【インタビュー】映画『消滅世界』監督・キャストが描き出した村田沙耶香ワールドを紐解く
11月28日より上映開始の映画『消滅世界』。村田沙耶香による同名小説を原作とし、「性」が消えた世界を描きます。 本作の公開を記念し、ciatrでは監督の川村誠さん・キャストの蒔田彩珠さん・栁俊太郎さん・恒松祐里さん・結木滉星さんにインタビューを実施しました。 私たちの「当たり前」からはかけ離れているけれど、一方で私たちの日常と完全には切り離せない世界を描く本作を、監督・キャストの方々はどう感じ作品を作ったのか。ここでしか聞けない制作秘話も交えながら紹介します。 ※インタビュー取材の模様を撮影した動画コンテンツをYouTubeのciatr/1Screenチャンネルで公開中!
映画『消滅世界』作品概要
| 公開日 | 2025年11月28日 |
|---|---|
| 上映時間 | 115分 |
| 監督 | 川村誠 |
| 脚本 | 川村誠 |
| キャスト | 蒔田彩珠 , 栁俊太郎 , 恒松祐里 , 結木滉星 |
| 音楽 | D.A.N. |
| 主題歌 | D.A.N.「Perfect Blue」 |
| 原作 | 村田沙耶香『消滅世界』(河出文庫) |
映画『消滅世界』あらすじ
人工授精で子供を産むことが常識となった近未来。そこでは夫婦間の性交渉はタブーとされ、性愛の対象として見る“べき”とされているのは、家庭外の恋人か二次元キャラクター。 そんな時代の中で「両親が愛し合った末」から産まれた主人公・雨音(蒔田彩珠)は、旧来的な価値観を持つ母親に嫌悪感を抱いており、二次元キャラクターの「ラピス」に恋をし、かつ夫婦間には性愛を望まない自分の価値観を「正常」と信じ切っているのでした。 そんな雨音は、同じく清純潔白な家庭を望む朔(栁俊太郎)と出会い意気投合。夫婦となった彼らは実験都市「エデン」に移り住むことに。そこでは、住民たちが一斉に人工授精を行い、生まれた子供はみなエデンの住民の「子供ちゃん」として愛されながら育ちます。 雨音のかつての同級生であり医師でもある水内(結木滉星)の協力を得て、2人の子供を授かろうとした雨音と朔ですが――。
村田沙耶香作品初の映像化。独特な世界観はどう表現された?

