近未来を描いたディストピア映画『トゥモローワールド』
時は2027年。人間の子供が産まれなくなってから18年が経ち、その原因は科学を以てしても突きとめることができずにいた―。希望を失い、荒廃した近未来を描いた『トゥモローワールド』は、P・D・ジェイムズのベストセラー小説『人類の子供たち』を原作とした、アルフォンソ・キュアロン監督による2006年公開のディストピアスリラー映画です。
第79回アカデミー賞ノミネート、第63回ヴェネツィア国際映画祭ではオゼッラ賞、ロサンゼルス映画批評家賞では撮影賞を受賞している本作、ネタバレありのあらすじやキャスト、作品評価を紹介いたします!
荒廃した世界で警察国家となったイギリスが舞台
世界的な人類繁殖機能の喪失から18年後の2027年、絶滅の危機に瀕し、文明崩壊は目と鼻の先。政府が機能している数少ない国であるイギリスには、各国で巻き起こる紛争と混沌から避難しようとする亡命者が殺到していました。それに応えるかのように、軍事力で移民達を押さえつけたイギリスは、強権政治による警察国家となります。
ネタバレあり!『トゥモローワールド』あらすじ
物語は主人公セオ・ファロン(クライヴ・オーウェン)が、18才で世界最年少の少年が刺殺されたという、テレビの報道を無関心に眺めている姿から始まります。アルコール中毒で元活動家、現在エネルギー省に勤めているセオ。ニュース直後に、移民への非人道的対応と戦うテロリスト組織“フィッシュ”による爆破テロから紙一重で逃れます。
元政治漫画家で現在は障害を抱える妻(英国諜報員に拷問されたため)と共に郊外で暮らす、友人のジャスパー(マイケル・ケイン)を訪ねたセオは、ロンドンに戻った後“フィッシュ”に拉致されてしまいます。組織のリーダー、セオの元妻ジュリアン(ジュリアン・ムーア)は5,000ポンドと引き換えに、組織メンバーで西アフリカ人難民の少女キー(クレア=ホープ・アシティー)のために通行許可証を手に入れるよう提案しました。
高級官僚の従兄弟ナイジェル(ダニー・ヒューストン)を頼り、豪華な晩餐の後に許可証を手に入れたセオは、手順の一部として少女に同行しなければいけないと言われます。2人は組織の運転する車に乗って森林地帯を横断しますが、強盗の大群が押し寄せ、喉に銃弾を受けたジュリアンが死亡。隠れ家にたどり着いた組織は、ルーク(キウェテル・イジョフォー)を新しいリーダーに任命します。
いかに動物たちが人類の不妊を好転させるため、研究者によって悪用されているかということを説明した後、キーは自分の妊娠を告白。そして元助産師のミリアムによって、キーは妊娠8ヶ月だということが確定します。ルークは組織の目的が“トゥモロー”と呼ばれる、偽装した病院船にキーを連れて行くことだと説明、“トゥモロー”は、アゾレス諸島にある科学者の慈善組織“ヒューマンプロジェクト”にキーを運ぶと言います。
キーは隠れ家に残り“フィッシュ”の保護下で出産を終えてから、“ヒューマンプロジェクト”に行くことを選びますが、セオはジュリアンの死が、ルークの目論による暗殺だったことを知ります。ルークは“ヒューマンプロジェクト”の計画を無視し、キーの子供を“フィッシュ”の革命運動のプロパガンダにしようとしていたのです。
ルークが自分の殺害を命じたことを知ったセオはキー、ミリアムと共に、慎重に隠されたジャスパーの家へ脱出。沿岸でのトゥモロー号との待ち合わせについて説明を受けたジャスパーは、汚職警官のコネを使いベクスヒル経由で3人を密航させる計画を立てます。しかし、“フィッシュ”にジェスパーの隠れ家が見つかり、組織を足止めして3人を逃すために残ったジェスパーはルークに惨殺されてしまうのでした。
3人を乗せた、飢え怯えた難民でひしめくバスがベクスヒルに到着する頃、3人は被虐的な警備兵が恐怖に震える移民を殴り、拷問し、処刑し、まきの山で火あぶりにするのを目の当たりに。そして、バスの中で陣痛が始まったキーを庇うため、今度はミリアムが犠牲となり警備兵に殺されてしまいます。
到着後に産気づき破水したキーを連れ、セオはベクスヒルに入ります。そして乱雑で不潔なスラムエリアにある不衛生な部屋で、キーはセオの助けを借り女の子を出産。翌朝、“フィッシュ”がベクスヒルの収容所を武装攻撃して暴動が勃発、密航者のボートを探すセオとキーですが、組織に捕まってしまいます。
