犯人を連続殺人事件の罪に問うことはもはや不可能でした。

映画『殺人の追憶』は華城連続殺人事件をもとにしている?

『殺人の追憶』
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映画『殺人の追憶』は多くの点で、この華城連続殺人事件にもとづいています。被害者の衣服を使って手などを縛る手口は、華城連続殺人事件とまったく同じです。 本作の後半で女子中学生が殺害され、体内に彼女の所持品であるボールペンなどが挿入されていたという話も、実際の事件にもとづいています。 一方、映画が実際の事件と大きく異なっている点もいくつかありますが、最大の相違点は捜査の規模でしょう。 映画では数人の刑事と、地元の警察だけでほとんどの捜査が行われているかのように描かれていました。実際の華城連続殺人事件の捜査には警察・機動隊を合わせてのべ167万名が動員され、容疑者や捜査の対象になった人の数は2,100名にのぼっています。

映画『殺人の追憶』を考察してみた

『殺人の追憶』
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ポン・ジュノ監督の一連の作品には、韓国の現代社会に内在する問題への痛烈な批判が込められており、同監督の最初期の作品である本作にもその特徴が見られます。 ここからは、映画『殺人の追憶』に込められた、韓国社会の抱える問題への批判を読み解いてみましょう。

警察の捜査を風刺している?

本作で最も強く印象に残るのは、警察の捜査に対する批判でしょう。 容疑者を地下室で精神的にも肉体的にも追い詰めて自白に追い込むパク刑事のやり方は、コメディのように描かれている部分もありますが、やはり恐ろしいです。 さらに、犯行が行われた夜に必ず放送されていた曲がふたたびラジオで流れたので、新たな事件が起きることが予測された夜。課長刑事は事件を防ぐため応援を要請しますが、本部からデモの鎮圧に全員出動しているので、予備の人員はないと断られます。 このシーンには、警察は政府に都合の悪いデモなど公安対策を優先して、国民のための犯罪捜査や抑止を軽視していたのではないか、という批判を含んでいるのではないでしょうか。

韓国に対するアメリカの影響力を示唆

さらに本作には、1980年代後期いまだ発展途上にあった韓国の国民が、先進国アメリカに対して抱いていた劣等感を描き出したと思われる部分がいくつかあります。 パク刑事がソ刑事に、「韓国は小さな国だから刑事が歩いて捜査できるので、アメリカのFBIのようなものは必要ない」と息巻く場面がその1つです。 そう言っておきながら、犯人逮捕の鍵となるかもしれないDNA鑑定は、韓国にその施設がないのでアメリカに頼ることになります。 このように韓国という国が、重要なところでアメリカの影響下にあるのではないかという問題意識は、ポン監督の次作『グムエル-漢江の怪物-』(2006年)にも共通するものです。

映画『殺人の追憶』ラストシーンに込められた意味

本作のラストシーンは、オープニングと同じ韓国の田園地帯。警察を辞めてセールスマンとして働くパク元刑事が出張の途中で、最初の被害者の遺体が発見された事件現場を訪れます。 パク元刑事が遺体の発見された用水路を冒頭のシーンと同じように覗いていると、1人の少女が通りかかります。彼女は、前に同じように用水路を覗いていた男が、「むかし、自分がここでしたことを思い出していた」と話したと言うのです。 真犯人の告白ともとれるこの言葉を聞いたパク元刑事が少女にその人物の容姿を尋ねると、「普通の顔だった」と答えます。それを聞いたパク元刑事がカメラを正面から睨みつける短いカットで映画の幕は下りるのでした。 パク元刑事は、目を見れば犯人がわかるという信念の持ち主です。つまり彼が見ている先、映画を見ている観客のなかに真犯人がいる可能性を、このラストシーンでポン監督は示唆したかったのかもしれません。

監督ポン・ジュノについて解説

ポン・ジュノ
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映画『殺人の追憶』は、ポン・ジュノが監督を務めた長編2作目にあたり、彼の出世作とも言える作品です。 1969年生まれのポン監督は、延世大学社会学科を卒業した後、韓国映画アカデミーに入学して映画製作を学びました。

ポン・ジュノ監督作品

映画アカデミー卒業後ポン監督は助監督や脚本を経て、子犬の失踪事件を追う主人公を描いた『ほえる犬は噛まない』(2000年)で長編監督デビューを果たします。 次に2003年に公開された『殺人の追憶』は韓国内で大ヒット、この作品で彼は韓国の重要な映画賞である大鐘賞で監督賞・作品賞を受賞しました。 続く『グエムル-漢江の怪物-』は、韓国の観客動員記録を更新して、ポン監督は韓国を代表する映画監督としての地位を確立します。 さらに殺人の濡れ衣を着せられた息子の汚名をそそぐ母親を描いた『母なる証明』(2009年)で、世界的にも高い評価を獲得するようになります。 2013年、グラフックノベルが原作の『スノーピアサー』でハリウッド進出を果たしたポン監督は、2017年にはNetflixオリジナルのSF映画『オクジャ』の監督も務めました。 そして2019年、韓国における格差問題をコミカルに描いた『パラサイト 半地下の家族』でカンヌ国際映画祭とアカデミー賞の最高賞を同時受賞する快挙を成し遂げるのです。

映画「パラサイト」との共通点

『パラサイト』チェ・ウシク、ソン・ガンホ、チャン・ヘジン、パク・ソダム
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ポン監督の最初期の作品である『殺人の追憶』には、『パラサイト 半地下の家族』と共通する同監督の特徴がすでに顕著に表れています。 「パラサイト」で最高のレベルに到達する、コメディタッチで社会の歪みに対する痛烈な批判を表現する同監督の手法は、『殺人の追憶』でも見られるものです。 細かい共通点では、ポン監督の「4人家族」へのこだわりをあげることができるかもしれません。 『パラサイト 半地下の家族』で半地下に住む貧乏なキム一家は息子1人、娘1人の4人家族。この家族の父親役は『殺人の追憶』でパク刑事役を務めたソン・ガンホが演じました。キム一家が寄生する裕福な家族も、もちろん4人家族です。 一方、『殺人の追憶』で2人目の容疑者となる女性の下着を身にまとうという変な趣味を持つ男の家庭は妻と息子2人の4人家族。そしてパク刑事が結婚して築く家庭も息子1人、娘1人の4人家族なのです。 こうしてみると4人家族は韓国の平均的な家庭を描くのに丁度よい設定なのかもしれません。

映画『殺人の追憶』は巨匠ポン・ジュノ監督最初期の傑作!

この記事では映画『殺人の追憶』のあらすじを紹介、実際の事件との比較や、後のポン監督の作品と共通する点などを考察しました。 本作は、現実に起きた未解決事件にもとづきながら、学歴や考え方の違う2人の刑事の対立に物語の焦点を置いたことで、独特の緊張感を醸し出しています。 「パラサイト」にまで通じる、韓国社会の歪みをコミカルな側面も含めて鋭く描き出すポン監督の作風が初期作品ながら顕著であることも見逃せません。 犯人を特定する仮説を一切入れないストーリー展開は、後に真相が明らかになっても緊迫感が失われず、本作をポン監督初期の傑作にしています。 映画『殺人の追憶』は韓国で大きな反響を引き起こし、テレビでも繰り返し放映されたとか。すでに服役中だった真犯人は、スクリーンから犯人の目を覗き込むパク刑事と視線を合わすことがあったかもしれませんね。