村田沙耶香作品を映像化するにあたって、込めた想い

Q:原作・村田沙耶香さんの作品といえば常識がひっくり返るような独特な世界観が特徴的かと思います。 本作が村田沙耶香さん作品の初の映像化となりますが、映像化にあたって、特に意識されたポイントや拘ったポイントがあれば教えてください。
川村誠監督 「常識がひっくり返る」ような作品ということで、そこは僕が一番、映画化したいと思った理由のひとつです。 村田さん自身、どんな作品でも「その正しさとは何だろう」とか「普通とは何だろう」というようなことをテーマに描かれていて、「よく書こう」という意識以前に、小説というメディアに正直に自分が疑問に思っているものをぶつけられる作家さんだと思っています。 そういう方の作品をお預かりして映像化するので、とにかく誠実に向き合って「村田さんが違うと言われるようなものにはしたくない」というのが第一にありました。
KAIT広場をはじめとした世界観のコーディネート
また、『消滅世界』独自の世界観をどう構築していくかという点も意識しています。ビジュアル面でも、登場人物にしても、世界観をどうコーディネートしていくかということを考えました。
Q:世界観を表現するという点では、セットやロケーションについても拘られたのではないでしょうか。
実は、本作はセットを全く使っていません。全てロケで現実にあるものを使って撮影しています。 その中で一番こだわったのは、やはり「エデン」の情景を作り出していくうえで必要なロケーションで、印象的に残っているのは神奈川工科大学のKAIT広場ですね。 KAIT広場をデザインされた建築家・石上純也さんという方も、「人間の側から建築をデザインする」「自然をデザインする」というようなコンセプトを持たれている。そういった建築のコンセプト自体も、「人間側から生殖をデザインする」「生殖の在り方を規定していく」というような本作との親和性を感じていました。
「現実の延長線上の世界観」――。原作から感じたこと
Q:キャストの皆さんは、初めて原作を読んだときどのような感想を持たれましたか。
恒松祐里さん 本当に現実の延長線上でありそうな世界観だなということが最初に感じたことです。だからこそ怖さもすごく感じました。 あとは、台詞ですね。今の現実世界では当たり前になってないことを、当たり前のように言う台詞が多かったので、「これをどう言おう」と難しさも感じながら読みました。
蒔田彩珠さん すぐに理解して、「じゃあこういうふうに演じよう」とはなかなかなれませんでした。でも、これを映像にした時に、観た人に、どういう風に、何を伝えられるんだろうというのを考えていました。 ただ、伝えたいものや、どういう風に演じよう、という感覚を掴めたのは、やっぱり撮影が始まってからでしたね。
栁俊太郎さん 最初に原作を読んだのが4~5年前になります。SF作品として読むには、「次の展開気になるな」という感じで面白く読んでいたんですけど、やっぱり一歩踏み込むと身近に感じちゃう恐怖みたいなものがあって。 実際に、自分がいま生きている環境が4~5年前に読んだ時より『消滅世界』の世界観の方に進んでいるような感覚もあると思っていて。そこがさらに怖く感じますね。
結木滉星さん フィクションではあるものの、すごくリアルで。今後あり得るんじゃないかなって思わせられるような世界観だったんで、僕も少し恐怖は感じましたね。 これは余談なのですが、僕が演じた水内って原作だと下の名前が無いんですよ。で、監督が「水内“ゆう”」という下の名前を付けてくれて(笑)。 Q:なぜ、監督は「ゆう」という名前を付けられたんですか? 川村誠監督 ――なんか「ゆう」っぽかったんですよね。(笑) 蒔田彩珠さん それ、“結”木滉星さんだから……。(笑) 恒松祐里さん 引っ張られているかもしれない。(笑)
監督・川村誠の語るキャスティングの背景
Q:監督にお伺いします。キャストの方々への印象や、キャスティングの背景を教えてください。
雨音役/蒔田彩珠

川村誠監督 まず、主演の蒔田さんに関しては、お会いした時にもう「この人だ」というような直観がありました。 というのも、もともと蒔田さんの過去作も拝見していて。そのシーンを支配してしまうような、目が離せなくなるような魅力や、引き込まれる演技力をお持ちの方だと思っていましたね。 それに加えて、お会いしたとき感じたのが、その場を和ませるような明るさの一方で、どこかで自分の内面に目が向いているような雰囲気を感じて。「迷いながら正解を探していく」雨音の資質みたいなものを感じました。
朔役/栁俊太郎
栁さんに関しては、『消滅世界』の音楽も担当いただいている「D.A.N.」のミュージックビデオにも出演されている時から、ものすごく色気のある俳優さんだなというふうに思っていました。
(上)栁俊太郎が出演する「D.A.N.」のミュージックビデオ
そこで最初に本作をお願いしたいということで、手紙を書かせていただいてお願いをしましたね。朔が持っているミステリアスな感じっていうのをすごく出したくて。世の中に実直だけど、どこかちょっとグレーっぽさがあるような、そういう表情を出してくださるのは栁さんだけだというふうに感じました。 実は『消滅世界』は、パイロット版のような20分程度の作品を事前に作ってプロモーションをしていたのですが、そこから栁さんにはお付き合いいただいました。作品を長く栁さんの中で醸成して、本番に臨んでいただけたかなと思ってます。
樹里役/恒松祐里
恒松さんについては、真っ直ぐな方、演技の強度を持っているパワーが強い方っていう印象があります。 今回の樹里という役は、世の中の倫理自体を自分の信条としてしまう女性で、すごく優等生的な人物なので、信念の強さみたいなところを表現してもらうのには恒松さんがぴったりというふうに感じました。
水内役/結木滉星
結木さんが演じた水内は、二次元キャラクターへの愛を持っている青年ということで。 実際僕は、その「二次元キャラクターを愛する水内」と、結木さんご自身のキャラクターは遠いんじゃないか、とは想像はしていました。 ただ、その「二次元キャラクターを愛する」という感覚に近くない人が水内を演じた時に、水内という役はとてもいいものになるんじゃないかなっていう予想があって。 水内は雨音の心情を代弁するようなキャラクターだったりもするので、ずっと彼女に寄り添っていて、ちょっとした温かさを表現するのに、結木さんの感情が滲み出るような演技がすごく合うのではないかと思いました。 あとは、結木さんには「隠せないヒーロー感」みたいなところをすごく僕は感じています。僕は水内っていうキャラクターは、作中にアニメで出てくる「ラピス」という少年を擬人化したような人、というようなイメージがあって。 そういう意味で、結木さんの持つヒーロー性とラピスがぴったりハマっていたなと思います。
主演・蒔田彩珠から見るキャストたち

