シルベスター・スタローンについて意外と知られていない20のこと

2017年7月6日更新

今でもすばらしい肉体を保ち続ける驚異の肉体派俳優シルベスター・スタローンについてもっと知ってみたいと思いませんか?今まで知らなかった一面が見えてくるかも知れませんよ!

ハリウッドきっての肉体派俳優シルベスター・スタローン

シルベスター・スタローン

『ロッキー』や『ランボー』シリーズなどで知られるシルベスター・スタローン。すばらしい肉体と熱い演技で人気のスタローンの意外と知らないエピソードをご紹介します。

1:生まれたときに顔面麻痺を症状を負った

シルベスター・スタローン

出典: tl.fanpop.com

シルベスター・スタローンが生まれたとき、産婦人科が誤った施術をし、スタローンの顔を鉗子で引っ張ってしまいました。それにより彼の顔の左側下部、特に唇、舌、あごには麻痺の症状が残ってしまいました。

俳優としては致命的な顔の麻痺ですが、それをもろともせず大活躍しているスタローンを見るとわたしたちも勇気が出ますね!

2:両親はクリエイティブな人物

シルベスター・スタローン

シルベスター・スタローンの父親はイタリア人で、ヘアサロンのチェーン店を築いた美容師、母親は占星術師、ダンサー、女性レスリングのプロモーターというさまざまな肩書きを持っています。

両親ともにクリエイティブな職業で、その2人の才能がスタローンに受け継がれているのですね。

3:スーパーヒーローになることを夢見ていた少年時代

シルベスター・スタローン

小さい頃のシルベスター・スタローンはスーパーヒーローに憧れており、学校の制服の下にはスーパーヒーローのコスチュームを着ていたそうです。

またスーパーマンのように飛ぼうとして、自分の部屋の窓から飛び出したなんて逸話もあります。

4:本当に?いじめられっこだった学生時代

シルベスター・スタローン

学生のときいじめに遭っていたスタローンはスティーブ・リーブのような男らしいスターに憧れボディビルを始めました。

しかし、道具を買うにはお金が足りなかったスタローンは、地元の廃品集積場で自動車のパーツをくすね、自分で器具を作り、あのすばらしい肉体を手に入れました。

5:14もの大学に入学を拒否される

シルベスター・スタローン

素行があまりよくなかった学生時代のシルベスター・スタローンは、アメリカの14もの大学から入学を拒否されました。困った母親スイスの大学にスタローンを留学させ、そこでスタローンは演技に興味を持ち始めました。

6:『ロッキー』の脚本は3日で書かれた

シルベスター・スタローン

出典: www.today.com

出世作になった『ロッキー』の脚本も担当していたシルベスター・スタローン。元々は1975年に行われたモハメド・アリとチャック・ウェプナーの試合からインスピレーションを受け書かれたのですが、なんと3日で書き上げられたものなんです。

7:愛犬を50ドルで売って、3000ドルで買い戻した

シルベスター・スタローン

『ロッキー』が大ヒットする前、資金繰りに困っていたシルベスター・スタローンは愛犬を50ドルで売らなければなりませんでした。しかし愛犬を売った1週間以内に『ロッキー』の脚本が売れ、犬を買い戻しに売った男の家に行きましたが拒否され、3000ドルを渡し取り戻したそうです。

ちなみに犬を売った男は『ロッキー』にも出演しています。

8:絵描きとしても才能を発揮

シルベスター・スタローン

自身の憧れのヒーローとしてレオナルド・ダ・ヴィンチを挙げていスタローンは50年以上も油絵を描き続けている画家でもあります。

2011年にはスイスで初の個展を開き、シルベスター・スタローンの絵は10万円で売れたそうです。

9:実業家としても一面も

シルベスター・スタローン

出典: uproxx.com

スタローンは1980年にボクシングのプロモーターとして会社を立ち上げており、後に『インストーン』というサプリメントを取り扱う薬品会社も設立しました。

どちらもボディビルや体作りに関連のあるもので、スタローンの肉体作りにも良い影響を与えているかもしれませんね。

10:ロッキーの元となったアリとアカデミー賞受賞式で対面

シルベスター・スタローン

シルベスター・スタローンが1976年に助演男優賞を受賞したとき、慎ましい雰囲気で壇上に上がったスタローンのの背後に人影が…その正体ははモハメド・アリだったのです!

アリは「俺の脚本を盗んだな!」と冗談を言って、2人はがっつりとハグを交わしました。

11:映画に登場したロッキーの像は現在も飾られている

シルベスター・スタローン

『ロッキー3』の小道具で作られた重さ2トン、高さ3メートルのブロンズ像は撮影後フィラデルフィアに寄贈されました。

地元のスポーツアリーナに立てられ、フィラデルフィアの観光地の1つとなっています。