2017年1月26日更新 103view

堺正章、バラエティ番組でも活躍する人気俳優を一気に紹介!

歌手・俳優・司会者など幅広い活躍をみせる堺正章。『西遊記』や『天皇の料理番』等で主役を演じた俳優だったことはご存知でしょうか?今も『世界一受けたい授業』などのバラエティ番組で活躍する堺のデビューから現在までを一気にご紹介します!

堺正章のプロフィール

堺正章

堺正章(さかいまさあき)は1946年6月6日生、東京都世田谷区出身。喜劇俳優・堺駿二の長男として誕生しました。しかし、父が出生届提出を忘れていた為、戸籍上の誕生日は2ヶ月遅れの1946年8月6日となっているという珍エピソードがあります。

父の影響から、5歳の頃に子役として映画に出演します。幼くして、芸能界デビューを果たしました。

現在は、芸能事務所エスダッシュに所属。「マチャアキ」「巨匠」「Mr.かくし芸」の名で親しまれているコメディアン・司会者として、主にバラエティ番組を中心に活躍していますが、若い頃は歌手として多数のヒット曲を持ち、俳優としては数々のヒット作品に出演していました。

「ザ・スパイダース」のボーカルとして活躍

スパイダース

子役としての活動を経て、1962年の高校在学中、音楽バンド「ザ・スパイダース」にボーカルとして加入します。メンバーには、かまやつひろし(ムッシュかまやつ)や大野克夫らがいました。

ザ・スパイダースが強く影響を受けていたブリティッシュ・ビートが当時最先端音楽だったこともあり、『夕陽が泣いている』や『あの時君は若かった』などが大ヒット。さらに堺とかまやつ、のちに加入した井上順の3人の軽妙なやりとりも好評で人気を博しました。

抜群の人気から、『ザ・スパイダースのゴーゴー向う見ず作戦』(1967年)や『ザ・スパイダースの大騒動』(1968年)など、映画も複数作品が製作されています。

バンド活動を経てソロシンガーに!

堺正章

しかし1970年、かまやつひろしの脱退が引き金となりバンドは解散。同時に、堺はソロとして活動を始めます。

1971年に発売したシングル曲「さらば恋人」は大ヒットを記録し、日本レコード大賞の大衆賞を受賞するなど成功を収めました。

また、歌手活動の他、父から受け継いだ優れた喜劇センスで俳優業や司会業、コメディアンとして才能を開花させます。特に俳優としては数々のヒット作に恵まれました。

俳優・堺正章の代表作

出世作となったドラマ『時間ですよ』

『時間ですよ』

1970年からスタートしたTBS系の連続ドラマ『時間ですよ』。主演・森光子で、銭湯「松の湯」を舞台にした国民的ホームドラマです。あまりの人気ゆえ、1990年までシリーズ化した作品です。

堺は松の湯でアルバイトをする大学浪人生・宮崎として第3シリーズまで出演。樹木希林(当時は悠木千帆)らとともに脈絡のないギャグを連発する「トリオ・ザ・銭湯」として番組を盛り上げました。

初代・孫悟空を務め上げた『西遊記』『西遊記Ⅱ』

『西遊記Ⅱ』

1978年、中国の古典小説『西遊記』をモチーフに、日本テレビ系列で放送された『西遊記』シリーズでは主役の孫悟空を熱演。子どもやその親を中心に人気作となり1980年まで放送されました。

1994年に放送された唐沢寿明主演の『新・西遊記』や2006年に放送された香取慎吾主演の『西遊記』の、いわば基となった作品であり、堺は正真正銘の初代・孫悟空です。香取慎吾版の最終回には、堺が釈迦役でゲスト出演し、話題となりました。

『天皇の料理番』で主演を務めていた堺正章

天皇の料理番

2015年にヒットした佐藤健主演の連続ドラマ『天皇の料理番』。しかし1979年に出版された杉森久英による人気小説が初めて実写化されたのは、1980年の堺正章主演で放送された連続ドラマでした。

近藤正臣や鹿賀丈史らが脇を固め、ナレーションを務めたのは渥美清。当時大阪で名を馳せていた明石家さんまが、役者として初めて全国区のドラマに出演するという事でも話題となった作品です。

「Mr.かくし芸」としてプロ顔負けの技を続々披露!

堺正章

1964年から2010年まで、フジテレビ系列でお正月に放送されていた『新春かくし芸大会』。年末年始恒例の大型番組の一つとして、堺正章が司会も務めていました。

番組の中で堺が披露した芸は、代名詞的な存在となった「テーブルクロス引き」の他、派手なパフォーマンスをしながらカクテルを作る「ハッピーカクテル」や、ホールインワンをするまで挑戦し続ける「ホールインワン 奇跡への挑戦」、トップアーチャーでも成功が難しいとされる神業に挑戦した「ロビン堺のミラクルアーチェリー」など。さまざまな高度な芸を披露し続けたことから「Mr.かくし芸」の異名を持っています。

元妻・岡田美里との間にできた娘が女優として活動!

堺は1974年に一般女性と結婚。しかし6年後の1980年に離婚し、その際の慰謝料が1億円と一部メディアに報じられ話題になりました。1989年にはタレントの岡田美里と2度目の結婚をし、2児をもうけるも2001年に離婚。わずか2年の結婚生活でした。

そして2011年、自身の誕生日である8月6日に8年以上交際していたという22歳年下の一般女性との結婚を発表。現在は3度目の結婚生活を謳歌しています。

2人の娘は?

岡田との間に生まれた長女・菊乃は現在、アパレルブランドのデザイナーやファッションブロガーとして活躍。次女・小春は2004年に子役として芸能界デビュー。現在は父の姓「堺」を継ぎたいという事から「堺小春」を名乗り、女優として芸能活動を行っています。

堺正章がヒロミを干した?!

近年テレビに引っ張りだこのタレント・ヒロミ。しかしヒロミが10年間の芸能生活の休業を余儀なくされた原因を作ったのは、堺正章ではないかと長年噂されていました。

しかしヒロミは堺の番組『チューボーですよ!』にゲスト出演した際にこの噂を完全否定。プライベートでは昔から食事をする仲だといい、休業をしたのは自分が業界に飽きられたからだ、と発言しました。

堺はヒロミのことを全く嫌ってはおらず、むしろ共演したことは楽しかった、とコメント。そういった噂に対しては「一人のタレントの職業生命を奪う事ができる俺ってすごいのでは」と答え、「ご想像にお任せします」と軽く返したそうです。

堺正章の現在の活躍は?

『大奥 永遠 右衛門佐・綱吉篇』 堺正章 西田敏行

(C)2012 男女逆転「大奥 永遠 右衛門佐・綱吉篇」製作委員会

2012年には映画『大奥~永遠~[右衛門佐・綱吉篇]』に僧侶の隆光役で出演し、桂昌院役で出演していた西田敏行と、『西遊記』以来の共演を実現しました。

2013年にはこれまでの活躍を評価され、第6回したまちコメディ映画祭in台東のコメディ栄誉賞を受賞。堺の手形が浅草公会堂の正面にあるスターの広場に設置されています。

70歳になった2016年には、1994年から続いていた自身が司会を務めるバラエティ番組『新・チューボーですよ!』が残念ながら放送終了。しかし日本テレビ系列の『世界一受けたい授業』やBSフジの『堺でございます』でのレギュラー出演は継続。同年、ブルーノート東京でディナーショーを成功させるなど、自慢の歌と軽妙なトークを武器にまだまだ元気に活躍し続けています。

PAGE TOP

カテゴリー一覧