その後に続く銃撃戦の中、キーと赤ん坊を助けたセオ。鳴き声を聞いた軍隊やテロリストは、驚きのあまり赤ん坊の前で膝をつき、一行を逃してくれました。ボートにたどり着き“ヒューマンプロジェクト”との待ち合わせ場所へ向かう途中、セオはシドに撃たれていたことを明かし、キーは赤ん坊の名前をセオとジュリアンの亡くなった息子と同じ、ディランと名付けると伝えます。
セオは事切れ、霧の中から近づいてくるトゥモロー号が見え、物語は終わります。
トゥモローワールドのスタッフ・キャストを紹介
アルフォンソ・キュアロン監督
監督、脚本を務めたのは、メキシコ出身の映画監督アルフォンソ・キュアロン。
前作と一線を画した演出で話題となった2004年のハリーポッターシリーズ3作目『ハリー・ポッターとアズカバンの囚人』や、実際のスキャンダルが元となった2014年のドラマ映画『アメリカン・ハッスル』などの作品を手がけており、2013年公開のSFサスペンス映画『ゼロ・グラビティ』ではアカデミー賞最多7部門を受賞しています。
大学では映画に加え哲学を学んでおり、このバックグラウンドが『ハリー・ポッターとアズカバンの囚人』で原作の本質をよりついていたと評価された要因の1つになったのかもしれません。
セオ・ファロン役:クライヴ・オーウェン
インフルエンザの世界流行によって息子を亡くし、荒んでいた主人公セオを演じたクライブ・オーウェンは1964年生まれ、イギリス出身の俳優です。
1988年に映画デビュー、1990から1991年に放送されたテレビシリース『Chancer』の主演を演じイギリスで注目を集めます。1997年イギリス公開の映画『ルール・オブ・デス/カジノの死角』では苦しむ作家の主人公を演じ、この演技がアメリカで評価されハリウッド進出の足がかりとなりました。
その後、2002年公開映画『ボーン・アイデンティティ』では教授を演じ、2004年の『クローサー』ではラリー役の演技が高く評価され、2005年にゴールデングローブ賞を受賞しました。
数々の作品に出演しているクライヴ、近年では2012年放送のテレビ映画『私が愛したヘミングウェイ』ヘミングウェイ役、2013年の映画『マイ・ブラザー 哀しみの銃弾』ではクリス役を演じ、2015年には紀里谷和明監督が手掛けた忠臣蔵が原案のアメリカ映画『ラスト・ナイツ』で、主人公の騎士ライデンを演じています。
2016年にアメリカで公開された、親子の絆を描いた心温まるコメディー映画『The Confirmation(原題)』では、元妻から週末の間8歳の息子を預かることになった父親のウォルト役を演じました。
ジュリアン・テイラー役:ジュリアン・ムーア
テロ組織フィッシュのリーダーでセオの元妻を演じたのは、1960年アメリカ出身の女優で絵本作家ジュリアン・ムーア。精神的な問題を抱える女性の役で最も知られているジュリアン。インデペンデント映画からハリウッド映画まで幅広く活動しており、現在(2017年1月)までに78もの賞を獲得しています。
主な出演映画は1994年『42丁目のワーニャ』のイェレーナ役、1998年『ロスト・ワールド/ジュラシック・パーク』サラ博士役、同年『ブギーナイツ』で演じたポルノ映画女優アンバー役では、数々の賞を受賞しました。
2000年代には2003年公開の『エデンより彼方に』、2009年『シングルマン』、2014年に公開された若年性アルツハイマーを扱った『アリスのままで』では、病気と葛藤する聡明な女性アリスを演じ、アカデミー主演女優賞、英国アカデミー賞主演女優賞、ゴールデングローブ賞主演女優賞ドラマ部門を始めとした数々の賞を総なめしています。ちなみに、同年『セブンス・サン 魔使いの弟子』ではゴールデンラズベリー賞最低助演女優賞にノミネートされました。
彼女の新作映画はハートフルコメディ『マギーズ・プラン 幸せのあとしまつ』。元夫と現在の妻マギーの間で変わった三角関係に巻き込まれていく、キャリアウーマンのジョーゼットを演じています。日本では2017年1月より公開されました。
キー役:クレア=ホープ・アシティー