Q:キャストの皆さまへのご質問です。それぞれの互いの印象や、キャスト間での撮影時のエピソードを教えてください。
恒松祐里さんの印象

蒔田彩珠さん 恒松さんとは前に『おかえりモネ』(2021年)で共演していたのですが、作品で一緒になったのは3、4年ぶりでした。 恒松さん演じる親友の樹里は、雨音がちゃんと素でいれるというか、まだ女子高生のままみたいなテンションで一緒にお喋りができる相手だったので、その相手が一度すでにご一緒している恒松さんで良かったなと、演じている時も完成した作品を観ても思いました。 2人のカフェのシーンは、すごく好きでしたね。 川村誠監督 すごい完成していましたよね。あの2人の関係性が。 蒔田彩珠さん 撮影初日でしたが、全然初日感がなかったです。

栁俊太郎さんの印象

蒔田彩珠さん 栁さんは、やっぱり大人な雰囲気があって。ちゃんとそのシーンの雰囲気みたいなのを作ってくださる方だったので、落ち着いてお芝居できたなっていう印象です。
結木滉星さんの印象
結木さんは一度ミュージックビデオで共演させていただいたことがあって。
(上)蒔田彩珠と結木滉星が共演したミュージックビデオ
それ以来だったのですが、このとおり、明るく(笑)。 結木滉星さん このとおり(笑) 蒔田彩珠さん 水内は雨音が相手役となる男性の中で、最もフラットに素の状態で話せる相手だったので、結城さんが和ませてくれる方ですごくやりやすかったです。
蒔田さんは「やんちゃ」?いたずらっ子エピソードも
栁俊太郎さん ――(蒔田さんについて)すごい小さいいたずらを、すぐやるイメージ。いたずらっ子のイメージです。 恒松祐里さん・結木滉星さん ちょっとわかりますね(笑)。 栁俊太郎さん ちょっとした「いじり」とか、何かそういう。少しやんちゃなイメージです(笑)。
「消滅世界」に生きる彼らを演じるうえでの解釈

