2021年5月24日更新

異常な殺人鬼をテーマにした『アングスト/不安』をネタバレ解説する!

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『アングスト/不安』
© 1983 Gerald Kargl Ges.m.b.H. Filmproduktion

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狂った異常殺人犯を描いた『アングスト/不安』

映画『アングスト/不安』は、1980年に中央ヨーロッパの国・オーストリアで実際に起きた一家3人惨殺事件を題材にしたサイコ・サスペンス映画です。 1983年にウィーンなど一部の劇場で公開されて前衛的な撮影手法が評価されたにもかかわらず、リアルな犯罪描写が問題とされました。 このため規制が厳しいドイツやイギリスでは上映の目処が立たず、アメリカではX指定のポルノ扱いというハメに。しばらくはフランスなどでリリースされたVHSソフトしか入手できず、一部の愛好家しか観たことのないカルト的作品でした。 製作後37年が経った2020年、日本でもようやく劇場公開が実現して多くの映画ファンが観られるように。 この記事ではこのような映画『アングスト/不安』のあらすじや見どころをネタバレ解説します。

過酷な少年期を経て主人公は猟奇快楽殺人鬼になった

本作では、主人公が精神的快楽のために人を傷つけたり殺したりする趣向に目覚めていく過程が、ナレーションで説明されます。 ここからは主人公がこの映画の主題である異常事件を起こした理由を、ナレーションをもとに解説しましょう。

主人公はなぜ狂った殺人鬼になったのか

主人公が人に苦痛を与える欲求を感じるようになった背景には、幼少年期に「アングスト/不安」に満ちた環境に置かれていたことがあります。ちなみにドイツ語のタイトル「アングスト」は、「不安」や「恐怖」といった意味です。 私生児として生まれ父親を知らずに育った本作の主人公は、母親からも育児放棄されていつも不安に怯えていました。 やがて主人公は祖母に引き取られますが、彼のことを一家の恥だと思う祖母は、彼をむりやり修道院に入れます。しかしその修道院で彼は将来異常な犯罪者となる片鱗を見せ始めるのです。

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若年期からの異常な犯罪歴とそれを可能にした司法制度

ある日主人公は、飼っている豚を刃物で刺しているところを見つかって修道院から追い出されます。 この事件で主人公を教育することを祖母が諦めたので、今度は母親の再婚相手が彼の根性を叩き直そうと体罰を加えるようになりました。 やがて主人公は母親をナイフで刺して大怪我を負わせ、4年間刑務所に入れられます。その後釈放された彼は何の理由もなく70歳の女性を拳銃で射殺して、今度は10年間刑務所に入れられることになりました。 再犯の可能性があるにもかかわらず主人公は再び釈放されます。このことは本作の舞台であるオーストリアにおける当時の司法制度と関連しています。 1975年1月1日からオーストリアでは、再犯の可能性がある人物は刑期を終えた後も精神異常犯罪者の施設に収容できるようになりました。 しかし本作のインスピレーションとなった1980年の一家惨殺事件の犯人はそれ以前に有罪となっていたので、この法改正をさかのぼって適用できず釈放されることになっていたのです。 こういった事情で刑務所から出られることになった主人公は、再び人に不安と苦痛を感じさせる快楽に浸ろうと目論んでいました。

一家惨殺事件を起こした殺人鬼の趣向

刑務所を出た主人公に訪れた最初の殺人のチャンスは、タクシーの女性運転手。ここで主人公は、年上のマゾヒストな女性を相手に人に苦痛を与える快楽を味わったことを回想します。 しかし運転手に不審に思われた主人公はタクシーを降ろされ、森の中を徘徊することに。やがてまわりに家のない田舎の屋敷に忍び込んだ主人公は、そこに住む一家3人を惨殺することになるのです。 その動機が家族への復讐心に根ざしたものであることはナレーションで説明されていきます。 まず夕方、買い物から帰ってきたこの家の中年の母親と若い娘は、屋敷に潜んでいた主人公に縛り上げられます。 娘を縛るとき主人公は自分の妹のことを思い出すのです。女の子がほしかった彼の母親は妹を溺愛しており、彼女たちは一緒になって彼のことを笑いものにしていました。 次に母親を縛って絞め殺すとき、主人公は自分を虐待した母や祖母のことを回想しています。 さらに障害があって車いすで生活する息子を浴槽で溺死させるとき、彼は自分に体罰を加える継父に対して抱いた復讐の念がこみ上げてくるのです。 最後に、逃げようとした娘を包丁でメッタ刺しにして殺した主人公は、翌朝3人の死体を前に充足感から心が軽くなったように感じるのでした。