18年の間で初めて身ごもった、不法移民の黒人女性キーは原作には登場していません。というのも、キーが映画に加わることになったのは、最近のヒト由来の人種単起源論と土地を追われた人々の現状への、キュアロン監督の関心からでした。
キーを演じたクレアは、1987年生まれのガーナ系イギリス人女優です。当時まだ高校生だった彼女は『トゥモローワールド』の撮影に取り組むため、大学に進学を遅らせたそうです。
2005年、ルワンダの大虐殺を描いた衝撃作『ルワンダの涙』で映画デビューを果たしたクレア。2006年の本作出演後も、2013年『JIMI:栄光への軌跡』フェイ役や、2016年全英公開の『The White King(原題)』、同年全米公開の『I.T.(原題)』などに出演しています。
ジャスパー・パルマー役:マイケル・ケイン
セオの友人でフィシュのメンバー、ジャスパーを演じたマイケル・ケインは、1933年生まれイギリス出身の俳優です。今や御年80歳+の大御所俳優マイケル。1956年に『韓国の丘』で映画デビューし、長い下積み生活を送った後1946年『ズール戦争』の陸軍中尉役で俳優人生が花開きます。
それからは、1967年『アルフィー』でプレイボーイ、1970年の日本軍と連合軍の戦闘を描く『燃える戦場』、初のアカデミー助演男優賞を受賞した1987年のコメディ『ハンナとその姉妹』など様々なジャンルの映画に出演。
近年では2008年公開「ダークナイト三部作」第2作目の『ダークナイト』で執事アルフレッド役、2010年『インセプション』のマイルス教授役、2014年『インターステラー』ブランド教授役などで活躍。2015年の『キングスマン』では、コリン・ファースと共にスーツを着こなす紳士を演じました。
また、2016年公開の『グランドフィナーレ』では引退した天才音楽家フレッド役を演じ、この82歳での主演作でヨーロッパ映画賞男優賞を受賞しています。
ルーク役:キウェテル・イジョフォー
The 2015 Hollywood Portfolio [British Edition] by Jason Bell, for Vanity Fair.#VanityFair #ChiwetelEjiofor pic.twitter.com/1bSlUHz2JD
— Chiwetel Ejiofor (@CEjioforFans) 2015年9月20日
フィッシュのメンバーで、ジュリアンの死後新リーダーとなるルークを演じたキウェテル・イジョフォー、1977年生まれイギリス出身の俳優です。
1998年の『アミスタッド』で映画デビューを果たし、2004年『ラブ・アクチュアリー』でピーター役、2007年『アメリカン・ギャングスター』でギャングのメンバーヒューイ役、2013年の歴史ドラマ『それでも夜は明ける』で、突然奴隷としての生活を強いられることになった主人公ソロモンを見事に演じ切り、英国アカデミー賞主演男優賞を獲得しました。
2017年1月より日本公開が始まったマーベル映画『ドクター・ストレンジ』に出演しているキウェテル。ベネディクト・カンバーバッチ扮する主人公のスティーヴン・ストレンジの真面目なお目付け役を演じています。
ミリアム役:パム・フェリス
フィッシュのメンバーで元助産師、ミリアムを演じたパム(左2)は、1948年西ドイツ生まれのイギリス人女優です。
主な出演作は、アメリカ進出となった1996年の映画『マチルダ』で校長役、2004年『ハリー・ポッターとアズカバンの囚人』でハリーの伯母マージョリー・ダーズリー役、2012年『推理作家ポー 最期の5日間』のアイヴァン役などです。
ナイジェル役:ダニー・ヒューストン
セオの従兄弟で政府の高級官のナイジェル役を演じたのは、1962年生まれアメリカ出身の俳優ダニーです。
元々はテレビ映画などを監督していましたが、1995年に出演した映画『リービング・ラスベガス』で俳優に転身。その後の出演映画は、2006年『記憶の棘』でニコール・キッドマン扮する未亡人に想いを寄せるジョセフ役を演じ、2009年『ウルヴァリン:X-MEN ZERO』では謎の軍人ストライカー役を演じています。
また、2012年から2013年に放送されたテレビドラマ、金と権力にまつわるセレブの闘争を描く『マジック・シティ』の演技では、ゴールデン・グローブ賞助演男優賞にノミネートされています。