雨音役/蒔田彩珠
Q:蒔田さんが演じられた「雨音」は、母親の旧来的な価値観に反感を抱きつつも「エデン」の世界への疑いも持っているような人物に見えました。 雨音の葛藤を蒔田さんはどのように受け止められ演じましたか。 蒔田彩珠さん 雨音が感じている「自分の普通が周りの普通と違うんじゃないか」みたいな不安は、自分自身も生きていて感じることがあるので、その点に関してはすごく共感できました。 ただ、二次元のキャラクターに対して恋をしたり、旦那さん以外の、しかも親友の旦那さんと関係を持ったり、現実では想像しがたいシーンや設定を演じるのはやっぱり想像することしかできなかったので難しかったですね。
朔役/栁俊太郎
Q:柳さんが演じられた「朔」は、環境の変化によって、彼自身の考えや行動が大きく変化していったように思います。 柳さんは朔の心情の変化を表現するのにどのようなことを意識されましたか。 栁俊太郎さん 朔は、割と受け入れるのが早いというか順応できるタイプだと思うんですよね。置かれた状況を楽しめるタイプだなっていう。でも、強い人間ではないので脆いところが出やすいというか。自分でその道に行ったのに、そこで悩んじゃって――。そんな人間と捉えました。 監督が原作にリスペクトを込めて言葉遣いを忠実に再現していたので、演じるにあたっては、言い回しだったり、普段自分が口に出さないような口調だったりを意識しました。難しかったけど、面白かったですね。
樹里役/恒松祐里
Q:恒松さんが演じられた「樹里」は雨音の親友で、雨音を諭したり、アドバイスをしたりするシーンが多かったように思います。恒松さんは、樹里と雨音の関係性をどのように解釈されていましたか。 恒松祐里さん 樹里はこの世界の「正常」を体現する役柄だったのですが、でもそれを雨音に強要しているわけではないと考えていました。「アドバイス」してるように見えたかもしれないのですが、樹里は自分の正しいと思ってることを口に出してはいるものの、別に強要しているわけではなくて。 そんな樹里を雨音も受け入れてくれていて、すごく親友としていい関係性の2人だったと思いますし、雨音は樹里にとって、本当に一番信頼できる人だったんだなっていうのをすごく思っていますね。
水内役/結木滉星
Q:結木さんが演じられた「水内」はこの物語の中でも特に感情が見えづらく、『消滅世界』の世界観を象徴するような人物のように思えました。結木さんは「水内」をどのような人物だと考えられましたか。 結木滉星さん 僕的には、水内が一番この世界に順応できているタイプだと思っていて。だから、何の違和感もなくその世界の理解者でいれる人なんだな、というふうに原作を読んで思いました。 あとは、ラピスの似顔絵を事前にいただいてたので、いただいた日から撮影が終わるまで、毎日見られるように待ち受けにしていました。(笑)
「普通」「当たり前」とは。『消滅世界』を通じて問いかけること
川村誠監督 すごく長い時間をかけて、『消滅世界』をようやく皆様にお届けできることを嬉しく思っています。「普通って何だろう、というような疑問を、この作品を通して見つめ直していただけたら嬉しいです。 思考実験的な作品になっていていろんな解釈ができると思うので、身近な方と色々こう考察してもらいながら楽しんでいただければと。皆さんの想像で完成させる映画だと思っているので、ぜひそんな楽しみ方をしていただけたらと思います。 恒松祐里さん 最初に観た方は、私が演じる樹里が一体何を言ってるんだろう、この世界の人たちは何を言ってるんだろう、って思うと思うんですけど。映画が1時間くらい経ってくると、みんな樹里の気持ちになってきて、そして逆に、エデンは何を言ってるんだろう、というように感じられるんじゃないかと。 このように、『消滅世界』はどんどん映画に自分も侵食されていく不思議な感覚を味わえる作品になっていると思います。大多数の方が正解となってしまうこの人間社会の中で、自分の正常だったりとか、普通の定義について考えていただけたらと思います。 蒔田彩珠さん 自分自身、この作品を演じていても完成したものを観ても、「自分にとっての当たり前が本当は世の中とは違うのかもしれない」「世の中の正常が実はおかしいのかもしれない」というように考え直すきっかけになりました。 観ていただく方にもそういった視点で観ていただけたら嬉しいなと思います。 栁俊太郎さん 敏感に「この先どうなるんだろう」とかを考えてる方は、なんとなく『消滅世界』のようなちょっと都市伝説チックなことを考えたりする人が多いと思います。 観る方によって、キャラクターそれぞれの見え方って全然違うと思うのですが、まずは「こうあればいいな」というふうな自分が信じるものをひとつ持っておくのが大事だと勝手に思っています。 その信じるものがブレちゃうとやっぱり怖くなってくるし、そういうことを伝える映画でもあると思うので。この世界にどっぷり浸かって身近に感じていただければ、いろんなことを考えるきっかけになる作品だなと思います。楽しんでください。 結木滉星さん 水内を演じている時間に「自分だったらどうするんだろう」「この世界に順応できるのかな?」って置き換えて考える時間が結構ありました。 自分だったら、というふうに、観てる皆さんも考えながら観ていただくと受け取り方がまた違うのかなと思うので、1回とは言わず2、3回と、重ねて観てほしいです。
『消滅世界』であなたの価値感が揺さぶられる体験を

「普通」とは。「当たり前」とは――。原作・村田沙耶香さんの作品を一貫するテーマをついに映像化した本作。 性が消えた世界というあらすじだけを見ると、私たちには関係のないフィクションのように感じられるかもしれません。しかし川村誠監督をはじめ、キャストそれぞれが丁寧に描き出した村田沙耶香ワールドは、観る人の共感を引き出し、『消滅世界』を身近に感じさせ、あなたの「正常」を覆すはず。 映画『消滅世界』は2025年11月28日より、全国で絶賛公開中です。