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実際の事件をもとに監督は劇映画を作った

映画『アングスト/不安』はオーストリアで実際に起きた事件をきっかけに、監督が自ら資金を調達して製作にこぎつけています。 ここからはもとになった事件と映画の共通点などを解説しましょう。

主人公は実在、事件も実際にあった

本作は、1980年1月にオーストリアのサンクト・ペルテンという街で実際に起きた一家3人惨殺事件をもとにしています。 事件の被害者となったのは55歳の母親と、彼女の障害のある26歳の息子と24歳の娘の3人でした。 映画と異なり実際の事件の犯人は被害者たちを長時間にわたっていたぶり続け、娘にいたっては7時間から11時間も暴行を受けたと推定されています。 犯人はこの家のメルセデス・ベンツのトランクに3人の死体を積んでザルツブルクまで逃げたところで、指名手配され捜査中のパトカーに逮捕されました。1980年に終身刑の判決を受けた犯人は、その後精神異常犯罪者の施設に収容されています。

映画化したい監督の熱意と実現のための工夫

オーストリア国民に大きな衝撃を与えたこの事件の犯人の心理を解明することが、『アングスト/不安』を製作したゲラルト・カーグル監督の狙いでした。 新聞報道などをもとに犯人の心理を再構成するにあたっては、ドイツで起きた同じような猟奇事件の犯人の告白も参考にしています。 映画の主題の性格から公的補助を一切受けることはできないので、製作資金はカーグル監督の経営する映画製作会社がすべて調達したそうです。

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異様な行為を際立たせる演出

映画『アングスト/不安』は劇中対話がほとんどなく、異様な行為に及ぶ犯人の心理を集中して描き出すために凝ったカメラワークなどを使ったことが特長です。 ここからは、本作における異様な行為を際立たせるための演出について解説しましょう。

狂気の犯行を写す様々なカメラワーク

本作の脚本、撮影、編集を務めたのは、1983年に『タンゴ』でアカデミー短編アニメ映画賞を受賞したポーランドの映画製作者・ズビグニェフ・リプチンスキーです。 本作で狂気の犯行を描き出すため、リプチンスキーはさまざまな前衛的撮影方法を考案しています。 序盤に主人公が森の中を逃げ惑う場面では、複雑なケーブル配置で主人公の動きを追ったそうです。その他にも追跡シーンではステディカムを使って緊迫感を高めました。 さらに屋敷のなかでは鏡を使ったり主人公の体にリングでカメラをつけたりして、主人公の限られた視点を表現しています。 冒頭の刑務所の外観、終盤の犯行現場である屋敷の全景や主人公が逮捕されるガソリンスタンドのシーンは、クレーンを使った鳥の目視点で撮影。第3者の視点から犯人の置かれた不気味な状況を映し出しています。

犯行時に流れる音楽が殺人シーンを冷酷にする

本作の音楽はドイツ・ベルリン出身の作曲家・クラウス・シュルツェが書いています。 シーケンサーとドラムマシンを基調にしたアンビエント・ミュージック的な音楽で、主人公の狂気や冷たい雰囲気を観客に感じさせる楽曲です。 本作のサウンドトラックは『アングスト』というタイトルのアルバムとして1984年にリリースされました。DVDなどで本作の映像が容易に入手できるようになる前から、サウンドトラックのほうが洋楽ファンの間では知られていたようです。

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狂った殺人鬼をじっとり描いた『アングスト/不安』は覚悟して見るべし!

この記事では、実際の猟奇事件の犯人の心理に焦点を置いたサイコ・サスペンス映画『アングスト/不安』をネタバレ解説しました。 イタリアのスラッシャー映画のような雰囲気を漂わせつつ、あくまで犯人の心理をじっとり描いた本作は、オーストリア映画史に残る独創的な作品と言えるでしょう。 フランスのギャスパー・ノエ(『アレックス』)やドイツのイェルク・ブットゲライト(『ネクロマンティック』)といった映画監督は、本作からインスピレーションを得たと公言しています。 とはいえ決して万人受けする映画ではないので、鑑賞するときはそれなりの覚悟が必要ですから注意してくださいね!