最新の出演映画は、2017年3月4日公開予定の『汚れたミルク/あるセールスマンの告発』。パキスタンで起こった実在の事件に基づいた映画で、ダニーはアレックス役を演じています。
シド役:ピーター・マラン
汚職警官シドを演じたピーター・マランは1959年生まれイギリス出身の俳優です。
1993年公開の『リフ・ラフ』ジェイク役で映画デビュー。その後も、カンヌ国際映画祭男優賞を受賞した1999年の映画『マイ・ネーム・イズ・ジョー』で他人のために自分を追い込んでいってしまう元アル中の主人公ジョー役、数々の映画に出演しています。2003年『マグダレンの祈り』ウーナ父オコナー役、2010年『ハリー・ポッターと死の秘宝 PART1』ヤックスリー役などを演じました。
近年では、2014年公開のアクションアドベンチャー映画『ヘラクレス』、2015年『ヘクター』で演じた主人公のヘクターは、ホームレスでした。また、2018年公開予定の映画『Jungle Book(原題)』実写版でアキーラ役としての出演が発表されています。
見どころの1つである「長回し」
アルフォンソ・キュアロン監督が、好んで使っていると言われる「長回し」とは、映画の撮影技法の一種で、細かにカットせず長い間カメラを回し続ける撮影方法。監督は後の作品『ゼロ・グラビティ』でもこの長回しを使っており、目を離せない臨場感と緊張感で好評を得ています。
『トゥモローランド』での長回しによる戦闘シーンは、なんと約6分!さらにこの映画では、カット同士を特殊な技術ツールでつなぎ合わせ、あたかも1カットのように作り上げるという作業も行われており、その精度の高さからカットの変わり目を判断するのは、極めて困難だと言われています。
映画に見る「移民」と「少子化」
“遊び場から音がなくなっていき、絶望が始まった。とても変だわ、子供の声が消えた世界はどうなってしまうの”
引用: en.wikipedia.org
子供が生まれなくなった世界がどのようになるのかという、1つの想像実験を提示しているこの映画は、少子化問題を抱える国として多くを考えさせてくれる作品です。
Ciatrでの『トゥモローワールド』評価・感想は?【ネタバレあり】
緊張感が最高の長回しシーン
1uhya
長回し戦闘シーンは緊迫感と臨場感で最高でした。色々疑問は残るものの、最後も良かったと思う。出産シーンが印象的(CGらしいけど観たときすごく驚いた)
リアルな設定を独特な表現力で映す作品
ririri511
生殖能力を失った人類、子供が消えた世界。
将来、有り得なくもないリアルなテーマ。
戦闘シーンでのカメラワークも臨場感もたっぷりでドキドキしました。
出産シーンのクライヴ・オーウェンの頑張りぶり(笑)も見所ながら奇跡の赤ちゃんの誕生シーンも生々しいながら神々しい感じで良かったです。
ラストもキーと赤ちゃんの未来は明るい方向に向かいそうで安心した。
theaterproject4
最初は興味なかったけど、見始めたらおもしろかった!映像がわかりやすくて、みやすい。絵だけでも理解できそうな映画。
yellow778
監督で選んで見たけど怖かった。
絶望的な世界のなかの希望の描き方がすばらしかった。
他のSFにはない独自の世界観
Shun_Chiba
衰退する人類を描いたSFは数多くあれど、この映画の「生殖機能を失った人類」という設定は、他のディストピアものとは異なった独特の虚無感を生み出している。
長回し撮影の緊張感が印象的。
ykiwkr
休みの日に昼まで寝ていたら近所から子どもたちのキャッキャ言う声が聞こえるのが良い具合に目覚ましになりますが、これはそういうのが全くなくなって、子どもがいない世界が当たり前になって、産まれないのも当たり前になって、いわゆるティーンがほとんどいなくなり、世界情勢も荒んで退廃した世界のお話。
設定の強引さなど気にならず、おもしろかったです。移民に対する迫害もものすごいですが、そんな中で唯一産まれた命をめぐって繰り広げられる本能のような攻防がすさまじく、ずっと息をひそめて観るしかありませんでした。赤ん坊って存在そのものが可能性でありエネルギーなのねとしみじみ。